第二十四話
アリアが落ち着き、皆に一言謝罪してから探索を再開した。
現在位置だと行き止まりに思えていたが、死獣達が姿を現した場所には扉があったのでそこから更に奥へと進む事が出来たのである。
その道中、猛省したせいかアリアの口数が少なくなり、ピリピリとした雰囲気を纏う。
そんな何とも言えない雰囲気に志希も気疲れを感じて来たころ、カズヤが口を開く。
「アリアさん、そんな緊張しなくても良いんだぜ? さっきのはオレも悪かったわけだし、シキの言う通りこれから気をつければ良いだけの事だ。それに、肩に力が入り過ぎるとあとでどっと疲れが来るぜ?」
カズヤの気遣いの言葉に、アリアはでもっと小さく呟く。
「わたし、皆さんにご迷惑をおかけしてるから……」
名誉挽回したいと言う気持ちが、その言葉から読み取れる。
「んー、さっきシキが言ったように同じ事を繰り返さなきゃ良いんだよ。今まで出来てたのに出来なかったっつーのは、いつもと違うってのもあったからだろ?」
カズヤの言葉に、アリアは小さく頷く。
その彼女に、カズヤは優しく笑いポンポンと頭を撫でる。
「いつもと違うって言うのを言い訳にしないで、自分の悪い所を反省した。同じ事や、同じような事を繰り返さないって決めた。そうだって言うんだったら、自然体でいつもどおりに行動すればいい。その中で、ほんの少しだけ気をつければ良い事だろ?」
優しく、言い聞かせるようにアリアにカズヤは語りかける。
「それに、あんまりピリピリすると周りの奴らも疲れるんだ。だから、程よく適度に緊張するのが良い事だ。実際、今までもそうだったろ?」
カズヤに言われ、アリアは小さく頷く。
「じゃ、大丈夫だ」
アリアを宥めるように、励ますように頭を撫でるカズヤ。
アリアは頬を染め、はにかみながら頷く。
それを横で見ていたミリアはほんの少しだけ不機嫌そうに呟く。
「優しいのね」
ミリアの言葉に、カズヤは一瞬虚を突かれたような表情をするが、直ぐににっと笑う。
「ああ、オレは女性には優しい男だぜ? まぁそれに、これはオレ自身が失敗した時に師匠やイザークに言われた言葉だ。まぁ、枕詞に死にたくなかったらってのがついたけどな」
かんらかんらと笑いつつ、カズヤはミリアに応える。
「……そう」
ミリアは呆れたように、しかしどこか楽しそうに笑いながら返事をする。
このような会話をしていたから、ミリアとアリアのどこか刺々しい雰囲気が消え和やかになる。
これがムードメーカーの力かと、口を一つも挿まず見守って居た志希は感心する。
同時にこれが天然タラシかという、物凄く酷い事を考えているのは内緒である。
それはさておき、志希は風と土の精霊達に引き続き索敵をお願いしていた。
先ほどのような事があるが、精霊達に罠と言う概念が分からない為それらを教えるのも一苦労なので、取り敢えずこの先の部屋数や地形、敵がいないかを問いかけているのだ。
しかし、先ほどの罠の部屋からずっと阻害の魔法をかけられているらしく、精霊達からの映像どころか情報すら届かない。
「索敵とかを阻害する魔法が掛けられているみたいで、何も分からないの。ごめんなさい」
志希はそうイザークに謝ると、頭を撫でられる。
「気にするな」
いつもより若干優しい声音でイザークは言い、志希は小さく頷く。
あまり役に立てない事は悲しいが、それを今どうこう言ったところで仕方がないのだ。
むしろ、イザークが言っていた通りにまずは戦闘や、状況に慣れることが先決なのだろう。
志希はそう自分に言い聞かせながら、歩を進めていく。
それなりに広い廊下を歩いていると、壁際に左右合わせて十程の扉が並んでいる区画に出る。
遺跡探索をするのなら、片っ端から部屋を漁るのが常識だ。
と言うわけで、カズヤが一つ一つ鍵がかかっているか、罠がないかを探っていく。
一通り終わると、罠があった扉や鍵がかかった扉を攻略して全て開ける。
無論、その前に聞き耳を立て中に動く何かが居ないかを探っておくのも忘れない。
それら全ての工程を終え、カズヤはさてと一同を見回す。
どの扉から開けるか、そして扉を開ける際にはどうするかを念の為ジェスチャーで問いかけるカズヤ。
イザークはそのジェスチャーに一番手前の扉を開ける事を提案し、女性陣を見る。
アリアとミリアはしばし考えるようなそぶりを見せるが、最終的には頷く。
志希もまた特に反対する要素はない為頷くと、二人はどうするかを再び身振り手振りで相談を始めた。
敵がいる可能性などを考慮するが、大事な部屋で無い限り致死性の罠などが仕掛けられている場合最初に入った者が最も危険だ。
これが最後の部屋であるとか、見るからに財宝がある部屋であるとかならば普通に突入した。
大事な物を置いた部屋に、部屋が大破するような罠を仕掛けるような者はいない。
毒ガスなどの可能性もあるが、そもそもそんな物を充満させた場所に大事な宝物を置けば持ち主が取りに来る事など出来なくなるのだ。
よほど偏執的な人物でもない限り、その様な事はしないだろう。
という結論により、この辺りの扉から中を調べる事となった。
この際、カズヤが扉を開きイザークが中を明かりで照らすと言う段取りになったのだが、中にカンテラを投げ込むと可燃性の物があった場合とても危険だ。
それ故、アリアが作った明かりの魔法を中に投げ込むと言う事となった。
手筈が決まった時点で、イザークとカズヤは動き出す。
扉が外開きになっているのを利用して、盾とする位置にカズヤは立つ。
イザークは扉の壁際に立ち、手には持続時間を延長した明かりの魔法を持つ。
全員の準備が整ったのを見て取ったカズヤは扉の取っ手を握って頷き、目配せで扉を開ける事を告げる。
イザークが手で了承すると、カズヤは一気に扉を開くと同時に、壁に肩をつけながらイザークは真っ暗な部屋に明かりを投げ込む。
ふよふよと浮遊する明かりの魔法が照らす室内には敵はおらず、ほこりが積もっているだけなのが見て取れた。
「大丈夫そうだな」
イザークの言葉に皆は肩の力を抜き、カズヤを先頭にゆっくりと中に足を踏み入れる。
長い年月を経たが故に室内に積もった埃が舞い、埃とカビの臭いをまき散らす。
その臭いに志希がポケットから小さな布を取り出し、口と鼻をそれで覆いながら室内を見回していると。
「取り敢えず、家捜しするか」
カズヤがうんざりした声音で呟き、部屋をゴソゴソと探り出す。
テーブルとベッドが置かれ、書棚らしきものがある部屋。
仮眠室のようなそれを眺めていると、志希以外の全員が室内を物色していた。
志希も慌てて、取り敢えず何かないかを探し始める。
一人だけぼんやり突っ立っているのは、居心地が悪いからである。
しかし、それほど広くない部屋故に特にこれと言った物が無かった。
この部屋以外の部屋にも入り家捜しをしたのだが、見つける事が出来たのは小さな銀製のイヤリングや、小さな宝石がついた指輪等細々としたものだけである。
年代物であっても薄汚れたそれらは、あまりよい値段では売れないだろう。
今回の遠征費の足しになる程度でしかなかった。
命の危機には見合わぬ報酬しか見つからない事に、この場所を教えた志希は肩を落としていた。
それに気がついたカズヤは肩を竦め、志希の背中を叩く。
「奥の方にも部屋があるかもしれねぇし、もう少し調べたら何か出てくるかもしんねぇぞ? 落ち込むには、まだ早い」
明るく元気づけ、最後に探索した部屋を出る一行。
かなり長い時間歩き続けている上に、部屋の一つ一つを丹念に調べた為全員疲労と空腹に襲われていた。
ぐうと鳴ったのは、誰のお腹か。
この音にぴたりとカズヤが足を止め、釣られるように後方の全員も足を止める。
「んだよなぁ、そろそろ飯時だよな」
がりがりと後頭部を掻きつつ、カズヤが困ったように呟く。
「先ほど休んだ時にでも、食事を採るべきだったな」
イザークが嘆息交じりに呟き、志希は思わず頷く。
食事を採らなくては、いかな凄腕の冒険者であろうとも動きも思考も鈍ると言うものだ。
また、誰かのお腹がぐうとなった瞬間に、アリアの肩が跳ね上がる。
誰がお腹を鳴らしたのか、丸わかりな反応である。
意外に、アリアは子供っぽいなぁとのんきな事を考えた志希のお腹も、ぐうと鳴った。
アリアのお腹の音より大きく聞こえ、志希は思わず俯き赤くなる。
耳まで真っ赤になっている志希を見降ろしたイザークは小さく苦笑を零してから、カズヤに声をかける。
「腹ごしらえが先だ、カズヤ」
「んだなぁ、オレも腹減った。集中力が無くなってる状態で探索続けんのも辛いしよ」
カズヤはイザークに同意してから、後ろの神官と魔術師の双子を見る。
「良いだろ?」
カズヤの問いかけに赤くなりながらアリアはこくりと頷き、ミリアは苦笑を浮かべる。
「もちろん、賛成よ。わたし達は生きている人間なのだから、きちんと食事を採るのは義務だわ」
死者でない限り、食べ物を採る事こそが生きる者の義務。
神の御心で生った物を食べ、その御心を感じ感謝するのが大地母神の教義である。
「んじゃま、このへんの床と壁を調べてから保存食でも食おうぜ」
同意を得られたカズヤは笑みながら提案し、一同を見回し反論が無いかを確かめる。
「異論はない。腹を空かせている奴の方が多いからな」
イザークはさらりと皆の気持ちを代弁し、頷く。
「りょーかい! んじゃま、さっさと仕事して飯にするか!」
カズヤは先ほどのようなドジを踏まぬとばかりに気合を入れて、床を調べ始める。
明かりの魔法を使い、彼の手元を照らすアリアは今回ばかりは手伝いをいるかとは問いかけない。
足を引っ張ったのは、どう見ても自分だと分かっているからだ。
アリアの隣にいるミリアは、妹の様子に安堵したような表情を浮かべてから、カズヤを見守っている。
何かあれば、直ぐにでも癒せるようにと言う配慮からだ。
志希は手伝う方が危険なので、じっとカズヤの仕事を見ている。
イザークはその志希の側に立ち、いつでも庇えるように自然体でいる。
下手な緊張をしている方が、反応が遅れるからである。
志希はそんな事とは知らず、カズヤから安全だという合図を貰うまでイザークの隣でぼんやりと待つのであった。