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神凪の鳥  作者: 紫焔
初めてのパーティ
24/112

第二十三話

 志希は目の前で起きている出来事に、凍りついたように動く事が出来なかった。

 アリアがカズヤの手伝いを始めたのを目の端で見えたので、そちらに視線を動かした瞬間にカズヤがアリアを突き飛ばし、彼女に突き刺さるはずだった罠の矢を受けていた。

 青ざめた志希にいち早く気付いたイザークがその視線を追い、一瞬目を見開いた後ミリアの腕を掴んで大股で歩き出す。

 同時に、アリアの悲鳴が室内に響き渡る。

「カズヤさん、カズヤさん!!」

 アリアの悲鳴と声にミリアは何事かと驚いたが、直ぐに正気に戻り倒れ伏しているカズヤに駆け寄る。

 アリアはカズヤの体を掻き抱き、泣きながら必死に名前を叫んでいる。

 突然の惨劇に志希の思考は止まっていたが、叩きつけるような精霊達の警告が正気に戻す。

「壁際から離れて!!」

 志希の警告の声にイザークが反応した瞬間、周囲の壁に変化が起きる。

 まるで幻のように、壁の所々が消えていく。

 その壁の向こうには、志希の想像を絶する獣が居た。

 一匹は三つの首を持ち、白く濁り毛皮がべろりと剥げた姿を持っている。

 一匹はとても大きな体躯を持つ犬のように見えるが、毛皮の一本も無く一歩前に足を進める度にグチュリと不快な音を立てて体のあちこちから黒い液体を滲み出している。

 一匹は涎のような腐汁を口の端から垂らし、黒く腐った肉を滴らせ虚ろな眼窩を晒しながらゆっくりと歩いてくる。

 全部で三匹ほどのその獣。否、獣と呼ぶ事すらおこがましい物体は、全て腐敗臭を放っていた。

「うぶっ……!」

 志希は喉を鳴らし、手で口を押さえて青ざめる。

 腐った獣達から漂う臭いとその外見に、志希は吐き気を催してしまったのだ。

 イザークは志希のその姿を目の端で確認してから、ざっと周囲を見回す。

 壁が消えたのは六か所で、イザーク達の背後にも魔獣の部屋らしきものがある。

 そこからは、四匹目の魔獣が這い出てこようとしていた。

 足が折れているのか、それとも腐り落ちたのかまともに動く事も出来ない死した獣。

 肉が溶け落ち、頭の部分の頭蓋を晒している。

 そのあまりにおぞましい姿にアリアは悲鳴を上げ、顔を紫色に染めているカズヤを抱きしめる。

 ミリアは死獣達が出てきた時点で大鎌を構えてはいたのだが、カズヤのあまりにも不自然な顔色に気がつき足を止める。

 顔色が紫になる等、普通の怪我では考えられない。

 カズヤの革鎧を貫通し、脇腹に刺さっている矢尻に何らかの毒物が付着していたのは間違いないだろう。

 早く毒を中和し傷を癒さなくてはならないのだが、毒を中和する為には対象に触れなくてはならない。

 イザークは素早く思考を巡らせながら、もう一度パーティのメンバーに視線を走らせる。

 相棒ともいえるカズヤは現在毒矢を受け、昏倒中。

 魔術師であるアリアは酷く取り乱し、冷静さを失っている。

 神官戦士であるミリアはアリアよりも遥かに使えるがしかし、敵の数がいかんせん多すぎる。

 カズヤの状態が刻一刻と悪い方へと向かっている以上、戦えと指示を出した場合彼が死んでしまう可能性が高い。

 精霊使いと言うくくりにいる志希は、初心者中の初心者だ。

 戦闘すら初めてで、初めて目にするアンデットに嘔吐を堪えている最中だ。

 しかも、一人パーティから離れている状態で。

「シキ!」

 イザークが名を呼ぶと志希は一瞬動きを止めるが、何を言いたいのか分かったのか駆け寄ってくる。

 無論、直ぐ近くに獣のなれの果てが居るのだが、一人離れている方がはるかに危険だ。

 近くに来た志希は、腐敗臭と濃厚な血の臭いにまた吐き気を刺激されて口を押さえている。

「ミリア、直ぐそこのをやってくれ。早々に倒さねば、落ち着いて魔法も使えまい」

 大剣を構え、ゆっくりと囲み始める死した獣を警戒しながら指示を出す。

「分かったわ」

 ミリアは頷き、背後の腐肉の塊でしかないモノに向き直ろうとする。

 だが。

「姉さん! カズヤさんの方を先に! これ、この毒は危険すぎます!」

 半泣きのアリアがそう焦って声を上げ、ミリアを引きとめてしまう。

「では、アリアがそれを倒せ。そうすればミリアも精神集中が出来るだろう」

 アリアの言葉にそう言い、イザークはどの獣が襲ってくるかを警戒する。

 正直、どちらでも良いので行動して欲しいのだ。

「は、はいっ」

 震えた声で返事をするアリアだが、腕は震え精神を集中するどころではない状態だ。

 半瞑想状態にならなくては魔術師たちの魔法は発動しないため、今のアリアでは下手をしたら魔法を暴走させかねない。

 その事にイザークが舌打ちをした瞬間。

「お願い……」

 苦しい声音で、志希が呟く。

 瞬間、パーティを囲む様に土壁が突然出現した。

 突然の事にイザークは瞠目し、志希を振り返る。

 志希はなんとか吐き気を堪えながら、イザークに一つ頷く。

 ミリアとアリアは突然出来た土壁に驚くがしかし、この土壁があればカズヤを癒すだけの時間を稼げると判断した。

「イザークさん、カズヤさんの矢を抜くの手伝ってください! 鎧まで貫通していると、わたしの腕力じゃ抜けません!」

 そもそも、毒物の素が体の中にある状態で毒を中和しても効果がない。

「分かった」

 ミリアの言葉に頷き、アリアをカズヤから強引に引き剥がしてイザークは傷口を確認する。

「このまま抜くぞ、すぐに毒の中和と治癒を頼む」

 革鎧を切り取る事など出来ないので、このまま矢を抜く事を決めるイザーク。

 矢尻には返しがあり、引き抜いた際に更に内臓関係にダメージを与える可能性もある。

 だがしかし、それに配慮している暇などない。

 矢に手をかけたところで、ゆっくりとミリアは手を祈りの形に組む。

「慈悲深き大地母神、エルシルよ……」

 目を閉じ集中しながら、神への祝詞を口にする。

 奇跡を起こす為の言葉を聞きながら、イザークは一息に矢を抜く。

 その痛みに声を上げ、目を開くカズヤ。

 脇腹からは毒を含んだどす黒い血が噴き出し、アリアの悲鳴が響く。

「いてぇ……」

 うめき、呟くカズヤの声にイザークが当たり前だと答える。

「今まさに毒矢を抜いたところだ、痛くない訳がなかろう。しかし……お前らしくも無いドジを踏んだものだな」

 イザークは意識が戻った事に険しかった表情をやや緩め、そう話しかける。

「仕方、ねぇだろ……」

 苦しそうにしながらも、憮然とカズヤは答える。

「まぁ、お前らしいがな」

 カズヤの言葉にイザークは肩を竦めながら、ミリアを見る。

 ミリアはカズヤの傷口に手を当て、毒を中和する奇跡を発現させていた。

 傷口に当てた手は柔らかな光を放ち、カズヤの体から毒素を中和していく。

 それを確認してから、ミリアは再び祝詞を唱え始める。

 今度は傷を癒す奇跡を願うもので、もう片方の手を傷口に当てて精神を集中させていた。

 なんとか吐き気を収めた志希は、青ざめた顔のままカズヤの方を見ようとして、アリアに気がつく。

 カズヤの意識が戻ったことで安堵したのか、それとも諸々の感情が溢れだしたのか子供のように泣きじゃくっている。

 普段はおとなしく、冷静であろうとするアリアのその姿に志希は思わず安堵してしまう。

 何となく、自分一人が気持ち悪いとか怖いという感情を抱いているわけではないと感じられるからだ。

 志希は今まさに、他人と自分の命の危機という現場に居合わせていたのだ。

 しかも、映画などでしか見られないようなアンデットに襲われかけて。

 現実逃避をしそうになった瞬間、引き戻してくれたのはイザークの声だった。

 現実味の感じられない状態であるのを、彼に名前を呼ばれただけで正気に戻れたのだ。

 イザークの傍で自身の吐き気だけを堪えている最中、カズヤだけではない自分達の命の危機。

 だからこそ、土の精霊に願ったのだ。

 みんなを護りたいと言う事を。

 その形が頑強な土壁で、死にながら動く獣達から身を守ってくれている。

 そして今ミリアが、アリアや志希、イザークの目の前でカズヤの命を救っている。

 この瞬間、志希は初めてこの力があって良かったと心から思えた。

 誰かの役に立つ事、誰かの命を救うきっかけになれた事。

 冒険者となって幾ばくかの後悔はあったが、こうして人の助けとなれる事を知ったから志希は初めて『神凪の鳥』である事を感謝した。

 志希にとって、『神凪の鳥』と言うものはある種疎ましい力だと感じられていたのだ。

 人ならぬものになったとしても、その精神は人でしかない。

 まして、元々は平和に慣れ親しんだ身体共に脆弱な一般的な日本人だ。

 突然異世界へ放り出され、剣と魔法の世界に直ぐに慣れろと言われても無理と言うしかないのだ。

 だがそれでも、志希は生きて世界を見る事を選択した。

 ならば慣れる以外は道も無く、何かを傷つけ殺していく事になるのを覚悟していかねばならない。

 本当の意味での覚悟を試されたと志希は思いながら、ゆっくりと深呼吸をする。

 カズヤの血の臭いと、獣達の腐臭。

 それらに喉を鳴らすが、嘔吐してはいけないと自分に言い聞かせる。

 自分が出来る事で戦い、皆で無事に帰る。

 死した獣たちをもう一度殺し、眠らせてこの場所から生きて出る。

 そう志希は心を決めて、ゆっくりとイザークを見る。

 未だ治療中のミリアと、泣きじゃくるアリアに気がつき慰めるカズヤ。

 イザークはそんな彼に呆れたような目を向けていたが、志希の視線に気がつきすっと表情が変わる。

「シキ、行けるか?」

 問いかけるイザークの声に、志希は一つ頷く。

「多分、大丈夫」

 応える声は震えているが、強い意志を秘めている。

 イザークは志希の返答に頷き、立ち上がる。

「こちらは俺と志希でなんとかする。二人はカズヤを見ていてくれ」

 イザークはそう言って、カズヤ達より少し離れた所に立つ。

「俺が二人立つほどの大きさで、壁に穴をあけられるか?」

「うん、出来る」

「ならば頼む」

 イザークの指示に志希は頷き、イザークの斜め後ろに立って呟く。

「開けて」

 志希の言葉に応えるようにイザークが立っているところを中心に口が開くが、同時に志希の背後に土壁が立つ。

 それは、志希なりの保険だ。

 何かがあった時には、後ろの人間が最も危ない。

 イザークが抜かれるような事はないと思うが、それでも志希はこれ以上後ろの三人に怖い事が及んで欲しくなかったのだ。

 足が震えて、本当は逃げ出したい気持ちの方が強い。

 その志希に背中を見せているイザークは大剣を構え、口を開く。

「援護を頼む。こいつらをお前の元には行かせんから、安心しろ」

 低く、艶のある声が静かに言葉を紡ぐ。

 それは魔法のように、志希の気持ちを落ち着かせた。

「うん!」

 まるで子供のように志希はイザークの言葉を信じ、頷く。

「上等だ」

 大きな背中を見せるイザークの声は楽しげに笑い、一歩前に踏み出す。

 いつの間にか、彼の前に三頭の死獣が立っていた。

 志希は咄嗟に、二頭の足止めをする事を選択する。

「足止めを!」

 志希の言葉に、土の精霊が応える。

 石畳のはずの床から土が盛り上がり、イザークの左右にいる死獣の足を捕らえる。

 死獣は唐突に動けなくなった事に苛立たしげに首を振り、腐汁をまき散らす。

 生きていたころの動きそのままの仕草なのだろと思うと、志希はこの死獣に憐みを覚える。

 そして憐みを覚えるならばこそ、彼らを速やかに安らかな眠りへとつかせてやらなければならないのだと吐き気とこれから彼らに加える危害への嫌悪を堪える。

 それを体現するように、イザークは片手で大剣を横に一閃する。

 あまりにも早いその横薙ぎの攻撃は、死獣の腐肉を叩き潰し骨を折る。

 しかし、痛みすら感じない死獣にはそれの攻撃に声を上げる事もせず、ゆらりと起き上がる。

 潰れ、折れた部位はそのままなのでバランスをとるのが難しく、ふらふらとしてはいるが敵意は薄れない。

 むしろ、他の死獣達ともども敵意を募らせている。

 獣の体に憑いている怨念が、ますます強く濃厚になる。

 それを感じ取る志希は肌を泡立て、逃げ出したい衝動に駆られる。

 瞬間、イザークが一歩前に出る。

 志希に逃げるなと言うかのように、イザークが小さく気合の声を上げて大剣を上段から振り下ろす。

 大きな大剣が空気を切り裂く音を立てながら、死獣を両断する。

 腐った血と肉が床に広がり、死獣が声無き断末魔を上げる。

 聞こえるはずの無いその声に、志希は思わず両の手を組み目を閉じる。

 その間にも土の精霊が捕縛している死獣をイザークが全て屠り、連続でその断末魔を上げさせていく。

 志希はその度に、祈るように願う。

 命をもてあそばれ、怨念に呑み込まれた悲しい獣達の魂が安らかに眠れるように。

 すると。

「我が母なる大地母神よ、我が前にある死にながら生きる者たちに安らぎを」

 と、土壁の向こうから朗々としたミリアの声が聞こえてきた。

 同時に、土壁の向こうで癒しの法力ではなく浄化の法力が高まっているのを感じる志希。

「シキ、オレはもう大丈夫だから開けてくれ」

 ミリアの詠唱の合間に、カズヤの声が聞こえた。

 カズヤの言葉に一瞬逡巡したが、志希はカズヤの言う通りに土壁を消す事にする。

 何より、最後の立ち上がる事も出来ない死獣をイザークが屠っているのが見えたからだ。

「守ってくれて、ありがとう」

 志希の感謝の言葉に、土の精霊達は喜びながら土壁を一瞬にして消す。

 突然開けた視界に、無残に叩き潰された死獣が見える。

 宿るべき器を潰された怨念が渦を巻いているが、その音無き音をかき消すようにミリアが祈願の言葉を長く、高らかに唱える。

「汝の苦しみは母の腕に、汝の悲しみは母の胸に」

 複雑な印を切り、浄化と鎮魂の祝詞は続く。

「呪われしその生を終え、慈母の腕で眠りなさい」

 ミリアの祝詞が終わると同時に、彼女から優しい柔らかな光が放たれる。

 それを浴びた死獣達の屍が端から塵になり、部屋に充満していた怨霊の気配は緩やかに浄化されていく。

 血臭や声無き怨嗟が消えて行き、志希の耳には嬉しげな動物達の鳴き声が聞こえていた。

 神に属さねば出来ぬ奇跡の御業に、志希は思わず感嘆の溜息をつきながらゆっくりと瞬きをする。

 完全に浄化され、昇華された魂たちは惑う事なく世界樹の泉への流れに乗る。

 神官ですら見えぬその魂の流れを、志希はその金の瞳で視る事が出来た。

 その美しい光景に感動で目を潤ませているのが恥ずかしくて、志希はそれを誤魔化すように俯く。

 そんな志希の心情など全く気にせず、後ろから接近したカズヤが志希の頭をくシャリと撫でる。

「ありがとうな、シキ。マジで助かった」

 カズヤの言葉に志希は緩く頭を振り、なんとか笑みを浮かべる。

「何もしてないも同然だよ?」

 志希の言葉に、カズヤは肩を竦める。

「お前が壁、作ってくれたんだろ?」

 カズヤの言葉に、志希は曖昧に笑みを浮かべる。

 すると、落ち着いたらしいアリアが口を開く。

「シキさんは精霊使いと仰いますが、どの様に精霊と交感をなさっているのでしょうか? わたしが知る限り、精霊との交感には独自の言葉が必要になるはずです。それを使わずに大きな力を行使するなど……信じられません」

 アリアの言葉に、志希はどう返事をするかを悩む。

 むしろ、この姉妹は何故答え難い事を質問するのかと突っ込みを入れたい衝動に駆られる。

 だが、そんな突っ込みを入れるのもまた大人げ無いと思ったのと、そんな事をすればもっと困った事になりそうな気がして自制する。

 それに実際、精霊使いと言うものは独自の言語で精霊と交感し、従えるのが本来の姿である。

 志希の場合は精霊に願ったり、思考を読み取られる事によりその現象を起こすものだ。精霊使いと言うには異端なのである。

 志希は泡沫の様に頭に浮かぶ知識が現状を打破するのに全く役に立たないため、ますます困り果ててしまう。

 そこに、小さく嘆息したミリアがつかつかとアリアの前に立ち、その頬を軽く叩く。

「シキちゃんの事を追求する前に自分が冒険者として何もしなかった事を反省なさい」

 ミリアの厳しい言葉に、アリアは目を丸くしながら叩かれた頬を押さえる。

「確かに、色々と追及したい事をシキちゃんはしたわ。けれど、冒険者として仲間を助けるための立ち回りをきちんとした。役割を果たしたわ」

 姉として、何よりも冒険者としてミリアは妹のアリアに問いかける。

「アリア、貴方は今の戦闘で何をしたのかしら?」

 アリアは姉の問いかけに、ひくりと喉を鳴らす。

 目を潤ませ、何か言おうとするが言葉は出てこない。

 実際に戦闘の補助として大剣に魔力を付与する事や、敵の一体にでも攻撃の魔法を放つ事もできた筈なのである。

 姉と二人の時には出来た筈のそれが全くできていなかった事を指摘され、アリアは何一つ言い返す事が出来なかった。

「これがわたしと二人だったら、今頃さっきの死獣の仲間入りよ。今回はイザークさん達が居たから、なんとかなったようなもの。これからも冒険者を続けて行くなら、今の出来事を踏まえて自分がどう立ち回るべきであったのかを考えなさい」

 そこまでミリアが言い切ると、アリアはぽろぽろと涙を零しながらこくこくと頷く。

 カズヤはそんなアリアに声をかけようとして、止める。

 実際、自分の役割を果たせないのは冒険者としては失格なのだ。

 しかし、志希は咄嗟に声を上げる。

「今回は皆何とか生き残ってるんだから、泣かないで。次から気をつけて、頑張ればいいよ!」

 出来うる限り明るい声で、志希はアリアに声をかける。

 アリアは志希の言葉に頷くが、涙が止まらない。

 初心者である志希が頑張ったのに、己が何一つまともに動けなかった情けなさに急に襲われたのだ。

 好意を持っているカズヤの大きな怪我に動揺し、魔術師として何もしなかったのは本当に恥ずかしい事だとアリアは自覚したのだ。

「……少し、ここで休憩するか」

 ますます泣き出してしまったアリアに志希が困惑していると、イザークが嘆息交じりに提案する。

 落ち着くまで待たなくては、また同じ轍を踏ませてしまうと判断したからである。

「んだなぁ」

 カズヤも苦笑しながら頷き、イザークと志希の近くに移動して腰を下ろす。

 服は血塗れになってしまっているが、着替えずにそのまま探索を続行する気満々である。

 何故かと言うと、着替えても肌には血がついている状態である以上、また服を汚してしまう。

 それに、戦闘があれば汗をかくし自分の血なり相手の血なりを浴びる可能性もあるのだ。一々汚れ物を量産するよりも、戦闘後に布なりで体を拭いてから着替えた方が良いのだ。

 まして、ここの本来の目的地は泉である。

 水を汲んでそれで体を拭く事も出来るのだから、ここで意地になって着替える必要はないのだ。

 志希はまだ困惑した表情でミリアとアリアを見比べているが、イザークが志希の肩を叩いて促し三人は取り敢えず休憩を始めるのであった。

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