第二十二話
最初こそ罠があるかと警戒していたがそのような事は無く、中に入れば埃と蜘蛛の巣にまみれた廃墟の一室があった。
以外に質素な室内を一通り調べると、隠し扉を見つける事が出来た。
無論、罠などが無い事を確認してから一行は隠し扉を開けて中へ入り、地下へと続く道を見つけて降りていく。
それほど長いわけではない階段を下りきると、真っ直ぐの廊下が目の前に広がる。
上の廊下とは違い、並んで歩ける人数は二人が限界だろう。
「長そうだな」
小さく呟き、カズヤはアリアの魔法の明かりを前に出しながら歩きだす。
罠に気をつけながら歩くカズヤの足取りは軽いが、慎重だ。
広い廊下に罠を仕掛けられる事は少ないが、細い通路はその限りではない。
最も多く通る場所に罠を仕掛けた方が、効率的だ。
しかし、カズヤは上の通路でも罠を警戒して歩いていた。
その事に志希は疑問を抱くが、質問はしない。
カズヤの邪魔になってしまうし、何より肌が泡立つような感覚を覚えていて緊張しているからだ。
足が小さく震え、志希は喉を鳴らして唾を飲み込む。
精霊達が騒ぎ、志希に警戒を促す。
「シキ、如何した」
隣を歩くイザークが声をかけてきた事に肩を震わせ、志希は彼を見上げる。
「なんかいる感じと、何ていうか……凄い悪寒がする。寒いって言うか、何ていうか」
戸惑いながら、自分が感じる物を伝えようとする志希。
静かな廊下に響く志希とイザークの話す内容に、ミリアが感心した表情を浮かべてちらりと肩越しに振りかえる。
「良く分かったわね。これ、霊気よ」
ミリアの言葉に、えっと声を上げるのはアリアだ。
その彼女に説明するように、言葉を続ける。
「この地下部分には、凄い霊気が渦巻いているわ。上はさほど感じなかったのに……多分、この場所は相当酷い事をしていたんでしょうね」
ミリアの淡々とした説明に、アリアは成程と頷く。
「姉さんが言う事が確かなら、この場所はもしかしたらゴーストやリビングデッドの類が居るかもしれませんね」
真剣な声音に、志希は思わず顔を顰める。
ゴーストは未練を残して死んだモノや、恨みを残して死んだモノが成りやすい。
特に強い恨みと嘆きが入り混じれば、それはバンシーと言う泣き叫ぶ女の形をした亡霊となる。
ゴーストは強い怨霊や悪霊になるための足掛かりとして、最初に発生する霊の形なのだ。
志希は自然に引き出された解説に嫌な表情をしていたのだが、ミリアはそれを見て勘違いをしたのか優しい表情を浮かべる。
「感受性の強い人は、霊気を感じやすいわ。そして、その分神との交感もしやすいから神官に向いている、と言われているから……案外シキちゃん神官に向いてるのかもね」
ミリアはくすりと笑って言い置いてから、表情を引き締める。
「霊気を感じる神官の中から、更にその感覚を実戦的にまで高める訓練をした者がアンデッドキラーになれる。わたし、実はまだ未熟だけどその資格を持っているわ」
ミリアの言葉に、イザークは感心したような声を上げる。
「アンデッドキラーか、神に愛されているようだな」
「まぁ、ね」
イザークの言葉にミリアは何とも言えない表情で肩をすくめ、自身が背負っている大鎌を見る。
アンデッドキラーは、大地母神と秩序と光の神の神官戦士が不死者達を秩序と循環を破壊する存在であると断定し、裁く為になるものだ。
魔法の殆どを不死者達を滅する浄化の力へと特化し、戦いの業へと昇華した者たち。
しかし、それらの業を使いこなすには法力が高くなくてはならず、アンデッドキラーになる為には司教位と同等の法力が無くてはならない。
アンデッドキラーの資格を持つミリアは破格の法力を持つという事になる。
法力は神からの加護の厚さ故に強くなると言われているので、イザークが口にした言葉は誰もが抱く感想なのである。
志希はアンデッドキラーという単語から自動的に脳裏に浮かんだこの説明に、ほんの少しだけ苦い表情を浮かべる。
志希が一般の人間やアンデッドキラーではない神官よりも霊気に対し遥かに鋭敏なのは、『神凪の鳥』であるからだ。
しかし、ミリアに対しそのような事を言うわけにもいかない。
小さく嘆息を零し、志希は再び静かになった一行の後を着いて歩く。
薄ら寒い空気の廊下を足音を響かせて歩いていたが、不意にその足音が止まる。
一行の前に、黒い鉄の扉が立ちはだかったからだ。
「扉はここ一つだけ、か……嫌な感じだな」
苦虫を噛み潰した様な声でカズヤは呟き、扉に触れようと手を伸ばす。
しかし、扉はカズヤの声を聞いたから、それとも人の気配を感じたからか分からないが自動的に開いて道を空けた。
ますます嫌な感じだとカズヤは顔を顰め、後方にいるイザークを振り返る。
「どうする?」
このままの陣形で行くべきか、それともイザークを前に出す陣形で行くべきかを言葉少なく問いかける。
罠が仕掛けられていてもおかしくないほど、細い通路。
しかし、カズヤの勘は罠が無いと囁いていた。
むしろ、通路よりもこの先が危険だと訴えている。
カズヤ言葉を裏付けるように、志希の表情が堅い。
「この先は凄く広い部屋みたいなんだけど……良く、分からない。何かに邪魔されてるような感じで、良く見えないの」
堅い声音が告げた言葉は、物凄く不吉だ。
同時に、遠見をしていたかのような言葉にアリアとミリアは驚きの表情を志希に向ける。
しかし、その二人に対しイザークは少々あきれた表情を浮かべて口を開く。
「詮索よりも、現状をどうにかするかを考えろ。先に進むのか、進まないか」
イザークの低く、艶のある声音での問いかけに、ミリアとアリアははっと表情を引き締めて頷く。
「そ、そうね。わたしは、先に進みたいと思うわ。もし死霊が居るのであれば、弔うのがわたしの役目だから」
大地母神の聖印を揺らし、ミリアは自身の希望を述べる。
「わたしも、先に進みたいと思います。この先にもしかしたら、見た事もない魔道具があるかもしれませんから」
今までよりも少し大きめの声音で、しっかりと己の意見を言うアリア。
しかし、その目はちらりとカズヤを見たりしているあたり、下心もあると言うのが良く分かる。
「怖いけど、私も進みたい。ここまで来たって言うのもあるけど……先に何があるのか、見てみたいなって」
志希の好奇心に満ちた言葉に、イザークは頷きカズヤを見る。
「俺も先に行くのは賛成だ。少々危なっかしいかも知れんが、下手な事をしなければまず大丈夫だろう」
淡々と紡ぐ言葉には、彼の自信が窺える。
「まぁ……気はすすまねぇが、行ってみるか。きっちり魔術師と神官、精霊使いが居るからなんとかなるだろうしな」
カズヤはイザークの言葉に勇気付けられたように頷き、カズヤは前を見ながらミリアを指で招く。
「オレの隣、歩いてくれ。イザークでも良いんだが、シキが居るだろ?」
後ろから襲われる恐れはないだろうとは思っていても、頼りない少女一人に後ろを歩かせるのは微妙だと言うカズヤの言葉に、ミリアは素直に頷く。
隣のアリアは若干羨ましそうにミリアを見ているが、彼女は妹の頭を一つ撫でてからカズヤの隣に並ぶ。
「んじゃま、行くぜ」
若干緊張した、堅い声音。
常のカズヤでは聞けないその声に志希は頷き、大剣を抜いて歩くイザークとともに歩きだす。
鉄の扉に誘われるがまま中に入ると、軋んだ音を立てて扉が閉まる。
その事に志希の足が一瞬止まりそうになるが、暗闇に仄かに浮かぶイザークの金の目が止まるなと語りかける。
志希はイザークの視線に頷き、震える足を叱咤して前に前にと足を進める。
一歩歩くごとに、膨れる緊張感。
志希は慣れない緊張に目眩を感じながら、前に進む。
緊張感からか、それとも何かを感じるからか志希は酷い息苦しさも感じており、普通に歩いているのに息が激しく乱れていた。
「シキ」
静寂しかない廊下に、低い声音が響く。
志希はびくりと体を震わせ、声の持ち主を見上げる。
闇に浮かぶ金の目は冷徹な光を帯びていたが、ふっとそれが優しく和む。
同時に、志希の背中を大きな掌が優しく、勇気付けるように軽く叩く。
それだけで強張っていた気持ちが緩み、体の力が抜ける。
志希のその様子にイザークが息だけで小さく笑い、再びポンポンと背中を優しく叩いて促す。
志希はそれに応えるように頷き、気を引き締める。
威圧するような空気に呑まれず、自分を見失わないようにとしっかりと前を見据えながら歩く。
長く感じる廊下の先に、長方形の形をした光が見える。
そこが出口なのだろうと思うと同時に、再び圧迫感が襲ってくる。
同時に志希の側にいる精霊達がざわめき、警戒の色を強くする。
志希は彼らと同調する事で、建物の内部を視る事が出来る。
だがしかし、地下に降りてからは視る事が全くできていなかった。
精霊と同調する事は出来るのだが、阻害されるような感覚があり気配を探る事すら難しい。
おそらく、この建物が健在であった時に精霊や魔術などで建物の中を探られる事など無いように、阻害の魔法をかけてあるのだろうと志希は結論付けていた。
だがしかし、この異様な圧迫感を感じてからは本当にそうなのだろうかと思い始めている。
重苦しい重圧は、この先に来るなと明確に伝えている。
気配に敏いイザークとカズヤも、何か感じているのかもしれない。
志希はそう思いはするが、口を開くのを躊躇してしまう。
アリアとミリアに、自分が何であるかを告げていないのと同時に、信頼して良いのかが分からないからだ。
一時しのぎでしかないパーティである以上、余計な事は言わない方が良い。
自身の力をどこまで見せれば普通なのか、どこまで見せたら異質になるのかの判別が全くついていないのだ。
知識があっても経験がついてこない以上、下手な事をするのはある意味命取りになってしまう。
志希がそうやって迷っている間に、先頭のカズヤは出口へと踏み出していた。
「広いな」
カズヤの呟きで志希はそれに気が付き、何事もない様子に少しだけ安堵する。
すると志希の様子に気が付いたからか、イザークが励ますように背中をポンと叩く。
志希は前を見たままイザークに頷き、しっかりとした足取りでアリアの後を追って出口へと足を踏み入れる。
暗い中から急に明るい所に出たせいで目が慣れず、目を細めて周囲を見回す。
高い天井には物凄く明るい照明が付いており、周囲の壁は白く光を反射し明るく見せている。
がらんとした広いその部屋は、壁が緩やかな弧を描いていた。
見るからに円形に作られているとわかるその形に、カズヤは眉を潜める。
「何だこの部屋……」
カズヤが訝しげな声を上げると同時に、志希達の背後にあった廊下に戻る出口が甲高い金属音を響かせる。
「わぁ!」
志希は背後で響いた音に驚き、声を上げながら前に飛び退き振り返ると絶句する。
出入り口であろうそこには、太くて頑丈な鉄で出来た格子が下りているからだ
錆び一つ浮いていないそれには、恐らく保存の魔法が掛けられているのだろう。
「何事ですか!?」
アリアは志希の悲鳴に驚き、思わずと言ったように問いかけながら振り向き、息を飲む。
「うわ……厄介だな」
カズヤはぼやきながら、鉄格子が下りた出口に向き直る。
「普通の部屋とは思えんな」
イザークはそう言いながら、前に出てぐるりと部屋を見回す。
「同感。なんか、凄く淀んでいて……嫌な場所」
ミリアは顔を顰めてそう言い、アリアは青ざめながら姉の側に立つ。
「取り敢えず、この広場を調べるか。この鉄格子を上げる仕掛けもあるかもしれねぇしな」
カズヤは頭を掻きつつ言いぐるりと部屋を見まわし、ため息をつく。
壁は何の変哲も無い、普通の石壁に見える。
しかし、油断させておいて何があるかが分からないのが古代文明の遺跡である。
まして、鉄格子の降りた入口以外に出口らしきものもみあたらない。
「こりゃ、侵入者専用経路のどん詰まりってやつだろうな。ここ以外の道筋で地下に降りれるところもあっただろうが……まぁ、言っても詮無い事か」
カズヤは嘆息交じりで言いながら、手近な壁に近づき罠の有無を調べるべく短剣を抜く。
ミリアのすぐ隣に立っていたアリアは、カズヤの行動に気が付きほんの少し迷ってから彼の側へと寄って行く。
「あの、わたしにも手伝える事はありませんか?」
アリアの問いに、カズヤはそうだなと呟き一つ頷く。
「あれだ、魔法が掛かった罠とかねぇか調べてくんねぇ?」
魔法が掛かった罠なども見分ける事が出来るのだが、アリアが手持無沙汰なのだろうと思ったカズヤは一つお願いしておく。
「あ、はい!」
アリアは満面の笑顔でカズヤの言葉に頷き、杖を握っていないいない方の手を壁にかざしながら呪文の詠唱を始める。
ゆっくりと手を動かしながらアリアが横に一歩移動した瞬間、ガコンと言う音とたたらを踏む彼女。
驚いた表情で転びかけた体勢で堪えようとするアリアの真正面にある壁が小さな音を立てて横にずれ、空洞をあらわにする。
それを見たカズヤは咄嗟にアリアを突き飛ばすと同時に、脇腹に衝撃を感じた。