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神凪の鳥  作者: 紫焔
初めてのパーティ
22/112

第二十一話

 見張りの最中や、交代後も特に何事もなく時間が過ぎた。

 若干眠そうなカズヤに起こされてから硬いパンと干し肉で朝食を済ませ、焚き火の後始末をして早々に出発した。

 特筆すべき事は殆どなく、拍子抜けするくらいあっけなく遺跡に到着した。

 目の前には崩れた壁と、扉の無い門。

 その向こうには、辛うじて屋敷の形を残した柱と石壁が見える。

「中は殆ど崩れて、屋根が辛うじて残っている状態だ。地震とか来たらあぶねぇが、まぁ大丈夫だろ」

 カズヤはそう説明してから、勝手知ったる何とやらと言った様子で中に入っていく。

「それじゃ、わたしも続くけど……殿をよろしくね、イザークさん」

 ミリアはそう言って、カズヤの後から中に入る。

「では、行きましょう」

 アリアは志希とイザークにそう声をかけて姉の後を追い、イザークは志希の背中を押して中に入っていく。

 心の準備と言いたかった志希だが、仲間に置いていかれてはたまらないと慌てて足を動かし中に入る。

 屋敷の前庭は雑草や蔦に覆われて、美しかったであろう景観はすっかり荒れ果てていた。

 敷かれた石畳もひび割れ、そこから生命力の高い雑草が葉をおい茂らせている。

 その草を踏みつけ、かき分けながらカズヤは進んでいく。

 屋敷の壁が崩れ、大きな岩石があちこちに転がっている。

 しかも苔生した庭にあると言うのに断面に苔一つ見当たらず、周辺の草を押し潰すように横たわっていた。

「なんか、以前来たときと様子が変わってんな」

 カズヤがぼそりと呟き、ミリアとアリアは彼を思わず見る。

「来たこと、あるんですか?」

 アリアがおずおずと問いかけると、カズヤは頷く。

「ああ。この水汲みの依頼は最初のころ頻繁にやってたからな。水汲みだけで報酬が銀貨五枚だぜ? 戦闘も殆どねぇから、かなりウマいんだ」

 カズヤは岩石に近づき、断面を確認しながら指の腹でそっと触れる。

 見た限りでは罠の類があるようには見えなく、そもそもこの辺りに罠があるとすれば大分以前に解除されているはずなのだ。

 そう理解していても、カズヤは入念に岩石を調べる。

 無い筈と思って行動するのは、冒険者として以上に盗賊としては命取りになる可能性が高い。

 それを師匠に嫌と言うほど叩きこまれたカズヤは、無意識にそれを行ってしまう。

 カズヤが岩石を調べているのを見ていたイザークが、ふと思い出したように口を開く。

「この辺りで地震があったそうだ。一昨日、ミラルダと偶然会った時にそんな話をしていた」

 正確には、志希に一方的に喋っていただけだが。

 それを聞いたカズヤは若干胡乱とした表情を浮かべつつ、岩石を調べるのをやめる。

「なるほど……って、あの時ミラルダがいたのはそのせいか?」

「いや。丁度交代時間で、帰宅する所だったらしい。偶々シキを見かけて、世間話を聞かされていた」

 イザークは思い出したのか、若干ウンザリとした表情を浮かべる。

 イザークの言葉を聞いたミリアとアリアも、何故か酷く同情する表情を浮かべて彼をちらりと見る。

 志希は志希でミラルダから聞いた話は色々な意味で面白く、知識を引き出すきっかけにもなってくれたので感謝をしていたので、なぜ彼らがミラルダをそれほど倦厭するのかがよく分かっていない。

 キョトンとした表情の志希をカズヤは若干羨ましそうな表情をして見てから、気持ちを切り替えるように息を吐いて前を見る。

「なにはともあれ、入るぜ。前とは状況が変わってるみたいだからな……気ぃ引き締めろよ」

 口調も声音も真剣そのもので、志希は背筋を伸ばして頷く。

「うん、わかった」

 志希の緊張で強張った声音に、イザークがポンと彼女の背中を叩く。

 励ます様なその行動に志希は思わずイザークを見上げようとするが、それより早くみな歩き出しているので志希は慌てて背中を追う。

「まぁ、シキは初実戦だ。何が出来るかもわかんねぇままと思うし、イザークやオレが出す指示に取り敢えず従っておけ」

 カズヤの言葉に、ミリアがちらりと志希を見る。

 志希は気まずい表情で彼女を見返すと、くすりとミリアが笑う。

「まぁ、最初から実戦慣れしている人間はまずいないでしょう。見た感じ、シキちゃんは本当に初心者のようだし。実戦の空気に慣れてから、自分なりの立ち回りを探す方が良いわ。それに、今回わたしとアリアもある意味初心者だから……シキちゃんと同じ立場よ」

 アリアとミリアは二人きりでやってきたと言うのであれば、多人数対多人数の集団戦は初めてとなる。

「まぁ、わたしは一応神官戦士だからその辺の訓練は受けているけどね」

 ミリアはそう注釈を付けると、アリアが小さく頷く。

「わたしもがんばります」

 それでもアリアは、少数対多数は経験しているので立ち回りは理解しているだろう。

 真実初心者なのは己だけだと、志希の緊張は増す。

 その姿を見ているイザークは小さく息を吐き、志希の頭をポンと撫でる。

「今から緊張しすぎれば、後になると息切れを起こす。同様に、気を抜きすぎてもだめだ。どちらも適度にするのが、良い冒険者になる秘訣だ」

 イザークの助言に、志希はこくこくと頷くが緊張が取れた様子はない。

 すぐすぐ実践できるわけではないのが、人間と言うものだ。

 例え知識だけがあろうとも、実践するにはやはり時間がかかるものなのだ。

「頑張るっ」

 志希はとりあえず気合を入れて、呟く。

「だから、気ぃ入れ過ぎんなって。まぁ、取り敢えずはこの辺に敵がいないかの索敵は頼んだぞ」

 カズヤは一言、志希にお願いをしておく。

「了解!」

 志希は元気に返事をして、風の精霊と土の精霊に言葉もなく願う。

 風や土の精霊は建物の中にまでその力を及ぼす事は出来ないのだが、志希が居ればそれが可能らしい。

 このあたりの事は、昨夜の精霊との交感で教えられていた。

 もっとも、精霊使いはそれらの精霊を物品に宿らせ触媒とする事もできるのだが、それには精霊が好む物品が必要だ。

 それを持ち歩いている等と言う事は精霊使い達は言わないので、基本的に人工物の中などで精霊を使えるのを知らない冒険者も多い。

 志希はその辺りの事をすっかりと失念していた訳なのだが、精霊達は嘘を吐かないので漠然とそうなのだろうと納得したのである。

 無論、この辺りの事も考えれば『知識』が教えてくれるのだが、この様なところで物思いに耽るのは危険だ。

 感じた疑問などは全て後回しにして、今自身がすべき事柄に集中する。

 先頭を歩くカズヤは慎重な足取りで歩き、全員が警戒しながらついていく。

 大きな屋敷だけあり、廊下などは人が三人並んで武器を振り回しても大丈夫そうだ。

 もっとも、足場は最悪なので気をつけなくてはならないのは変わらないが。

 木と石で造られた室内は割れた窓から入る土埃ですっかり汚れ、床はひび割れて所々穴があいている。

 上をみれば二階の床にあたる天井の殆どが崩れ、その上にある屋根の梁部分が見えていた。

 かなりの歳月を雨風にさらされた無残な廃墟としか言いようのない風景に、志希は時の無情さを感じる。

 しかし、それこそが正しい流れなのだ。

 形あるものはいつか壊れる。

 生き物が死んで、土に還るのと同じ理屈だ。

 カズヤの後を追いながら、志希たちは廊下を歩く。

 土の精霊も風の精霊も、魔獣どころか獣もいないという事を教えてくれる。

「この先の広間に件の泉がある。生物の気配はないが、気を張っていけ」

 イザークが志希が何かを言うより早くカズヤに注意を促し。

「おう、了解」

 カズヤは手をひらりとふって返事をする。

 長く共に冒険しているのを伺わせる二人の行動に、志希は一瞬自分はいらないのではと思ってしまう。

 しかし、落ち込んでも今は何も良い事はないので、志希は引き続き精霊達に策敵をお願いしていたが、土の精霊が触れてきた事で足を止める。

 隣にいたイザークは数歩前に行ってから、足を止めて志希を振り返る。

「どうした」

 イザークの問いかけに、志希は困惑した表情を浮かべる。

「えと……この屋敷って、地下への道ってあったのかなぁって」

 志希の言葉に、イザークは目を細める。

「カズヤ、戻ってくれ」

 突然の言葉に、だいぶん前に行っていたカズヤ達は足を止め、引き返してくる。

「どうした?」

 不思議そうなカズヤの問いかけに、イザークは問いかける。

「この遺跡には、地下への道などあったか?」

「いんや、無かったぜ。ここを調べた先輩方も、師匠も言ってたじゃねぇか」

 何を言っているんだと言わんばかりの表情で、カズヤは答える。

 その答えに、志希は右の廊下を指す。

「こっちの、この廊下を言ったつきあたりの部屋、そこの更に奥の部屋から下に降りれるかもって……」

 志希の言葉に、半信半疑になるカズヤ。

 同じように信じられないといった表情を浮かべるアリアとミリア。

「本当に?」

「本当です」

 ミリアが念を押すように問いかけると、志希は頷く。

「……まぁ、ちらっと寄り道してみるか。マジもんだったら、シキの手柄だしな」

 枯れた遺跡で新しい階層が見つかるとなると、その中は手付かずの可能性が高い。

 そうなればかなり珍しいものや新たな魔道具、貴重な遺失されているとされている呪文なども見つかる可能性が高い。

 しかし、アリアとミリアの二人は気が進まない様子を見せる。

 いくら精霊使いとはいえ、そこまで詳しく屋内の事がわかるのかという疑問があるのだ。

 そもそも、精霊術は精霊との交感で現象を起こす。

 しかし、その際には必ず精霊と会話をする特別な言葉を口にするのだ。

 だがしかし、志希はそのような事をしている様子が全く見られない。

 それで本当にこの屋内の様子を調べ、彼女の言う地下への道があるのかと疑ってしまうのも致し方無い。

 だが、イザークやカズヤが何の躊躇いもなく志希の言う事を信じているのを見ると、真実なのではないだろうかという気持ちが湧いてくる。

 基本的に、実績の無い者よりも実績のある者の方を信じるのがごく当たり前の事なのだ。

 それゆえ、志希への信頼ではなくイザークとカズヤへの信頼でミリアは口を開く。

「分かったわ」

 ミリアの言葉に追従するように、アリアもこくこくと頷く。

「んじゃ、シキ。案内頼んだぜ」

 カズヤの言葉にこくりと頷き、志希はカズヤの後ろへと移動する。

 それに一瞬表情を揺らすのはアリアだが、ミリアに突かれて慌てて表情を元に戻す。

 志希とカズヤはそのような事に気が付きもせず、志希の道案内を聞きながら歩く。

 カズヤの身のこなしは軽快だが慎重で、足音も無く歩いており盗賊らしさを醸し出している。

 その後ろをついて歩く志希は小さく、まるで親鳥について歩く雛鳥のように見える。

 少々場違いな印象を受ける志希なのだが、彼女は全く頓着せずカズヤに道を指示していく。

 大きな廊下を塞ぐようながあった痕跡があるが、それら全てが雪崩を起こしたように崩れ去っていた。

 そのおかげで道が出来ており、カズヤは慎重に足を踏み入れる。

「こりゃ、この瓦礫で塞がれてて進めなかったところだ。ゴーレムとか作って先に進もうとした奴もいたけど、あんまりにも危なすぎて手が出なかったって噂もあったな」

 カズヤは思い出した事を口にしながら、足場がどうなっているかを調べる。

 しかし、特に崩れそうな様子も無かったのでカズヤは振り返って全員を呼ぶ。

「行けるぜ。地震が来て、新しい瓦礫に埋まらねぇ様に祈りながら進もうぜ」

 カズヤの言葉に一同は頷き、志希は再びイザークの横に戻って移動を開始する。

 この先は未知の領域だ。

 素人と言っても差し支えのない志希には、危険すぎる。

 あまりにも足場が悪く、志希が転んでも罠感知と前方の警戒をしているカズヤには構っている余裕はない。

 ミリアとアリアは互いを助け合っているので、余分に志希に気を割いてもらうのも悪かろうと言う配慮である。

 しんがり付近で、余裕のあるイザークに助けてもらう方が一番効率的なのだ。

 全員で助け合いながら、なんとか廊下の突き当たりの部屋の前に辿り着く。

 木目の美しい扉が部屋への道を塞ぎ、カズヤは小さく舌打ちする。

「こりゃ、あからさまに魔法が掛けてあるな」

 今まで見てきた木製の扉は全て朽ちかけたり、粉々に砕けていた。

 だと言うのにこの扉は美しい意匠が施され、あせた様な部分が全くない。

 それは、魔法をかけて保存されているからなのだろう。

「取り敢えず、罠が無いか見てみるから少し離れていてくれ」

 カズヤは一向に少し距離を空けるように指示してから、腰のポーチから折り畳まれた棒が付いた小さな鏡を取り出す。

 折り畳まれた棒を直角になるように引っ張り、小さな音が鳴るまで延ばす。

「悪い、誰か明かりくれ」

 天井に空いた穴から光が降り注いでいても、この場所はちょうど暗くなっている。

 これでは鍵穴が暗く、罠があるかを調べるのが難しい。

 カズヤの指示に、アリアが慌てて小さな光を魔術で生み出す。

 光量を調節できる優れた明かりの魔法で、光が強ければそれだけ効果が短くなる。

「これくらいで良いですか?」

 アリアの問いにカズヤは頷き、指で招く。

 カズヤの意図を汲んだアリアはその明りをカズヤの側に飛ばし、指示を待つ。

「明るさはこれくらいで十分だな。この辺に置いておいてくれ」

 カズヤはそう言ってから、手鏡で鍵穴の中を覗き見る。

「なんで、手鏡で見るのかしら……」

 小さく疑問を呟くのは、ミリアだ。

「鍵穴の中に罠があったら、オレの目が潰れっだろ」

 ミリアの呟きに答えるのは、カズヤだ。

「まぁ、こんな小さい所に仕掛ける奴ってすくねぇけどな。その分、凶悪だぜ」

 カズヤの言葉に、志希は若干青ざめた表情で頷く。

「確かにそうだよね。それに腐食毒とか塗られてたら、まず助からないし」

「そういう事だ。まぁ、取り敢えずはそんな罠なさそうだけどな」

 鏡の角度を調節しながら、カズヤは目を細める。

 鏡を再び折り畳んでポーチにしまい、カズヤは腰に差している小さな投げナイフを一本引き抜き、小さく扉に振動を与えながら調べる。

「なんもなさそうだな。鍵もかかってねぇ所を見ると、魔法じゃねぇかな」

 カズヤの言葉に、アリアが頷く。

「では、わたしが鍵開けの魔法をかけてみます」

「ああ、頼んだ。ただ、あぶねぇから開けるのはイザークな」

 この中の誰よりも身体能力が高いのは彼だ。

「分かっている」

 そう頷き、イザークはアリアに鍵を空けるように目で促す。

 アリアは若干怯えたような表情をしつつ頷き、手に持っている杖を揺ら揺らと動かす。

 表情を引き締め、集中しているのか目を眇めて扉を見る。

「開け」

 たった一言の呪文に応じる様に、木製の扉が一瞬光る。

 そして、扉が小さな音を立てて開いた。


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