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神凪の鳥  作者: 紫焔
初めてのパーティ
21/112

第二十話

 夕食は干し肉と野菜のスープを作り、焚き火を囲んでそれらを食べた。

 その後は見張りの順番を決め、それぞれが外套に包まって寝る事となった。

 最初はイザークと志希で、その後はアリアとミリアの姉妹。

 カズヤは一人で最後の見張りとなった。

 焚き火を囲んで丸くなる三つの外套を眺めながら、志希は目を閉じて風の精霊達に意識を乗せる。

 土の精霊達にも獣や魔獣、妖魔の類がこちらに着たら教えて欲しいとお願いしているので問題は無い。

 風の精霊達が目的地までの道のりを、空から案内してくれる。

 風と一体となり、空を飛ぶのは酷く心地よい。

 その感覚に笑みを浮かべていたが、深とした静寂にパチリと火が爆ぜる音が響き、それによって意識が体に戻る。

 寝坊をしたかのような頭の重さを感じるが、それらは直ぐに霧散する。

 ぱちぱちと薪がなり、火の精霊達が構って欲しいと言うように焚き火の中で乱舞している。

 どうやら、風の精霊や土の精霊ばかり構っていて少し拗ねているようだ。

 さわりと風もないのに木が揺れるのは、植物の精霊が志希に何かやることはないかと尋ねているからである。

 精霊達から寄せられる純粋な好意に、志希は思わず苦笑しまう。

『神凪の鳥』であるから、寄せられる好意。

 本当の自分であれば、きっとここまで彼らは好意的ではなかっただろう。

 そう思うと、少しだけ悲しい。

 志希のその気持ちが漏れたのか、風の精霊が頬を撫でてくる。

 それは慰撫で、悲しまないで欲しい、疎まないで欲しいと訴えていた。

 惜しみない愛おしさと慈しみを、彼ら精霊達は志希に注ぐ。

「うん。君たちのせいじゃないから……」

 ぽつり、と志希は呟く。

 その呟きに応えるように木々は梢を鳴らし、木を燃やす火はパチリと爆ぜる。

 柔らかく吹いた風もまた、志希を慰めるように頬を撫でていく。

 精霊達の囁きが聞こえている志希は、再び目を閉じて彼らの声に耳を傾ける。

 すると。

「寒くはないか」

 と、低い声が問いかけてくる。

「大丈夫」

 そう返事をするが、志希はふといつも抱いている疑問を口にする。

「イザークは、どうしてこんなに私に良くしてくれるの?」

 問いかけられた言葉に、イザークは一瞬目を見開き、次いで焚き火を見る。

「……分らん」

 ただ一言、平坦な声音に困惑を滲ませて答える。

 志希はその答えに、キョトンとした表情を浮かべる。

「クルトに言われた、と言う理由は確かにある。だが……ただ、俺はシキが心配なんだろうと思う」

 滲ませた困惑を綺麗に消して、イザークは呟く。

 まるで幼い子供を心配するようなイザークの言葉に、志希は唖然とした表情を浮かべてしまう。

「私、これでも……一応精神的には二十越えてるんですけど」

 志希の憮然とした言葉に、イザークは一つ頷く。

「理解しているのだが、初対面から今まで世話を焼いているからな。おそらく、その延長の感覚なのだろう。それに……」

「それに?」

 イザークが少し言いよどんだ時に、志希は語尾を繰り返すようにして問いかける。

 じぃっと志希はイザークを見つめ、イザークは志希の目を見返す。

 やや鋭い艶を消した金の瞳と、甘く溶けた金の瞳。それらの視線が絡み合う。

 その時、表情のあまりない金の瞳がふと緩む。

「金を貸しているしな」

 イザークが楽しげな声音で言い、志希はうっと顔を顰める。

「ソウデシタネ」

 何故か片言で志希は答え、イザークはくつくつと喉を鳴らす。

「冗談だ」

 そう謝罪したが、志希は憮然とした表情のままイザークではなく焚き火を眺め、返事をしない。

 子供のような拗ね方をした志希に、イザークは不意に口を開く。

「人の命は、基本的には金で購えないものだ。蘇生魔法があろうとも、死ぬ時は必ず死ぬ」

 酷く静かな声音はどこか厳かで、志希は思わず顔をあげてイザークを見る。

「お前はまだ、地に足を付けているとは言えない。己の基盤も何もなく、『神凪の鳥の志希』としては始まったばかりだ。それを、早々に終わらせるのは勿体無かろう」

 イザークの言葉はやはり、志希の身を案じるものだ。

 志希はイザークの言葉に心配し過ぎだと言う若干の疎ましさと、案じてくれていると言う多大な嬉しさが胸にこみ上げる。

 本来であれば赤の他人で殺した者と殺された者の関係でしかないはずだが、感情的な蟠りもすでに解消され、志希の彼らへの感情は恩人と言う部分が占めている。

 その上イザークは、志希を普通の仲間として接し、扱ってくれる。

 人間として扱ってくれる事は、すでに人から外れてしまった志希にとってはとても嬉しく、有難い事なのだ。

 イザークにもカズヤにも、『神凪の鳥』と言うものが死なないと言う事を告げていない。

 知らないが故の心配だとは理解していても、志希は込み上げる嬉しさを抑えられない。

「うん……有り難う」

 心からの笑顔を浮かべ、イザークに感謝の言葉を紡ぐ。

 イザークは志希の表情を見て一瞬の驚いたように瞠目するが、ゆっくりといつもの無表情を緩め小さな笑みを浮かべる。

「俺が一方的に案じているだけだ、礼を言うほどの事ではない」

 言葉は素っ気ないが、その表情も声も瞳も、短い付き合いながらも見た事の無いほど優しいものだ。

 怜悧な美貌を持つイザークのその表情に、志希の頬にみるみる熱が上がる。

「で、でも……その心遣いだけでも、嬉しいから」

 若干視線を逸らしつつ、どもりながらも志希は言う。

 最近、何かにつけずっと行動を共にしていたからこそ忘れていたが、イザークは凄い美形だ。

 男性的なその美貌に優しい表情を浮かべられたら、何か色々と勘違いしてしまいそうになる。

 正視するのはとても恥ずかしく、居た堪れなくなってしまう。

 頬を染めて俯く志希の頭を、イザークはぽんぽんと撫でる。

 まるで子供か、妹にするように。

 志希はそれこそ子供のような事をしてしまったような気になって、羞恥でますます顔が赤くなる。

「気にするな」

 苦笑交じりの言葉に、志希は無言でこくりと頷く。

 イザークはもう一度志希の頭をくしゃりと撫でてから、その手を離して静かに焚き火を見る。

 元々イザークは口数が少ない。

 志希もまた、今下手な事を言えば墓穴を掘るような気がして口を開けない。

 だが、彼とこうして並んで座っているのは嫌ではなく、むしろ心地よく思える。

 ゆったりと流れるような静かな時間を感じながら、志希は目を閉じて精霊達の囁きと、カズヤ達の寝息を聞きながら過ごす事にする。

 イザークはそんな志希に目を和ませてから、焚き火へと視線を移して火の番をするのであった。

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