第十九話
ミリアは一人、深いため息をつく。
「なんだってもう……!」
毒づきながら、その場にしゃがみ込む。
イザークの言う事がいちいちもっともで、反論する事などできなかった。
それ以上に、自分自身にも詮索されたくない事情があるのに、それを忘れて他人の事情を詮索するなど恥ずべき行為だと酷い自己嫌悪に苛まされていた。
今まで、双子の妹であるアリアとしかパーティを組まないで来ていた。
一時凌ぎのパーティですら、今回が初めてだ。
それ故に距離感を測りそこね、今は組んでいるとはいえ他のパーティの方針にまで口を挟んでしまったのだ。
反省する事しきりだが、どうしても謝る事ができなかった。
気位が高いというわけではないのだが、何故か意固地になってしまい謝罪の言葉が出て来てくれない。
誰が相手でもこういう意地を張ってしまい、パーティでは不和の種を蒔きかねないと組むこと自体を自重していたのだ。
「アリアの奴……」
小さく妹の名を呟き、ミリアはその場に腰を降ろして膝を抱える。
そもそも、一時凌ぎのパーティを組むきっかけを作ったのは妹のアリアだ。
昨日、無頼としか言いようが無い冒険者のパーティに拉致されかけたところ、助けられたという話は聞いていた。
だがしかし、ギルドで偶然恩人に再会した時のアリアの表情と眼は、いわゆる恋する乙女だ。
憧れなのか恋なのかは分らないが、下心ありでこの一時パーティを組みたいと言ったのは明白だろう。
それを思い出したミリアは苛立ちが増し、自身の欠点を横に置いて思わず妹に対して文句を呟く。
「いつも二人でやってこれたんだから、今回だって大丈夫じゃない……それなのになんだって一時凌ぎのパーティを組んだのよ。わたしとアリアがいれば、戦士だって盗賊だって精霊使いだっていらないわ。なのにあんな軽薄そうな盗賊剣士に色目使って……!」
唇から零れるでた自身の言葉に唇を噛み、ミリアはぎゅっと拳を握る。
理解は、しているのだ。
いつまでも二人だけで居る事は、できないのだ。
そも、アリアはミリアの事情ゆえに付き合ってくれているだけ。
ミリアは本来、一人で己の身を鍛えなくてはならないのだから。
アリアが案じているからこそ、研究の合間を縫って一緒に冒険してくれるのだ。
「わたしはなんて……っ!」
ミリアは拳を握り、叫びたい衝動を咄嗟に堪える。
今ここで何か叫んでも、それは意味不明なものにしかならないし、それ以上に八つ当たりにしかならない。
礼儀を逸した行為をしたのに謝罪一つできない自分。
それをパーティを組んだ妹が悪いと、文句を言った自分。
どれだけ自分は子供なのだと、ミリアの目尻に涙が浮かぶ。
恥ずかしくて、言われた事が悔しくてたまらない。
だからこそ、泣かない様にと膝を抱え込みミリアは必死に息をつめて気持ちを落ち着かせようとしていた。
そこに。
「おい、大丈夫か?」
と、声をかけられる。
咄嗟に腰に刷いた剣の柄を掴み、ミリアは身構える。
「おいおい、オレだって」
ミリアの行動に苦笑交じりに声をかけながら、カンテラを揺らしたカズヤが現れる。
「一人にしてって言ったでしょう」
思わずそう言うと、カズヤが苦笑したまま肩をすくめる。
「でもよ。そろそろ、飯だぜ」
カズヤの言葉に、ミリアはすっかり暗くなっていることに気が付き赤面する。
「先に戻っていてちょうだい、わたしはもう少し一人になりたいの」
突き放したようにミリアは言い、顔を背ける。
泣きそうな表情を見られたくないのだ。
しかし、カズヤは距離を保ったまま立ち去る様子が無い。
気配に苛立ち、ミリアが怒鳴ろうとした瞬間。
「まぁ、悪かったな」
と、カズヤが謝罪する。
ミリアは何を言われたのか理解できず、キョトンとしていると。
「イザークの奴、結構突き放した言い方するからなぁ……傷ついただろ?」
カズヤの言葉に、ミリアの目尻からほろりと涙が零れる。
「あんた……ミリアさんとアリアさん、ずっと二人でやってたんだってな。アリアさんから聞いたよ。だから、距離を測りかねたんだろ? 特に、シキはあの通り庇護欲そそるような容姿してるし、無防備だからよ」
カズヤはそう、苦笑交じりに話す。
「イザークはあの通り、結構きつい事ズバッと言っちまう奴だからなぁ。初めて組んだ女の子は特に、あれにやられて泣いちまう事多いんだ。だから、あそこで冷静になろうとしたミリアさんは立派だよ」
慰めるような言葉は、ミリアの心に染み入るように入り込む。
だからこそ、自然と言葉が唇から零れ出た。
「こちらこそ、ごめんなさい。貴方達にも何か事情があるのは見て取れたのに、詮索なんかして……」
自身の口から出た言葉に、ミリア自身驚いてしまう。
しかし、カズヤはそんな彼女の様子に気がつかないのか小さく笑みを浮かべる。
「いや、これはお互い様だと思うから気にしないでくれ。それじゃ、オレは戻るけど……すっかり暗くなってるから早めに戻った方がいいぜ。比較的安全ってだけで、絶対じゃないからさ。一人だと危ないぜ」
それだけ告げて、カズヤはカンテラを揺らして背中を向ける。
ミリアはその背中に、思わず声をかける。
「待って」
「ん?」
呼び止められたので、カズヤは足を止めて振り返る。
ミリアは涙を乱暴に手の甲で拭いてから、早足でカズヤの前にいく。
「わたしも、戻るわ。せっかく迎えに来てくれたみたいだし、ね」
「いや、どっちかって言うと様子見なんだけど」
ミリアの言葉にそう答えつつ、カズヤは歩き出す。
彼の隣を歩きながら、ミリアはカズヤが意外に良い人であると印象を改める。
よくよく考えれば、道中でのアリアへの対応は紳士的だ。
無論、それはミリアに対しての対応にも言える。
長く一緒に居るわけではないので深いところまでは見えないが、本当に良い人なのだろうと思う。
そんな事を考えていると、ふわりと良い匂いが鼻腔をくすぐる。
俯いていた視線を前に向けると、焚き火を囲んだイザークと志希、そしてアリアが待っていた。
「お帰りなさい」
「おかえり~」
アリアと志希が二人に声をかけると、隣のカズヤが当然のように。
「おう、ただいま」
と返事をして、イザークの横に腰を下ろす。
ミリアは一瞬動揺したが、すぐにふっと顔を綻ばせ。
「ただいま」
と、返事をした。