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神凪の鳥  作者: 紫焔
初めてのパーティ
18/112

第十七話

 この街から二日ほどかかる場所に、遺跡がある。

 遺跡は殆ど崩れ、どちらかと言えば廃墟に近い様相を呈している。

 その様な状態であるからか、それとも古代文明の何らかの装置があるからか分からないが、広間にある泉から湧く水は不思議な効能を持っている。

 飲めば軽い病が治り、皮膚に塗れば火傷を和らげる。

 その効能に目を付けた一人の薬師が実験的に火傷などの傷に効果のある薬と混ぜて使用してみた所、その効果を増幅させたのである。

 魔法薬においても顕著な効果を見せた為、薬師は泉の水を自分で取りに行こうとその遺跡へと足を運んだのだが、逃げ帰って来た。

 遺跡には弱いながらも妖魔や魔獣が入りこみ、棲み処と化していたからだ。

 その為、一般人に近い職人たちは足を踏み入れる事を躊躇い、冒険者達に採取を依頼するようになった。

 新鮮であればある程、泉水の効能は高い。

 その為、鮮度を保つ専用の革袋をパーティ全員に配り、汲んできてもらうのである。

 と、依頼の内容が出される経緯までも懇切丁寧に教えてもらった志希は、人数分の革袋を受け取りパーティ全員に配った後、イザークが場を取り仕切り出発は午後一番に徒歩で行く事を提案した。

 シキもカズヤも異論はなかったので頷き、アリアとミリアを伺うと二人も賛成してくれた。

 待ち合わせ場所は南門の詰所のすぐ近くに指定し、一度解散して全員で旅の支度をした。

 僅か二日とは言え、保存食は多めに持って行くのが常識だ。

 荷物を纏めている最中、イザークが現れ一応着替えの類を一組持って行くように指示される。

 他にも色々と指示されたが、最も難しいと思ったのが荷物の重さだった。

 自分が疲れない程度の重さにしろと言われたが、志希は自分の体力でどれくらいの荷物にすればいいのかが分からない。

 困り果てた志希を見たイザークは、小さく嘆息をして最低限の荷物を教えてくれた。

 往復で四日、遺跡内の探索日程を二日と見た荷物を聞いて、志希は思わずげんなりした表情を浮かべてしまう。

 保存食は最低六日分だが、二日分ほどは多く持って行かなくてはならない。

 同様に、水も多目にしなくてはならず、必然的にその辺りの荷物で重くなる。

 背負い袋があるのでその辺りは何とかなりそうだが、移動中や遺跡内は武装して歩く事になる。

 プラス着替えを一着と、下着を数着持って行くのが女の子としての最低限の身嗜みだ。

 これは、女性冒険者たちの変わらない鉄則である。

 厚い布で出来たズボンを穿き、同じ様に厚い布で出来た服を着てから胸を覆う堅い革で出来たチョッキの様な物を着る。

 本当は皮鎧の方が良いかと思ったのだが、イザークの勧めでこちらになった。

 基本的に前にでて戦う訳でもないし、何よりも体力が無いのだからと言われてしまえば、従うしかない。

 体力をつければ、もう少し保護部分が多くなる鎧を着られる様になるだろう。

 皮のチョッキの上から護りの紋様を刺繍されたローブを着て、志希の旅装束は完成である。

 ちなみに、このローブはクルトが冒険者祝いと称してプレゼントしてくれた物らしい。

 何故らしいと言うのかと言えば、持ってきたのがイザークだからだ。

 しかも、つっ返したくてもクルトは既にこの街に居ないらしく、受け取らざるを得ない。

 また、色が若草色で可愛らしかった為、気に入ったのも受け取った理由の一つだったりする。

 準備が出来た後は三人で早めに昼食を取り、アリアとミリア南門へと向かい待つ事にした。

 だが、途中で彼女達と合流したので、そのまま南門から出て遺跡へと向かう事になった。

 舗装されて居ない道を、志希達は歩く。

 徒歩二日程の場所にある遺跡なのだが、志希はのっけから躓きそうになっていた。

 慣れない道を徒歩で行くのは、やはり辛い。

 それと同時に体力も無いので、体力をある程度作ってから依頼を受ければ良かったと後悔していた。

 しかし、既に出発している以上言った所で栓の無い話である。

 志希は必死で足を動かし、置いていかれない様にと気をつける。

 前を歩くカズヤとミリア、その少し後ろを歩くアリアの背中を見ながら息を切らす。

 以前はもっと体力があったと思ったのだが、所詮子供の頃の記憶など良い様に覚えていたのかもしれない。

 ひいひいと息を切らせそうになるのを必死でこらえつつ、手のひらほどの大きさで切った布を使って汗を拭いてから、ポケットにしまう。

 皆息を切らさず、むしろ談笑しながら歩いているのが羨ましい。

 しかし、考えて見れば当然であろう。

 この世界には自転車や自動車の類が全くなく、庶民の移動手段はもっぱら徒歩だ。

 貴族や裕福な人であれば馬や馬車など使えるのであろうが、駆け出し冒険者でそんな良い物は持てるはずもない。

 慣れるまでの辛抱だとは思うのだが、それまでの筋肉痛や足の痛さを考えると、どうしても重い溜め息を禁じえない志希。

 それ以上に、今回の依頼では役に立てない予感がひしひしとしていて、このままだとおんぶにだっこになってしまうと真面目に焦る。

 そんな志希の焦りに呼応して土の精霊達がどうにか助けたそうにしているのだが、如何していいのか分からずおろおろしながら足元にまとわりついている。

 土の精霊たちの優しさに思わず涙が出そうになるが、ぐっと堪えて大丈夫だと小さく呟く。

 志希の言葉に土の精霊達は少し安堵した様な雰囲気を醸し出すが、それでも足元にまとわりつくのを止めない。

 志希が疲労しているのが分かっているから、自分に何かできないかを教えてもらおうとしているからだ。

 指示を出してもらえばやれる! とでも言うかのように、土の精霊達は志希の言葉を待っている。

 なんと無く小型犬を思わせる彼らの様子に癒された志希は、今は大丈夫だと再度伝えてから頑張って歩く。

 街を出てから既に三時間経過しているのだが、一向に速度が衰えない四人の健脚ぷりに志希は妬ましさよりも感心しかできない。

 そこでハタと、志希は気が付いた。

 元々運動不足気味であった以前の自分が、こちらの世界に来て若返ったからと言って体が直ぐに出来あがる訳ではない事に。

 そもそも足が萎えている状態で体が若返っても、足が萎えたままなのは道理である。

 それ以前に、『神凪の鳥』に変質した時点で生まれたてと言っても過言ではない状態なのだから、直ぐに体力がついたり健脚になったりする訳ではないのだ。

 先行きがますます不安になって来た志希は、歩きながら途方に暮れる。

 すると。

「すぐそこに、川がある。そこで少し休むぞ」

 イザークがおもむろにそう言い、皆の意見を聞かずに志希を小脇に抱える。

「はえ?」

 志希が驚きで変な声を上げるが、イザークは全く構うそぶりも見せずに川へと歩いていく。

「ちょ、ちょっと!」

 ミリアの抗議の声が聞こえるが、イザークは無視をして志希を川縁に座らせる。

「靴を脱いで、両足を見せろ」

 イザークはきつい声音で言い、志希はビクリと肩を震わせてから言うとおりにする。

 露わになった志希の足、踵部分が赤くなっていた。

「軽い靴ずれだな」

 イザークはそう言って、眉を顰める。

 志希はイザークの言葉に、思わず顔を赤らめる。

 戦場から砦へ移動した時も靴ずれで歩けなくて、イザークに抱えられていた事の方が多かった。

 今もまた同じ様に靴ずれを起こしてイザークに迷惑をかけている事実を考えれば、自分が全く成長していない事が良く分かる。

 その事が恥ずかしくて、泣きたい気持ちになる。

「皮が擦れているが、傷になっていない。取り敢えず、足を川に浸して冷やしておくと良い」

 イザークの指示に無言で頷き、志希は川に足を浸す。

 すると、カズヤとアリアも川縁に腰を落ち着け始めるが、ミリアは険しい表情でイザークと志希の前に立つ。

「足がやわいのになんで連れて来たのかしら」

 ミリアはいきなりイザークに向かって言い放ち、志希を見る。

「ね、姉さん!」

 棘のある声音と言葉に、アリアが慌てて腰を浮かせる。

「おいおい、足がやわいと旅をしちゃいけないのか?」

 呆れた様に、カズヤが声を上げる。

「そんな事を言っている訳じゃないけれど、ハッキリ言って足手纏いだわ」

 ミリアはきっぱりと言い切り、イザークを睨みつける。

「貴方達は結構な腕を持っているんでしょうけど、この子は初心者でしょう? それなら、最初は一人で街中の小さな依頼でもさせて、足を鍛えたり体力つけさせたりすれば良いじゃない! 最初から甘やかしても、良い事なんて無いのよ!?」

 ミリアの強い言葉に志希が思わず反論しようとするが、イザークが志希の頭を押さえて口を開く。

「俺達には、俺達なりのやり方がある。利害が一致しただけの一時凌ぎパーティでしかない以上、口を出さないでいてもらおう」

 ぴしゃりと、部外者は黙っていろとイザークは告げる。

「それに、甘やかしていると言うが……どこをだ?」

 少し考えるような素振りをしてから、イザークは問いかける。

「急に休憩を取らせたり、足の手当てをしたり……」

「旅慣れぬ仲間が居れば、普通の事だろう」

 ミリアの言葉にあっさりと答え、イザークは鞄から手ぬぐいと包帯としての用途もある細い布を取り出し志希に足を上げる様に指示する。

「い、イザーク。私、自分出来るよ?」

 志希がそう言うと、イザークは頷き手ぬぐいと包帯を手渡す。

「それに何より、街中だけの仕事をやらせるより旅をさせた方が早く足も鍛えられ、体力もつく。これで甘やかしているとは、あんたはどれくらい厳しい鍛錬をしたのか訊きたい位だ」

 イザークはミリアを見て、真剣な表情で言う。

 ミリアはその言葉に絶句して、マジマジと彼の顔を見る。

 イザークの言っている事は甘やかしではなく、むしろスパルタだ。

 それに驚いているミリアに、志希は小さく嘆息してから口を開く。

「私の足がやわで、足手纏いでごめんなさい。それでも、私は頑張って着いて行きますので気になさらないでください」

 そう言ってから足を拭って、包帯を靴ずれしている部分を保護する為に巻き始める。

 志希にそう言われたミリアは憮然とした表情で頷き、志希を見る。

「分かったわ」

 何かを堪える様な声音だが、志希はそれを突っ込むほど気持ちに余裕はない。

 それよりも、足に包帯を巻く方が大事なのだ。

 包帯を巻くと言う経験はないのだが、魂に浸み込んだ知識が教えてくれたので上手に出来た。

 思わず満足げに頷いてから、靴を履く。

 これで、靴ずれを少しは防げるだろうと思いつつ、準備が出来た志希は顔を上げる。

「よし、行くか」

 カズヤはおどけた様に言いながら、前に出て歩き出す。

 その少し後ろにアリアがつき、その隣に不機嫌なミリアが並ぶ。

 志希とイザークは最後尾につき、彼ら三人の背中を見ながら歩くのであった。


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