第十六話
詰所で色々と聞かれたが、志希はほとんど関与していないので直ぐに帰って良いと言われた。
だがしかし、ミラルダやイザーク、カズヤと彼が庇っていた女性の事情聴取が長引いたため、詰所で彼らが解放されるまで待つはめになってしまった。
その為、塔の学院を見学すると言う目的を果たす事が出来なくなってしまったのであった。
志希は残念だと思いつつも、明日は依頼を探しに行くのだからと諦めその日は夕食を食べてから荷物を片付け、不貞寝をした。
朝になってから下の酒場でイザークとカズヤと合流し、朝食をとってから冒険者ギルドへと依頼を求めて足を運んだ。
依頼内容が書かれた紙を張る専用ボードがギルドの一角にあり、そこでは丁度良い依頼を探す冒険者達が多くたむろしている場所だ。
また、情報交換やパーティメンバーを探す場所でもある。
その場所に、志希が出会った大地母神の聖印を首から下げた女性と、昨日カズヤが助けた魔術師の女性が、並んで依頼専用ボードの前に立っていた。
「あぁ!?」
「あら!」
「!?」
「おお?」
思いがけない再会に思わず声を上げる四人。
イザークはそんな四人の事など気にもとめずに専用ボードの方へと行ってしまったが、志希とカズヤは別の意味でも驚いていた。
何せ、目の前の魔術師と神官の女性はまったく同じ顔をしていたのだ。
二人は志希とカズヤより早く驚きから立ち直ったらしく、改めて志希を観察する。
「あなた、本当に冒険者だったのねぇ」
神官の言葉に、志希は憮然とした表情を浮かべる。
「姉さんっ」
神官の言葉に、魔術師の女性が慌てて声を上げる。
「あら、知り合い?」
小首を傾げながら神官は魔術師に問いかけ、彼女はコクコクと頷いて口を開く。
「この方達に、昨日助けて頂いたの」
少し小さな声で、魔術師はそう説明する。
このやり取りをしている間、イザークが一枚の羊皮紙を手にして戻ってくる。
「これぐらいが丁度良いだろう」
そう言いながら志希とカズヤに見せると、神官が声を上げる。
「あっ! それ!」
神官の言葉にイザークは彼女にちらりと視線を流すが、直ぐに志希とカズヤを見る。
だがしかし、神官は柳眉を逆立てイザークの前に立つ。
「それ、わたし達が先に目を付けていたのよ」
「だが、受けていないのなら意味はない」
神官の台詞を切って捨て、イザークは志希に羊皮紙を渡す。
「あ……」
志希は思わず受け取るが、神官の怒った顔に腰が引けてしまう。
「待ちなさい。その依頼は、魔術師と神官が必要だと書かれている筈よ」
神官の言葉に、イザークは頷く。
「ああ。だが、この依頼は遺跡にある泉の水を酌んで欲しいと言う物だ。戦士と盗賊、精霊使いが居れば何ら問題はない」
魔術師と神官が必須なのは、そちらの方が楽に遺跡を歩けるからだ。
「それなら別に、神官戦士と魔術師の二人で行っても問題はないじゃない」
イザークを険しい表情で見ながら、神官が言い募る。
「まぁまぁ、落ち着けって」
カズヤはそう言いながら、二人の間に入る。
時折、依頼の取り合いでこの様な出来事が起こる。
一応ギルドの人間が間に入ったりするのだが、ギルド職員の印象が悪くなる。
なので、カズヤとしては穏便に済ませて欲しいと言う思いで間に入ったのだ。
そのカズヤをきっと睨みつける神官だが、その後ろに居る魔術師が焦った様に口を開く。
「一緒に依頼を受けませんか!?」
魔術師の女性が出した大きな声に、四人は一斉に彼女を見る。
魔術師は我に返った様な表情を浮かべてからを真っ赤にして俯きながら、小さな声でもう一度言う。
「お互い……人が足りてないのですから、ご一緒しても良いと思うんです」
ぼそぼそと言う魔術師の女性に、カズヤはにっと笑う。
「ここで揉めるより、遥かに良い案だな。それ」
カズヤの言葉に魔術師の女性は真っ赤になりながら、はにかんだ様に微笑む。
志希はそんな彼女の姿に生温い笑みを浮かべ、口を開く。
「私も賛成。イザークも、良いでしょう?」
志希の問いかけに、イザークは頷く。
「異論はない。人が足りていないのは事実だしな」
イザークの言葉に神官の女性は憮然とした表情で魔術師の女性を一睨みしてから、苦笑を零す。
「……仕方が無いわねぇ。アリアの言う事も一理あるから、今回は組んであげるわ」
そう言って肩を竦める神官の女性の言葉に、志希は若干気分を害す。
受けていない依頼を占有しようとしたり、高飛車な物言いをしたりと神官への志希の心証は最悪だ。
だがしかし、神官や魔術師が居ないと言うのはパーティとしては結構痛いのだ。
精霊使いでも傷や毒、麻痺、病を癒す事も出来る。
だがしかし、それらの術を使えるのはある程度経験を積んだ精霊使いだけだ。
生命に干渉する精霊は基本的に人に好意的ではあるが、駆け出しの精霊使いには使えるものではない。
無論、これは一般的な話である。
志希はそもそも精霊使いではなく、精霊達は純粋な好意で志希に力を貸しているだけなのだ。
それ故己の魔力を分け与えて精霊を使役する精霊使いとは違い、対価を渡す事無く精霊達は志希の意のまま動く。
なので志希は精霊の力も借りられるのだが、あまり人と違う所を見せると排除される可能性がある為志希はあえて駆け出しの精霊使いとして振舞うのだ。
だから、内心どう思おうと傷を癒す術を持つ神官を受け入れざるを得ないのである。
志希のそんな気持ちを感じ取ったのか、イザークが志希の頭をくしゃりと撫でる。
慰める様なその行動に志希はくすぐったい気持になり、礼を云おうとした瞬間。
「男ばっかりの中に、小さな女の子が混じっているのも不憫だしね」
と、神官の女性は笑顔で志希を見る。
志希はその言葉に、思わず抗議しようとするが。
「シキは既に成人している。それに、精霊使いとしても優秀な人間だ」
イザークが志希の怒気に反応し、嘆息交じりの声音で神官に言う。
神官はその言葉にきょとんとしてから、驚いた表情を浮かべる。
魔術師の女性も驚いた様な表情を浮かべ、マジマジと志希を見ている。
志希はその視線にますます憮然とした表情を浮かべると、魔術師の女性は慌てて小さく頭を下げる。
「ご、ごめんなさい。じゅ、十二歳位だとばかり……」
ちなみに、この世界の成人年齢は十五歳である。
それよりさらに低い年齢を女性が口にした事に、志希の眼が潤みだす。
怒りよりも情けなさが増してきた為、涙が滲んできたのだ。
それを見て慌てる神官と魔術師の二人だが、カズヤは苦笑していた。
「良く思い出せよ、シキ」
笑んだカズヤの声音に志希は思わず小首を傾げ、むぅと唸り呟く。
「日本人は欧州の方で、子供に見られやすい」
カズヤは志希の呟きに頷き、指を一つ立てる。
[その上、今のお前って若返ってんだろ? それだったら、子供扱いされるのも当たり前だろ]
カズヤが日本語で言い、志希は憮然とした表情のまま頷く。
ちなみに、若返るなどと言う現象は基本的にあり得ない。
その為、カズヤは日本語で言ってくれたのだ。
突然、カズヤが全くわけのわからない言葉を喋った事に、神官と魔術師は驚いている。
「ん……もう良い。でも、一応私が成人している事は覚えていてください」
志希は気にしない事にすると二人に告げつつも、しっかりと要望を口にする。
「え……ええ、分かったけど。今の言葉は何処の言葉?」
神官は何処か警戒した表情で問いかけてくると、カズヤは肩を竦めて答える。
「オレの故郷の言葉。シキとオレは同郷だからよ、ついこの言葉で話しちまう事があるんだ。気にしないでくれ」
カズヤはそう言ってから、改めて笑みを浮かべる。
「んじゃま、自己紹介するか。オレはカズヤ=タカハシ、盗賊だ」
カズヤの自己紹介に、イザークが頷く。
「イザーク。見ての通り、戦士だ。此方はシキ=フジワラ、精霊使いで駆け出しだ」
イザークはついでとばかりに志希の紹介もして、女性二人を見る。
志希はイザークが紹介した事で小さく会釈してから、彼女達が名乗るのを待つ。
「わたしは、ミリア。見ての通り、豊穣の女神エルシルに仕える神官にして戦士よ」
「アリア、です。よろしくお願いします」
ミリアは微妙に警戒した表情と声音で自己紹介し、アリアは人見知りをしているような素振りを見せつつ自己紹介をする。
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
日本人の習性で挨拶をされると挨拶し返してしまう志希。習い性とは恐ろしいものである。
もっとも、礼をされたアリアとミリアは志希の丁寧な所作に一瞬息を詰め、目を丸くして彼女を凝視した訳なのだが。
その表情が訝し気と言うか、一瞬疑心に満ちたものだったのをイザークは見逃さなかった。
しかし、下手な事を突っ込んでも面倒事になる予感がしていたので、何も言わずに顔を上げた志希を促して受付へと向かった。
急遽組まれる五人パーティ。
一時しのぎなわけですが、どうなるか……こうご期待! って言いたいですけど、どうなるか。
取り敢えず、まったりと続きをお待ちくださいー。