第十五話
志希を待ち切れなかったカズヤは、塔の学院へと先に向かっていた。
イザークにはあまり良い顔をされなかったが、二人でぼんやり待つのはカズヤとしては良い気分ではないのだ。
何より、イザークと並んでいると物凄く女性の視線が気になるのである。
アールヴと言う種族自体が野性的な美しさを持っているのは知っているが、その中でもイザークは一際だとカズヤは思っている。
今まで幾度か、イザーク以外のアールヴと顔を合わせた事もある。
だが、イザークほどの存在感と美貌を持ったアールヴは見た事が無かった。
それ故、イザークと並んでいると見比べられている様な気持になってしまうのである。
もちろん、イザークとは仲の良い友人であり、仲間だ。
だがしかし、それとこれは別なのである。
平平凡凡な自身と、美丈夫なイザークと比べられてしまうのだけは勘弁して欲しいのだ。
小さく嘆息してから、カズヤは露店を見ようとして、気が付く。
露店の横にある小さな路地の奥で、眼鏡をかけて髪を上で纏めている魔術師のローブを着た女性があまり柄の良くない男達に囲まれているのに。
酷く困った様子で、カズヤはどうするかを考える。
もしかしたら、パーティ内での揉め事かもしれない。
そうであれば、部外者の人間が口を出すのは間違っているだろうと二の足を踏んでしまうのだ。
だがしかし、魔術師の女性は助けを求める様にちらちらと周囲を見るのを見てしまえば、カズヤはつい動いてしまう。
「おいおい、こんな処で女の子口説いてんのかよ」
カズヤはそう声をかけながら、路地の入口に立つ。
「てめぇには関係ないだろ、すっこんでろ」
一人が威嚇する様にカズヤの前に立ち、他の男達は女性の腕を掴んで奥へと行こうとする。
「い、いや! 助けて下さい!」
助けが来たのだと判断したらしい女性は、必死で男達から逃れようと身を捩る。
「うるせぇ! 黙って付いて来い!」
男達はイラついた様に女性に怒鳴りつけ、女性はびくっと体を震わせる。
カズヤはその様子に、口を開く。
「お前ら、冒険者か? 冒険者であれば、犯罪歴付くぞ」
カズヤの問いかけに、威嚇する男は鼻で笑う。
「てめぇの口を封じときゃ、そんな事もわかんねぇだろ?」
身構える男の言葉に、カズヤの片眉が上がる。
「てめぇ如きにやられる程、オレは弱くねぇよ!」
カズヤはそう言うなり、足払いを男の足にかける。
あまりにも速い動きに、男は避ける暇もなく地面に転がる。
そのままカズヤは男を飛び越し、女性の腕を掴む男の手を手刀で強打して強引に外す。
もう一人の男が驚いている隙に蹴りを喰らわせ女性を引っ張るが、その時には既に転がした男が起き上がって大通りへの道を塞いでいた。
気絶させる手間を惜しんだ結果、余計に危ない事態になってしまった。
舌打ちをしつつ女性を背後に庇い、身構えながらカズヤは口を開く。
「お前ら、冒険者じゃねぇな。冒険者崩れだろう?」
冒険者証を剥奪された元冒険者の事を、崩れと呼ぶ。
そう言う輩は大概、罪を犯して資格を剥奪されている。
カズヤの指摘に、男達は下卑た笑みを浮かべる。
「へへ……オレらは正規の冒険者だぜ? 冒険者証も真っ白な優良冒険者様だ」
くつくつと笑う声は、カズヤの勘に障る。
「はっ! どうせ相手を脅すなり売り飛ばすなりして汚い手を使って保ってる、偽の優良だろ?」
カズヤはそう嘲りの笑みを浮かべながら周囲を囲む男達に言い放ち、鼻で笑う。
「分かってんじゃねぇか、小僧」
リーダーらしい男が愉しそうに笑いながら、腰に差している剣を抜く。
冒険者たちの間では最も使い易いと言われている長剣の柄は、黒ずんだ布に覆われている。
「だけどよ、路地に入ってすぐのこんな場所でこんな事やってたら、速攻でばれねぇのか?」
カズヤは言いながら、目で隙が無いかを探っている。
カズヤの後ろに居る女性はカズヤの服を掴み、フルフルと震えているのを感じ、助けてやらねばと尚更思う。
腰に差したショートソードの柄を掴み、誰を最初に倒すかを考えながら身構えた瞬間。
「ぐあぁ!」
「何を遊んでいる」
悲鳴と、淡々とした声音での問いかけが裏路地に響く。
悲鳴を上げたのは、路地の出口に居た男だ。
今は気を失い、地面に倒れている。
その男を気絶させたのは黒い服を着た大柄なアールヴ、仲間のイザークだ。
「困ってる女の子を、助けてたんだよ」
カズヤはぶっきら棒に言いながらも、その表情は安堵している。
「そうか」
無表情で頷いたイザークは、ゆるりと残った男二人を見る。
「おいおい、おれの仲間に暴力振るうなよ。てめぇらの冒険者証が汚れちまうぜ?」
ニヤニヤと笑いながら男は言うが、イザークは気にした様子もなく口を開く。
「だそうだ」
一言、後ろに向かって声をかけるイザーク。
そこには息を切らせた志希と、今日彼女の受け付けを冒険者ギルドでしてくれたミラルダが居た。
「以前から噂にはなっていたんだけど、本当だったのね」
ミラルダは爛々とした瞳で、男達を見る。
彼らはまずいと言った表情を浮かべるが、直ぐニヤリと笑う。
「はっ! たかがギルドの受け付けがおれ達に敵うと思ってんのかよ! こいつらなんざ、新人もド新人だろ? おれら二人に敵う訳ねぇだろ。そこのアールヴだってよ、不意を衝いたからそいつをノせたんだぜ?」
肩を竦めて、馬鹿にしたように笑う男にイザークが僅かに体を揺らす。
それと同時に笑っていた男の長剣は叩き落とされ、イザークが足を払って転ばせその背中に足を乗せる。
カズヤもまた動いて、もう一人の男の足を払って転ばせ、腕を捻り上げて取り押さえる。
「馬鹿なのは貴方達ですよ? この二人は、今は引退した金の冒険者たちのお弟子さんなんですから。今はまだ銅であろうとも、その腕はもう銀と言っても過言ではありません」
指を振り、ミラルダは腰に手を当てて言う。
「そろそろ警備隊の人達が来ますので、年貢の納め時ですよ」
ミラルダはそう言って、大通りをちらりと見る。
男達は暴れようとするのだが、二人は巧みにそれを取り押さえる。
「こっち、こっちです!」
志希が手を振って大通りの方に声をかけると、ぞろぞろと鉄の鎧を着た男達が到着する。
「如何した?」
隊長らしき男が問いかけると、ミラルダは取り敢えず気絶している男を含めて兵士達に取り抑える様にお願いしてから、隊長らしき男に事情を説明し始める。
イザークは取り敢えず志希に傍に来るように促して、カズヤを見る。
カズヤはカズヤで、庇っていた女性に向き直り宥めていた。
「もう大丈夫だから、安心しろよ」
魔術師の女性はコクコクと頷いているが、その体はまだ震えている。
よほど怖かったのだろうとカズヤは痛ましい気持ちになりながら、女性の背中をポンポンと叩く。
「はっ……はい。本当に、助けてくださってありがとうございます」
女性はそう言いながら、眼鏡を少し上げて目元を拭う。
酷く怖い思いをしたせいで、涙が滲んでいるのだろう。
「いや、無事で良かったよ。まぁ、きちんと助けられなかったのがちょっと申し訳ないけどな」
カズヤは苦笑しながら言うが、女性はフルフルと頭を振る。
「い、いいえ!」
唐突に大きな声を出したので、その場に居る人間は一斉に女性を見る。
女性は顔を真っ赤にして、今度は少し小さな声音でカズヤに告げる。
「きちんと、助けてくれました。だから、本当に嬉しいです」
真っ赤なまま言われたカズヤは何やら気恥しくなり、若干頬を染めて視線を逸らしつつ、ぶっきら棒に頷く。
「そ、それなら良かった」
カズヤのその言葉に女性ははいと頷き、それを見ていたその場の人間は約一名を覗いて温い笑みを浮かべる。
「お二人さん、仲良くすんのは良いが詰所のほうで話を聞かせてもらうぞ。イザークと、そっちの白いチビも」
隊長らしき男の言葉に唯一笑みを浮かべていなかったイザークは頷き、志希は憮然とした表情を浮かべる。
だが、抗議をする様な様子もなく頷き、カズヤを見る。
「取り敢えず、早く終わらせて塔の学院を見に行こうよ」
志希の言葉にそうだな、とカズヤは頷く。
「じゃ……」
名前を呼ぼうとしたカズヤに気が付き、女性は微笑んで口を開く。
「塔の学院で魔術師をしている、アリアです」
自己紹介をした彼女にカズヤも応えようとするが。
「イチャイチャしてねぇで、さっさと行くぞ!」
と、警備隊の隊長らしき男にからかい交じりに呼ばれてしまい、カズヤは舌打ちをしてアリアを促して歩き出した。