第十四話
この世界には、沢山の神が居る。
その神々を束ねているのは、法と光の神ヴァルディルである。
大きな剣を右手に持ち、左には法を示す天秤を持っている。
王族や貴族、司法関係者、また警邏隊や自警団などに信徒が多い神である。
この神の信徒は剣を好んで持ち、神殿から祝福された剣を下賜される事もある。
神を模ったと言う像は、白亜に輝き陽光を一身に受けている。
主神でもあるこの神の右隣りには、大きな鎌を左手に持ち、右手には稲穂を持った女性の像がある。
ゆったりとした着衣の像は、慈母の表情を浮かべている。
この像の女性こそ、大地と豊穣の女神エルシルである。
稲穂は豊穣の証だが、左手に持っている鎌は命の証である。
生き物とは、生と死を繰り返す存在だ。
鎌は命の循環を正しく導くと言う象徴であり、大地母神の神官戦士が持つ武器でもある。
大地の女神の像から左の主神像を超え、更に左を見れば、そこには鉄壁の防御と言わんばかりのがっちりとした鎧を着込んだ女性の像がいた。
その右手にはハルバートを掲げ、左手には大きな盾を持っている。
羽根のついた兜から流れ出る髪は長く、腰のあたりで三つ編みになっている。
勇ましい出で立ちのこの女神像は、処女神にして戦女神であるワキュリーだ。
主神と大地母神の間に生まれた女神とも言われているが、それは定かではない。
ワキュリーの信徒の多くは、神の像が持っているハルバートを好んで使っている。
ワキュリーの隣に居るのは、どこかおっとりとした表情を浮かべた男性が針と石板を持つ知識の神であるクミルの像だ。
知識の探求や、発明家等が信奉する神である。
塔の学院と呼ばれる施設でも祀られ、学者や賢者達に敬われている。
俗に、魔術師の守護者とも呼ばれているのは、魔術師もまた知識欲が旺盛だからであろう。
この神の信者の多くは、手にしている刻印の針の延長で刺突武器であるレイピアをこの神固有の武器であると考えている。
知識の神像の隣で大きな槌を振り上げているのは、工芸と芸術の神であるリージアン像だ。
がっしりとした体躯と、短く刈った髪が酷く男らしく見える。
芸術家だけではなく鍛冶を生業にする者達も多く信奉し、祀っているのはやはりその大きな槌のせいだろう。
芸術家と言うのはとかく、気に入らない自身の作品を壊してしまいがちだ。
その際に役に立つのは槌である事が多い。
また、槌と言うのは鍛冶の際に用いられる事が多く、それ故に鍛冶職の者からも信仰を得られているのである。
ドワーンが最も多く信仰している神で、彼らにしては主神よりも身近な神なのである。
この神の神官たちは、ハンマーを好んで身に付けている。
その反対側に視線を転じれば、大地の女神の隣に鎮座まします神の像が見える。
福福とした笑顔を浮かべたその男性の像は、右手には銛を持ち左手には大きな袋を持っている。
今まで西洋風で来ていたのに、何故かここに来て大黒様を見ている様な気分になってしまう。
この神様は、幸運と流通の神マービスである。
幸運と流通の神は、流れると言う事から水の神とも言われている。
主に信仰している者は、商人と船乗り達だ。
彼らは、実際に使う事はなくても海に出る際には銛を携え、陸を行く際には槍を携えて行く。
この六柱以外の神はあまり有名ではなく、力も弱い為に名前すらほとんど知られて居ないが、一柱だけ力を持った神がいる。
闇と悪徳の神ヴァンデルだ。
この神は人が悪徳と呼ぶものを奨励し、欲望のままに生きることこそが良い事であると唱えている。
法と光の神とは真逆の存在故に、悪神とも邪神とも呼ばれている存在だ。
この神を信仰する者の殆どは犯罪者や妖魔である。
その為、この神は妖魔の守護神とも呼ばれ、人々に忌み嫌われていた。
上記の神々以外は小神や亜神、名もなき神と呼ばれ力の殆どを失っていると言われている。
この世界の神々は、信仰を得なくては力を増す事が出来ない
信仰を得る為には奇跡を起こす必要があり、それを人に教える事で神聖魔法と言う形で確立しているのである。
神と言うのも大変な職業だと志希は思いつつ、街の中央広場にある神々の像を眺めていた。
「しかし、いっつも思うんだけどよ……幸運の神がどっかで見た事あるんだよなぁ」
首を傾げつつ呟くカズヤに、志希はあえて何も言わないでイザークを見上げる。
「次、どこ行くの?」
志希の問いに、イザークは少し考える素振りを見せてから頷く。
「塔の学院にでも行くか?」
イザークが出した施設の名前は、魔術師を多く輩出するが同時に知識の神の神官を最も多く輩出する学び舎である。
貴族だが相続順位が低い者や、素質を見込まれて奨学金で入学する魔術師見習いが多い。
魔術師として一人前になるには早くて五年、長くて十年と言われている。
入学に関しての年齢制限はないが、早ければ早いほどいいと言われているのはそのせいである。
一人前の魔術師となった者の殆どは塔の学院に残り、それぞれ研究を続けている。
残る理由としては、研究施設や図書館などが充実しているというものだ。
研究施設などを使用するには料金が必要となるのだが、資料などが不足していては十分な研究が出来ない事を考えれば、やはり学院に残る方が良いのである。
お金が無くなると追い出されたりするので、魔術師の殆どは研究費の為に貴族のパトロンを持ったり、冒険者を副業としてやっているのである。
ちなみに、辺境などにも魔術師は居るが、基本的に彼らは隠居している。
無論、自身の研究なども色々としているのだが、半ば道楽となっているのであまり進まなくても特に気にしない者が殆どである。
一般人には奇人、変人の類の集まりと言われているその場所は、志希の好奇心を大いにくすぐる。
「うん、見てみたい」
研究施設では、様々な魔道具が日々開発されている。
現在普及している魔道具はここで開発された物や、滅びた魔法文明の物を研究で原理を解明、解読し、実用化された物である。
また、武具に弱いながらも半永続的に魔法を付与する事も出来る場所でもある。
その値段は、最低価格が金貨一枚と大変高価だ。
「では、行くか。カズヤ」
イザークは志希に頷き、カズヤを呼んで移動を始める。
「お、移動か」
そう言いながら、カズヤはイザークと並ぶ。
「そうそうシキ、この公園から八方へ伸びる通りがあるだろ? この道で一番大きいのが王城と門を繋ぐ道だ。それ以外の六つの大きい道は、神像を背にして歩くとそれぞれの神殿に辿りつけるようになってるんだぜ」
カズヤは思い出したように、中央公園と呼ばれる大きな広場から伸びる道の説明をしてくれる。
「へぇ、わかりやすいね」
志希は成程と感心すると、カズヤも同意する。
「オレもそう思う」
二人でうんうんと頷いていると、イザークが口を開く。
「シキ。この通りに小物店があるが、先に寄って行くか?」
イザークの突然の問いかけに、志希はああと声を上げる。
「そう、だね。うん……確かに、先に寄って行った方が良いと思うの」
志希はイザークの提案に乗ると、カズヤは面倒くさそうな表情を浮かべる。
「後にしようぜ」
カズヤは抗議をするが、イザークはさっさと歩き出している。
「面倒くさい事を先にした方が、絶対いいから」
志希の言葉に、カズヤは渋々頷きイザークの後を追う。
露店の合間にある店舗の扉を開き、イザークが一瞬の間の後に志希を促す。
何時もであれば先に入るイザークが、何故自分に道を譲るのか不思議に思いつつ店に足を踏み入れる志希。
そして、眼前に広がる光景を見て理解する。
薄いピンクでまとめられた、大変可愛らしい空間が広がっていた。
後ろのカズヤは仰け反っているが、イザークは至って無表情のまま口を開く。
「好きな物を選んで買ってくると良い。俺達は、外で待っている」
イザークの台詞に、志希は無言で頷く。
この愛らしい空間に男性が入りこむのは、とてつもない精神力を必要とするだろう。
しかも、志希が買い終るのを待たなくてはならない。
そんな拷問に似た時間を過ごす位なら、誰でも外で待つと言うだろう。
イザークが扉を閉め、外へと出て行くのを見送ってから志希は店内を物色し始める。
女性用の小物とクルトは言ったが、実は女性用品の事を指していたのだ。
イザークとカズヤが分からなかったのは、当然である。
むしろ、それを知っていたクルトにベレント、ライルの方が驚きだ。
恐らく、未だ会った事のない彼らのメンバーに女性がいるのだろう。
そう考えながら店内を見て回り、目的の物を探す。
どんなものなのかを脳内から検索しつつ目を走らせていると。
「何探しているの?」
と、声をかけられる。
「えっと……?」
志希は返事をしようとして、声の方向を見る。
そこには、前髪以外の髪を全て編み込み、後ろに流した髪を三つ編みしたややつり目の美女が立っていた。
優しい笑みを浮かべた彼女の胸元には、大地母神の聖印が揺れている。
「見つからないんでしょう?」
子供相手に話している様な口調で問われ、志希は一瞬ムッとする。
だが、相手は親切で声をかけて来ているので無為にするのも悪いと思いなおす。
「えと、冒険者用の生理用品を探してるんです」
志希の言葉に、女性は驚いた表情を浮かべる。
「冒険者なの?」
物凄く驚いた声音で問われ、志希は憮然としながら頷く。
「そ、そっか。ごめんね……随分幼いのに、もう冒険者になってる事にびっくりしたの」
女性は子供に言い聞かせる様に言い、こっちだと手招きをする。
一体自分は何歳に見えているのかと突っ込みを入れたい気持ちになりながら、志希は後ろについていく。
どうせ此処だけの付き合いになるのだから、余計な事を言わずに案内されようと言う悟りに似た感情を抱いていた。
「ここよ。このお店はちょっと高いけど、良い物が置いてあるから色々と見比べると良いわよ」
ニコニコと笑いながら、女性は教えてくれる。
「そうなんですか。教えてくださって、ありがとうございます」
取り敢えずお礼を言いながら、棚をまじまじと見る。
基本的に、以前の世界にあった高分子吸収体などと言う物はない。
むしろ、中世程度の科学レベルでそんなものがあったらびっくりどころの騒ぎではないだろう。
等と不毛な事を考えつつ、志希はハタと思い出す。
前に来た月の使者の時期を思い出さないと、何時月の使者が訪れるのかが分からないのだ。
じーっと棚を眺めながら、志希は必死になって思い出そうとしていると、思わず脱力してしまう情報が知識の海から浮かんでくる。
そう。『神凪の鳥』には、月の物が無いのである。
そもそも、『神凪の鳥』と言う種族は魂が変異を起こして成る者である。
なので、性交などは出来ても子供は出来ないのだ。
志希は一瞬目眩がしたが、直ぐに平静を装い可愛らしい布で出来た巾着を手に取る。
良い香りがするのは、恐らく匂い袋も入っているからだろう。
「あら、良いのを選んだわね。使い方は、わかる?」
女性の問いかけにこくりと頷き、頭を下げる。
「教えてくださり、ありがとうございます。本当に助かりました」
実は物凄く無意味だった訳なのだが、志希が普通の人間と同じ様に振舞う為には必要なものなのだ。
なので、志希はひとまずはお礼を言う。
「良いのよ。それより、他に何か要り用な物はあるの?」
人の良さそうな笑みを浮かべて、女性は問いかけてくる。
「だ、大丈夫です」
ぐいぐいと押して来るような気迫を感じた志希は、取り敢えずそう言っておくが。
「良いのよ、遠慮しなくて。髪止めとかは? 冒険者なら、この先必要になるわよ? あたしが見立ててあげるから、選んでみない?」
笑顔の女性は、どうやら志希の纏めていない髪が気になったようだ。
「髪を纏める紐はありますから、大丈夫です。それじゃ、本当にありがとうございました」
怖いものを感じた志希は、大慌てで店主の元へ行って品物の代金を払い、腰のポーチに仕舞って店を出る。
店の入り口の直ぐ横に居たイザークは、逃げる様に出て来た志希に少し驚いた表情を浮かべていたが、直ぐに何時もの表情に戻って志希に手を差し出す。
「カズヤは先に塔の学院に向かった」
イザークの言葉に、志希は一つ頷いて差し出された手を掴む。
あっさりと手を繋いだ事に、イザークは一瞬目を瞠ってから和ませ、口元に小さな笑みを刷く。
しかし、それは一瞬でしかなかった為、志希は気が付かずにイザークの隣を歩くのであった。
神様の説明。
ちなみに、幸運の神様のイメージがマジもんで大黒様です。
書いている時に閃いて、そのまま採用しました。
オチ担当的な感じですが、ご利益はきちんとありますよ!