第十三話
宿に戻り、荷物を部屋に置いて酒場に降りると、丁度クルト達が戻ってきた。
イザークとカズヤ、志希の三人は部屋の少し隅の方で席を取り、食事を頼んで三人が荷物を置いてくるのを待つ。
少しして、服を着替えた三人が戻ってきて、それぞれ三人がけの椅子に座る。
「お疲れ様です」
志希は、何やら疲れた表情をしている三人に声をかける。
「ああ、ありがとう」
ベレントは志希の言葉に笑みを浮かべ、運ばれてきた酒に口をつける。
「全く、疲れましたよ。朝食もまだ取っていないのは此方も同じだと言うのに、何時間も待たせるんですよ?」
ライルは苛々と言い、クルトはまぁまぁと宥めながら三人を見る。
「イザークとカズヤは、ボクが頼んだ事をしてくれたみたいで良かった」
イザークは無言で頷き、カズヤは苦笑する。
「まぁ、な。何にも分からない場所で女の子を一人にするの、オレとしても嫌だったからさ」
カズヤの言葉にクルトは微笑み、それでと志希を見る。
「シキは、この先どうするつもりなんだい?」
いきなりの問いかけに、志希は一瞬驚いた表情を浮かべるが、直ぐに微笑む。
「取り敢えず、自分の出来る依頼をやるつもりです。私にできる事は少ないから、体力をつけつつクルトさんからお借りしているお金を返そうと思います」
当面の目的を口にした志希に、クルトは頷く。
「了解。シキが返したいって思っているのは理解したよ。それじゃ、その分のお金をイザークから取り立てるから、シキはイザークにお金を返してくれるかな?」
クルトの突然の言葉に、シキは唖然とした表情を浮かべる。
しかし、イザークは分かったと頷き席を立つ。
「ちょっ!?」
止めようと手を伸ばす志希だが、イザークはすたすたとカウンターの方へと行ってしまう。
動揺している志希に、ベレントがかかと笑う。
「あいつなりに、責任を感じておるんじゃよ。それに、ワシらとはいつまでも組んでいる事はできんしな」
ベレントの言葉に、志希はキョトンとした表情になる。
「え? そうなの?」
志希の問いに、ライルが苦笑する。
「クルト達には、元々組んでいたメンバーが居るんだ。その人達のちょっとした事情で、数か月ほどパーティを離れてるんだよ」
カズヤはそう、志希に説明する。
「イザークとカズヤはクルトの紹介である分腕も立ちましたが……やはり、君達と合った仲間を見つけるべきなのだと思います。何時までも、私達が手を引ける訳でもありませんし」
ライルの説明に、カズヤは頷く。
「そうだな。このままでは、クルト達にただ甘える結果になる」
そう言うのは、お金を入れた革袋を持って戻ったイザークだ。
「クルト、納めてくれ。銀貨五十枚だ」
イザークの言葉に、志希は喉を鳴らす。
この世界の通貨は、銅貨、銀貨、金貨、白金貨と言う種類がある。
銅貨百枚で銀貨一枚に両替出来て、銀貨百枚で金貨に両替できる。
その上の白金貨はあまりにも高価過ぎる為、商人や貴族位しかお目にかかる事はないだろう。
また、庶民の一月の生活費は大体銀貨二枚だ。
それを考えれば、仕度金だと言われて渡された金額は目が飛び出るほど高額である事がわかる。
青褪めた志希に気が付いたライルは、苦笑する。
「身の丈にあった依頼を受けて行けば、割と早く返す事も出来るから安心なさい。何より、知られて居ない遺跡を発見して中の品物を持ちかえれば、銀貨五十枚はあっさり手に入るものですよ」
ライルの言葉に、カズヤも頷く。
「枯れた遺跡の中にも、もしかしたら隠し通路があるかもしれねぇって言うしな」
冒険者が憧れる職業の一つであると言うのは、この様な一攫千金の可能性があるからだ。
「遺跡関係は殆ど探索されつくされておるからなぁ。それよりも、手っ取り早いのであれば妖魔退治じゃろうて」
ベレントがそう言い添えて、もう一杯酒を頼んでいる。
「まぁ、それより食事が来たから食べようよ」
クルトはイザークから渡された革袋を懐に仕舞い、皆に声をかける。
給仕の女性が沢山のお皿を持って登場し、テーブルの上に置き始める。
何時の間にかクルト達も料理を頼んでいたらしく、テーブルの上に所狭しと並べられる料理。
色々と混乱していた志希は、それをぼんやりと眺める。
ぱっと見た感じはイタリア系の料理なのだが、ところどころに中華風の食べ物も混じって見える。
主食はパンらしく、やや堅そうな黒いパンが中央の籠に入っている。
「取り敢えず、腹がへってるとロクな事考えないからな」
と、カズヤはおもむろに肉を切り分けて志希の皿に置きだす。
「ほら、食え」
カズヤに言われて、志希はのろのろと食べ始める。
一緒に居る事は出来ないと言う言葉と、この先一人でイザークに借金を返す事を考えると酷く暗鬱とした気持ちになる。
「そうそう。カズヤとイザークは、この先どうするんじゃ?」
ベレントが不意に、二人に問いかける。
「この先ってなぁ……」
カズヤがうーんと首を傾げていると。
「俺は、暫くシキと組んでみようと思っている」
イザークはごくあっさりと、告げる。
「俺が一度殺したのだから、シキが独り立ちできるまで面倒見るのが筋だろう」
イザークの言葉に、シキは唖然とした表情で彼を見てから、慌てて声を上げる。
「ま、待って! イザークがそう言う事したのって、私がその……アレされたからでしょ? それだったら、普通に考えて仕方が無いと思うの!」
志希のお人好しと言っても過言ではない言葉に、ああとカズヤが頷く。
「まぁ、目ぇ離しとくのは怖いよなぁ」
カズヤの呟きに、イザークが頷く。
「変わった娘だのぉ。自分を殺した人間を気遣いなど、普通はせんじゃろうて」
ベレントはからからと笑い、酒の入ったジョッキを煽る。
「まぁ、納得したからといって普通は多少なりとも恨む筈なんですけどねぇ」
ライルも言いながら、パンにスープを浸して食べる。
「まぁ、その辺りは気にしなくても良いんじゃないかな? 少なくとも、シキはイザークとも普通に接しているみたいだしね」
クルトは安心だと言う表情で言い、志希は憮然とした表情を浮かべている。
「まぁ、三人で出来る依頼を受けてシキが慣れる事から始めるかぁ」
カズヤは仕方が無いとでも言う様に、これからの事を呟く。
「えっ……えぇ!?」
いつの間にかイザークとカズヤの二人とパーティを組む事になっている事に、志希は驚愕の声を上げる。
「それが良いだろうね。それに何より、シキは盗賊と戦士を探す必要が無いし、イザークとカズヤは新しく精霊使いを探す必要が無いから」
クルトはうんうんと頷き、二人にとっての利点を口にする。
「一人での依頼はあんまりないのですから、少人数でもパーティは組んでおいた方が良いですよ」
ライルはそう言って、志希を見る。
「実際、貴方と同じ言葉を話せる人間が傍に居る方が心強いでしょう?」
ライルの微笑みに、志希はこくりと頷く。
「私としては、貴方に非常に興味があります。ですが、生きている人を研究対象にするのは塔の学院では禁じられていますので、興味だけで留めておきますよ」
くすり、と貴族然とした笑みで、ライルは言う。
志希はその笑みに背筋を泡立たせ、思わず姿勢を正してしまう。
「あんまり怖がらせんなよなぁ」
カズヤは苦笑しながら言い、パンをちぎって口に入れる。
「おや。別に、怖がらせているつもりではありませんが」
ライルはそう言いながら、スープをスプーンに掬って飲む。
「そうじゃ、シキはこの街が初めてじゃろ。カズヤ達に、街の中を案内してもらってはどうじゃ? どうせ、こ奴らの事だから必要な所にしか連れて行っていないんじゃろうしな」
ベレントの言葉にイザークとカズヤは無言になり、志希はこくりと頷く。
「日用品やお風呂を優先したのは褒めてあげるけど、街の中の案内もきちんとしないと駄目だよ? 道だってきちんと覚えてないだろうしね」
クルトはカズヤとイザークに言い聞かせてから、志希を見てにっこりと笑う。
「冒険者の荷物は少ない方が良いけど、女性は色々と必要な物が多いからきちんと買って持ち歩くんだよ?」
クルトの言葉に、志希は一瞬考えてから顔を真っ赤にする。
「はっ……はい」
耳まで赤くして頷く志希に、カズヤとイザークは不思議そうな表情を浮かべて彼女を見ている。
そんな二人にライルはくすくすと笑うが特に何も言わず、ベレントも知らぬが花と言わんばかりに酒を煽っている。
「それじゃ、今日から君達は三人パーティだよ。無理をせず、自分達の身の丈にあった依頼をする事。あと……何か、どうしても解決できない事が出来たら、相談しに来ると良いよ」
クルトはそう言って、にっこりと微笑む。
「ああ、その時は頼む」
イザークはそう言って、スライスした肉を野菜に巻き付け食べる。
「イザークは偉そうだな、おい。まぁ、その時はよろしくお願いします」
「お願いします」
カズヤと志希は礼儀正しく頭を下げて、クルトに謝意を示す。
「まぁ、堅苦しいのはこれ位にしておけ。飯がまずくなるぞ」
ベレントがかんらかんらと笑い、二人に食事をする様に進める。
志希とカズヤはその勧めに頷き、食事を再開するのであった。
あれよあれよという間に、イザークとカズヤの二人とパーティを組む事になっているのでありました。
また、今回で取り敢えずお金の価値などを語ってみました。
冒険者のランクに関してもちょっと書きましたよ~。
まぁ、基本的に同じくらいの人たちが組む方が実力差がつき過ぎないのでいいのではないかと普通に思ったので、この様に書きました。
まったりペースですが、皆さんもまったりと楽しんでくださると幸いです。