第百六話
クルトと合流してから、志希がクルトの術だと偽って精霊たちを再び放ち他のパーティを集めた。
やや時間差はあったものの、1刻以内に集まった彼らにアリアは分かりやすく現状の説明を行った。
それを聞いたそれぞれのパーティのリーダーを張っている者達は納得し、次いでどのような役割分担をするかに議題が移る。
「結界の起点はおそらく、最も強い番人を付けているはずだ。であれば、我々のパーティでは少々心もとないでしょう」
そう最初に発言したのは、エルロイのパーティの騎士だ。
「ほぼ即席だからな。不本意だが、グレゴリー様の意見に同意するぜ」
「おい、リュック」
盗賊風の男性を咎めるのは、精霊使いの男性だ。
志希は彼らの冷静な意見になる程、と頷く。
二人はそれなりに高位であろうが、さすがにパーティの殆どが初対面である事を考えれば連携などが心配になる。
それゆえの言葉に、全員が頷く。
「俺たちの方も、悪いが増幅陣の方に回らせてもらう」
手を上げ、バランはパーティの総意を告げながらちらりとアントンを見る。彼はその視線を受け、頷く。
「何より、僕たちでは力が不足していると直感しました」
「アントンのこういう時の勘は良く当たるんだ、悪いな」
アントンと長く組んでいる、盗賊のオットーはそういって肩を竦める。
また、アントンは幸運を司る神の聖人として参加しているのだから、その直感を無為になどできない。
残ったパーティは志希達と、クルト達の二つのパーティのみだ。
そのことに気が付いたグレゴリーと、その隣にいた軽装の騎士は口を開く。
「なら、中央へ行くパーティは決まったな」
「クルト殿たちなら、何とかしてくれるだろう」
この言葉に、その通りだと頷くのはあまり志希達と接した事のない者達だ。そこに異を挟む者など居ないだろうといった表情で彼らが荷物を背負いなおそうとした瞬間。
「悪いけど、僕達も増幅陣へ行く予定なんだよね」
そう、クルトが告げる。
この言葉に彼らは驚いた表情で動きを止める。
そんな彼らを見まわしながら、ライルが一歩進み出る。
「まぁ、当然でしょう。己の国を、城を取り戻すのは稀代の聖女であり、継承権を持つ大公姫であらせられるエリミリア様でなくてはならない。そうでなければ、この国の貴族たちは納得などしないでしょう?」
「だが、ミリエリア様が大きな怪我を負ってしまう方が問題であると……」
「私が行きます」
騎士の言葉をさえぎり、ミリアは凛とした表情で告げる。
「ミリエリア様!?」
「おいおい、あんたたちは銅と鉄が混じったパーティだろう? 実力は金位のクルトさんたちに頼んだほうが良いじゃねぇか」
そう言うリュックに、精霊使いが口を開く。
「いや、案外どうにかなるかもしれない。なにせ、あのお嬢が持ってる品が凄い。あれがあるなら、下手したら最上位の精霊すら召喚できるぜ」
精霊使いが指したのは、志希のチョーカーだ。
「精霊の揺りかご、しかも純度が高い物ね」
シャーナが精霊使いの男性の言葉を補足するように言い、志希に向かってぱちりと片眼をつむる。
事情を知っているからこそ、彼女はフォローしてくれたのだ。
志希はそのフォローに小さく微笑んで感謝を表すと、シャーナは小さく指を振って気にするなと合図する。
その間に、クルトが立ち上がりやや憮然とした表情で口を開く。
「イザークもカズヤも、僕が腕を認める冒険者だ。まだ鉄位なのは、僕と同じで上げていないだけだ」
「アリエリア様もまた、神童と言われた魔術師だ。国宝が盗まれ、俺の知らない間に勝手に転院させられたがその実力は良く知っている」
クルトの言葉に続き、グレゴリーの後ろにいたローブ姿の男性が憮然とした声音で告げる。彼の姿を見たアリアは、小さく彼の名前を呟く。
仲間だと思った人物からの言葉に騎士は目を丸くするが、すぐに志希を見て問いかける。
「ならば、その娘は? 精霊の揺りかごを持っていたとしても、他の者達についていけるほどの腕を持っているのか?」
志希は華奢で、見た目も幼い為足手まといになっているのではないかとあからさまに問いかけてくる。
思わず志希が抗議しようと口を引こうとするが、それより早くエルロイが立ち上がる。
「シキ殿であれば、何の問題もございません。マリール村を襲ったヴァンパイアを倒す一助を立派に担っておられました」
きっぱりと言い切ったエルロイの言葉に、ミリアも頷く。
「ええ、シキはいつもわたし達を助けてくれる大切な仲間よ。納得してくださったのなら、無駄な言い争いで時間を消費せず行動に移すべきだと思うのだけれど?」
棘を含んだ声音でミリアは言い、睨み付けるようにグレゴリーや反対意見を出した者達を見まわす。
ミリアの強い眼差しと威圧にぐっと息を飲む騎士たちに、バランが苦笑する。
「それなりの付き合いがあるパーティの仲間を疑うような事を言われれば怒るのが道理だ、騎士殿」
そうと言われても、騎士達が早急に意識改革をするのは難しいだろう。
何より、彼らはフェリクスの騎士だ。フェリクスはミリアの事を主君として扱っているのだから、彼らもまたそれに倣うのは当然だろう。
しかし、時間をかけて彼らを説得する時間などない。
「聖女殿の言うとおりにすべきだろう。何より、他国の貴族が混じっているクルト殿のパーティが結界を壊すのは少々座りが悪いのではないか?」
魔術師の問いかけに、騎士達は言葉に詰まる。
ライルは魔術師ではあるが、実家が持つ爵位を一つ授かっている貴族なのだ。
だからこそ、ライルは手伝いはするが重要な所はミリアがやるべきだという政治的な判断を下したのだ。
そのことに騎士たちが言葉を失っている間にライルとクルトのパーティの面子はさっさと荷物を持ってアリアを見る。
「増幅陣の位置は?」
「正確な位置は、私は覚えておりません。カルロス導師は知っていますか?」
アリアから振られた騎士たちのパーティの魔術師は、記憶を探るように目を閉じる。
「城の見取り図を見た事はない故どのように増幅陣が配置されているかは知らん。だが、玉座を中心として三角形に配置されているという話は小耳にはさんだことがある。それで間違いはないか?」
「はい」
アリアの首肯に、ライルはならばと笑みを浮かべる。
「玉座の位置が目印ですから、増幅陣を叩くパーティがそれぞれ城内の北東西に散ればいいんです。この通路は、場内では南の位置にあたる。そして、陣として使用する際魔力ないし法力の通り道として恐らくはそれなりに大きな通路に細工をしているはずです。それをたどれば、全く問題ありません」
そう言い切り、魔術師が同道していないバランのパーティを見る。
「そちらは、魔力を感じるものがいらっしゃいませんが大丈夫ですか?」
「そちらは問題ない」
バランはきっぱりと言い、仲間たちと頷く。
恐らく、彼は何らかの手札を持っているのであろう。しかし、それを問うのは冒険者としては嫌われる行為なので、騎士以外の者達は問う事無く荷物を背負う。
騎士たちは彼らの行動に渋々といった様子で荷物を背負うが、納得した表情を浮かべていない。
それを見て、カルロスが嘆息しながら口を開く。
「早々に増幅陣を壊し、手助けをすればいいだろう? 少なくとも、エルロイ殿の村は彼らのパーティによって救われている。腕を信用できようとでき無かろうと、実績は積んでいるのだ。それに……法と秩序の神の神官であるエルロイ殿が嘘をついているとでもいうのか?」
この言葉に、騎士達は今度こそ押し黙る。
エルロイが仕える神は、騎士達が信仰する神でもある。そして現在、エルロイは法と秩序の神の聖人としてこの作戦に参加しているのだ。
彼のいう事を疑うのは、神を疑うのに等しい。
不満、不安はあれども信じるしかないと彼らは腹をくくる。
「姫、ご武運を」
しっかりとミリアを、そしてパーティのメンバーを見て頭を下げ、早々に行動を開始する。
そんな彼らを見てクルトは肩を竦めつつ一つ頷き、怒りゆえか真顔でいるミリアに微笑みかける。
「外野は気にせず、仲間と自分を信じて頑張ると良い。そうした方がいい結果を残せるからね」
クルトは軽く励ましながら、ぽんっとミリアの肩を叩く。
ミリアは彼が志希やイザークに声をかけずに自分に声をかけたことに驚いていたが、すぐに表情を改めて頷く。
「はい、もちろんです」
ミリアのかたい返事にクルトは苦笑しつつ、ちらりとイザークとカズヤを見てから自身のパーティへと戻っていく。
志希はなぜクルトがミリアに声をかけたのか、それで悟る。
ミリアが持つこの国を蹂躙している存在への憎しみと怒り、そして怯え。それらが複雑に入り混じった状態なうえ、祖国を取り戻す為に戦うという使命を背負っている。
その事にいつも以上にミリアは緊張し、体を固くしていた。
無意識であろうその緊張を解そうとしてくれたのであろうクルトであったが、失敗してしまったらしい。
いつも以上の緊張は、体力と精神力を削る。どうにかその緊張を解したほうが良いだろうと志希が思った瞬間。
「ミリア、お前一人じゃないんだぜ」
そう、優しくカズヤがミリアに声をかける。
言われたミリアは目を丸くしてカズヤを見上げ、不思議そうに小さく首を傾げる。
カズヤはそんなミリアに苦笑し、背中をポンポンとたたく。
「偉そうな事を言ったけどよ、オレもまぁ緊張してるんだわ。何せ、ヴァンパイアだろ? 俺は戦った事がねぇ」
あっさりと、カズヤは言う。
「未知のモノに対する恐怖ってやつだ。けどよ、ミリアはその怖ろしさを既に知っている。だからこそ、緊張してるんだろう?」
「……ええ、そう。そうよ」
ミリアはこくりと頷き、自身の中にある恐怖を認める。
強がる事よりも、その恐怖を認め受け入れる事をしたのだ。
「正直、とても怖い。恐ろしくてたまらない……あの吸血鬼の王と、吸血鬼と戦うのは怖い」
震える声音で、ミリアは吐露する。
その怯えた姿は年相応だが、その目は恐怖に濁ってはいない。カズヤはそれに気が付いているからか、優しい眼差しでミリアの言葉を聞いている。
「けれど、わたしは、逃げたくないの。逃げればきっと、二度と立てなくなる。わたしは自分の足で、立ちたい。たとえ敵わないとしても、足掻いてわたしとして生きたい」
俯いて怯えていたミリアは顔を上げ、まっすぐに前を見る。
その手も足も小さく震えているが、それでも足掻くのだと自身を奮い立たせ他その姿は志希の眼にはひどく尊いモノに映る。
人によってはみっともないと思うであろうその姿に、カズヤは優しい笑みを浮かべて頷く。
「ああ、そうだな。でもな……今はミリア一人じゃねぇってこと、覚えておけよ」
そう言って、カズヤはミリアの肩を叩く。
「そうですよ、姉さん。一人で立ち向かったあの時とは違うんですから」
アリアは笑いながら、ミリアの背中をポンポンとたたく。
二人の言葉にミリアは目を瞠り、カズヤとアリアをの顔を見る。そして、ゆっくりと志希とイザークへと視線を移し、ああと小さく声を零す。
「そうね、今のわたしは一人じゃない……一人じゃ、ないのね」
庇護されるべき年齢の時に、恐ろしい経験をしたミリア。それがずっと心の傷として残っていたのだろう。
しかし、今は違うとやっと飲み込めたのかその表情は幾分か柔らかくなっている。
先ほどまでの緊張が少しだけ解れたのと同時に、またミリアの加護が力を増したのを志希は感じ取る。
ミリアが自身の心と向き合い、恐怖を乗り越えたからなのだろう。
志希はその事に知らず肩の力が抜ける。
仲間の為に、いざとなれば自分の全てでもってヴァンパイア・ロードを倒す心積もりであったのだ。
だが、ミリアはここ数日で急速に聖女としての力を取り戻し始めている。
今まで心のどこかにあった緊張が、ほんの少しだけ緩み思わず小さな笑みを浮かべる。
「他の人達も移動したんだし、私達も行こうよ」
志希は仲間にそう声をかけ、荷物と装備の点検を始める。
「そうだな。障壁が張られていようがいまいが、番人がいることは確実だろう。それを排除せねばならん」
イザークは荷物と装備に不備が無いかを確認しながら、全員に推測を告げる。
それを聞いた三人は表情を引き締め、装備と荷物を点検し始める。
志希は若干弛緩した雰囲気を引き締めたイザークに頷きかけ、棍を握る手に少しだけ力を込める。
この城を牛耳っている魔物の厭らしさを考えれば、この先にいるのはおそらくヴァンパイアであろう。しかも、かなり力あるヴァンパイアである事は間違いない。
しかし、今のミリアであればきっと冷静に対処してくれる。
志希はそう考えながら、一つ深呼吸をする。
恐怖も緊張もあるが、仲間とともに乗り越えることができるものだ。
先ほどのように自分の力で全てをなす、等という事は考えなくてもいいと志希は考えを改めることができた。
神凪の鳥の力であれば全てを解決することができるなど、傲慢な考えだ。
無意識のうちにあった傲慢さを見抜いていたわけではないのであろうが、クルトやカズヤ達の言葉が諫める様に感じられた志希はため息を吐く。
しかし、反省は全部が済んだ後にするものだ。
気持ちを引き締め、志希は気合を入れ直し荷物を背負って前を見る。
そんな志希の背中を、イザークが優しく叩く。まるで、励ますように。
驚いて彼を見上げる志希に一瞬目を和ませてから、彼は表情をいつもの物に変えて前を見る。
「行くぞ」
イザークの短い号令に志希だけではなく、カズヤ達も頷き前を見据える。
明りの乏しい回廊の先にあるのは、結界の基点にして大儀式場となっている玉座だ。
息を苦しくさせるような威圧感はあるが、必ず何とかできるという心持になる志希。
目の前にいるミリアから感じる聖女としての気配が、さらに濃くなっているからだ。
そのミリアが鎌の柄を握り、一つ頷き足を踏み出す。
ミシェイレイラという国を彼女の手に取り戻す為に、両親の敵を討つために。