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神凪の鳥  作者: 紫焔
神聖国に蠢くモノ
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第百三話

 志希が疲れた体を引きずって天幕に戻る途中、アリアとフェリクスと行きあった。

「あ、アリア」

「ああ、シキさん。丁度良かったです」

 パッと笑顔を浮かべ、アリアが側に寄ってくる。

「これから天幕に戻るのですが、フェリクス様がもう少し大きい天幕に移動して女性だけで固まって欲しいとか言うんですよ」

「ええ~……それは、どうかと思う。冒険者なんだから、仲間で固まらないと夜襲とかの時面倒くさい事になるよ」

 戦闘の際、ミリアとイザークの間合いはかなり大きい。

 それを知らない人間と即席で組むと、互いの間合いの問題でかなり戦いづらくなる。

「しかし、ミリエリア様は本来聖女にして大公姫です」

「今は冒険者で通しているんですから、押し付けないでください」

 バッサリとアリアはフェリクスの言葉を切り、嘆息して志希を見る。

 助けて欲しいと言った視線に志希は肩を竦め、イザークが深い溜息を吐く。

「戦時に姫だ何だと言った所でどうにもならん。まして、シキもアリアもミリアの侍女ではない。何より、冒険者が多く参戦しているこの軍で、御旗であろうとも冒険者であると公言しているミリアを特別扱いしすぎれば士気が下がりかねん」

 イザークの言葉に、ぐっと言葉に詰まるフェリクス。

 どうやら、ある程度は理解していたようだ。

 だがそれでも、ミリアが大公姫として存在していた期間を知っているが故に、彼女に貴族としての行動をとって欲しいと思ってしまうのだろう。

「今から改めろっていうのは無理だから、諦めた方がいいと思う。それに、今は目の前の戦をどうやって勝つかが大事な事なんだから、素行云々は本当に嫌がられると思うよ」

 志希はフェリクスにそう忠告しつつ、アリアを見る。聖人や聖女に関する話をするために、アリアはフェリクスの所へと行ったはずだ。

 それなりの時間が経ったとはいえ、戻るには少々早いように感じる志希。

 イザークも同じ事を感じていたのか、問いかける。

「随分早い戻りだな」

「まぁ……ちょっと、思いがけない方向にお話が進みまして。それで、一度他の皆さんともお話ししたほうがよいと判断して戻ってきたんです」

 困ったような、苦笑のような表情でアリアは言う。

 何が起きたのかとアリアを窺う志希に、彼女は天幕を示す。

 流石に、外で話す事ではないのだろう。取りあえずと、全員で天幕へと戻る為に足を動かす。

「シキさん、どうでした?」

「うん? まぁ、いつも通りだよ。動きが単調なところとか、フェイントを入れるべきところの指導。あとは、対集団戦用の動きの練習」

 これから志希たちが突入する場所は、アンデッドが犇めく恐ろしい場所だ。

 いくらミリアの加護があるとはいえ、道を作らざるを得ないだろう。

 どうするべきか、と悩んでいるとくいっと肩を引かれる。

 何事かと顔を上げると、イザークが肩を掴んでいた。

 それと同時に、天幕に到着していることに気が付く。

 行きすぎそうになるのを、彼が止めてくれたのだと気が付き志希は赤面する。

「ありがとう、イザーク」

 志希が礼を言うと、目を和ませイザークは中に入るように促す。

 フェリクスとアリアの後に続いて中に入ると、何やら柔らかい雰囲気のミリアが見えた。

 ほんの少しだけ、彼女自身を縛っている何かが緩んでいるように感じられる。同じように、カズヤもまたリラックスした表情でお茶を入れている。

「フェリクスも一緒なんだな。何かあったのか?」

 そう問いながら、追加の人数分のカップを用意する。

 カズヤのその姿を見ながら、アリアは頷く。

「はい、ちょっと相談した方が良いと思いまして……フェリクス様がご一緒なのは、私達では判断が難しかった案件が持ち上がりました」

 アリアが説明している間に、フェリクスは懐から封がされた羊皮紙を取り出し恭しくミリアに献上する。

 その態度にミリアは物凄く微妙な表情を浮かべつつ、羊皮紙を受け取り封を切る。

 広げた羊皮紙を読むミリアは、目を見開く。

「こちらに入ってくる事が出来たの!?」

「かなり危うかったようですが、その様です。この伝令と同時に出立しているという話なので、今日か明日あたりで合流する事になるかと」

「そう。できれば、聖人か聖女がいてくれればいいのだけれど……」

 ミリアはフェリクスの言葉に呟き、顔を上げる。

「ミシェイレイラを覆う結界が閉じられる前に、いくつかの金位と銀位のパーティがこちらに入る事が出来た様なの。転移で入ったらしいのだけれど、出た町がここからは遠かったみたいで馬を魔法で回復させながら移動してきているみたい」

 ミリアの言葉になるほど、と全員が頷く。

 その人達と行動を共にしてもらうために、聖女や聖人が必要であると口にしたのだと理解したのだ。

「聖については、現在冒険者を含め全ての神職者を集めておりますが……正直、司教様たちもどのような基準で聖を見分けていいのかが分からないと」

 フェリクスの言葉に、確かにとミリアは頷く。

 聖の加護を目に見えて分かるのは、志希しかいない。

 彼女にどのようにして見分けているのかを問いかけたそうなミリアだが、流石にそれが非常に拙い事であるとは理解している。

 視線すら志希に投げず、目を閉じとんとんと羊皮紙を指先で叩く。

「聖の加護は、かなり特殊だよ。調べるには、加護の増幅をしてもらうのが一番だと思うけど……」

 志希はそこまで言ってから、慌ててアリアを見る。皆が困っているのを見てつい、頭の中に浮かんだ方法を口にしてしまったのだ。

 フェリクスの事を完全に忘れていた、志希の失態である。

 志希の言葉に目を丸くしている彼を誤魔化すために、アリアが慌てて口を開く。

「そ、そういえばそんな事が以前見た書物に書いてありましたね。ただ、その聖の加護というのがちょっとわからないですね」

 口を挟ませないとばかりにアリアは言い、別の方へと意識を持って行かせる。

 フェリクスはアリアの言葉に納得したような、していないような表情を浮かべつつ然りと頷く。

「聖の加護とはいったい……」

「知らん。聖女であるミリアであれば、分かるのではないか?」

 口を開きそうな志希の肩を掴み、イザークがそう水を向ける。

 これ以上下手な事を言ってしまえば、志希の異常がフェリクスに知られてしまう。

 人の形をした人ではない存在を、彼が受け入れるとは限らないのだ。

 志希はイザークの意図と静止をきちんと把握しているので、口を閉じて話を聞くことに専念する。

 早い解決を望むのは確かだが、二度とミシェイレイラに足を踏み入れられないという事態にはなりたくないのだ。

 水を向けられたミリアはそうね、と何事もなかったように目を開けフェリクスを見る。

「わたしの聖女としての力は今は弱いわ。けれど、多分これだという感覚は分かる」

 そう言って、ミリアはそっと手をカズヤに差し出す。

 カズヤは唐突な行動に面喰いながらも、その手を取る。

 瞬間、ミリアとの手からふわりと淡い緑の光が灯り、それがカズヤの全身を包み解ける。

 志希はそれを見て、目を瞠る。

 ミリアが今カズヤに施したモノこそ、加護の増幅だ。

 触れる事で己の身にある加護を増幅し、貸し与える聖にのみ許された術。

 そこで志希は、ミリアの加護がほんの僅かだけ強まっているのに気が付いた。否、徐々にだが力を増してきている。

 ほんの少しだけ柔らかくなったミリアの雰囲気に、一過性のものだと思っていたが違うのだろう。おそらく、何らかの心境の変化があったのだ。そしてそれが本来の加護の強さへと戻る手助けをしているのだろう。

 志希はミリアの加護の変化をそう読み取り、ほんの少しだけ安堵する。

「これが加護の増幅ですか! しかし、どのように……?」

「やり方は、人それぞれだと思うわ。聖であれば、おそらく本能的に理解している筈よ」

 ミリアはそう言って、ゆったりと微笑む。

 聖句も必要なく、ただ念じるだけで加護を増幅し貸し与える。

 それこそが聖の加護の力であると、ミリアは示したのだ。

「では、そのように通達し神職の者達に試してもらいましょう」

 フェリクスは喜色を浮かべ、ミリアの前に跪く。

「ミリエリア様、こちらで朗報をお待ちくだ……」

「や、数日ぶりだね!」

 フェリクスの言葉を遮り、勢いよく天幕の入り口を覆う布がまくられる。

 そこから覗く顔は、金髪緑眼の中世的な顔立ちをしたアルフだ。

「クルト!?」

 驚いて腰を上げたのは、カズヤだ。

「なんとか、結界が閉じる前にこっちに入る事が出来たんだ。あと二パーティほどが今日中に合流できるから、一番早く到着した僕達が知らせに来たんだよ。あとは、緊急の用事があったから強行したっていうのもある」

 にこにこと笑いながら、クルトが中に入ってくる。

 その事にフェリクスが険しい表情を浮かべるが、アリアがそれを制する。

「やめておいた方が良いですよ。彼があの、千年アルフです」

 アリアの忠告にフェリクスは目を丸くし、まじまじとクルトを見る。

 クルトはその視線を受け流し、彼は天幕の外にいる人物に声をかける。

「入らないのかい?」

「許可が下りておらんじゃろ」

 外から応えた声は、ベレントの物だ。

 クルトと同じパーティなのだから、彼がいるのは当然だ。

 志希がそんな事を思っていると、クルトが忘れていたと苦笑しながらミリアを見る。

「ああ、そうだったね。ベレントが大至急、ミリアと面談したいっていうんだ。彼とその連れを、中に入れていいかな?」

「緊急の用事とおっしゃってますから構いません。それに、わたしは旗頭ではありますが軍の事は全て人に任せている状態です。前線に出て、戦う事しかできないアンデッドキラーにしか過ぎないのですからお気になさらず」

 ミリアはそう言って、貴族的な行動をとりがちなフェリクスを牽制する。

 フェリクスはムッと唸るが、ミリアの意思を尊重するため何も言わずに彼女の後ろに控える。

 ミリアの許可が出たという事で、ベレントが入口の布を巻くって中に入ってくる。

 それを見た志希は、目を瞠る。

 先日会った際にはなかった聖の加護を、ベレントが纏っていたのだ。

 ワキュリー神を象徴する色は彼を力強く守っている。

 ベレントの後に続くように入ってきたのは、マリール村で出会った神官のエルロイだ。

 彼もまた、ヴァルディル神を象徴する白を纏っている。

 驚きのあまり声が出そうになるが、何かに気が付いたらしいイザークが素早く志希の口を大きな手で塞ぐ。

 それで口を閉じ、志希はこくこくと頷き正気付いたとイザークに知らせる。

 しばしの間の後に、イザークはゆっくりと志希の口から手を離す。

 その間にミリアとベレント、エルロイは互いの自己紹介を改めてしていた。

「この度、ワキュリー神より聖を授かった。これ以上ない名誉ではあるが、できれば前線で戦わせて欲しくての。その事を相談しに来たわけじゃ」

「未熟ではありますが聖を授かりました。そして、ヴァルディル神よりこの国に蔓延るアンデッドを駆逐するよう神託を受けました。また、その際にミリアさんをお助けするようにとも。よろしければ、私も前線に加えてください。戦士としての心得は、持っております」

 ベレントは楽しげに、エルロイは静かに告げる。

 ミリアは二人の言葉に目を瞠り、ほんの一瞬だけ志希を見る。

 目を動かしただけのそれに、フェリクスは気が付いた様子はない。

 志希はミリアに彼らのいう事は真実である事を目配せで知らせ、深く息を吐く。

 思いがけない人物に、聖の加護が付いたのはおそらく神界で何らかの協議があったのだろう。

 魔神に近いヴァンパイアロードに国を与えてしまえば、そこを足掛かりにして魔界の魔神たちが顕現してしまいかねない。

 その様な事になれば地上は蹂躙され、神々の力が弱まってしまう。

 神々自身の利益の為に、今回干渉することを決めたのだろう。

 そして、事の中心であるミリアと面識があり、尚且つ善良で将来有望な神官に聖の加護を与えたのだろう。

 ならば、おそらくあと一人は聖人が現れるかもしれないと志希は予想する。

 面識のある神官で、善良と言える神官戦士には一人心当たりがあるのだ。

 もっとも、その心当たりのある人物がこちらに来ていなければ聖になる事はないだろう。

 来て欲しいのが本音ではあるが、こちらの事情に付き合わせることになる事を考えればいない方が良いと志希は思う。

 小さく嘆息し、ミリアがベレントとエルロイに感謝の言葉を述べているのを眺めていると天幕の外が騒がしくなる。

 何事かとフェリクスが眉を潜め、クルトがああと声を上げる。

「おそらく、後続が到着したんじゃないかな? 金位は僕達だけだけど、銀位は複数パーティ来ていたからね」

 クルトの言葉に納得した志希は、とりあえずと口を開く。

「それじゃ、打ち合わせもあると思うからみんなで少し楽な体勢になって話をした方が良いんじゃないかな? お湯も冷めちゃったし」

「ああ、そうだな。クルト、ベレント、エルロイ。オレが淹れるからあんまり美味くないかもしれねぇが、文句言うなよ」

 カズヤはそう言って、改めて魔道具でお湯を沸かし始める。

 想定外の事が起きすぎて、お茶を淹れるのをすっかり忘れていたカズヤはそう言ってさらに追加のカップを用意する。

 こういう事態を想定して人数プラスアルファ分のカップを用意されているので、それなりの人数でお茶を飲む事が出来るのだ。

 お茶を淹れ始めたカズヤの背中を見ながら、志希は少なくとも自分達だけであのアンデッドの群れに飛び込まなくていい事に安堵するのであった。


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