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神凪の鳥  作者: 紫焔
神聖国に蠢くモノ
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第九十六話

 マリール村からミシェイレイラへと繋ぐ街道を、志希達は馬で移動していた。

 今回もまた、志希はイザークの馬に同乗している。

 何せ乗馬の訓練など全くしていなかったし、志希が周囲の索敵の為に意識を飛ばさなければならない以上、一人で馬に乗るのは危険だ。

 なので、イザークと相乗りになったのだ。

 しかし、そうなると志希の荷物をバラバラに詰め直して馬に乗せなくてはいけなくなる。

 それを解消する為にとエドワードとブラドが餞別として、戦闘でも怯えない様にと調教された馬と結構な量の保存食を贈ってくれた。

 その馬は現在カズヤに手綱を握られ、彼が乗る馬と並んでいた。

 急ぐ旅ではあるが、常に走らせると馬が潰れてしまうので現在はだく脚で移動中だ。

 そんな最中、カズヤが口を開く。

「この先の砦が最初の関門だな」

「あっさりと通れるかな?」

 志希の呟きに、カズヤは肩をすくめる。

「さぁな。砦からも霊気がしてたっつー話だし、戦闘は覚悟しておいてもいいかもしれないな」

「敵の縄張りに入る様なものだからな」

 イザークはカズヤの言葉に同意し、馬の首を撫でる。

「霊気を感じるという事は、そこに不死者がいたという事ですよね……」

 アリアは顔を伏せ、唇を噛む。

 不死者を断罪するエルシルを信仰している国の砦が霊気を放つという矛盾に、アリアは心を痛めているのだ。

 同時に、その砦にヴァンパイアがいる可能性が出てくる。

「何があろうとも、正々堂々と砦を通ってミシェイレイラに入るだけだわ」

 ミリアは前を真っ直ぐに見て、きっぱりと言い切る。

 既にミシェイレイラ神聖国が国宝を奪った犯人であるヴァンパイア・ロードに支配されている可能性がある以上、ミリアは躊躇うつもりはないのだろう。

 志希は彼女の姿に安堵と同時に、不安を感じてしまう。

 それはやはり、ミリアの聖女としての力が弱いからだ。

 ミリアが初めてヴァンパイア・ロードと会った際、彼女は不死者にされ苦しめられていた者達を祈りだけで浄化する事が出来たらしい。

 当時のミリアはそれだけ強い法力を持っており、無意識でそれらを扱っていたのだろう。

 今それが出来ないのはエルシルの加護自体が弱まっているのと、ミリア自身の心の問題だ。

 ミリアはそれを理解しているからこそ、苦悩しているのだろうと察した。

 しかし、それ以上の事は志希にも誰にもできないのだ。

 その事に地味にへこむ志希に、イザークが気が付いたのか頭をポンポンと撫でてくる。

 宥めるようなその手のひらに嬉しいような、子ども扱いされて悲しい様な気持になりながら取り敢えず気持ちを切り替える。

 戦闘があるかもしれないのだから、いつまでも気を緩めているわけにはいかない。

「砦までどれくらいの距離があるのか調べるついでに、偵察してくるね」

「分かった、気を付けて行って来い」

 志希の言葉に、並走しているカズヤが頷く。

 イザークは志希の体を支え、直ぐにでも行ける様にと体勢を整える。

 片腕で抱き締められるような体勢に志希は気恥ずかしさを感じながら、するりと意識を体から剥離させる。

 イザークに支えられている自分の抜け殻を見るのは気恥ずかしいので、風の精霊と共に一目散に砦へと飛ぶ。

 風の精霊と一緒なのでほぼ一瞬で砦にたどりついた志希は、仲間の方を振り返り大まかな距離を考える。

 馬の今の速度と距離を考えれば、大体あと三時間ほどで辿りつけるだろうと志希は頷き、次いで砦を見る。

 眼下に広がる森を貫く街道と、その街道を守るためにであろう作られた大きな砦。

 威圧感すら感じられるそこからは、全くと言って良い程霊気が感じられなかった。

 それどころか、つい先ほどまで戦闘をしていた痕跡の様なものがあちこちに見受けられた。

 特に、ミシェイレイラ側の砦の壁面には矢が刺さり、若干黒く焦げているところまである状態だ。

 どういう事かと警戒していると、砦の通路を歩いている青年がついっと顔を上げた。

 真っ直ぐに志希の方を見ているかのような視線にびくりと震えるが、彼は志希の隣に居る風の精霊を見ているようだ。

 青年の周囲にはやはり風の精霊と水の精霊がおり、青年と同じように志希を見上げて嬉しげに手を振っている。

 この様子から、青年が精霊使いである事は明白だ。

「仲間がいたからっていうのはわかるが、随分嬉しそうだな」

 青年は苦笑気味に風の精霊に話しかけており、風の精霊はこくこくと頷いて志希の事を告げようとする。

 だがしかし、それを制するように志希の側の風の精霊が風を吹かせる。

 その風を受けた青年に使役されている精霊ははっとしたように頷き、何でもないと青年に手を振る。

 使役している精霊の様子に若干不審げな表情を浮かべるが、直ぐに肩を竦めて青年は歩き出す。

 志希は恐る恐るとその背後に降り、まじまじと青年を観察する。

 兵士というには青年の装備品が、やけに良いものに見えるからだ。

 また、この場所には青年だけではなく少年や壮年の男性もいる。

 よくよく見てみれば女性なども居て、彼らは一様にあちこちに刺さっている矢や木端微塵になっている木くずなどを片付けていた。

 どうするべきかと悩む志希は、状況を知るためにもう少し砦内を探る事に決める。

 今の志希の姿を見る事が出来る人間はいないのだから、少しでも情報を探るべきだと思ったのだ。

 慢心してはいけないと自分を戒めつつ、志希は砦内の廊下を移動する。

 すると、前方からがっちりと武装したドワーンと戦士風の男性が歩いてくるのが見えた。

 ドワーンはエルシルの聖印を首から下げ、大きな鎌を背中に背負っている。

「これで、あらかた見て回ったかの」

「ああ。だが、霊気の方はどうだ?」

「それは問題ありゃせん。隅から隅まで綺麗に浄化されておる、さすがかつて司教位にまで昇られた方じゃな」

「……それはいいんだけどよ、あの話は本当なのか?」

 神官戦士といった風体のドワーンに、男性が半信半疑と言った声音で問いかける。

「エルシル様からの啓示が下っておる。そこに、疑う余地などありゃせん」

「いや、あんたにしちゃそうだろうけどよ。だが、おれたち冒険者が政治的な軍に関わるのはギルド規定に反するんだろ?」

「ギルドからの通達があったじゃろ。その例外的事態ゆえに、エルカーティス辺境伯と連携をとる事になったじゃろう」

「だからって、すぐ隣のファシス辺境伯の砦を襲うっておかしいだろ」

「仕方なかろう。話すら聞かず、エルカーティス侯を反逆の徒と断言したのだからの。その時点で、あちら側に着いているのは間違いあるまい」

 男性の言葉に反論するドワーンは、全くと言いたげな表情で彼を見る。

「お前もいい加減、腹を括らんか。だから何時まで経っても、銅から抜け出られんのだぞ?」

「うっ、うるせぇ!」

 それなりの腕を持つように見える戦士はまだ銅位というのを気にしているらしく、憮然とした表情を浮かべて神官戦士と連れ立って歩いて行ってしまう。

 志希はその背中を見送りながら、エルシルからの啓示で何か想定外の事が起こっているのだろうと判断し、体に戻る事にする。

 取り敢えず報告し、相談するべきだと判断したのだ。

 体へ戻ると意識した瞬間、力強い腕が体を支えているのが感じられた。

 目を開いて志希が顔を上げると、後ろから声を掛けられる。

「戻ったか」

「うん」

 志希は小さく返事をしながら、とりあえず体を支える為に鞍についている突起を掴む。

 二人の利用の鞍など存在しないため、手綱を巻き付けるのに使う突起で体を安定させているのだ。

 志希が体勢を整えたのを見たイザークは支える為に入れていた力を抜き、馬の足をやや早める。

 それを見て、志希は意識がない体が馬から落ちないように全体的の速度を落としてくれていたのだと気がついて、申し訳なさを感じる。

 だがすぐに頭を切り替え、口を開く。

「砦まで大体三時間くらいだと思うんだけど、おかしな事になってた」

「おかしな事?」

 志希の言葉に問い返すのは、カズヤだ。

 偵察から戻ってきたのに気が付いたのか、馬体を寄せている。

「うん。なんか、砦が制圧されていた」

「はぁ!?」

 カズヤの声に、ミリアとアリアも馬を寄せ話を聞き取れる位置へとやってくる。

 立ち止まって話をするのは、時間がもったいないのだ。

 なので、志希は取り敢えず自身の探ってきた情報を皆に話す。

「霊気を放っていたっていう砦が、冒険者風の人やエルシルの神官戦士とかに制圧されてたの。で、その人たちの会話によると、ミシェイレイラの冒険者ギルドがエルカーティス辺境伯っていう人と連携をとる事になったらしいの。で、今向かっている砦はファシス辺境伯って人の領地だったらしいんだけど、エルカーティス辺境伯の事を反逆の徒って言ったらしい。これ以上は、正直一回帰って相談した方が良いと思ったの。ダメだったかな?」

 志希の問いかけに、イザークは頭を振る。

「判断が付かない以上、これ以上の情報を得て混乱するのは目に見えている。それに、エルシル神の名が出た以上俺達にとって悪い事は起こらんだろう」

「うん、私もそう思って帰ってきたの。それに何より、啓示が出たって言っていたからミリアに聞けばいいかなって思ったんだ」

 イザークの言葉に志希は頷き、ミリアを見る。それにつられるように、カズヤとアリアもミリアを見て言葉を待つ。

 注目されたミリアは若干戸惑った表情を浮かべながら、ゆるく頭を振る。

「わたしには、エルシル様からの啓示も神託も頂いていないわ」

 やや青ざめた顔色に、それが真実なのであろうことは見て取れる。

「姉さんが聖女である事は動かしがたい事実なはずです。なのに、姉さんではなく他の人達が啓示を受けている……どういう事でしょう?」

 アリアもまた若干青ざめた表情で呟くと同時に、ミリアが聖印を握り小さく祈りの言葉を唱える。

 そのあと直ぐに苦笑を零し、口を開く。

「エルシル様が、恐れる事はないと言ってくれたわ。道は開かれている、急ぎ砦まで行きなさいと」

 ミリアの言葉により、砦を制圧した者達は敵ではないという確証が出来た。

 ならばと皆は頷きあい、真っ直ぐに前を見る。

「シキ、馬を走らせるぞ」

「分かった」

 志希はできるだけ鞍にしがみつき、馬の負担にならない様に体勢を整える。

 その間にカズヤはミリアに馬を預け、彼女の横に付く。反対側にはアリアが付き、先頭をイザークが切って馬を走らせる陣形へと移行する。

 志希は思念で命を司る精霊に語り掛け、周囲の馬の疲れをできるだけ軽減させつつ風の精霊には索敵をお願いする。

 真正面からの魔法攻撃があっても志希が防げるうえに、弓矢などの攻撃も全て風の精霊で逸らせる陣形だ。

 この風の守りを突破できるような武器は、攻城兵器ぐらいのものだ。

 これ以上ない程の安全な陣形で、一行は馬の速度を上げるのであった。

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