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第10話

 俺は空になった容器にフタをして、真正面から谷さんを見る。


「笑わないでよ、谷さん」


 谷さんは動きを止める。静かな備品置き場が更にシンとする。


「大人同士でやりとりする時は色々あるから笑わないとダメなのかもしれないけど、俺はまだ谷さんの半分ぐらいしか生きてないからさ。そうやって笑われるの、実はちょっと悲しかったんだ」


 俺は言葉を選びながら、ゆっくり話す。


「自分のことを悪く言う時も笑うし、自分を傷付けた人のことも笑いながら話すでしょ。そういうのって、癖になっちゃいけないことなんだと思う。だって、笑うって割りと気持ち使うじゃん。同じ使うなら本当に嬉しかったり、楽しかったりした時に使って欲しい」


「うん」


 見た目はちゃんとした立派な大人なのに、谷さんは子どもみたいに頷く。


「新しい仕事場の人たちは、大丈夫そう? 谷さんにひどいこと言わない?」


「まだわからんことの方が多いけど、あったかそうな人たちが多かったからきっと大丈夫やと思う」


「嫌なこととかあった時、笑って流さないで怒れる?」


「揉めたりすんのは苦手やけど、頑張るわ」


「自分で自分のこと、大事にするって約束してよ」


「約束する」


「俺が谷さんみたいな大人になれたら、その時は会いに行ってもいい?」


「……ええよ」


 谷さんは右手を伸ばして、俯いた俺の頭をあやすようにぽんぽんと軽く撫でる。

 泣いていることに気付かない振りをしてくれる谷さんはやっぱりデキる人だし、この人と一緒に仕事が出来て良かったなと俺は思った。


 その日の仕事終わり、従業員出入り口の前で谷さんは「こんなとこで悪いけど、これ」と、入学祝いをくれた。


 銀色の金具が光る、シンプルな黒のボールペン。


「なんか大人っぽい」


「僕が今まで使った中で一番使いやすいと思ったヤツやねん」


「へぇ。ありがと」


「短い間やったけど色々お世話になりました」


 谷さんは深々と頭を下げる。


「いい同僚に恵まれて、楽しかった。ほんまにありがとう」


「俺の方こそ。谷さんも、新しいお仕事頑張って」


「うん。ほな身体に気ぃ付けて。元気でな」


「そっちもね」


 くるりと背中を向けて、谷さんは歩き出す。


 年上で、仕事がデキて、相手のことばかり考えて。

 出汁巻きが上手で優しくて心の強い、俺の同僚で後輩。


 谷さんの背中がまばたきの度に、淡い春の夕暮れの向こうへ遠ざかる。

 残り少ない3月31日を押し出すように、郊外の町を風が吹き抜けていった。

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