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黄歴3131年/紅歴3125年晩夏 SBEW拠点 - 襲撃

[黄歴3131年]


 SBEW拠点がフリギウス軍の部隊の襲撃を受けた時、キュベレさんは私達の居る部屋に来ていた。彼女の開発した装置の説明をするためだった。


 未だ途中だった説明を中断させたミードは、鳴り響く警報音に負けない、切迫した大声でキュベレさんに問う。

「それ、もう起動してるのっ」

「半分っ。後は此処に大量の電力を流すだけよっ」

 キュベレさんは、直方体の出っ張りのある長めの腕輪を指差して叫ぶ。

「それ、何処で出来るっ」

「この施設なら地下の発電装置っ」

「こっちだっ」

 キュベレさんの叫びを聞いたロイは私達三人に指示を出すなり部屋を飛び出した。


 私達は要所要所で足を止めて待つロイを必死で追い掛ける。ロイは私達を先導している最中も、拠点内の仲間に対し襲撃者の足止めを指示していた。


 地下への道行に昇降機は使わなかった。ひたすら階段を駆け下りた。

 発電装置の在る部屋まで辿り着いた時、膝が笑っているし息も上がっている状態で真面に歩けそうもなかった。国定公園管理団体職員として野外での行動が多い私でさえ、こんな状態なのだ。研究職の姉妹については言うまでもないだろう。だが休んでいる暇は無かった。何時、襲撃者達が此処に来るか予想できないのだから。


 装置を持つキュベレさんをロイが支えながら、発電装置の電力供給口の在る所まで連れて行くのが見える。ミードと私は互いに声を掛け合いながら、彼らの後を追って行った。


 キュベレさんの腕輪と供給口のプラグが繋れ、ロイがスイッチを入れる。腕輪の出っ張りが次第に淡い光を帯びてきた。ミードと私は膝の震えを必死で堪えながら近付いて行った。腕輪の光度は徐々に増していく。どれだけの電力を必要なのか。可成の時間が掛るようだった。


 階段を降りて来る足音が聞こえてきたのはどの位経った時だろう。ミードと私はキュベレさんまで後数歩、という所に来ていた。

 足音はロイにも聞こえていたようだ。彼は此方へ向き直ると同時に走り出した。そして開けっ放しだった部屋の扉を閉めた。それが丸腰の彼に出来る最善の行動だったのだろう。


「あと少しなのっ」


 キュベレさんが大声で叫んだ。

 扉を打ち付ける銃弾の雨音が室内に響いた。

 扉の抵抗は長くは続かなかった。降り頻る銃弾の雨が扉に穴を穿ち始める。

 私達を庇う位置に立ち塞がっていたロイは、扉に穴を空けた銃弾の一つに身体を打ち抜かれ、倒れたまま身動き一つしなくなる。


 強度を失くした扉は襲撃者に蹴破られてしまった。扉の向こうから覗く複数の銃口が私達に向けられる。

 その時、ミードが彼女の姉と銃口の間に立ち塞がったのが見えた。私の身体は思考を経由する事なくミードの身体を突き飛ばしていた。襲撃者の射線を塞いだのは私の身体だった。


 銃口が発火するのが見える。なんだか全ての物が緩慢になった様な気がした。勿論自分の動きもそうだ。そんな感覚の異常は全身を襲う衝撃によって終りの時を迎えた。私の意識は一端途絶えた。


「死なせない、死なせないっ、死なせないっっ」

 再び意識を取り戻した時、全身を焼く様な痛みとともに彼女の声が聞こえてきた。彼女は私の首に何かを貼っているようだった。

「ごめんゾーイ。貴女にDを投与する。だからっ、死ないでっ」

 次第に身体の痛みも薄れてきた私の意識は、彼女の悲痛な泣き叫ぶ声を鎮魂歌として聞きながら、暗闇の海に沈んでいった。


[紅歴3125年]


「あと少しなのっ」


 キュベレさんが大声で叫んだ。

 私は全力を振り絞って彼女の元へと向かった。

 扉を打ち続ける銃弾の音がやや落ち着いてきた。


 キュベレさんに辿り着いた時、彼女は叫ぶ。

「完了よっ、これで……」

 私は偶然彼女の隣で扉の方を向いていた。だから見えた。私達の前で、私達を庇う様に立ち塞がっていたミードとロイが、偶然扉を打ち抜いて来た銃弾に倒れる瞬間を。そして私の隣のキュベレさんを襲う瞬間を。


 肺を傷つけたのか、キュベレさんの声は雑音交じりだった。それでも彼女は気力だけで、私に最後の伝言を残そうとしていた。

「腕輪を嵌めて。そう。後、このチョーカーも……」

 私は彼女の言う通りにした。今私に出来る事はそれしか無い。襲撃者が扉を蹴破ろうとする音が私を駆り立てる。泣いてる余裕なんて無い。


「腕輪とチョーカーを接触させて……それが起動スイッチ……あとは装置が……使い方を貴女に……教えてくれる……お……ね……」

 最後まで言い終る事無く、彼女は事切れる。遺言となってしまった彼女の指示通り、腕輪とチョーカーを接触させた。


『D兵器II起動します』

 脳内にキュベレさんの声が響いてきた。

『わたしは、オペレーティングシステム・キュベレイ9。あなたの指示を待っています』

 不思議な現象だが躊躇している時間は無かった。扉は今にも蹴破られそうだった。

「ごめん、使い方が判らないのに時間が無いの。今直ぐ教えてっ」

『了解です。促成モード実行、意識レベルを上げます』

 再びキュベレさんの声が脳内に響くと私の意識は次第に光度を増す白光に塗り潰されていった。扉が完全に蹴破られる音が聞こえた気がした。


[(黄/紅)歴31(31/25)年]


 再び意識が明瞭になった時、私の視界は何故か二重像のようになっていた。焦点は合っているのに、全ての物が少しずれて見える、あの状態だ。

 私はキュベレイ9に指示を出した。

『視界の異常を解消して』

『了解です。二つのボディを同期させます』

 二重像が完全に合致した。私は仰向けになって天井を見上げていたのだと、やっと認識できた。と同時に襲撃者に取り囲まれている事も認識してしまった。


「まだ息がある。殺れ」

 指揮官らしい男の声が聞こえ、襲撃者の一人が私に向けた銃の引き金を引く。銃声と同時に私の身体が跳ね上がる。血飛沫が舞い上り、私は死んだ。と思ったが痛みは有るものの、只それだけだった。


 私は上体を起し今撃たれた筈の胸を見た。穴の開いた上衣が見えただけだった。何が起きたのだろう。私は襲撃者達見回す。

 彼らの表情は幽霊でも見たような、驚きとも恐怖ともつかない物に心臓を掴まれた様な表情をしていた。


「化物っ」

 誰か一人が叫び声を上げる。耐え切れなくなったみたいだ。銃を滅茶苦茶に乱射し始めるのにそう時間は掛からないだろう。一人そうなってしまえば全員に感染するのは直ぐだ。

 そんな事態になる前に、私は指示を出した。

『銃弾を防いで』

 キュベレイ9は即実行した様だ。周囲は何も変化しなかったが、銃弾の雨が私に降り注いだ時、その効果が明らかになった。

 銃弾の雨は私に着弾する前に全て消失してしまった。理性の手綱を手放してしまった襲撃者達が全ての銃弾を撃ち尽してしまうまでそれは続いた。


 銃器の空打ちの音が虚しく響く中、私はキュベレイ9に質問してみた。

『最初に一撃で死ななかったのは何故なの』

 キュベレイ9の答えは意外なものだった。

『わたしを起動し、意識レベルを上げた際、同じ様に襲撃を受けたもう一つの世界の貴女と意識融合を果した様です。目覚めの際の知覚異常の解消に肉体の同期を行ないました。その結果、その世界の肉体の性質がこの世界の肉体にも転写されました』

 もう一つの世界って……

『貴女には二つの世界の記憶があります。また今は二つの世界を同時に知覚しています』

 何故か混乱はしなかった。意識レベルを上げたと言てたから、その所為なのかも知れない。


 あちらの世界の自分の最後を思い出す。首に何かを貼られた筈、と手をやる。

『首に貼られているの、何だか判るかな』

『貴女の記憶から類推すると、もう一つの世界のD兵器かと』

 矢張りそうか。と腑に落ちた。ミードが生かしてくれたのだ。兵器と化しても私を生かしてくれた彼女の気持ちにお礼を言うべきだろうか。今はとてもそんな気持ちにはなれないが。


 彼女は今どうなってるのだろう、と周りを見回す。何時の間にか襲撃者達の姿は無くなっていた。そして三人の死体が二つづつ床に倒れているのが見えた。キュベレさんのは一部重なり合っていたりする。同時に知覚するとはこういう事なのか、と実感した瞬間だった。


『同時知覚って解消できるのかな』

『意識を集中すれば不完全ですが解消します』

 私の隣で眠るミードに意識を集中してみた。

すると見続けていなくてもこちら世界の三人の存在感が薄くなり、違和感が大分減る事が分った。

『一つの世界に集中すると、もう一つの世界の私の存在感は薄くなるのかな』

『その通りです』


 何回か意識の集中の切り替え——世界を渡る事に習熟した私は、これから為す可き事を考えた。ミードのキュベレのそしてロイ達SBEWの目的はD兵器の廃絶だった。今は私自身がD兵器そのものになってしまったけど、彼女等の遺志は継がなければいけないだろう。その為には……


 払暁の空の元、SBEW拠点の建物から出た私はイデア山の方角を見つめ続けた。

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