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紅歴3125年夏 SBEW拠点 - キュベレの研究

 ロイに連れて行かれたSBEWの拠点で、失踪したミードとの再会を果した。だが彼女に聞かされた話は、開いた口が塞がらないなものだった。D兵器の開発だとか、その廃絶だとか、フリギウス軍の監視だとか、どこの三文空想科学小説なの、と冗談でも口にしたくない話だったのだ。

 何故失踪したのか。何故相談してくれなかったのか。どれだけ自分が心配したのか。親友だという思いは一方通行だったのか。何故昨日は会ってくれなかったのか。

 咎める様な愁訴する様な、溜りに溜った懊悩や後悔の吐露にも、困ったような顔で「後でね」としか答えてくれなかった。

 中々答えてくれない彼女に私は段々と不機嫌になっていってしまった。


 更に私を不機嫌にさせた事は、行動の自由を奪われた事だ。冗談の様な活動目的の所為でこの会は色々な組織——報道機関だけでなく警察(それも秘密と付くものだ)、軍諜報部等——聞くだけで恐しい組織、に日常的に監視されているという。

 私が昨日起した騒ぎは彼らの目に確実にとまったらしい。今日、私がここに来られたのも、私が監視組織に捕縛・尋問されるのを防ぐ意味があったそうだ。あの路地から此処へ連れて来られる際、私の囮まで用意したようだ。


 という事情が絡まり、ここ数日私は会の人達と行動を共にしていた。初日にミードと話して以来、今日迄彼女には会えていない。今は次の講演準備の手伝いをしている所だ。一緒に作業しているのは私と同年代の女性だ。手を休めず私は彼女に聞いてみた。

「ねぇ、ケイトさん。貴女から見てミード……此処では先生ね、先生ってどんな人かな」

 ケイトは朗らかに答えた。

「とても素晴しい先生よ。あの年齢とは思えない、悟りを開いた方みたい。世界が違えば、聖女様と呼ばれても不思議では無いと思うわ」

 まるで信者のようないい草だと思った。敢えて狂の字は付けないが。

「その、先生……の仰る事って、難しいというか、曖昧というか、そんな気するんだけど、どうかな」

「知識が無い方々にも聞いて貰えるよう、例え話が多いとは思いますが」

 そう、彼女の講演は会の真の目的を遠回しに語る事が殆どだ。幾つかの講演録画で確認したが、全てそうだった。D兵器によって引き起される災害の話を、誰でも知ってる神話に置き換えて話すのだ。それは一般には徳や倫理等、生き方の話として誤認識されている。

 だが初日に聞いた様に、本当は神話級災害がD兵器に引き起される危惧を知らしめるのが目的の筈。組織の監視を掻い潜るためだと頭では分る。しかし、ケイトの様な比較的若い会員の中には、表の倫理的発言を真に受ける者が多い。本当にこの会のあり方は問題無いのだろうか。


 次の講演の日、私はミードやロイと共に会場の舞台袖にいた。

 司会役の男の子の例の如く短い宣言の後、ミードが演壇に向おうと歩き始めた時、一瞬動きが止った。「来ちゃ駄目って言ったのに」と呟いた彼女の声が私には聞こえた。

 何の事だろう、と聴衆からは見えない様に会場を覗いた。

 誰の事なのか直ぐに判った。会場の一番後ろ、一番端の席に彼女は座っていたのだ。彼女の名前はキュベレさん、ミードの姉だった。

 先日ミードの事で訪ねた時は険のある態度で、妹の事など一欠片の関心も無い様子だったのに。今見る彼女は、頬を紅潮させ、緊張に強張った表情を見せていた。見様によっては久し振りに会えた妹を見て喜びを隠せない風にも見えた。

 あんなに、不仲だったのに、何があったのだろう。


 その日の講演は、ミードに多少の緊張が見られたものの、無事に終えた。舞台袖に戻ったミードに、今迄の蟠りを抑えて、労いの言葉を掛ける。

「お疲れ様。ちょっと緊張気味だったけど大丈夫そう」

 敢てキュベレさんの事は口に出さなかった。だけど、彼女は演壇に立っていた時より緊張した面持ちでロイに意見を求めたのだ。

「ロイ。姉さんが来てる。此処に連れて来れるかな」

「それは、監視の目もありますし」

 ロイは目を顰めながら苦い口調で答えた。

「そうよね。でも姉さんと私、表向き、一切会わない事に意味があったのに。今日で公に接点が出来てしまった。覚悟を決める時が来たのかもしれない」

 苦渋を飲み込むようなミードの言葉に、ロイは難しそうな顔で暫し考えに耽っていた様だ。

「キュベレさんも危険性は分かっている筈です。それを承知でここに来たという事は、緊急の事態が起ったのかもしれません。秘密裏に拠点へお連れしましょう。準備する様、連絡してきます。ゾーイさん、キュベレさんをお願いします」

 面識があるという事で、私がキュベレさんを迎えに行く事になった。私も顔を見せてはいけない筈なのに、それ所ではない事態らしい。


 迎えに来た私の顔を見て、キュベレさんは驚いた顔をしていたが、ミードの所へ案内すると言うと、一つ確りと頷いた。

 舞台袖まで私達は無言で歩いた。舞台袖で待ち受けていたミードはキュベレさんを見てポツンと一言漏らす。

「来ちゃ駄目って言ったのに」

「御免なさい。直ぐ伝えないといけない事が起きてしまって……」

「ここでは無理。今直ぐ場所を変えるから、それまで待って」

 それから間も無くロイが迎えに来た。何時もの柔らかい雰囲気とは一変した、鋭い口調でミード、キュベレさん、私の三人に同行を求めた。その変わり様に私は、ちょっと戦いた。ミードはその他の会員達に撤収の指示を出し、キュベレさんと私に頷いて見せた。

 私達四人は会場となった建物の搬入口に停車していた車に乗った。運転中のロイに無線連絡が入る。

「追跡車あり、四台は居る模様」

 何処から見てるのだろう、追跡の有無を知らせる連絡だった。

「次のポイントで乗り換える。以降の監視引き継ぎを頼む」

 そんな事が何度か繰り返された。こんな短時間に、どれだけの準備をしたのだろう。逃走用の車の手配だけではない筈。追跡者を更に監視する人・機材の手配だって相当な物になる筈。SBEWという会に、今迄に無い疑問を覚えた。不信感と言っても良いかもしれなかった。


 何回目かの乗り換えで、応援まで呼ばれた追跡を振り切った私達は、郊外にある不気味な施設の門を潜った。そこには立哨する二人の軍人がいたため、私はちょっとだけ恐慌状態に陥いった。慌てる私に対し他の三人は落ち着いていたのだが。

「大丈夫、彼らは仲間よ」

 ミードが宥めてくれなければ、私は車から飛び降りていたかもしれない。


 なんとか気を落ち着けた私は、他の三人と一緒に一つの部屋に辿り着いた。

 一つのテーブルを四人で囲むように座る。一息吐いた所でミードが口火を切った。

「姉さん、説明して」

 僅かな間、言う事を整理してからキュベレさんは口を開いた。

「フリギウス軍研究所の分室がイデア山の採掘場跡地に出来たわ。D兵器と関連資料は全てそこへ移された。私も明日からの異動を命じられたわ」

 キュベレさんの声が私達の心に硬く響いた。


「もういい加減、全部話してくれないかな」

 後で後でと言われ続け、拘束されてないだけの虜囚状態の私は、爆発しそうな感情を必死に抑えながら唸る。

 流石に隠し切れないと思ったのか、三人は夫々に説明してくれた。


 こういう事らしい。

 今から三年前、キュベレさんはD兵器の理論的基礎となる時空の位相の研究で、画期的な発見をしたそうだ。その研究を推し進めた結果、二年前には時空の位相を操る試作機まで作ってしまったらしい。流石、ミードに更新させるまでは国立科学研究所の、最年少入所者記録保持者だったキュベレさんだ。

 しかしそれが、軍研究所の目に留ってしまったらしい。軍からの圧力が掛るようになってしまった。その年に入所したミードに辛く当るようになったのも、妹を軍と関係させたくなかったからだそう。

 しかし一年前、軍の圧力に負けたキュベレさんは、試作機を兵器として完成させてしまう。それを使えば既存の物理法則を無視した攻撃も防御も、何でも出きるそうだ。しかし、彼女は唯唯諾諾と従っていた訳では無かった。兵器開発と同時に無効化する装置の研究も行っていたのだ。

 そこで、彼女は妹に懇願した。無効化装置を完成させるための時間が欲しい、と。

 事情を聞いたミードは、直ちに失踪する事で自分に軍の注目を集めさせた。彼女は彼女で生物分野の研究で軍研究所に目を付けられていたようだ。お陰でキュベレさんは拘禁を免れたらしい。妹との接触させる為に泳がされるようになった。

 ミードはミードで、以前から軍の方針に不信感を抱いていた所員・軍人らを集い、SBEWを組織したそうだ。ロイは元軍人の一人で、この施設の手配等も彼の伝手で用意されたそうだ。

 半年前からミードが表に出るようになったのは、逆に公に出る事で世間の注目を集めさせ、軍に容易に手出しをさせない様にする為だった。


 事情を聞いた私はぐったりしてしまった。この狂人一歩手前の天才姉妹は、一体全体なんてことをしてくれたのだ。本当に傍迷惑な姉妹だ。

「それで、これからどうするのミード」

 力無く訊ねる私に、彼女は暫く沈黙した。

「姉と合流してしまったし。態勢を整えて分室を襲撃するしかない。のかな。姉さん無効化装置は出きたのね」

「試作機だけど。持ってきてるわ」

 と言って見せてくれたのは何故か女性用装身具だった。

 何なのだろう、この姉妹。本当に。


 しかし態勢を整える時間は残されていなかった。SBEWの拠点がフリギウス軍に襲われたのはその日の深夜の事だった。

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