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黄歴3130年夏 イデア山国立公園 - 失踪

 ミードと私は幼い頃からの親友同士だった。私達は生き物なら何にでも興味を持つ、周囲からは少し浮いた女の子だった。彼女は生き物の仕組みに興味を持ち、私はその環境に興味を惹かれている、という違いはあったが、話の良く合う気のおけない仲だった。

 彼女の性格なのだろう、その話し方は、抑制を効かせながらも熱に溢れたものだった。決して一方通行ではなく、私の理解度を確かめるよう、丁寧に一つ一つ説明していくのだが、最後まで聞き終えると、実は彼女が知った最新の難しい情報まで語り終えているという具合だった。

 そんな彼女が私は大好きだったし、彼女とずっと一緒に生物の勉強をしてゆきたいと思っていたものだ。


 だが、二人の進路の別れ道は思ったよりも早く訪れてしまった。


 天才肌だったミードは十二歳の頃から飛び級を繰り返す。そして、ついにその道では最高峰と言えるフリギウス国立科学研究所への入所を、十六歳で果したのだ。最年少記録を四歳も更新したのだからその凄さも分かろうというものだ。


 研究所入所後も、彼女と私の交流は続いていた。幼い頃の様に毎日という訳にはいかなかったが、時間が合う日は何時でも会っていた。話す事と言えばその時の彼女の研究内容だったり、私が新しく知識を得た生物と環境の事だったり、とても若い娘同士の会話とは思えないものだった。

 でも、変りない彼女との会話はとても楽しく、充実した時間を過ごせたのだった。


 十二歳の時以来、どんどん手が届かない存在になっていく彼女が、正直、羨ましかったし妬ましかった事は否めない。しかし、それでも腐る事無く私は学問を修め研究に勤しみ続けた。二十二歳でイデア山国立公園の管理団体職員という職を得た私は、良くやった、と自分を賞めた。


 就職して一年経った頃、フリギウス国立科学研究所から野外調査の為に同行案内の依頼が舞い込んだ。研究所から一人、管理団体から一人の計二名で実施との事だった。案内役には私が指名された。

 当日、管理事務所にやって来た研究所の車から降り立ったのはミードだった。私と会っている時の彼女とは違う凛とした態度に、仕事の際の彼女はこうなのね、と認識を改めたりしたのだった。


 調査に来た研究員が彼女だと分った時から、私は一つの戸惑いを覚えていた。彼女の研究は研究室内に終始すると聞いていたからだ。野外調査など普段は全くしないと聞いていたのに一体どうしたことだろう。そんな戸惑いは上手く隠しながら、仕事は仕事、と職務としてきっちりと彼女の案内役をつとめた。

 仕事中とはあっても、そこは親友同士、移動中はお喋りに花を咲かせるものだ。しかし、案内中の彼女は普段より陽気で姦しかった。何なら躁状態だったと言ってもいいかもしれない。それも戸惑いを深める一因となった。

 一体全体、どうしたのだろうか。


 調査の合間、小休憩の時、私は彼女に訊ねてみた。

「ねぇ、ミード。貴女が直接野外調査に出るなんて珍しいじゃない。何の調査なの」

 ミードは少し困ったような笑みを浮べて答えた。

「そうね、ゾーイ。私もそう思うんだけど、とっても偉い人からの直接の依頼なんで断われないんだ」

 長年の付き合いである私にとって、彼女の表情の意味は一目瞭然だった。彼女は基本的に嘘を吐かない。言ってはいけない事は「それは秘密です」とはっきり言う。困った様な笑みで曖昧な言い方で逃げる時は、秘密にしている事も秘密にしなければならない時だけだった。

 これ以上の質問は彼女に迷惑を掛けるだけだと悟った私は、今の質問が無かったかの様に全く関係の無い話へと話題を変えたのだった。


 その日の午後、露天掘りの鉱石採掘場跡に調査の手が及んだ時、ミードは突然私に冷い口調で命令したのだ。

「ゾーイ、ごめん。団体幹部から指示があったと思うけど、貴女は採掘場の入口まで下ってて。ここから先は私一人で行動するから」

 彼女はとても緊張していた。何が彼女をそうさせたのか、疑問ばかりが心に浮ぶが、彼女の命令に絶対服従する事は幹部命令でもあった。

「わかった、ミード。何かあったらこの無線で連絡して。直に駆け付けるから」

 互いの肩に吊された無線機を指し示しながら私は彼女へ告げた。緊張のまま小さく頷く彼女を心配しながら、私は指示の通り採掘場入口まで後退した。時々振り返り彼女の様子を確かめる。しかし彼女は、私が確実に入口に辿り着くのを確認するかのようにこちらをじっと見詰めているのだった。


 採掘場入口まで戻った私は、ミードの方へ振り返る。彼女の居る場所は丁度岩陰に隠れる位置関係にあったらしい。彼女が何をしようとしているのか全く見る事ができなかった。


 どれ位の時間待っていたのだろう。彼女が岩陰から姿を現した時、その岩が創る影は目で見て判る位長く伸びていた。

 彼女がゆっくりと此方へ歩いて来るのをじりじりしながら見続ける。漸く辿り着いた彼女に私はそっと声を掛けた。

「次は何処へ行くの」

 彼女が何をしていたのか、探していた物が見付かったのか、聞きたい事は一杯あった。が、先刻のやり取りで聞いてはいけない事だと理解していた私は、次にどうするかだけ確認した。

「ううん、調査は此処で終り。もう帰ろう。あと、お願いなんだけど。此処へ来た事は報告書に書かないで。幹部の方達への口頭での報告だけに留めて」

 真剣な、そして私を心配するかのような彼女の口調に気圧された私は、黙って頷くしか出来なかった。


 無言で下山した私達は、無言のまま管理事務所で別れた。事務所に待機していた研究所の車に、所員と思しき人達に囲まれるようにして彼女は乗せられ、去って行ったのだ。


 私は彼女に言われた通り、採掘場跡の事を省いた報告書を作成した。報告書は、上長ではなく、団体幹部へ直接手渡した。省いた件は口頭で報告した。報告を聞いていた幹部は取り繕ったような笑みを顔に貼り付けていた。その幹部は更に、案内の際に書き留めた覚書など全ての記録も提出するよう求めてきた。何か嫌な感じがしたが、反対する理由も思い付かなかったので指示通りにした。


 仕事を終え自宅に戻った私は、今日一日の出来事を改めて振り返ってみた。

 今日のミードは様子がおかしかった。普段はあんな燥ぐような娘じゃない。興に乗れば熱の籠った力強い口調になる事はある。が、そんな時でも冷静を保つ抑制の効いた性格だ。あんな熱に浮かされたような話し方はしない。

 そして採掘場跡での急変。あんな冷い彼女は今迄見た事が無かった。いや、冷いというより極度の緊張で態度が硬くなったのかもしれない、と思い直した。最後に話し掛けられた時の、私を心配する表情を思い出す。冷い人のする顔では無かった。

 研究所員達の行動も怪しいと言えば怪しい。あんな取り囲むようにしなくても良いだろうに。あれに何の意味があったのだろう。

 そして幹部の対応だ。覚書の提出など、何の意味があるのだろう。一年間ここで働いてきたが、こんな事は一度も無かった。


 全てが意味の分らない事ばかりで、考える為の端緒さえ掴めなかった。ミードに説明を求める事は出来ない。彼女に迷惑が掛かるだろう。

 打つ手が無くなった私は、やり場の無い苛立ちを紛らわす為、お酒に逃げた。


 その日を最後に、ミードとの連絡は一切途絶えてしまった。


 再び彼女と出会うのに、一年の月日が掛るとは想像もしていなかった。

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