3.面接
我が父親ながら、顔が広かったらしい。
隣国――ヴァスティール王国の貴族の推薦を受けられた時には、父親に抱き着いたほどだ。
そんな訳で、エマは無事にヴァスティール王国の王都へ着いていた。
娘と離れるという事を考えていなかった父親に、引き留められるという不意の出来事はあったが……。
(お兄様の説得が無かったら、どうなっていたことやら……)
父親が引き留めるのを押し切ってきたことを思い出して、溜息を一つつく。
そして、もう一つ、溜息を吐きたいことが――。
「エマ様。溜息なんてはいて、どうしたんですか?」
「何で、ハンナも付いてくるのよぉ……」
そう。ハンナが付いてきたことだ。
エマの父親は、なんと、二人分の推薦をヴァスティール王国の貴族に頼んだらしい。
「何度、言わせるんですか? 旦那様のご命令ですって」
にっこりと笑ってそう言うのは、本当に何度目か。
「ハンナ。あなた、本当に良かったの? 私に付いてきてしまって」
「だ、か、ら、良いんです! 旦那様のご命令でなくとも、私は付いてきました」
「そうね。あなた、そういう子だったわね……」
えへんというように胸を張って言うハンナに、ここまで来てしまったのだしと、ようやっとエマは諦めることにした。
「それにしても、この国に着いて早々、面接があるなんてね」
「余程、人手不足なんでしょうかね?」
そうなのだ。
旅の砂を落とす暇も無いほど、早々に王城へ来て欲しいと伝言が来ていると伝えたのは、推薦してくれた貴族の当主だった。
数日間、お世話になるのもそこになった訳だが、挨拶もそこそこに王城まで馬車で連れていかれている。
その当主は、別の用事で行けないとのことで、今は馬車にエマとハンナの二人だけだ。
「さあ? それにしても、妙に引っかかるわ……」
エマは、ある違和感に戸惑いを覚えていた。
深刻そうな顔をするエマを見て、ハンナも真剣な顔をする。
「引っかかるというと?」
「この国の貴族の推薦とはいえ、私達、隣国の貴族とその侍女よ? 調査があるなり、門前払いされるなり、しかるべきじゃないかしら?」
「そういえば……そうですね……」
エマの疑問はもっともで、密偵や暗殺者かもしれないと自国ならば門前払いの案件なのだ。
だから、エマも門前払いされると覚悟していた。
なのに、反対に早く来いと来た。
肩透かしをくらったエマは、この国の王は何をしているのだと呆れる。
(それとも、あちらに誘っておいて……捕まえるという筋書かしら?)
どちらにしても、警戒するにこしたことはない。
そう思っていると、馬車が止まった。
外を見やれば、どうやら王城に着いたらしい。
門番と御者が話をしている所のようだった。
馬車の中を検められるかと思っていたが、また、馬車が走り出す。
ますますエマは、疑問が深くなっていく。
「馬車の中を検めないなんて……」
ハンナもその違和感に、声を出した。
エマは、寄りそうになった眉間をほぐすように手をやる。
「もし、によ。もし、本当にいつもああなら、改めてもらわなくちゃいけないわ。そうでないなら……私達を試しているのかしら?」
「試してる?」
「何かやらかさないかってことよ」
「どんなことですか?」
「それは……着いたようね」
エマは言いかけた言葉を止めて、ハンナの手を握る。
「ハンナ、これだけは聞いてちょうだい」
「はい。内容によってですが」
「今回の面接、用心した方が良いわ」
「はい」
ハンナが頷いた直後、馬車の扉が開く。
御者が手を貸してくれ、エマは馬車から降りると、王城を見上げた。
自国とは少し違うが同じような建物に、王城とは似るものなのだと思う。
「エマさんとハンナさんでしょうか?」
声を掛けられて、振り向くとそこには試験官らしい中年の男性が立っていた。
「お初にお目にかかります。エマ・アッシュフィールドと申します」
「お初にお目にかかります。ハンナと申します」
挨拶をするとふむと頷いた試験官は、「こちらです」と王城に二人を招き入れた。
入り口すぐの部屋に導かれて、入るように促される。
「失礼いたします」
「失礼いたします」
エマからハンナへと入って行って、すでに娘と言われる若い少女が三人、横一列に座っており、開いていた隣り合わせの二脚のイスの前に二人は立つ。
目の前には、試験官らしい三人が座っている。
「お初にお目にかかります。エマ・アッシュフィールドと申します」
「お初にお目にかかります。ハンナと申します」
その挨拶に、またしてもふむと頷いたのは、エマ達を案内した試験官だった。
三人の試験官の空いているイスに座った彼は、椅子を手で示す。
「さあ。座りなさい」
「はい。失礼いたします」
「失礼いたします」
試験官に笑顔を浮かべエマとハンナは、椅子に座った。
さあ、これから何を始めるのか。そう思った時だった。
ドカン! と部屋の扉が開け放たれた。
その音は大きく、エマとハンナ以外の少女達が「きゃあ――!?」と声を上げた。
そんな少女達を尻目に、エマとハンナは振り返る。
するとそこには、短剣を持った男が立っていた。
男の後ろには、騎士らしき人物が床に横たわっている。
それを瞬時に見たエマとハンナは、立ち上がり戦闘に備え身構えた。
エマと男の目と目が合う。
――来る!
「うおおお―――!!」
雄叫びを上げて向かってくる男に、エマは自分の座っていた椅子を持ち上げる。
ハンナもしかりで、椅子を持ち上げて、男に投げつけた。
男が一瞬、怯む。
そこを狙って、エマが男へ近づき、椅子を男に振るう。
「ぐっ!?」
椅子の衝撃でよろめいた男に、今度はハンナが体当たりを決め、男が仰向けに倒れた。
その男の身体に、エマは遠慮なく乗り上げる。
どこから出したのかわからぬ小さな短剣を男の喉元に突きつけた。
ハンナは、短剣を握っている男の手を踏みしめた。
「そこまで!」
そう告げたのは、一体、誰だったのか。
声のした方へと、エマとハンナが顔を向ける。
その方角は、試験官が四人居る方だった。
エマ達を案内した試験官が、エマとハンナを見て微笑む。
「君達二人は合格だ」
どういうことだろう? とエマとハンナは目を見合わせる。
「これは、試験だった。だから、エマさん。君の下敷きにしている彼を解放してくれないか?」
「え?」
きょとんとしたエマは、下敷きにしている男と試験官を交互に見る。
「そういう事なんで、離してくれると嬉しいというか……勘弁してください」
下敷きにしている男が半泣きになりながら、エマに訴えた。
(これが試験だったってこと?)
やっと状況を飲み込めたエマは、男性から離れた。
「ハンナ」
エマが声を掛けると、ハンナも踏んでいる手から足を離した。
その手は、赤くなっている。
首元は、一文字に赤い線が付いていた。
つまり、軽い負傷をしている。
周りを見れば、ある少女は部屋の隅で。
ある少女は、椅子から。
ある少女は、椅子から尻もちをついて、こちらを怖がるように見ている。
エマ達を案内した試験官以外は、若干、引いているような気配があった。
また、エマとハンナは目を見合わせた。
(これって)
(まずいのでは?)
二人の心が重なった時、
「「すみませんでした!」」
二人は一斉に頭を下げた。