第九話 分岐点
アリサ:「話は聞かせてもらいました」
久しぶりの再会も束の間、フユキから事の流れを聞いたアリサは感情を感じさせない冷酷な女上司のような顔でユウに向き直った。
アリサ:「ユウ、アキの選択は間違いではありません。というより、この選択肢に間違った選択肢などありません。それはわかっていますか」
ユウ:「それは、わかってるけど」
アリサの真意はユウの瞳に、はっきり映し出されている。
それでも、先ほどの柔らかい物腰から打って変わっての豹変ぶりにユウは戸惑った。
アリサ:「それにアキはあなたの上官であると同時に同じ仲間(正騎士)です。正当な理由もなく同じ正騎士に剣を向ければ、当然厳罰。信正騎士団からの除名はもちろん、最悪神人類専用の監獄へ投獄される可能性もりますが、それも承知の上での行動ですか」
ユウ:「う、それは」
サイカ:「ちょ、あんた――」
アリサの言う通り。ユウのしたことは、謝って許されるようなものではない。上司の命令に背き、正騎士としての任務を妨害した。何より、同じ正騎士相手に神器(剣)を抜いた。
厳罰は避けられない。
先に剣を向けたのはユウの方である以上、言い逃れはできない。
アキ:「ミズ・アリサ」
鉄仮面の表情を被るアリサの前に同じく鉄の仮面をつけたアキが出た。
アキ:「まずはこちらの応援要請に応え、遠方よりはるばるご足労いただきありがとうございます。ここに心からの陳謝を」
アキはまずアリサに今回の応援の件について謝意を述べ、頭を下げた。脈絡もないアキの行動に一瞬、目を丸くするアリサだったが、顔を上げた時に見せたアキの、自分と同じ冷酷な女上司のような顔に、口元をキュッと引き締め直した。
アキ:「ですが、こちらが要請したのは水面下で暗躍する連合――ヨハネの翼への応援とその対処です。部下の処遇については基本、所属する支部の支部長に一任されています」
アリサはアキの言いたいことを直感的に理解した。
アリサ:「私におとなしく引き下がれと」
アリサの言葉にアキは無言で返答した。
アキ:「ここは何卒穏便に」
アキはもう一度アリサに向け、頭を下げた。
ユウ:「アキアキ」
アキの言っていることは、確かに筋は通っている。それぞれの支部に配属されている正騎士の処遇は基本その支部の支部長に一任されている。
が、あくまでそれは基本の話。
アリサは最高幹部であると同時に信正騎士団全体のナンバーツー。正騎士一人の処遇などどうとでもできる。同じ最高幹部といえど、アキは十二席(末席)、対してアリサは第二席。アキの下した決断を覆すことなどアリサにとっては造作もないことである。
アキの、一歩間違えば自分の首も飛びかねない決死の進言を受け、アリサが次にどう動くのか、全員がアリサの一挙手一投足に注力する中――
アリサ:「ふっ」
その場の雰囲気に耐え切れなくなったアリサは思わず噴き出してしまった。
アリサ:「あははははははははは」
アキ:「アリサ、殿」
ユウ:「アリサ」
突然、大爆笑するアリサを前に呆気にとられる四人。
アリサ:「すみません、ちょっといじわるが過ぎてしまいましたね」
しばらく声を出しながら大笑いしたアリサは目尻を拭って、最初の、会った当初に見せた柔らかい表情に戻して、ユウたちに向き直った。
アリサ:「安心してください。ユウを信正騎士団から追い出すなんて、そんなもったいないことしませんよ」
今回の件についてお咎めなしを知り、ユウはホッと小ぶりな胸をなでおろした。
ユウ:「ふぅ、良かった」
アリサ:「でも――」
胸をなでおろすユウにアリサは前々から思っていた危うさについて告げた。
アリサ:「ユウはもう少し自分と自分の事を大切に思ってくれる人たちのことを考えたほうが良いですよ。あなたの、可能な限り犠牲者を出したくない信念、理想の英雄像を追い求める姿は素晴らしいですが、それで自分が傷ついてしまっては元も子もありません。あなたの周りにはこんなにもあなたのことを大切に思ってくれている人がいるんですからね」
突然アリサに振られ、三人は頬をほんのり朱色に染めた。三人を見て、ユウは頬をほんの少しだけ緩ませた。
ユウ:「善処します」
アリサ:「よろしい。では――」
ユウとアキのいざこざについては一段落ついた。だが、事件はまだ何も解決していない。
アリサ:「話を戻しますが。私によい策があります。上手くいけば敵味方、誰も命を落とさずに済む策が」
フユキ:「ほ、本当ですか」
アリサ:「はい………………」
アリサは自身の作戦をユウたちに話した。犠牲者を一人も出さずに済む、かもしれないまさに夢のような作戦を――
話し合いの結果、アリサの作戦で行くことに決まった。
│─\│/─│
話し合いが終わり、アリサは準備が整うまでここまで来るため乗って来た車に戻り、待つことになった。
車で待つ、本部から連れてきたアリサ直属の部下たちに事の次第を説明する必要があったからだ。
運転手の女:「あれが高宮秋、信正騎士団極島支部の若き支部長か」
ハンドルの上に顔を置き、アキたちと作戦会議をするアリサの様子をじっと見守っていたのは青い髪を一括りに結んだ長身の女――ヴァルキューレ。
助手席の女:「アリサほどではありませんが中々の神意量ですね」
ヴァルキューレの隣で液晶付きの通信機器をスクロールしながらアキが本部へ提出したヨハネの翼に関する資料に目を通しているのは緑髪を二つに括った小柄な女――マーリン。
一見この中で一番の若手に見えるが一番の古参である。
後部座席の女:「おかえりなさい、アリサ様」
そして、アリサが車に戻るとうれしそうに笑いながら自分が座っていた場所を譲り、奥に移動したくせの強い赤髪の女――シスター。
彼女ら三人が本部よりアリサが連れてきた直属の精鋭、アリサ親衛隊である。
マーリン:「どうでした、絶賛、アリサ二世と信正騎士団本部でも売り出し中の若き支部長さんは」
車に戻って来たアリサにマーリンは意味ありげな問いを、少女のような純真無垢な笑みを浮かべて投げ掛けた。
アリサ:「そうだな………………」
若くして最高幹部になったアキを一部メディアがその話題性に目を付け、最年少でラウンズの席に着いたアリサと重ね合わせ、アリサ二世という俗称で呼んでいる。
アリサ自身、信正騎士団の良い宣伝に繋がる、かつ有望な若手がいることを周囲に知らせることは守る対象である市民たちの心の平穏を保つのに一役買うと黙認しているのだが…………ここにいるメンバーたちはこのことをあまり快く思っていない。
親衛隊とは、世界中に点在するどこかの信正騎士団支部に所属するのではなくアリサ直属の部下たちのこと――要するにアリサに心底心酔している者たちの集まりである。
マーリンはそれほどでもないが、ヴァルキューレとシスターはアキのことを良く思っていない。分不相応ながらアリサの名前を借りる、まだまだ未熟な、たまたま運が良かっただけの若手という認識である。
アリサ:「以前あった時より遥かに洗練されていたな、正騎士としても最高幹部としても」
そのことはアリサも重々わかっている。そのため、アリサは波風立たないよう当たり障りない言葉でこの話題を流した。
ヴァルキューレ、シスター、マーリン:「………………………………」
しばしの沈黙………………
シスター:「それにしてもあの子、危ないところでしたね」
車内の何とも言えない雰囲気に堪え兼ね、シスターが新しい話題を切り出した。
アリサ:「ああ、私の到着があと少しでも遅れていたら、とんでもないことになっていたところだ、全く」
連合国にある信正騎士団本部から極島空港に到着。そのまま信正騎士団極島支部に直行する予定だったが、今回アリサたちが極島の応援に来るきっかけとなった組織――ヨハネの翼の関係組織の一つが起こした立て籠もり事件が発生しているという情報をマーリンが掴み、急遽予定を変更してそちらに向かうこととなった。
まさか立て籠もり現場に到着してすぐ味方同士の仲間割れの仲裁をさせられるとは夢にも思わず………………
マーリン:「相変わらずでしたね、彼女は」
この中で唯一、アリサと同じくユウと面識があるマーリン。以前会った会合ではわずかだが、話もしている。
ヴァルキューレ:「上官の命令に逆らったのだ。斬られても文句は言えないだろ」
アリサ、マーリン:「うん……」
ヴァルキューレの言葉にアリサとマーリンは共に首を傾げた。
シスター:「大事に至らなくてよかったです。あの娘の剣、とぉぉぉても長くて切れ味良さそうでしたからね。あのまま続けてたらあの娘の細い首がそのままスパンって、首ちょんぱされてましたよ。ひぃ、想像しただけでも恐ろしい」
アリサ、マーリン:「ううん………………」
シスターの言葉にアリサとマーリンの首がさらに傾き、直角に近づいた。
ここでようやく、アリサとマーリンはヴァルキューレとシスターが勘違いしていることに気付いた。
マーリン:「ああ、そういえば、あなたたちは知らなかったんですね。あの娘の――正騎士天使優の伝説を」
シスター:「天使優さんの」
ヴァルキューレ:「伝説」
天使優という正騎士の中では無名の、役職なしの一般正騎士について一切知識のないヴァルキューレとシスターに対し、訳知り顔で優越感に浸るマーリン。それを呆れた目で見るアリサ。
アリサ:「また大袈裟な」
シスター:「天使優さんってさっき、極島支部の支部長さんと一触即発の雰囲気だった正騎士さんですよね。ちっちゃくてかわいい」
ヴァルキューレ:「とても歴戦の戦士という風には見えなかったが」
シスターとヴァルキューレが口にしたユウへの感想はごく一般的で、ユウと初めて会った時にアリサたちが抱いた感想とほぼ同じだった。
アリサ:「まあ客観的証拠がほとんどなくて、正式な記録としては採用されなかったからな。お前たちが知らないのも当然といえば当然だ」
シスターたちの気持ちはアリサもよくわかる。アリサも実際、あの現場を目撃していなければ、到底信じられるものではなかっただろう。
天使優の伝説――第二次人類大戦終結以降、各国の政府要人たちは大戦により疲弊しきった自国の立て直しに追われることになった。先陣を切って戦場を駆け回った信正騎士団の正騎士たちも変わらず、組織の立て直しに追われた。結果、警察も軍隊も、正騎士ですらまともに機能しない秩序の空白が生まれた。その隙を突き、多くの神人類たちが自身の身勝手な欲望を叶えるため自身の力を振るった。それは極島も例外なく、信正騎士団本部からの応援が全く来ない状況の中、暴虐の限りを尽くす神人類たちに多くの人々が身を震わせていた。だがある日、本部にある正騎士が極島で暴れる神人類たちをたった一人で制圧したという報告がなされた。その報告で名前が挙がった正騎士こそが、ユウだった。
ここまでの話の流れからシスターはあることに気づいた。
シスター:「ということはさっきのやり取り、もしアリサ様が止めていなかったら」
ヴァルキューレ:「末席とはいえ、信正騎士団最高幹部の一人であるラウンズが一正騎士に斬られていたというのか」
視線でアリサに事の真偽を問うヴァルキューレにアリサはコクっと頷いて答えた。
アリサ:「ええ、私の眼にははっきり、その未来が視えていましたよ」
アリサの言葉には何の比喩もハッタリも含まれていない。
アリサに与えられた神託は時の神託。集中すれば数秒先の未来を切り抜きで視ることができる。
あの時、アリサの眼にははっきりとユウがアキに勝利する未来が視えていた。アキの首筋に神器(剣)を突き付けるユウの姿が………………
アキとユウがそれぞれの神器(剣)を引き抜いてからアリサが見た未来に到達するまでの間に、アキの最速の居合をユウが神の御業――以前遊園地でシズカにお腹を刺されそうになった際に使った、あらゆる攻撃を全て無視する神の御業――天衣無縫でアキ渾身の最速の居合をすかし、すぐさまアキの刀を斬り飛ばすという過程があるのだが、アリサの神託ではそこまで知る事はできない。できないのだが、アリサにはおおよそそこまでの流れが想像できていた。ユウならきっとそうするであろうと。
ヴァルキューレ、シスター:「………………」
まさかの事実に言葉を失う二人。信正騎士団にとって最高幹部は組織の象徴であり信正騎士団の権威そのもの。その最高幹部が一正騎士に敗れるなどあってはならない。それに最高幹部は正騎士の中でも突出した実力の持ち主が選ばれる。ユウの事をよく知らなければ、二人の反応は当然といえるのだが――
アリサ:「ふっ」
信じられないと言う顔をする二人を見て思わず、アリサは顔をほころばせた。もし二人があの話を聞いたらどうなるだろう。今以上に信じられないモノを見た顔をするのだろう。それを想像するとどうしても笑みがこぼれてしまう。
アリサ:「あなたたちは神人類同士の戦いにおいて最も勝敗を左右する要素は何だと思いますか」
突然の話の転換。
それが一体今何の関係があるのか、意図を測りかねた三人は問いの答えを考えるためしばらく沈黙した………………一番初めに口を開いたのはヴァルキューレだった。
ヴァルキューレ:「やっぱり、どれだけ多くの神意を保有してるか、じゃないか。神意は神の御業(奇跡)を起こす、いわば燃料みたいなものだからな」
ヴァルキューレの答えは恐らく最も多くの神人類が答えるであろう、一般的な回答。
神意は自分の身を守るため身に纏う神依にも使われるが、奇跡(神の御業)を具現化(行使)するために消費する、燃料のような側面もある。大規模な神の御業を行使するにはそれだけ大量の神意を消費する。神意があって困ると言うことはまずない、あればあるほど良いとされるモノであるが、しかし――
マーリン:「どれだけ多くの神意を宿していても扱えなければ意味はありませんよ。それこそ、宝の持ち腐れです」
燃料は所詮、燃料。持っているだけでは意味がない。神意を上手く操れるようになるにはかなりの修練がいる。それに多くの神意を保有しているからといって必ず強力な神の御業を使えるわけではない。
どんな神の御業を使えるかは神人類個々により異なる。同じ神託、同じ神意量を持っているからといって同じ神の御業が使えるわけではない。
シスター:「じゃあ、マーリンさんは神意を操る上手さが、神人類同士の戦いで一番大事だと思われているんですか」
マーリン:「うーん、どうでしょう」
この中で一番古参、数多くの修羅場を乗り越えてきたマーリンは答えを決めあぐねていた。思い当たるモノは数多くあれど、コレぞというものがなかなか思いつかなかったのだ。
アリサ:「確かに神人類にとって神意はこの世で唯一、神人類にのみ許された最強にして最大の武器です。そこは間違いありません。ですが、同じ神人類同士の戦いにおいて、神意の量や神意を操る上手さはそこまで重要なものではありません」
神意は確かに神人類にとって大切な、神人類が神人類である所以のような神人類の根幹を担う重要なモノである。だが、アリサの考えている神人類同士の戦いで勝敗を分けるモノとは少し違う。アリサが言っているのはもっと根本的な、根を辿っていた先にある種子のようなモノ………………
シスター:「では、心の強さとかでしょうか。どんな逆境でも諦めない心、とか」
ヴァルキューレ:「おとぎ話の世界じゃあるまいし、そう都合よくいくわけないだろ」
シスター:「ご、ごめんなさい」
アリサが言っているのはもっと根本的で、現実的で、人間ではどうしようもできないモノ。これ以上考えても他に答えが出ないであろうと察したアリサはソレを口にした。
アリサ:「私が思う、神人類同士の戦いにおいて最も勝敗を左右するモノ。それは――神託(才能)です」
シスター:「神託(才能)、ですか」
これが最高幹部として正騎士として、この中で一番戦場を駆け抜け、多くの神人類たちと剣を交えてきたアリサが導き出した答え。その一つ。
アリサ:「どんな神託をギフトとして神より賜ったか。それが神人類同士の戦いでは最も重要な要素です」
なぜアリサが突然この話題を三人にしたのか。一つはツボに入った自分を落ち着かせるためだが、一つはちょうどいい機会だと思ったからだ。
多くの戦いを経て出した答えを、この場にいる長年苦楽を共にしてきた戦友たちに伝え、知っておいてほしかった。
自分がいつ、この戦場からいなくなってもいいように。
シスター:「アリサ様のお話は分かったんですけど」
ヴァルキューレ:「それってつまり私たちがどんなに頑張ってもすでに勝敗は神様に決められてるからどう頑張ったって無駄ってことだろ、なんだかな」
アリサの回答にシスターとヴァルキューレは不満げだったが、否定はしなかった。それ以上の答えを二人は思いつくことが出来なかったのだ。
マーリン:「あくまで対決する相手との神託の相性が勝負において重要なファクターになるという話ですよ。もちろんそれで勝負が決まるほど、現実の戦いは甘くありません」
最後にマーリンが上手い落としどころに話を着地させて、二人は不承不承納得という形でこの話は終わりとなった。
アリサ:(神託――この世に生まれ落ちた瞬間、神によって与えられるどうしようもなく理不尽で残酷な他者との差。その差を覆そうとすることはある意味、その神託を与えた神への挑戦とも言える。当然、容易なことではない。ラウンズ序列二位である私ですら未だそれを成しえてはいないほどに)
進化した人類が登場し人類がまた一歩神に近づいた今も、未だ人類は神の手の平の上。神の想像を人類は一度たりとも超えることはできていない。
│─\│/─│
作戦の準備が整った知らせを受け、アリサたちはアキたちのいる、立て籠もり現場を取り囲む包囲網の中へと向かった。
アリサ:「準備は整いましたか」
ビル内にいる立て籠もり犯たちを逃がさないため多くの正騎士によって作られた包囲網の中から、どこからか拝借してきた頑丈そうなオフィスデスクを前に話し込むアキたちを見つけ、アリサは声を掛けた。
アキ:「はい。そちらは――」
背後からアリサに声を掛けられアキたちは振り向いた。そして――
サイカ:「っ――」
フユキ:「――」
絶句した。
アリサに追従し、やってきた従者三人。ヴァルキューレたちの纏う並みの正騎士を遥かに凌駕した膨大な神意量と歴戦の戦士のみが纏うただならぬ気配に三人は気圧されてしまっていた。
アリサ:「この者たちは私直属の正騎士たちです。今回の連合、ヨハネの翼壊滅に役立つと思い、本部から共に連れてきました」
アリサたちは今日、今しがた極島に到着したばかり。ちゃんとした挨拶はまだしていない。互いに面識のある者も少数いたが、それぞれ自己紹介を始めた。
ヴァルキューレ:「普段はアリサのボディガード兼運転手を務めている、ヴァルキューレだよろしく」
マーリン:「マーリンです。皆さんとはちょっぉぉと、ほんと、ちょぉぉぉぉとだけ年上なのでお姉ちゃんって呼んでもいいですよ」
シスター:「あ、あの、あの、アリサ様の秘書をやっています。シスターです。よろしくお願いします」
アキ:「こ、こちらこそ。この度は応援要請に応じてここまでご足労頂きありがとうございます………………」
挨拶を終えてなお、アキたちはヴァルキューレたちから発せられるオーラに圧倒されていた。
アキ:(ラウンズであるアリサ殿はまだしも、配下の彼女たちですらこの神意量とは)
サイカ:(隙が無い。ただ者じゃないのが見ただけで分かる)
フユキ:(この人たちだけで、ヨハネの翼壊滅できちゃうんじゃ)
ヴァルキューレたちもまた、アキたちをよく観察していた。
ヴァルキューレ:(噂の支部長殿は………………ふむ、噂になるだけあってそこそこやるようだな。赤毛の女は神意量こそ平均より少し高いぐらいだが、戦い慣れしているな。男の方は……ダメだな。光るモノを何も感じない)
シスター:(ふぇぇ、なぜかすっごい見られてます。何か粗相でもしてしまったんでしょうか)
マーリン:(あらあら、かわいい娘が一人、二人。ふふ、目の保養)
微妙な空気が両陣営の間に流れる中、この場で最も空気を読まない女がトイレから戻って来た。
ユウ:「おっ待たせぇ、って……」
トイレから戻って来たユウはアリサ親衛隊を見て――
ユウ:「ああ、マーリンだ」
も、相変わらずいつもと同じ調子だった。
以前知り合ったマーリンの姿を見つけて、喜ぶユウ。
マーリン:「ユウちゃん、久しぶり」
ユウ:「久しぶり」
マーリンもまたユウを見て顔を綻ばせた。
両手を絡ませながら、キャッキャッ女子高生のように喜ぶ二人を見て――
サイカ:「あんたねぇ」
アキ:(大した奴だな)
サイカは呆れ、アキは感嘆した。
ヴァルキューレ:(こいつがアリサも一目置く正騎士)
シスター:(ぱっと見、普通のかわいらしい女の子ですけど)
ヴァルキューレとシスターはマーリンとはしゃぐユウの姿をじっと見つめていたが、結局ユウからアリサが注目するほどの特質した何かを感じとることはできなかった。
マーリン:「あれから何もなかった。体とか心とかに一生残る傷とかしてない」
ユウ:「ううん、全然大丈夫」
その間、久しぶりにあった親戚同士のような会話をするユウとマーリン。だが、突然アリサたちにまだ大事なことを言っていないことを思い出した。
ユウ:「あ、そうだ、マーリン。私あれから結婚したんだ」
マーリン:「へぇえ結婚。それはめでたいわね…………て、えっ――」
アリサ:「なっ――」
ヴァルキューレ、シスター:「っ――」
まさかのユウの爆弾発言に、今度はアリサ陣営が驚き、言葉を失った。
マーリン:「結婚って、あの結婚よね。その結婚じゃなく、男と女が二人で愛を誓う、あの、結婚のことよね」
ユウ:「うん、たぶん、その結婚」
サイカ:(どの結婚よ)
ユウの両肩をガッと掴み、前乗りになりなって捲し立てるマーリン。あまりの衝撃に混乱して何を言っているのかよく分からないが、アリサ陣営のみんなは無言でマーリンに憐みの視線を送った。
ヴァルキューレ:「あれがしたくてもできなかった女の末路か」
アリサ:「なげかわしい」
アキ:「こほん」
時間もあまりないため、アキは無理やり話題を本題へ戻した。
アキ:「アリサ殿、そろそろ秘策の方を」
アリサ:「そ、うですね、みなさん行きましょう」
その場を離れ持って来たオフィスデスクと一緒に作戦決行現場へ向かうアキとアリサ。サイカたちもその後に続いていった。
ヴァルキューレ:「行くぞ」
マーリン:「え、あ、ちょ、まっ」
未だユウにしがみつき質問攻めにしていたマーリンはヴァルキューレが引っぺがし、共に連行していった。
マーリン:「ユウちゃん、結婚ってどういうことぉぉぉぉぉぉぉ」
今回の作戦、アリサたちの役割はあくまで支援で、実働するのはアキたちである。これはアリサなりの極島支部側への配慮である。
いよいよ、アリサの考えた、敵味方どちらにも犠牲者を出さない秘策が始まる。