第七話 終末の翼
時は遡り、ユウがサイトたちの襲撃を受けた日の夜。
極島最大にして今では唯一の港でもある極島港。日中は外国からの輸入品や海外への輸出品のやりとりをしているこの港には多くの倉庫が所せましと密集している。
中にはすでに役目を終え、誰も使っていない倉庫もそこそこあり、不良チーム――レッドバイソンのヘッド、一ノ瀬闘也が訪れたのはそんな、今は使われていない倉庫の一つだった。
トウヤ:「急にチームのトップ同士だけで集会だなんて、ただ事じゃなさそうだな」
トウヤは外に取り付けられたシャッターの開閉装置を操作し、倉庫の搬入口から堂々と待ち合わせ場所である倉庫内へと入っていった。
トウヤが待ち合わせ場所に到着した時、すでに先客が二人。
トウヤと同じ裏の世界では名の知れた過激派組織――グリーンベアとブルーオルカの頭二人である。
ブルーオルカのボス:「遅いぞ、この俺を待たせるとは、いい度胸だな」
黒縁眼鏡をクイッと上げながら眉間に皺を寄せるインテリ系のやせ型男、ブルーオルカボス――溝口海溝。
表の世界では手広く事業を手掛けるベンチャー企業の社長だが、裏の世界ではブルーオルカというギャング集団をまとめる、表と裏、二足の草鞋を履く若き青年である。
トウヤ:「ああん、何寝ぼけたこと言ってんだ。集合時間ぴったりだろうが」
カイコウ:「集合時間の十分前には集まっているのが社会人の常識だろう。これだから社会に出たことない奴は」
自分以外の他者全員を単細胞と見下しているカイコウとトウヤはそりが合わない。
グリーンベアの総隊長:「それより猿はどうした。すでに集合時間から一分も過ぎているぞ」
カイコウとは対照的に極限まで鍛え上げられた屈強な肉体を持つ、グリーンベアの総隊長――グリズリー・トム。
軍人崩れのならず者たちをまとめ上げ、元軍人や兵士、自衛隊の権利回復を世間に訴えかけるテロリストの総隊長をしている。
トウヤ:「俺が知る訳ねぇだろ。猿のことなんて」
テロリストのくせに規律に厳しく規則に忠実なグリズリーとトウヤはそりが合わない。
待ち合わせの時刻を過ぎても残る一人が姿を見せず、三人は仕方なく最後の一人が到着するのを倉庫で待つことにした。
トウヤ、カイコウ、グリズリー:「………………………………」
普段は過激派組織の頭を張っている三人、信正騎士団の正騎士と同じように常日頃からその命を危険にさらしている都合上、悠長に人気のないさびれた倉庫で人を待っている心の余裕など誰も持ち合わせていない。
まだ待ち合わせの時間から一分と三十秒しか過ぎていないがすでに三人の中では遅れている一人に対する怒りと憎しみが尋常じゃないほど積み上がっていた。
トウヤ:(とっとと来ないと、殺す)
残る二人も似たような気持ちで残りの一人の到着を待っていると突然、倉庫内で何かが破裂する音がした。
トウヤ:「な、なんだ」
カイコウ:「煙っ」
グリズリー:「敵襲か」
室内が煙に包まれる。三人はすぐさまその場に屈み、敵の襲撃に備えた。
自分たち以外の何者かの存在を感じ取った瞬間、一斉に攻撃しようと臨戦態勢をとる三人。そんな三人の過敏になりすぎた鼓膜を、聞き覚えのある、できればあまり聞きたくない耳をつんざくほど陽気な声がノックした。
イエローモンキーの団長:「主役、華麗に登場。待ちわびたかね、脇役諸君」
トウヤ:「シャラク、てめぇ」
煙が晴れると倉庫中央で派手な服を着た小柄な男が舞台に立つ役者のように両手を広げ立っていた――イエローモンキー団長、東洋洒落である。
グリズリー:「人気がない夜の港だからといって無暗に音を立てるな」
カイコウ:「全く持って価値(意味)のない登場の仕方だな」
派手なことが大好きで他人の迷惑などお構いなし、自分がよければ後はどうでもよい極島きっての問題児集団の頭目、シャラクとそりが合う者はこの世に誰もいない。
シャラク:「この小粋な洒落が分からぬとは。やれやれ、これだから茶目っ気のない奴らは」
自分の感性を理解できない三人に呆れるシャラクを他三人は無言で無視した。関わってもろくなことにならないのをよく知っているからだ。
何はともあれこれで、
レッドバイソン・ヘッド――一ノ瀬闘也、
ブルーオルカ・ボス――溝口海溝、
グリーンベア・総隊長――グリズリー・トム、
イエローモンキー・団長――東洋酒楽、
終末の翼、構成組織のトップが一堂に会したことになる。
全員が集まるのを狙いすましていたかのように、倉庫奥から四人に向かって声が掛けられた。
???:「そろったようだな」
トウヤ、カイコウ、グリズリー、シャラク:「っ――」
よく見ると倉庫奥にある鉄柱の一つにテープで通信機器が固定されていた。声はその通信機器から発せられていた。
グリズリー:(この声は――)
トウヤ:(奴か――)
カイコウ:(いよいよおでましですか)
シャラク:(ワクワク)
声の主こそ水と油だったトウヤたち過激派組織を力尽くで束ね、ヨハネの翼という新しい連合組織を結成させた張本人――終末を告げる翼の頭首、当人である。
トウヤ:「わざわざ俺たちを集めて、一体何の用だ」
今回の集会の目的をトウヤたちは聞かされていない。ただこの場所に指定の時間までに集まれとメールされただけ。
至極当然と思えるトウヤの質問だが、頭首はそれを鼻で笑った。
ヨハネの翼頭首:「愚問だな。何のために俺がバラバラだったお前たちを束ね、ヨハネの翼を作ったと思っているんだ」
全員の脳裏にある記憶がよみがえる。
それはヨハネの翼が結成して最初の集会で、頭首が皆に言った、ヨハネの翼結成の理由。
旧き時代を終わらせ、自分たち神人類のための新しい時代を創る。人類の止まった時間を動かす。これはそのための組織であると。
頭首:「時は満ちた。悪しき時代の象徴たる信正騎士団を潰し、旧時代に引導を渡す。錯誤激しい人々の目を覚めさせ、我々新しい人類が次の時代の幕を開く、その時が――」
己の信じる正義と信念に従い行動する神人類の組織――信正騎士団。対して、停滞する人類の歴史を新しい段階へと進めるため突き動く神人類の組織――ヨハネの翼。第二次人類大戦終結以降、人類史において大きな分岐点になるであろう戦いの開戦をヨハネの翼頭首が宣言しようとした。
カイコウ:「一つ、よろしいでしょうか」
頭首の開戦の言葉をカイコウが遮った。
カイコウ:「話の腰を折って申し訳ありません。しかし、これだけは我々、ヨハネの翼が本格的に始動する前にはっきりさせておきたかったものですから」
大層な大義名分を掲げているヨハネの翼だが、実際は裏組織の集まり。法の及ばぬ、地下世界の住人。内情は当然、ブラック企業より、ブラック。自分より立場が上の人間の言葉を大した理由もなく遮れば、それ即ち死刑である。
例え、それがブルーオルカという一組織をまとめ上げる重役だとしても――
頭首:「いいだろう、話してみろ」
一歩間違えば、自殺行為に等しいカイコウの行動をグリズリーはただ静観し、シャラクは愉悦で顔を歪ませ、トウヤは息を止めた。
カイコウ:「あなたは、とある正騎士を暗殺するために二度、大きな襲撃事件を起こし、二度とも失敗させていますよね」
トウヤ:「――何だと」
トウヤの脳裏に、ある一人の正騎士の女の顔が浮かんだ。
トウヤは先日、頭首の仲間を名乗る女から、この正騎士を探れと指令を受けた。なぜこの女を探る必要があるのか、理由も知らされず。トウヤは家に帰る女の跡を付けた。だが、結局尾行は謎の通り魔(すがりの男)に阻まれ失敗に終わった。
トウヤ:(あの時俺に出された命令は襲えじゃなくて探れ。端から、俺じゃあの女に勝てないと思われてたってことか)
気付かぬ内にトウヤは自分の拳をグッと握っていた。
グリズリー:「……」
シャラク;「それは初耳だね」
グリズリーとシャラクにいたっては寝耳に水。今初めて頭首が裏で動いていたことをカイコウの口から、聞かされたことになる。
カイコウ:「あなたは我々の存在が信正騎士団側に露呈する危険も顧みず、我々に何の相談もなく独断でその作戦を強行し、失敗した。違いますか」
頭首:「その通りだ」
カイコウの口調は一見穏やかで、ただ事実を淡々と陳列しているように見える。しかし、少しずつ、少しずつ、カイコウはここにはいないどこかで話を聞いている頭首の首に言葉の刃を近づけていった。
カイコウ:「その責を今、この場でとってほしいのです」
カイコウの言葉の刃が頭首の首元にそっと添えられた。
頭首:「具体的には」
カイコウ:「あなたの正体を今、この場で、明かしてほしいのです」
トウヤ、グリズリー、シャラク:「っ――」
カイコウの言葉に、この場にいる全員が息を飲んだ。
頭首が誰なのか、どんな顔をしているのか組織の幹部であるトウヤたちですら知らない。指示はいつも電子で送られてきていたし、初めて頭首と会った時、頭首は顔を仮面で隠していた。
ただわかっているのはその筋ではかなりの大物であるということ。力を示すため余興としてカイコウたちに見せた自身に宿る強大な神意と溢れ出す強者の気配がそれを証明していた。
カイコウはそんな頭首に、今、ユウ襲撃失敗の責任をとって正体を明かせと迫った。裏社会のルールでは殺されたとて文句は言えない。
だが、カイコウには確信があった。
頭首は自分の話を無下にすることはできない。なぜなら――
カイコウ:「我々はこれから大事を控えた身。いわば運命共同体なのです。だからこそ、正体を知らぬ相手に背中を任せることはできません」
トウヤ:「確かに」
シャラク:「俺も正体は気になるな」
これこそがカイコウの狙いだった。
わざと演説のようにしゃべり、周囲の同調を促す。カイコウは頭首と話している素振りを見せ、実のところ言葉を投げ掛けているのはトウヤ、シャラク、グリズリーに対して。
彼らを自然と自分の側に立たせるためのカイコウの話術である。
カイコウ:「私も表社会では組織のトップをやっておりますから、大事の前に可能な限り不穏分子は排除しておきたい。その気持ち、よくわかります。しかし、それで人はついてきません。人の上に立つ者に必要なのは、力でも頭脳でもありません。部下たちからのゆるぎない信頼なのです」
この中で一番人をだましてのし上がってきた詐欺師が何を言うと、いつもならツッコミを入れられる発言だが、今は全員カイコウの言葉の魔術にかかっている。誰もこの矛盾に気づくことはない。
カイコウ:「それを得ることこそ、人の上に立つ者の使命。あなたが我々のトップに君臨すると言うのなら、我々の信頼を得るため、どうかその御姿を我々の前に晒していただきたい」
ここでカイコウの要求を無視し、カイコウを殺せば、残った三人からの頭首の信頼は地に落ちる。ヨハネの翼という組織をわざわざ立ち上げたことから、頭首はカイコウたちに何かしらの形で利用するに値する価値を見出していることになる。
カイコウは確信していた。頭首はカイコウのこの要求を無下にできないと。
頭首:「お前の言い分はよくわかった」
計画通りに事が運び、カイコウは内心ほくそ笑んだ。
カイコウ:「でしたら――」
カイコウの目的は頭首の正体を知ること。
四人の中で唯一表社会でもビジネスという戦場で生きてきたカイコウは情報というものがどれだけ重要で利用価値がある物なのかよく知っている。
まして相手はこれまで頑なに自分の正体を隠してきた人物。それはつまり自分と同じ表社会である程度知られた人物であることが示唆される。その正体には一体どれほどの付加価値があるか。
正体をさえわかってしまえば、今の自分と頭首の立場も逆転させられるかもしれない。自分がこの国の裏社会の首領になることも夢ではないかもしれないとカイコウは謀略を巡らせていた。
まさか、それらが一瞬にして泡沫に帰すとも知らず。
頭首:「だがあいにく、裏切り者に見せる姿を私は持ち合わせていないのでね」
トウヤ:「何っ」
グリズリー:「裏切り者、だと」
裏切り者という単語に敏感に反応し、三人の視線が一斉にカイコウへ集まった。
カイコウ:「頭首、なにを――」
シャラク:「おもしろくなってきた」
ここまでただ一人、状況を一歩引いて見守っていたグリズリーも裏切りという言葉を聞いた途端、カイコウのことを戦場であった敵を見るような目で睨みつけた。
頭首:「先日のグリーンベアによる正騎士襲撃作戦。事前に作戦の情報が信正騎士団側に漏れていた。リークしたのはお前だな、ブルーオルカトップ――溝口海溝」
すでに高い位置にあった緊張感がカイコウの裏切り疑惑により、さらにワンランク高いステージへ昇華させられた。
グリズリー:「先日の正騎士襲撃事件……第七部隊が主導していた作戦か」
以前、頭首の仲間である女に部隊を一つ作戦のために貸せと言われグリズリーは渋々一つの部隊を貸した。頭首とグリズリーの関係性を考えれば、拒否権のない徴兵である。実際、グリズリーには作戦の内容はおろか、なぜ自分の部隊が必要なのか、その理由さえ教えられなかった。
結果、作戦は失敗に終わり、グリズリーは部隊一つと何度も戦場を共にした戦友を一人失った。
カイコウのしたことはグリズリーにとって到底看過できるものではなかった。普段冷静沈着なカイコウを見るグリズリーの目に怒りと憎しみ色が浮かび上がった。
カイコウ:「待って下さい、頭首、何の証拠があって、そんな――」
一気に形勢が変わり、カイコウは何とかして話の流れを元に戻そうとしたが、時すでに遅かった。
頭首:「証拠ならすでに私の頭上にぶら下がっている」
トウヤ:「頭上って――っ」
頭首の言葉に惹かれ四人は高さ十五メートルある倉庫の天井を見上げた。
トウヤ:「暗くてよく見えねえ」
明かりはつけているが、それでも目を凝らさないとよく見えないほど暗く、頭首の言う天井にある証拠が何のかすぐにわからなかった。
シャラク:「うん」
だがついにシャラクがソレを見つけた。
シャラク:「ねえねえ、何かあそこにぶら下がってない。でっかい毛虫みたいな」
トウヤ:「毛虫、一体そんなのがどこに――ん」
シャラクの視線を追い、トウヤたちもソレを見つけた。天井から糸のようなもので吊るされ、わずかに揺れ動いているナニカ。
トウヤ:「何だ、アレ」
最初は暗闇でよく見えなかったソレも見続けているとだんだん目が暗闇に慣れ、ぼやけていた輪郭がはっきりし、揺れるソレにピントが合っていく。やがて、トウヤたちの目はそれをはっきりと視認した。
トウヤ、カイコウ:「っ――」
天井から吊り下げられた一人の人間の、正騎士の遺体。
それはカイコウが信正騎士団側に情報を流していた正騎士だった。
頭首:「ソイツのことはよく知っているだろ。お前が情報を流していた信正騎士団の正騎士だ。お前は信正騎士団に情報をリークする代わりにもしもの時は自分だけ見逃してもらうよう便宜を図ってもらっていたようだな。相手は……」
カイコウたちは知らないが、天井に吊るされた正騎士は何も情報を吐いていない。情報を聞かれることなく殺されたからだ。
メッセンジャーから情報を聞き出さなくとも、カイコウが誰と取引をしていたのか、ヨハネの翼頭首には容易に類推できた。
それだけの超法規的措置、できるのは信正騎士団内部でも特に限られた人間になる。例えば――
頭首:「お前の取引相手は信正騎士団極島支部の支部長、高宮秋だな」
カイコウ:「っ――」
頭首:「猜疑心の塊みたいな男だ。どちらに転んでも良いように手を打ったつもりだろうが……見誤ったな」
頭首の想像は見事に当たっていた。
頭首:「裏切り者の末路は当然わかっているよな、溝口海溝」
裏切り者の末路。それはこの場の誰よりも謀略渦巻く世界で生きてきたカイコウが一番よく知っていることである。
カイコウ:「クソっ」
ここから何をしようが状況が好転することはないと察したカイコウはすぐさま逃亡を図った。
カイコウが動き出すと同時に三人は近くの出入り口を自身の体で塞いだ。
シャラク:「ここからは通行止めだよぉ」
倉庫内にある出入口は全部で三つ。グリズリーが護る、かつて職員が出入りしていた裏口。シャラクが陣取った、普段は使わない非常用出口。トウヤが立ちふさがる、荷物の搬入口。
周囲を見渡し、状況を整理したカイコウはトウヤが護る搬入口からの突破を選んだ。
理由はいろいろあるが、カイコウがその出口を選んだ一番の決め手は――この中で一番弱いのがトウヤだったからだ。
カイコウ:「どけっ」
トウヤ:「ぐあっ」
カイコウの神託は鯱の神託。指をパチンと鳴らすことで小規模な超音波爆発を起こすことが出来る。
小規模過ぎて殺傷能力は低いが、邪魔な敵を吹き飛ばすだけなら十分な威力である。
カイコウ:「はやく、はやく開けろ」
自分よりも強いグリズリーとシャラクが来るよりも早く、この倉庫内から脱出するため、搬入口のシャッター開閉ボタンを連打するカイコウ。
カイコウ:(しくじった、こうなったらこいつらの情報を取引材料にして信正騎士団に俺の保護を)
あと少しで人一人が潜れるぐらいの隙間が開く寸前、何者かの腕がシャッターを突き破り、カイコウの頭を鷲掴みにした。
カイコウ:「なにっ」
目の前の事態が呑み込めず動揺するカイコウの頭をがっちり掴んだまま、シャッターの向こう側にいる何者かの腕は上がり続ける鋼鉄のシャッターを易々と引き裂いていった。
カイコウ:「お、お前は」
シャッターが上がりきると、四人は腕の正体――ヨハネの翼頭首、その正体を目撃した。
頭首:「正体を見せろと言ったな。冥土の土産だ。しかとその眼に刻んでおけ」
カイコウはヨハネの翼頭首の正体を知ると同時に、頭をひと思いに握りつぶされこの世から退場した。
飛び散ったカイコウの血と月明かりで出来た頭首の影が重なり、血の翼を広げる血塗られた天使の影絵が倉庫の床に描かれていた。
頭首:「会うのはこれが初めてだったな。初めまして、俺がお前らの頭首だ」
物言わなくなった死体を部屋の隅に投げ捨て、頭首はトウヤたちに自身の正体を告げる。
世界に終末を告げる翼が、今広げられた。
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シズカの聞き取りを終え、アキは信正騎士団本部に最近起こっていた事件のあらましとその裏に隠された信正騎士団を潰そうとする何者かの思惑、そしてその何者かにより束ねられできた裏組織連合、これまで得た情報を報告すると共に水面下で暗躍する裏組織連合に対抗するための応援要請を行った。
その後、警察にも事のあらましと、もしもの時の連携体勢のすり合わせを行うため警察本部へと足を運んだ。
その帰りの車中。
アキ:(ブルーオルカのトップ、溝口海溝と連絡が取れなくなった)
ここ最近、神人類が関与していると見られる事件が多く発生していた。
第二次人類大戦終結直後、神人類が深く関っている事件の発生件数が世界中で過去最高を記録。戦後まもなくという社会的に不安定な状況が、神人類たちに己の手を犯罪に染めさせることを増長させた。国の復興が進み、ライフラインやインフラ整備がなされ、人々が抱えていた社会への不安も徐々に縮小。事件の発生件数自体、明らかに目減りする中、神人類が関与する事件も減少の一途をたどっていた。最近までは………………
増加する神人類関係の事件に、何かあると察したアキは独自に調査を開始。裏社会で生きる組織に片っ端から探りを入れた。その結果、裏社会でも有名な過激派組織グリーンベアとイエローモンキー、表と裏どちらにも強い影響力を持つブルーオルカ、最近になってめきめき頭角を現してきたレッドバイソン、これら四つの組織が手を組み何やら怪しい動きをしているというところまでは掴めたのだが、そこから先は難航した。
連合の実体も内情も、どういう意図でその四つの組織が手を組んだのかも不明のままだった。
そんな折、ブルーオルカ・ボス――溝口海溝から潜入調査をしていた正騎士を通じてアキに接触があった。
カイコウは自分たちが所属する連合の情報をアキに流す代わりに、自身の身柄の安全を要求してきた。カイコウは自分の組織、ではなく自分の身の安全をアキに求めたのだ。
正直、保身のことしか考えていないカイコウの提案などすぐさま斬り捨ててやりたい気分だったが、カイコウたちがいる連合はこれから何か大きな事をしでかそうとしている、それを直感的に確信していたアキは、人々の、極島支部の仲間(正騎士)たちの大切な命を護るため、苦汁を飲む思いでカイコウの提案を受け入れた。
交渉成立後、カイコウは手始めに近々行われる爆弾の密輸取引の情報を渡すといってきた。密輸内容はリモコンで遠隔操作できる起爆式爆弾五百個。イエローモンキーの下部組織が取り仕切った案件である。カイコウの情報は正しかった。信正騎士団はこの取引を最低限の被害で取り押さえることに成功。
だがしかし、次にもたされた情報、武器取引の情報には大きな誤りがあった。
あわや取引現場に赴いた正騎士の一人が銃弾で頭を撃ち抜かれ、命を落とすところだった。運よく、負傷者多数、死傷者ゼロで事なきを終えたが、これを機にアキはカイコウとの関係を解消することを決めた。
やはり、裏社会の人間と取引をするべきではないと………………
しかし、カイコウは今回のミスを詫びる代わりに、自分たちの連合のボスの情報を渡すと言ってきた。
カイコウとの関係を解消することはすでにアキの中で決定事項となっていたが、それでもこのカイコウの提案は魅力的だった。アキはカイコウとの関係を解消するのを少しだけ先送りにした。
そして今、カイコウとの連絡はおろか、カイコウと普段連絡を取り合っていた潜入捜査中の正騎士にさえも連絡が取れなくなってしまった。
アキ:「(溝口海溝と直接コンタクトを取り合っていた正騎士も三日前から行方がわからなくなっている)……いよいよ巨大な何かが動き始めたということか」
アキの知らせを受け、信正騎士団本部は最高幹部の派遣を決定した。
│─\│/─│
極島に唯一ある海外と極島を結ぶ空の港――極島空港に翼を生やした少女のエンブレムが塗装された一機のプライベートジェットが降り立った。
金髪ショートカットの女:「この地に足を踏み入れるのは何年ぶりですかね――あれは確か」
長いフライトを終え、風に髪をなびかせながら極島の地に足を付ける金髪美女――信正騎士団最高幹部第二席、アリサ・クラウンの脳裏にある少女の姿が思い浮かんだ。
強大な力に呑まれ、私利私欲を満たすため暴虐の限りを尽くす、人の形をした怪物、その屍を積み上げた山の上で汚れた前髪を気にする強くも可憐な少女――
アリサ:(彼女は元気にしていますかね)
アリサが極島の地に足を踏み入れた同日、今は亡きブルーオルカ・ボス、溝口海溝が経営していた会社で立て籠もり事件が発生した。