第六話 聴聞
極島遊園地襲撃事件の翌日。
アキとフユキは事件の重要参考人である少女から話を聞くため、極島支部内にある取調室へと足を運んできていた。
アキ:「私がこの信正騎士団極島支部の支部長、高宮秋です。あなたは――」
シズカ:「シズカ、です」
アキ:「シズカさん。よろしければ上のお名前もお伺いしても」
シズカ:「上の名前は知りません。あったのかもしれないですけど、わかりません」
アキ:「そう、ですか」
シズカのような境遇の子は、第二次人類大戦が終わってしばらく経った今でも、珍しくない。第二次人類大戦で多くの戸籍が戦場の業火に焼かれ、消失した。現在も失われた戸籍の復旧作業が進められているが、その成果は芳しくない。
戸籍のない両親から生まれた子供が唯一の頼りである親を失い、浮浪者の真似事をしてなんとか生きながらえているのはよく聞く話だ。
その過程で、危ない組織に拾われ、いいように使われた挙句に使えなくなったら路上にゴミ同然に捨てられるという話も……
アキ:(役所に申し出れば、いくらでも救済措置が用意されているが、それを知っている者は大人でも少ない。子供ならなおの事……)
残酷だが、これが今アキたちがいる極島の現状。自分の国の現状を知り、心を痛めるアキに代わりフユキが話を進めた。
フユキ:「ではシズカさん。まずあなたを操って、ユウさ――極東支部所属の正騎士、天使優を暗殺しようとしたサイトと呼ばれる神人類についてですが……」
フユキの話を聞き、シズカは眉をひそめた。
神の御業で生み出した、寄生虫をシズカの体内に寄生させ、無理やり汚れ仕事をさせていた神人類――サイト。彼の名前を聞き、嫌な思い出がフラッシュバックしてしまったかと危惧したフユキだが、違った。
シズカ:「すみません。サイト様について知っていることは私もあまり……」
サイトはシズカを自分の仕事道具としてしか見ていなかった。今回の暗殺任務についても標的であるユウの情報以外シズカには何も教えられていなかった。
シズカから聞き出した情報は主に三つ。サイトには他に兄弟としてかわいがっている仲間が二人いること。その内の一人が今病院で治療を受けている、観覧車でユウたちを襲撃して来たラドンという大男であること。
そして、サイトたちにいつも任務を与える謎の人物が上にいるということ。サイトたちは末端でしかなかった。
フユキ:「その、君たちに任務を与えていた謎の人物について心当たりは――」
シズカ:「わかりません。そのあたりのことはいつもサイト様がしていましたので」
フユキ:「そう、ですか……(その話が本当だとしたら仮に今病院で治療を受けている男が目を覚ましても有益な話は聞けなさそうですね)」
ラドンはユウとの戦いの後、今なお気を失ったまま治療中。だが、意識を取り戻したとしてもそれほど大した情報は得られそうになかった。
これ以上、情報は得られないと判断したアキはこれにて取り調べを終了した。
アキ:「辛い中、お話してくださりありがとうございました」
席を立つとアキはシズカに向け、頭を下げた。
シズカ:「い、いえ、そんな」
支部のトップが年端もない、孤児相手に頭を下げる。シズカの今までの人生で培ってきた常識では考えられない光景だった。
アキの行動を、目を丸くして見つめるシズカに対し、フユキはアキさんらしいなといった様子で静かに見守っていた。
アキ:「シズカさんのような子が少しでも少なくなるように正騎士一同より一層努力して参ります。今回はご足労頂きありがとうございました」
シズカ:(………………かっこいい)
部屋に入って来た時は血も涙もない怖い人だと思っていたシズカだが、すでにアキの印象は責任感の強い頼りになるお姉さんという風に変わっていた。
シズカ:「あっ、そういえば」
アキたちが部屋を出る直前、シズカはあることを思い出した。
アキ:「何か」
シズカの話を聞くため、再びアキは席に着いた。
シズカ:「以前サイト様が誰かと電話で話していたのですが、サイト様の上の人はこの国で何か大きなことをしようとしてるらしくて、そのためにこの国にある裏組織のいくつかを統合させて配下にしたって」
シズカの話を聞き、アキとフユキの脳裏にある事件が思い浮かんだ。
アキ:「裏組織を統合………………」
フユキ:「それって、この前のテロリスト――グリーンベアにユウさんたちが奇襲された事件、あれも何者かが裏で手を引いてたってことですか」
つい二日前に起こったグリーンベアによる襲撃事件。武器取引があるという偽の情報を掴まされ、現場まで出動したユウとサイカを離れた位置から狙撃、奇襲する事件があった。
結果、第三者の介入を示唆する証拠が見つからずグリーンベア単独の事件として解決されたのだが……
アキ:(今思えば、今まで報告書で見てきたグリーンベアのやり方とは少し手口が違っていたな)
グリーンベアは確かにゲリラ戦、集団戦を得意とするテロリストだが、今まで特定の個人を狙った奇襲や手の込んだ作戦を好んで使うテロリストではなかった。
アキ:(先日のユウとサイカを狙ったグリーンベアの奇襲作戦。あれを何者かが裏で手引きをしていた。しかもその何者かはサイトたちを使い再びユウの命を狙ってきた。一体何のために――)
注目すべきはユウの命を二度も狙ってきた理由。明らかにユウと他の正騎士を区別している。そこから推測できる、何者かの目的………………
アキ:「本当の狙いは、信正騎士団極東支部か」
フユキ:「えっ」
シズカ:「っ――」
全員の驚いた視線がアキに集約される。
アキ:「そう考えれば執拗にユウの命を狙っていたのにも頷ける。本格的に対立する前に、邪魔になるであろう正騎士を一人でも消しておきたかったんだ」
フユキ:「最近任務で負傷する正騎士が多いのも」
アキ:「少しでもこちらの戦力を削いでおきたかったんだろうな。事件はおそらく、正騎士をおびき出すための撒き餌だ」
アキの考えはまだ推測の域をでないものだったが、アキは自分の考えは真実に限りなく近いものであると確信していた。
フユキ:「これから、どうします」
アキ:「本部に連絡する」
支部長として本部に助力を請う事に全く抵抗がないと言えば嘘になるが、未だ敵の全容はつかめず、これ以上自分の部下たち、ひいては悪逆非道な神人類たちへの抑止力でありなおかつ唯一の対抗手段である正騎士たちをこれ以上危険にさらすわけにいかない。
アキは本部に救援要請することを即決した。
早速本部へ連絡しようとアキが部屋を出ようとした直前、
シズカ:「あ、あの――」
三度シズカに呼び止められた。
シズカ:「一つ思い出したことがあるんです。統合された裏組織の名前――」
シズカは一度だけ、サイトがその名前を口にしているのを聞いた。今日を生きるのに精一杯だったシズカは今の今まで忘れていたが、愚痴をこぼすようにラドンたちに言っていた。「我々というものがありながらどうしてあの方はこの重大な作戦に極島の猿どもを使うのか。しかも、○○○などという組織を新しく立ち上げて……」
シズカは一度だけ、組織の名前を聞いたことがあった。その名は――
シズカ:「ヨハネの翼――そう、サイト様が言っていました」
アキ、フユキ:「ヨハネの翼」
ヨハネとは、世界が終末を迎える時この世に現れ、人類に世界に終わりを知らせる者の名前だ………………
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