過去編13 〇〇は少女の世界を一変させた
あれから毎日マカミが入院する病院に面会のため通っていたユウ。
この日もそのはずだったのだが…………
ユウ:「…………」
病院の入り口前でユウは立ち尽くしていた。
しばらく建物の前で佇んでいたユウは病院内部へ入ることなくその場から離れてしまった。
ユウ:「…………」
あてもなく、されどマカミがいる病院内へは入ることなく、建物の周りをユウは歩き回った。
やがて――
ユウ:「あれは…………」
教会のような形をした白い建物へと辿り着いた。
ユウ:「お、おじゃましまぁす」
目に見えない何かに惹きつけられるように白い建物の中へと入るユウ。
ユウ:「き、きれぇい」
建物の中は観賞用植物を育てるための温室。
本来は入院患者の心を癒すための憩いの場所なのだが、院長の意向で一般にも開放されている。
温室内の色鮮やかな植物たちを見ながら歩いていると、建物の中央にある円形の広場に一人の車いすに乗った高齢の女性がいるのを見つけた。
車いすに乗った高齢の女性:「あら、珍しい。かわいらしいお客さんね」
ユウ:「ど、どうも」
ユウに笑いかける車いすに乗った高齢の女性。
ユウ:(病院の職員さんには見えないし、入院している患者さんかな…………)
しばらくの間、二人は無言で目の前にある色とりどりの花を観賞したが、やがて――
車いすの女性:「何かお悩み事かしら」
車いすの女性が口を開いた。
ユウ:「え、どうして――」
車いすの女性:「顔を見ればわかるわよ。これでも人生経験だけは無駄に積んでるから」
ユウ:「は、はあ」
どう反応していいか困る女性の言葉にユウは眉をひそめた。
車いすの女性:「ここで会ったものも何かに縁だし、せっかくだから話してくれないかしら。あなたの顔を曇らせているその悩み事について」
ユウ:「え、えぇと、それは…………」
車いすの女性:「私が力になれるかはわからないけど、誰かに聞いてもらうだけでもかなり心が楽になるものよ。これ、人生の大先輩からのアドバイス」
ユウ:「は、はあ」
会ったばかりの人に自分が今悩んでいる問題について話していいかどうか迷うユウだったが、目の前の女性から発せられる不思議な、温かく柔らかい雰囲気についユウの口が緩んでしまった。
ユウは今自分の心にわだかまっている問題について車いすの女性に吐露した。
車いすの女性:「なるほどね。ある人と出会ってそれまでの人生と比べ物にならないほど毎日が楽しくなったけど、その人とは今日でお別れしなくちゃいけなくて、その人と別れてしまったらまた以前の楽しくない私(日常)に戻ってしまうんじゃないかって心配しているのね」
ユウ:「は、はい…………それは、そう、なんですけど」
車いすの女性の言葉を聞き、ユウは顔を赤らめた。
ユウ:「改めて言葉にされるとかなり恥ずかしいですね」
車いすの女性:「何を言ってるの。とても素敵な事じゃない」
本当はずっと傍にいたい。でも、それはできない。
私と彼では住んでる世界が全然違う。
車いすの女性:「そうね、もし私があなたの立場だったら…………」
しばらく考え込んだ後、車いすの女性は自分の考えをユウに伝えた。
車いすの女性:「またその人に会いに行こうとするかしらね」
ユウ:「え――」
車いすの女性が出した答えに、ユウは目を見開いた。
車いすの女性:「いつかまたその人に会える。その時までに少しでも素敵な女性になって、その人をびっくりさせちゃおう……そう思えれば、また同じ日々に逆戻りしたって退屈なんて思わない。むしろ一日一日が輝いて見えるはずよ。その人との色鮮やかな思い出がこれからの一日一日を彩ってくれる。この花たちのようにね」
ユウ:「そ、それはそうですけど」
それができれば苦労はしない。だって彼は日々戦場の最前線で戦う信正騎士団の正騎士で自分はただの中学生。
二人の間には幾重もの分厚い壁が――
「いつかコイツがお前よりも多くの人を、救う可能性だってあるだろ」
ユウ:「っ――」
脳裏に、あの時の彼の言葉を蘇る。
ユウは、心の中である決心を固めた。
車いすの女性:「心にかかった靄は晴れたかしら」
ユウ:「私、行ってきます」
そう言って、ユウは車いすの女性と分かれ、温室を出ていった。
向かうは、ついさっきまでユウがいた病院の玄関前。
車いすの女性:「がんばってね…………天使優さん」
走り去るユウの背中に車いすの女性はソッと声を送った。
その後、彼女は膝の上に置いていたポーチから通信機器を取りだし、ある人物へ連絡をした。
車いすの女性:「ああ、ポラリス。ちょっとお願いがあるのだけど…………」
★★★
マカミ:「……………………」
病院の玄関前でマカミはある人が戻って来るのを一人、佇んで待っていた。
マカミ:「ポラリスの野郎、いつまで電話してるんだよ」
(この国の)支部の正騎士三人をボディガードとして連れ、退院するマカミを迎えに来たポラリスだったが、退院の手続きを終え、迎えの車に乗り込もうとした矢先、突然ポラリスの通信機器に着信が――
通信が終わるとすぐ、「とーーっても大事な用事がたった今、ちょうど、できましたので、私が戻るまで病院の玄関を出てすぐの所で待っててください。私が戻るまでぜーったい、そこから離れちゃだめですよ。これは上官命令ですからねっ」と言って、マカミ一人を残し、お供の正騎士二人と共にどこかへいってしまった。
ちなみにポラリスと一緒に来たはずのもう一人の正騎士は病院に到着してすぐ建物周辺の警戒のため、今もなお散策している。
マカミ:(あいつ、結局来なかったな)
マカミが入院してから毎日、ユウはマカミのお見舞いのため病院へ足を運んでいた。
神人類であること以外にこれといった共通点のない二人だが、不思議とユウとの会話(時間)はあまり他人に心を開かない警戒心の高いマカミの心を落ち着かせた。
退院日(今日)もてっきり、最後(別れ)の挨拶に来てくれると思っていたのだが…………
マカミ:(にして、本当に長いな。いっそのこと置いて俺だけ…………はダメだよな)
いくらお供の正騎士が二人付いているとはいえ、自分たちの組織のトップを置いて一人(自分だけ)帰るわけにはいかない。マカミはおとなしくポラリスが戻って来るのを待った…………
マカミ:「…………」
そしてついに――
ユウ:「エイジッ」
マカミ:「…………ユウ」
マカミの目の前に、ユウが現れた。
ユウ:「わたし、わたしっ…………」
ここに来るのに全力疾走し、肩で息をするユウ。
まずは乱れた呼吸を整えようと試みたが、ここで落ち着いたらまた臆病風に吹かれて何も言えなくなると思ったユウは一度だけ深く呼吸をするとそのまま今の感情(激情)に任せて、叫んだ。
ユウ:「わたし、あなたと同じ信正騎士団の正騎士になる」
マカミ:「っ――」
突然のユウの告白にマカミは一瞬、訳が分からず思考を停止させた。
マカミ:「ど、どうしたんだ急に」
状況が理解できず困惑するマカミにユウは今の激流のように溢れ出す気持ちを思いっきり叩きつけた。
ユウ:「正騎士になって少しで多くの人を助ける。あなたみたいに優しくてカッコいい正騎士に私はなる、だから――」
目尻から涙を零しながら、瞳の中心から伸びるユウの真っすぐな決意の剣。
ユウ:「その時が来たら私の相棒に、なってくれますか」
マカミ「っ――」
その剣がマカミの瞳と心を貫いた。
マカミ:「…………」
やめとけ。危険だ。特に女は死ぬよりひどい最期を迎える場合が多い…………いくつもの後ろ向きな言葉が、ユウの覚悟を否定する言葉が体の奥から湧きあがっては一つ、一つマカミはそれらを自分の奥底へと押し込んでいった。
マカミは無言でユウの方へ歩いていき、そして…………
マカミ:「…………」
ユウ:「っ――」
そのまま、ユウの横を通り抜けていった。
マカミ:「――待ってる」
すれ違いざま、ユウにそう言ったマカミは振り返ることなくユウの元から離れていった。
ユウ:「っ――」
去って行くマカミの背中をユウは見えなくなるまで視続けた。
これが二人の最初の別れ。
ユウ:「…………」
これはユウ本人も知らない、気づいてもどうしてこうなっているのか自分では絶対答えに辿り着くことができないことなのだが、ユウの相手が自分をどう思っているのか、相手の感情を視る能力には実は、感情を視ることが出来ない相手が存在する。
それは…………自分が心の底から惚れた相手。
感情の神託を授かったユウでさえ、好きな人の心を視ることは出来ないのだ。
今、ユウの瞳には歩き去るマカミの背中だけがはっきりと映っている…………恋は少女を盲目にした。
また来年




