過去編10 互いの正義(価値観)
マカミ:「…………帰るぞ、ユウ」
ユウ:「…………」
マカミはたった一人でゴブリンの全構成員とボスの側近――ダンボ、組織のボス――緑川小妖を倒し、ゴブリンのアジトを制圧した。
パチパチパチパチパチパチ
突然沸き起こる、無機質で乾ききった拍手。
アドナ:「すばらしい」
子供のように目をキラキラ輝かせてマカミを見るアドナ。
アドナはマカミに惜しみない、賞賛の拍手を送った。
アドナ:「知ってはいたが、こうして直に見るとやはり感嘆とせざるをえないな」
マカミ:「…………(誰だ、コイツ)」
キラキラとした視線を送るアドナを歯牙にもかけず、マカミは助け出したユウと一緒にゴブリンのアジトから抜け出そうと、室内に一つしかない出入り口へ向かおうとした。
アドナ:「待ちたまえ」
そんなマカミをアドナは呼び止めた。
マカミ:「なんだ」
アドナ:「取引しないか、私と」
マカミ:「取引…………」
マカミに言葉を投げ掛けながらアドナは、逃げられないようサッとマカミたちの前にあるこの部屋唯一の出入り口の扉の前に歩み出た。
アドナ:「私は今、不治の病に侵されていてな」
マカミ:「そうか」
アドナ:「そこの…………」
マカミ、ユウ:「…………」
アドナ:「神人類の少女が偶然、奇跡的に、まさに天からの贈り物としか思えないのだが、私とDNAがほぼ一緒ということが判明したんだ」
マカミ:「…………そうか」
アドナの話の意図が見えず、困惑するマカミ。
アドナ:「その少女の体に私の脳を移植すれば、逃れられないはずだった私の死の運命は覆ることになる」
マカミ:「…………」
アドナ:「おまけにその娘は神人類。手術が成功すれば、私は神人類の――強靭な肉体を手に入れることが出来る。今度は簡単に死ぬことはない」
マカミ:「何がいいたいんだ、お前は」
早くゴブリンのアジトから脱出したいマカミは、徐々にアドナに苛立ち始めた。
ここまで延々、一方的な話を続けたアドナだが、ここでようやくマカミの疑問に簡潔明瞭に答えた。
アドナ:「その娘を私にくれ」
ユウ:「っ――」
マカミ:「…………」
アドナの答えを聞き、再び臨戦態勢をとるマカミ。そんなマカミにアドナは自分に敵意はないと示すように手の平を突き出した。
神人類ではないアドナが腕っぷしでマカミに敵うわけがない。故にアドナはマカミとの交渉(話し合い)を試みたのだ。
アドナ:「私は天才だ。世界一の腕を持った、最高の医師だ。これまで、何千という多くの人々の命を救ってきた」
アドナはマカミにプレゼンを始めた。
アドナ:「今でも世界中の多くの人々が病床で私の手術を心待ちにしている」
ユウ:「っ――」
自分がこれまでどれほど多くの人を救い、今なおどれだけ多くの人が自分の手術を必要としているか、アドナはマカミに訴えた。
アドナの主張に嘘はない。
世界中の権力者、大企業の重役、著名な有名人、世界をその手で動かすことのできる力を持った者たちが法外な額の超高級特別個室で天才医師アドナの手術を今か今かと心待ちにしている。
アドナ:「私の命には計り知れないほどの価値がある。私の死は世界の損失なんだ」
ユウ:「…………」
マカミ:「だから」
アドナ:「だから――」
自分(の命)はユウ(の命)より尊重されるべきであると…………アドナはマカミにそう主張したのだ。
アドナ:「その娘を私に渡せ。そうすれば君が望むモノは何でもやる。金も地位も、なんならそんな青臭いガキより遥かに魅力的な女を紹介してやろう。なんなら一生、私がお前を養ってやってもいい。もちろん金だけじゃなく体も提供する。どうだ、悪い話じゃないだろう」
マカミ:「…………」
アドナの言葉を聞き、マカミはしばらく口を閉ざした。
悩んでいるわけではない…………
ユウ:「…………」
隣でユウは不安そうな瞳で、マカミの裾を握り、俯いていた。
マカミ:「お前は、いったい――なにを言っているんだ」
ユウ:「っ――」
アドナ:「なっ…………」
マカミの心にアドナの主張(声)が届くことはなかった。
マカミ:「俺にはお前の言っていることが、一ミリも理解できない」
アドナ:「理解できない、だと」
想定していなかったマカミの答えを聞き、アドナの額から汗が一筋、流れ落ちた。
アドナ:「そ、そうか、私の話は君には少々難しすぎたか。ならもっと話をかみ砕いてやろう。簡単な話だ。その娘を私に渡せば、お前は世界で一番の幸せ者になれる。一生遊んで暮らせるほどの金と大半の者が首を垂れる高い地位と誰もがうらやむ美女を手に入れられるんだ。どうだ簡単な話だろ」
先ほどとは裏腹に、焦ったような早口でマカミを説得するアドナ。
マカミ:「でも、それをすれば、お前はコイツを殺すんだろ」
アドナ:「世界のためには、必要な犠牲なんだ」
マカミ:「…………どうしてそれで俺がお前にコイツを渡すと思うんだ」
アドナ:「っ――」
どんなに言葉を尽くしても、アドナの言葉がマカミに届くことはない。
マカミの脳裏に、自身に手を差し伸べる美しい白髪の少女の姿が浮かび上がった。
かつてマカミをどん底の泥沼から引き上げてくれたマカミの大事な過去(思い出)。
マカミ:「未来は良くも悪くも無限の可能性がある。いつかコイツがお前よりも多くの人を、救う可能性(未来)があるかもしれないだろ」
アドナ:「何を馬鹿げた事を――そんな未来、訪れるわけないだろ」
アドナの言葉にマカミは眉をひそめた。
マカミ:「どうしてそういいきれる。コイツの名前すら覚えていないくせに。お前がコイツの、何を知っているんだ」
アドナ:「っ――」
アドナが今言ったのは、昔マカミを救ってくれた恩人――マカミの大切な人の言葉を否定する言葉だった。
マカミ:「どちらを生かすか、今この場で、その決定権を持ってるのは俺だ」
この場で最も力――他者を害し屈服させる力を持っているのは考えるまでもなく正騎士として多くの命懸けの戦いを経験してきたマカミである。
マカミ:「なら俺は、ユウを選ぶ。お前じゃない」
ユウ:「っ――」
そう言うとマカミは肩を組むようにユウの肩にポンッと手を置いた。
アドナ:「っ――何を馬鹿なことを」
どれだけ人間が知性を高め、社会性を身につけていっても所詮は動物(人間)。弱肉強食(自然)の摂理から逃れることはできない。
アドナ:「君は、この世で最も愚かな選択をした」
アドナが何と言おうと、この場の誰もマカミの下したこの決定を覆すことはできない。
マカミ:「…………」
話は終わりだと、マカミはユウの手を引いてこの部屋から出ようとした。
???:「…………」
存在に気づいたのは、ソレがソコに立ってから、数秒たった後のことだった。
アドナ:「何者だ、貴様」
誰にも気づかれずに編み笠を被った僧侶の格好をした男――童がアドナの背後、この部屋唯一の出入り口である扉の前に立っていた。
童:「貴殿がドクターアドナだな」
アドナ:「そ、そうだが……っ」
童は何もない空間から自身の神器――刃渡りが七十センチほどある刀の神器を顕現させるとすぐさま目の前のアドナの胸を真一文字に斬り裂いた。
アドナ:「がはっ…………どう、して」
ユウ:「ひっ」
胸から大量の血を噴き出しながら地面に倒れるアドナ。
童:「汝には幾人ものわが同胞たちを非道な実験で使い捨てた罪(過去)がある。これは当然の報いだ」
童は神器(刀)に付いたアドナの血を裾で拭い、腰に据えた。
ユウ:(…………)
深々と胸を斬られ、天井を見上げたままピクリとも動かないアドナの眼球。医者ではないユウが見ても一目で分かる。アドナはすでに絶命していた。
予定された死の運命――神の病に蝕まれるよりも早く、アドナは童に引導を渡されたのだ。
ユウ:「はあはあはあ」
初めて人が死ぬ瞬間を見て、ユウの心臓が激しく鼓動を始めた。同時にマカミの裾を握るユウの手にこれでもかという力を込められ、小刻みに震え始めた。
童:「久方ぶりだな、マカミ殿」
マカミ:「てめぇ」
一週間前に会った時とは違い、マカミは倒すべき敵を見る眼で童を見据えた。
童:「早速で恐縮だが、その娘を渡してもらおうか」
マカミ:「ユウを、お前たちがどうして」
童の正体をマカミは当然知っている。
今、マカミの目の前にいる時代錯誤激しい格好をしたこの男は――
童:「それが、我らが王国の――皇からの勅命だからだ」
マカミ:(皇っ、アルサダクの――)
ユウ:「…………」
世界全土に宣戦布告を行い、これまで数多くの国を滅亡させ、死屍累々の山を積み上げてきたほぼすべての人類の敵――神人類こそ次の時代を担う神に選ばれし人類の進化系であると主張する、神人類至上主義を謳う帝国の関係者――帝国の兵士(神人類)である。
童:「怖がることはない。君がこれから行くのは、我々神人類にとっての楽園だ。今の世界は貴殿にとって決して息のしやすいものではないだろう」
ユウ:「…………」
童は子供のようにマカミの後ろに隠れて身を震わせるユウに優しく諭すように語り掛けた。
この国での神人類の現状。
マカミの所属する信正騎士団の活躍もあり、今はなんとか上辺の平穏(調和)は保てているが、いつまた旧人類の神人類への恐怖(不信)が暴発するか、それは誰にもわからない。
童:「こちらなら、少なくとも今までのように古き者どもの目を気にする必要はない。貴殿にとって、決して悪い話ではないはずだ」
ユウ:「…………」
報道はまだされてはいないが、現状――帝国が徐々に拮抗を破り、戦況は帝国優位に偏り始めている。
帝国vs他全ての国という構造になっている第二次人類大戦だがその実、帝国vs信正騎士団という構造に現在は様変わりしている。
仮に帝国が敗北したとしても、信正騎士団のトップが帝国の人々を悪いようにするとは思えない。
お咎めなしとはいかないまでも、帝国を国家として認め、帝国国内で暮らす人々の人権と自治権、自分たちで国を運営するために必要な最低限度の権利は保証するだろう。
であるならば、童の言う通り、このままこの国にいるより帝国に移住したほうがユウにとって幸せなのかもしれない…………
マカミはそっと後ろで服の裾を握るユウに視線を動かした。
マカミ:「…………」
ユウ:「…………エイジ」
お前が決めろ。
マカミの無言の意思はユウにはっきり伝わった。
ユウ:「…………」
ユウの脳裏にこれまでの辛く息苦しい日々が記憶の奥底から次々と泡沫のように浮かび上がっていった…………
小さい頃のユウ:「もう、タカシ君なんて嫌いっ」
ある日、ユウは同じクラスの小学生の男の子と些細なことでケンカした。悪ノリした男子がクラスで一番かわいいと評判だったユウをからかったのだ。
小さい頃のユウとケンカした男の子:「わ、わるかったよ――えっ」
小さい頃のユウ:「…………なに」
小さい頃のユウとケンカした男の子:「…………(驚いて言葉が出ない)」
その時周りにいた同級生:「あ、天使さん、その髪」
小さい頃のユウ:「え、髪の毛がどうしたの――」
近くにあった鏡を見て、ユウは言葉を失った。自身の透き通るように美しい髪の色が白から燃えるような赤に変わっていたのだ。
ユウの母親:「…………」
ユウの父親:「…………」
ユウの姉二人:「…………」
神人類と分かった瞬間、自分をいない者のように扱う実の家族。
ユウ:「ね、ねえ」
使用人:「…………」
神人類と分かった瞬間、自分に深く関わらないようにする使用人たち。
ユウ:「キララちゃん」
ユウと友達だった女の子:「…………」
神人類と分かった瞬間、露骨に自分を避けるようになった友達。
神人類としての能力が目覚めると同時に自分が神人類であることがばれたユウはすぐに他に学校に転校させられた。転校先の学校では、自分が神人類であることを隠して学校生活を送っていたのだが…………
(ユウが小学高学年の時の)同級生の男子A:「なあ、天使ってさ」
(ユウが小学高学年の時の)同級生の男子B:「ああ、かなりイイよな」
(ユウが小学高学年の時の)同級生の男子C:「身長はちっさいけど、時折大人っぽい色気がある時があるよな」
四方八方から、ユウのことを異性として視てくる同級生の男の子たち。
(ユウが小学高学年の時の)担任の男性教師:「何かあったら、なんでも相談してくれよ。俺は天使の味方だからな」
爽やかな笑顔を貼り付けながら、隠しきれない下心丸出しの視線をユウに投げつけてくる担任の男性教師。
(ユウが小学高学年の時の)同級生の女の子A:「天使さんってさあ、なんか調子乗ってない」
(ユウが小学高学年の時の)同級生の女の子B:「わかるぅぅ。ちょぉぉと、見た目が良いからってさ。男子たちに色目使ってるよね」
(ユウが小学高学年の時の)同級生の女の子C:「この間、健太君が告ったけど、即断ったんだって」
(ユウが小学高学年の時の)同級生の女の子D:「なにそれ、感じ悪っ」
異性を惹き付けるユウの容姿を妬み、ユウにずっと嫌悪感を含んだ視線を投げつけてくる同級生の女の子たち。
結局、誰もユウには寄り添ってくれず、ユウは誰にも心を許すことが出来なくなった。
(今のユウの)同級生の女の子A:「ねえ、あの子っていつもあんな格好してるの」
(今のユウの)同級生の女の子B:「ダッサッ」
(今のユウの)同級生の男の子A:「あれはないは」
(今のユウの)同級生の男の子B:「あれに行くのはよっぽどのモノ好きかキモオタだけだろ」
体育教師ゴリ山:「また見学かっ――(ま、こんな奴の体操服姿なんて見てもなにも燃えねえし、どうでもいいか)」
ただ耐え忍ぶだけの辛く息苦しい学校生活(日々)。
ユウの人生は、神人類としての能力が目覚めてから、一つたりとも、いい思い出がなかった…………あの時までは――
ユウ:(…………)
「大丈夫か、お前」、「俺の名前は真上英次。お前は――」、「――食うか」、「俺がお前に神意の使い方を教えてやる」、「…………(ジーッ)」、「いつかコイツがお前よりも多くの人を、救う可能性だってあるだろ」、「なら俺は、ユウを選ぶ」
彼と出会い、過ごした、(これまでの)記憶。
ユウ:(…………それでも)
たった一週間――彼が彼女にかけた言葉、時間、それらすべてが彼女の今までの世界を、ほんの少しだが、確かに変えた。
ユウ:「それでも、私はこの国、がんばってみたい」
マカミ:「っ――」
童:「なにゆえに」
手を伸ばせばすぐ目の前に、自分が自分らしく生きられる生活(世界)があるというのに。それを振り払って、あえて不便な世界で生きることを選ぼうとするユウの決断を童は理解できなかった。
ユウの、この言葉を聞くまでは――
ユウ:「私を信じてくれる人がここにいるから」
童の脳裏に、枯れ木のようにやせ細った老人の背中が思い浮かんだ。
童:「そうか…………」
ユウの心境を多少であるが、童は理解することが出来た。
童:「できれば、自身の意思でこちらを選んでほしかったものだが、仕方がない」
だが――
マカミ:「お前、何を」
童は、ユウの意思ではなく自身の責務に殉じた。
童:(たとえ地獄に落ちようとも、私はあの人のために身命を賭すのみ。それが私の至上命題(生きる理由)であるからだ)
刀(神器)を腰に据えたまま、童は深く腰を落とした。居合の構えである。
童:「案ずるな。帝国は神人類至上主義を掲げる、神人類のためだけに造られた我々の王国だ。今は力づくになってしまったとしても、ゆくゆくはこれが貴殿のためであったとわかるはずである」
童が戦闘態勢を取ったのを見て、マカミを自身の影から一振りの直剣を顕現させた。
マカミ:「どうしてどいつもこいつも、自分の価値観を他人に押し付ける身勝手野郎ばかりなんだよ」
マカミもまた童と同じ、居合(最速抜刀)の構えを取った。
童:「良いのか。それをしてしまえば、今までの、貴殿の苦労がすべて水泡に帰すことになるのだぞ。貴殿には裏切り者の汚名を被ってでも、成したいことがあったのだろう」
マカミ:「ふっ」
今から命懸けの戦いをする者とは思えないほどマカミは憑き物が落ちたかのように晴れやかに笑った。
マカミ:「構わねえよ。信正騎士団ってのは、己の信じる正しさ――信念を最後まで貫き通す組織だからな」
マカミもまたこの一週間を通じて以前のマカミとは違う、信正騎士団正騎士――真上英次に変わっていたのである。
マカミ:「てめぇにユウは死んでも渡さない」
童:「そうか…………なら、散れ」
互いに譲れない者のため、マカミと童は激突した。




