過去編9 この世の掃きだめ
都心部近郊、人気が全くない寂れた場所にそびえ建つ、廃墟。
ユウ:「…………」
???1:「おーい」
両腕を後ろ手に縛られ、椅子の上で俯くユウの頬を小柄な男が軽く叩いた。
ユウ:「う、うん…………」
少し強めに叩いてもユウの意識は戻らないまま。
???1:「こりゃだめだ、全然起きない」
中々意識を取り戻さないユウに痺れを切らした男は、手に持ったペットボトルの水を勢いよくユウの顔面にぶっかけた。
ユウ:「っ――げほっ、げほっ」
水が肺に入り、咳き込むユウ。
???2:「あまり手荒に扱うな」
???1:「へい、へい」
薄暗い部屋の奥、陰の中から男を止める誰かの声が聞こえた。
???1:「あ、起きた。おっはー」
ユウ:「誰、あなた…………」
目を覚ますと目の前には会ったことも見たこともない男が、ペラペラの薄っぺらい笑みを浮かべ、ユウに笑いかけた。
???1:「初めまして、天使優さん。俺はこいつらのリーダーというか、そもそもゴブリンを作ったのも俺だからゴブリンの創設者兼リーダーもやってる緑川小妖です。これが最期になると思うけど、どうぞ、お見知りおきを」
ユウ:「ゴブリン、リーダー…………っ」
部屋の中を見渡してみるとショウヨウの他にゴブリンの構成員が三人。
ユウに逃げられないよう機関銃を持ってこの部屋唯一の出入り口である扉を守る二人と、ショウヨウの近くで壁にもたれかかる、ユウに腹パンをしてここまで連れてきた大柄な男。
そして、ショウヨウの背後、部屋の奥にもう一人――姿形は暗くてよく見えないが、ショウヨウたちゴブリンに自分を連れ去るよう依頼を出した依頼人…………
ショウヨウ:「そして、この方が君を誘拐するよう俺たちに依頼を出した張本人、いわゆる今回の事件の黒幕ってやつかな」
???2:「人聞きの悪い言い方だな」
ショウヨウにそう言われ、残りの一人、今回の事件の真の黒幕が陰の中から、ユウの前に姿を現した。
ショウヨウ:「事実でしょ」
ユウ:「あれ、あなたどこかで…………」
???2:「…………」
一括りに結ばれた朱色の髪に、金縁の眼鏡を掛けたスタイルの良い長身の白衣を着る女。
彼女の姿にユウは見覚えがあった。
ショウヨウ:「既視感があっても不思議じゃないよ。なんせ、最近よくニュースで取り上げられてる、今話題の超・有名人さんだからね」
ユウの脳裏に、今となっては懐かしい一週間前学校で聞いた、クラスメートがしていたとある話の内容がフラッシュバックされた。
ユウ:「ドクター・アドナ」
ユウの目の前にいるのは、つい最近この国にやってきたことで世間を騒がせている世界的にも超有名な人物。世界一の名医として名高い凄腕の医師――ドクター・アドナ、その人だった。
ユウ:「どうしてあなたが」
アドナ:「…………これを見ろ」
そう言うとアドナは自身の白衣の中に来たグレーのシャツをなんの恥ずかしげもなく捲って見せた。
アドナの程よく筋肉がついた白い腹の左半分がカビでも生えたかのように緑色に変色して腐っていた。アドナの体は現在進行形で、重篤な病に蝕まれていたのだ。
ショウヨウ:「うわ、キモッ」
アドナ:「っ――」
ショウヨウを一瞬睨み、アドナは自分のシャツから手を離した。
アドナ:「私の体は、不治の病に侵されていてな。今までは薬や手術でなんとかごまかしていたが、それもそろそろ限界のようだ」
アドナは以前、神人類の研究を行う非合法な組織に秘密裏に協力している時期があった。その研究自体は、とある神人類の襲撃に遭い研究所もろとも壊滅してしまったのだが、その際、襲撃して来た神人類の神の御業を受けてしまったアドナは謎の不治の病に侵されることになった。
今アドナの全身を侵しているのは人類では到底完治させることのできない、絶対不治の、神の病。
アドナ:「命の刻限が迫って来る中、世界最高の医学知識を持つ私は考えた。どうすれば、この絶対の死の運命を覆すことが出来るのか…………そして、答えを導き出した」
病を治せない以上、少しでも苦しみを和らげ、迫り来る終焉の時を、指をくわえて待つしかない…………普通の人間なら、この死の運命を受け入れ、そうするだろう。世界最高峰の医師、ドクター・アドナ以外なら――
アドナ:「私の脳を他の、健康な体を持つ誰かに移植してしまえばいいのだ」
ユウ:「――えっ」
アドナの、常軌を逸した、常人では到底思いつかない、思いついても実行に移さないあまりにも現実離れした解答にユウの思考が一瞬、完全に思考停止した。
アドナ:「そして私は探した。自分の遺伝子と合う体を。下手な体に私の脳を移植してしまえば、拒絶反応ですぐにあの世逝きだからな」
ユウ:「ちょ、ちょっと、まって…………」
理解が追い付かない凡人を余所目に、アドナは自分の考えを一方的に捲し立てた。
アドナ:「言うは易しだが、実際に自分の遺伝子とほぼ酷似した人間を探すなど、砂漠で一粒の砂を探すに等しい行為だ。自分の脳のデータをロボットにコピーさせ、体の方は適合者が見つかるまで冷凍保存させておこうかと考えていた矢先、奇跡的にも私は君を見つけた」
ユウ:「何を言って」
突然、アドナはユウの顎をクイッとそっと持ち上げ、自分の方へ向けさせた。
アドナ:「私は君の体が欲しい」
ユウ:(この人、頭がおかしい)
アドナが一体何を言っているのか、理解はできるが、ユウの脳は終始アドナの言っている言葉の一つ一つを理解(咀嚼)することを拒絶した。
ショウヨウ:「さすが、世界最高峰の天才医師様。我々凡人とは根本的に考え方が違いますな。狂ってる」
狂気ともいえるアドナの思想に、軽薄な笑みを浮かべながら心にもない賞賛を送るショウヨウ。
この場にはまともな人間がいないと、ユウの脳がそう断言していた。
アドナ:「まさかダメ元で調べた、健康診断で採取した中学生の血液の中に私と九十九パーセント以上の適合率を示す遺伝子の持ち主がいるとは…………これを運命と言わずして何を運命と言うのか。神が私に生きろと言っているのだとそう錯覚さえしたよ。君はまさに、私の救世主様だ」
ユウ:「…………」
ドクター・アドナの狂気的な考えに触れ、思考が鈍るユウ。そんなユウの体をアドナは興味深そうにベタベタと触って、状態を確認し始めた。
ショウヨウ:「ドクター・アドナ、そろそろ報酬の方を」
つい先日、ユウを誘拐しようとした男たちの体から現れた物と同じ羊皮紙をショウヨウはアドナの前に突き出した。
アドナ:「心配しなくても、契約書通り、報酬はきっちり払う」
ショウヨウ:「まいどー」
ショウヨウの持つ羊皮紙に、契約完了。依頼の終了を示す、サインをアドナがしようとした、その時――
ガンッ
突如、ユウたちのいる部屋が大きく揺れた。
ユウ:「っ」
アドナ:「何だ」
緊急事態を察しショウヨウはすぐさま、部屋の外にいる部下に連絡をとった。
ショウヨウ:「何があった、状況を報告しろ」
通信機器からは部下の、鬼気迫る声が部屋の中にいる全員に聞こえた。
ゴブリンの男A:「て、敵襲です」
ゴブリンの男B:「ガキが単身で乗り込んできやがった」
ツー、ツー
その直後、通信が途絶した。
ユウ:(ガキ…………もしかしてっ)
ガンッ、ガンッ、ガンッ
徐々に部屋の揺れも外から聞こえる激しい戦闘音も大きくなっていく、そして――
ドガンッ
ショウヨウたちのいる部屋の扉が勢いよく吹き飛ばされた。
ゴブリンの構成員A:「き、貴様っ」
ゴブリンの構成員B:「何者だ――ぐはっ」
すぐさま扉を蹴破った人物に銃口を向けた、ゴブリンの構成員二人。だが、すぐに襲撃者に殴り飛ばされ、意識を刈り取られた。
突然の襲撃者:「…………」
この部屋唯一の出入り口には襲撃者のガキ――マカミの姿が――
アドナ:「何者だ、貴様」
マカミ:「…………」
ショウヨウ:「…………」
無言で部屋の様子を見渡すマカミと襲撃者マカミの様子を伺うショウヨウ。
ショウヨウは一瞬、マカミの背後に視線を動かした。
ユウ:「後ろっ」
マカミの背後にはユウを気絶させた大柄な男の姿が――
バゴンッ
大柄な男はマカミの背後から首をへし折る勢いで、思いっきりその拳を振るった。
ユウ:「エイジっ」
思わず、マカミの名前を叫ぶユウ。だが、
大柄な男、ショウヨウ:(外した)
ショウヨウの視線の動きに気づいたマカミは間一髪、男の背後からの奇襲を寸での距離で躱していた。
ショウヨウ:「人のアジトに土足で乗り込んでくるとは教養の足りてないガキだな。アポイントを取ってくるのが社会の常識でしょうが」
マカミ:「お前らみたいな、金さえ払えば何でもするドブネズミに用はない。俺が、用があるのはソイツだけだ」
そう言って、マカミは目尻に涙を溜めるユウを指差した。
ショウヨウ:「いってくれるねぇ、クソガキが。お前も元は俺たちと同じ、同じ穴のムジナだろ」
今までの軽薄な笑みを消し、ショウヨウは獰猛な笑みでマカミに笑いかけた。
ショウヨウ:「いくら小奇麗は服に身を包んだって、こびりついたドブネズミ臭はそう簡単には消せねぇんだよ。ああ、臭い、臭い」
マカミ:「…………」
大柄な男:「…………」
ショウヨウ:「ダンボ、やれ――」
ダンボ:「イエス、ボス」
ショウヨウにダンボと呼ばれた大柄な男――ゴブリンのナンバーツーでありショウヨウのボディガード――ダンボがマカミに襲いかかった。
マカミ:「っ――」
ダンボ:「っ――」
ダンボの拳には棘のような突起がいくつも付いた金属具――メリケンサックが装着されていた。
ショウヨウ:(ダンボの奴、本気だな)
ユウと相対した時は、ユウの体を極力傷つけずに身柄を確保、依頼主であるアドナの元へ連れてくるのが目的であったため、メリケンサックを装着していなかったが、今は違う。
侵入者の排除、生死は一切問わない。
それが、ダンボに課したショウヨウの命令(指示)である。
アドナ:(まるで熊と子供だな)
二人の体格差は二回り以上。
ショウヨウ:(ダンボは俺を除いてゴブリン唯一の神人類だ。神の御業こそ使えないが、戦闘の技術はそこら辺のプロボクサーを遥かに上回る)
アドナ:(これだけ体格差があれば、大男のパンチが一度でも入れば、少年の方はひとたまりもないだろう。最悪、内臓破裂でお陀仏だ)
誰もがダンボの勝利を、マカミの死(敗北)を確信していた。
たった一人を除いて――
ユウ:(エイジっ)
ダンボ:「っ――」
自分のアドバンテージ――純粋は体格(地力)の差を活かすため、小手先の技は一切使わず、息つく暇なく連続でマカミに渾身の全力拳を叩き込むダンボ。だが――
マカミ:「…………」
そのことごとくを、マカミは紙一重のタイミングで躱していった。
ショウヨウ:(どういうことだ、これだけ打ってるってのにダンボの拳がかすりもしてない)
ユウ:(…………)
ショウヨウたちは気づいていないが、マカミがなぜダンボの間髪入れぬ連続パンチを躱し続けられるのか、ユウにはその原因ははっきり視えていた。
ユウ:(この人、未熟だ)
マカミ:「…………」
ダンボ:「っ――」
マカミと同じ神人類であるダンボもまたマカミと同様、神意を全身に纏う、神依を戦いながら発動している。だが、その熟練度には雲泥の差があった。
ダンボ:(なぜだ、なぜ当たらない)
ダンボの神依には神依初心者がよくやる致命的欠陥があった。
マカミ:「っ――」
ダンボ:「がっ、はっ」
攻撃を躱され続け、精神的に徐々に追い詰められていったダンボの隙を突いたマカミの一撃が、ダンボの顎(急所)を的確に捉えた。
ダンボ:(っ――)
脳を突如揺らされ、気絶(緊急停止)する直前、ダンボは再びマカミに向かって拳を繰り出した。
マカミ:「…………」
ヒョイッ
それをマカミは余裕たっぷりの動作で躱し、フッと笑みを見せた。
ダンボ:「…………」
格下を見下すマカミの嘲笑(笑み)を最後に、ダンボは大の字になって倒れ込んだ。
アドナ:(あの大男が、子供相手に為す術もなく負けた)
ショウヨウ:「…………」
ダンボはマカミと違い、攻撃を繰り出す際、攻撃に使用する部位を纏う神意が少しだけだが揺らいでしまっていた。
これは、神依の修練が足りない、未熟者の神人類によくみられる現象である。
これによりダンボがいつ攻撃を繰り出してくるのかもどの部位を使って攻撃してくるのか(パンチなのかキックなのか)も、マカミには筒抜けだった。ダンボの攻撃がマカミに当たるわけがなかったのだ。
マカミとダンボの間には明確な体格差があったが、それ以上に神人類として――殊、神意の扱いにおいて、マカミとダンボの間には天と地ほどの差があった。
ユウ:「…………」
アドナ:「…………」
目の前の光景に呆気にとられる二人。
ただ一人、気配を消し、自身の小柄な体格を活かし、低い体勢でマカミに迫る人影が――
ショウヨウ:「油断したな、クソガキ」
マカミ:「っ――」
ユウ:「エイジッ」
ショウヨウはポケットに隠していた、ナイフに神意を纏わせ、マカミの心臓目掛けてナイフを突き出した。
マカミ:「誰がだ」
ナイフが刺さる直前、突如マカミの足元の地面、ではなく影が具現化(隆起)した。隆起した影はショウヨウの手に持つナイフを的確に捉え、弾き飛ばした。
ショウヨウ:「っ――」
すぐさま、マカミは自分よりも背の低いショウヨウの頭を蹴り飛ばした。
ショウヨウ:「がはっ」
勢いよく、壁に蹴り飛ばされ、ショウヨウも意識を失った。
アドナ:(これが新しい人類――神人類の潜在的力か…………素晴らしい)
マカミはたった一人でゴブリンの全構成員を無力化に成功、ゴブリンのアジトを制圧した。




