過去編8 強襲
ユウ:「…………」
部屋に戻ったユウは再度、ベッドの上で胡坐をかきながら、神依の修業を始めていた。
コン、コン
ユウ:「っ――」
突然、部屋の扉が叩かれユウの神依が解除された。
コン、コン
ユウ:「はー」
用事を済ませたマカミが帰って来たと思い、ノックに返事をしようとしたところでユウは咄嗟に口を噤んだ。
ユウ:(おかしい)
部屋の鍵はユウが持っている一本のみで、マカミはこの部屋の鍵を持っていない。ゆえに、戻って来たマカミが部屋に入るため、扉をノックすること自体は何もおかしいことではない。
おかしいのは、ノックをした後にもう一度ノックをしたこと。
マカミは事前に、部屋に入る時の合図を決めていた。
最初に二回、部屋の扉をノックした後、ドアノブを二度回し、再度部屋の扉を二度、ノックする。
その後、部屋の中にいるユウが扉を開けるのが決まりだった。
正直、ここまでする必要があるのか――面倒くさいな――と思っていたユウだが、もしこの合図をしなかった場合、どんなことがあっても絶対に扉を開けるなとマカミに釘を刺されていた。
今、扉の先にいる何者かは二回ノックをした後、ドアノブを二回回さず、再び部屋の扉を二度、ノックした。
ユウ:「っ――(合図じゃない。てことは、扉の先にいるのは彼じゃない他の誰かっ)」
ユウの全身を冷たい電流のようなモノが駆け巡っていった。
ガンッ
何か硬い物がぶつかった鈍い音がしたと同時に部屋の内側のノブがボトッと床に落ちた。
ドタドタドタドタドタ
直後、うるさい足音を立てながら、五人の男がユウのいる部屋へと侵入した。
男A:「標的はどこだ」
男たちが部屋の中へ入ると、そこには誰の姿もなかった。
男B:「逃げられたかっ」
大柄な男:「…………」
男たちの中で明らかに一回り以上ガタイが大きい見るからに男たちのリーダー格らしき大柄な男は無言で部屋の中をジッと見回した。
大柄な男:「っ」
大柄な男は、わずかだが床に部屋のベッドがずらされた跡があることに気がついた。
大柄な男:「ベッドの下を調べろ」
男C:「オーケー、ボス」
大柄な男の指示に従い、男の一人がベッドの下を覗き込もうとした、その時――
ユウ:「っ――」
ベッドの下、ベッドと床のわずかな隙間に隠れていたユウが勢いよく飛び出した。
男C:「てめえっ――」
男は、懐から拳銃を取り出すとベッドの下から飛び出したユウ目掛け、銃口を向けた。
大柄な男:「まてっ」
慌てて、ユウ目掛けて引き金を引こうとする男Cを大柄な男は止めようとした。
標的であるユウを、生きたまま依頼主の元へ届ける。それが、今回ゴブリンが引き受けた依頼の内容。外傷もできるだけ最小限にするよう言われている。
目立つ傷をつけてしまえば成功報酬が大きく減額されることになっているのだ。
バンッ
大柄な男の注意もむなしく、男Cはユウの額目掛け、引き金を引いた。
ユウ:「っ――」
男Cの放った銃弾がユウの額中央目掛け、ドリルのようにスクリュー回転しながら迫っていった。そして――
男C:「な」
尖った銃弾の先端がユウの額に接触した瞬間、この世のモノとは思えないほど硬いナニカにぶつかったように勢いよく銃弾が弾き飛ばされた。
大柄な男:「何だと」
目の前の状況に理解が追い付かず、思考が停止する男たちを余所目に、ベッドの下から飛び出したユウはそのまま部屋から出ようと一目散にドアの方へと駆け出した。
男D:「っ、まちやがれ」
男たちの虚を突き、部屋からの脱出を試みたユウだが、一番ドアの近くにいた男Dに後ろから髪を掴まれた。
ユウ:「いたっ」
神意を纏っているため痛みはないはずだが、反射で顔を歪ませるユウ。
ユウ:「このっ」
男Dに髪を掴まれたユウはすぐさま体の向きをクルッと百八十度転換。
自分の髪を掴む男の顔を思いっきり、殴り飛ばした。
男D:「ぐはっ」
自分より二回り以上小さいユウに殴られ、男Dは部屋の壁に全身を叩き付けられた。
男A:「この、ガキ」
仲間である男Dが殴り飛ばされるのを見て、男たちは一斉にユウに襲いかかった。
ユウ:「っ――」
襲いかかって来る男三人をユウは単身、一人で迎え撃った。
以前の、男たちの仲間に誘拐されそうになった時のユウと違い、今は少しの間だが集中すれば神依を発動していられる。
神依は神意を纏っていないありとあらゆる攻撃から身を守るだけでなく、自身の身体能力を大幅に向上する副次的作用もある。
それは、ただの女子中学生が大の男三人を圧倒できるほど対旧人類相手には強力な作用だった。
ユウ:「遅い」
男A:「ぐはっ」
プロボクサーよりもさらに鋭敏になった反射神経で、男たちの動きがスローモーションに見えるユウは迫り来る男たちを軽やかにかわし、素人同然(だが威力はヘヴィボクサー級)のパンチで男たちを次々にノックダウンしていった。
男C:「こいつ、バケモンだ」
大人と子供、どころの話ではない。
ちょっと神意の扱い方を学んだだけで男三人がかりでも、格闘経験ゼロ、人を殴ったことも人生で一度もない普通の女子中学生相手に為す術もなく蹂躙される。これが神人類と旧人類の間にある大きな生物としての壁(差)…………
大柄な男:「…………」
ユウ:「…………」
男たちを打ちのめし、残ったのは大柄な男、ただ一人
静かに睨み合う二人だが、一瞬、男の視線がユウの背後へと向いた。
ユウ:「っ――」
その視線に惹かれるようにユウも自分の背後を、ほんの一瞬だが振り向いてしまった。
この時、ユウの頭の中にはこのまま目の前の大柄な男と拳を交えるか、それとも背中を見せてこの部屋から逃亡を図るか、この二つの選択肢の間でユウの心は揺れ動いていた。
ただの中学生にこの状況――たとえ、相手が自分にとっては取るに足らない相手であったとしても、本気で自分の命(身体)を狙ってくる本物の敵を前にすること――モノホンの戦場に身を置くことは、ユウの精神をガリガリ削っていた。
そんな時、大柄な男が自分の背後に視線を動かしたことで、ユウの脳裏に彼の顔が思い浮かんでしまった。
自覚はないが今のユウが唯一傍にいてもストレスを感じない、気を許している彼が颯爽と自分を助けるためこの窮地に駆けつけてくれたのではないか――彼と初めて会ったあの時のように…………そんなおとぎ話のような何の脈絡もない甘い幻想がユウの疲弊してできたユウの心の隙間に入り込み、ユウに自分の背後を振り返らせてしまった。
ユウ:「っ――」
振り返ったユウの目の前に彼はいなかった。
ユウ:「がっ」
一瞬の隙を突き、大柄な男はユウの鳩尾に拳を入れた。
ユウ:「…………」
大柄な男もまた、ユウと同様、全身に神意を纏っていた。
大柄な男もまた、ユウと同じ神人類だったのだ。
大柄な男:「いくぞ」
男D:「う、す」
意識を失ったユウを担ぎ、男たちは部屋を後にした。
???:「…………」
ユウが誘拐される一部始終を、目撃した者は誰もいない。ただ一匹?――ユウたちの泊まる部屋を出てすぐ真上の天井に張り付いていた黒いトカゲのようなナニカが、ユウのいる部屋をジーッと凝視し続けていた。
男たちにより部屋からユウが連れ出された瞬間、そのトカゲのようなナニカは自分で、自分の存在を消滅させた。
★★★
マカミ:「っ――」
情報屋との待ち合わせ場所に向かっていたマカミだが、突然頭の中を電流が走ったような感覚に襲われ、ユウのいる、自分たちが寝泊まりしているホテルに向かって踵を返した。
マカミ:「ユウっ」
マカミが部屋に戻るとそこにユウの姿はなく、何者か同士が争ったように部屋の中が荒らされていた。
マカミ:「…………」
部屋の状況から、自分がいない間に何者か――恐らくゴブリンの構成員たちがユウを無理やり連れ去ったと察したマカミは神の御業――投影実像を発動。
マカミは自分の影から、犬の姿をした影を具現化させた。
マカミ:「ユウの後を辿れ」
具現化した犬の影:「…………」
マカミの指示を聞き、犬の影はベッドに飛び乗った。
具現化した犬の影:「クンクン」
ユウの臭いを嗅いで覚えようとしているかのように、犬の影は鼻先をベッドにこすりつけ始めた。
具現化した犬の影:「クンクン…………っ――」
しばらくして、具現化した犬の影は勢いよく顔を上げると、ホテルの部屋から勢いよく飛び出していった。
マカミ:「っ」
マカミが投影実像で生み出した生物は、厳密に言うと生物そのものではないのだが、それぞれ特徴的な性質を持っている。
たとえば、犬の影は特定の人物の神意を覚え、その跡を追うことが出来る。
鳥の影は、空中を飛行しマカミと視覚を共有することができる。ただし視認できるのは、神意のみ(色や神意を持たない物体は視認できない)だが…………
そしてトカゲの影は、特定の神意を視認した瞬間、自動的に消滅して、マカミに知らせるブービートラップとアラームを足して二で割ったような性質を持つ。
部屋から飛び出した犬の影を追い、マカミも部屋を飛び出した。
★★★
この国一有名な待ち合わせスポットと言われる、広場。
???:「…………」
???:「何やってるの、童」
有名な犬の像の前で座り込む、僧侶のような恰好をした男。編み笠を目深に被り顔がよく見えないこの男に、緑色の瞳と緑色の髪の少女が話しかけた。
編み笠を被った男:「まさか貴殿が来るとはな」
緑髪の少女に童と呼ばれた、どこからどうみても少女より三倍以上は人生を皺に刻んでいる編み笠を被った男。
童:「見てわからぬか」
童の問いに、少女はしばし考え込んだ。
緑髪の少女:「…………物乞い」
童:「…………違う」
少女の答えに童はほんの少しだけ、息を吐いた。
童:「変装だ。郷に入っては郷に従えというだろう」
緑髪の少女:「…………」
童の答えを聞き、今度は少女が盛大に溜息を吐いた。
緑髪の少女:「余計目立ってどうすんの。変装ってのは、こういうのを言うんだよ」
そう言って、緑髪の少女は自身が着ている――この国のとある高校の制服を童に見せつけた。
童:「それが俗に言う、コスプレというやつか」
緑髪の少女;「ぶっ殺されたいの」
かわいらしい見た目をした女子高生から発せられる強烈な殺意が童に一瞬、偶然山で出くわした涎をだらだら垂らしてこちらを見る腹ペコ熊の姿を想起させた。
女子高生の姿をした少女が一瞬だが獰猛な人食い怪物に、童の目には見えた。
緑髪の少女:「それより、例の物は」
少女に言われ、童は懐から小さい長方形の機械――マカミから一週間前に受け取った記憶機器を取り出し、少女に渡した。
緑髪の少女:「確かに」
少女は童から受け取った記憶機器を周りの人間に気づかれないよう、サッと変装用に用意した学生鞄の中にしまった。
緑髪の少女:「それじゃ、私はこれで」
童:「待てっ」
目的を終え、そそくさとその場を離れようとする少女を童は呼び止めた。
緑髪の少女:「うん、なに」
はやくこの場から去りたい少女は眉間に皺をよせながらも、足を止め、童の方へ振り向いた。
童:「師匠は…………」
ブー、ブー
『あの人は今どうしている』、そう少女に聞こうとしたところで、童の懐に入れた通信機器が振動を始めた。
童は慌てて、懐から通信機器を取り出した。
童:「…………」
振動を続ける通信機器をジッと見つめ、固まる童。
緑髪の女:「…………出ないの」
いつまでも通信に出ない童を、少女は訝しんだ。
童:「…………」
なおも、通信機器を手に持ったまま、無言で額から汗を垂れ流す童を見て、ようやく少女は得心がいった。
緑髪の女:「それ、貸して」
少女は、童の手元から通信機器を取ると慣れた手つきで操作し、機械オンチの童に変わり通信に出た。
緑髪の女:「ああ、アル、私、うん、うん、…………わかった」
しばらく通信相手と話をした後、少女は童に通信機器を放って渡した。
童:「も、もしもし」
電話の男:「童…………僕だ」
童:「っ――」
通信相手である男の声を聞いた瞬間、童の全身の神経が逆立った。
通信相手の男:「どうやら、そっちで僕たちの同類が変な事件に巻き込まれているみたいでね」
童:「そう、であるか」
通信相手は、童より格(立場)が上の男。
通信相手の男:「相手はまだ中学生の子供だというのに、痛ましいことだ。君にはぜひ、その同類を救い出して、神人類(僕たち)の王国にその子を連れてきてほしいんだ。どうやらその子は面白い神託を授かっているようでね。是非、神人類(僕たち)の王国に迎え入れたい」
童:(僕たちの王国、か)
通信相手の男:「引き受けてくれるね」
童:「……御意」
通信相手の男:「やり方は君に任せるよ。後のことはこっちでなんとかする。すべては、次代を担う新しい人類のために――」
そう言って、通信相手の男は電話を切った。
緑髪の少女:「アル、なんだって」
童:「変わりない。いつも通りだ」
ブー、ブー
再び、通信機器が振動を始めた。画面には、先ほど通話をしていた男からデータが送られてきたことを示すメッセージが…………
童:「…………」
再び、通信機器を手に硬直する童。
童:「すまんが」
緑髪の少女:「はいはい」
童から通信機器を受け取り、少女は手早く送られてきたデータを開いて童に見せた。




