過去編6 熱帯夜
ユウ:(ヒカルって、誰)
目の前にいる金髪の男――ヒカルの名前を聞き、ユウは首を傾げた。
マカミ:「お前がどうしてここに」
ヒカル:「…………」
マカミの問いにヒカルは答えず、ヒカルは静かにマカミを見下ろしていた。
その瞳に隠しきれないほどの熱量を持った怒りを宿して――
ユウ:(私を誘拐しようとした人たちの仲間じゃなさそうだけど、この人の知り合い)
ヒカルはおもむろにマカミに近づくと――
マカミ:「がはっ」
ユウ:「っ――」
マカミのみぞおちに膝蹴りをかました。
ヒカル:「とんでもないことしでかしやがって、この馬鹿が」
激痛に襲われ、蹴られた腹を押さえながらマカミはその場にしゃがみこんだ。
マカミを心配して近づくユウ。
マカミ:「…………げ、ろ」
ユウ:「えっ」
自身に寄り添うように近づいたユウにマカミはそっと、小声で耳打ちした。
マカミ:「合図したら、走って逃げろ」
そう言うと、マカミはユウの返事を聞くことなく、自身の影から一振りの黒い直剣を具現化(顕現)させ、ヒカルに斬りかかった。
ヒカル:「っ――」
ヒカルは咄嗟に、周囲の光の粒子を凝集。光の剣でマカミの剣を受け止めた。
マカミ:「今だっ、走れ――」
ユウ:「っ――」
マカミの必死の声に押され、ユウは一目散にその場から走り出した。
ヒカル:「これがどういうことを意味してるのか、お前、わかってるんだろうな」
マカミ:「ふっ」
正騎士同士の戦闘(争い)は基本、御法度。
互いが了承し、審判(立会人)――危険があればすぐに戦っている二人を止められる実力のある正騎士(実力者)がいる状態で、致命傷は与えない寸止め方式でのみ、研鑽目的として正騎士同士の戦闘(試合)は認められている。
これ以外で正騎士同士が本気でやりあった場合、戦闘を仕掛けた方の正騎士は問答無用で信正騎士団から除籍処分されることになる。
当然マカミもそのことはわかっている。
分かった上で、マカミはヒカルに攻撃を仕掛けた。
マカミ:「ふんっ」
ぶつかり合うヒカルの光の剣とマカミの影の剣。
ヒカル:「…………」
ヒカルは立て続けに斬りかかって来るマカミの剣を冷静に、余裕をもって捌いていった。
マカミ:(くそっ――)
マカミとヒカルでは単純な戦闘技術に差があった。
神人類同士の戦いであれば、戦闘技術に差があったとしても神託の相性で容易にその差を覆すことができるが――
ヒカル:「…………」
マカミ:「っ――」
ヒカルは光の剣――かき集めた光の粒子を拡散。辺り一帯をまばゆい光が包み込んだ。
ヒカルの神託は光。
対してマカミの神託は陰。
神託の相性はマカミの圧倒的不利。
まばゆい閃光にマカミの影を具現化させた剣はあっさりとかき消されてしまった。
マカミ:「ぐあっ」
マカミの剣がかき消された瞬間、ヒカルは再び光の剣を顕現。マカミの肩を斬り裂いた。
ヒカル:「お前が俺に勝てるわけがないだろ」
喉元に剣を突き付けられ、あっさり勝負は決した。
マカミはヒカルに、敗北した。
ヒカル:「…………」
決着が着き、ヒカルは懐から通信機器を取り出した。
ヒカルにとってマカミはすでに同じ信正騎士団の仲間ではない。自分の信正騎士団(組織)に対し、重大な裏切り行為を働いた――れっきとした敵である。
マカミを自分たちの組織――信正騎士団極島支部に連行するため、ヒカルはホテルの中にいる屈強な青髪の男――ポセイドンに連絡をしようとした。
だが、その瞬間――
ヒカル:「っ――」
走り去ったはずのユウが、マカミたちの元へ全速力で戻って来たのだ。
ユウはヒカルの背中目掛けて、全体重を乗せた悪質タックルを敢行。
ヒカル:「ちっ」
ユウ:「きゃっ」
全体重を乗せたタックルでも、小柄なユウではヒカルを地べたに倒れさせることはできない。逆に、ユウの方がヒカルに押し返され、尻もちをついてしまった。
ヒカル:「なんだ、お前はっ」
このおかげでヒカルの意識が一瞬マカミからユウに向けられた。
マカミ:「っ――」
ヒカル:(しまった)
マカミはヒカルの意識が自分から外れたその隙を見逃さず、自身の影から先ほどの剣の半分くらいの刀身の、短い剣を顕現。
具現化させた(影の)短剣でヒカルの足を斬り裂いた。
マカミ:「いくぞっ」
ユウ:「う、うん」
ヒカル:「ま、まてっ――ぐっ」
足の腱を的確に斬られ、その場から動けなくなったヒカル。
マカミはすぐにその場から立ちあがると、ユウの手首をがっしり掴み、すっかり暗くなってしまった夜の街へと駆け出していった。
│─\│/─│
マカミ:「はあはあはあ」
ユウ:「はあはあはあ」
興奮収まらぬ中、マカミとユウは同じベッドの上で仰向けに倒れ込んでいた…………
マカミを追って来たヒカルの魔の手から逃れることに成功したマカミたちは、とにかくヒカルたちから離れるため、街中を全力で錯走した。
そして、這う這うの体で偶然辿り着いたホテルにマカミたちは雪崩れ込むようにチェックイン。先ほどのホテル同様、二人用ベッドに二人同時に勢いよく倒れ込んだ。
マカミ、ユウ:「はあはあはあ」
しばらくの間、ベッドの上で火照った体と乱れた呼吸を整える二人。
マカミ:「…………」
ユウ:「…………」
互いに乱れた心と体が落ち着いた頃、おもむろにマカミが口を開いた。
マカミ:「お前、その髪――」
ユウ:「っ――」
マカミがユウと出会った当初、ユウの髪の色は今ホテルの外を歩いている大半の人々とほぼ同じ、青みがかった黒髪だった。
だが、今目の前にいるユウの髪の色は透き通るように美しい白髪。
マカミが食料を調達するため、ホテルの部屋を出た時はユウの髪は黒だった。その後、ホテルの外でヒカルの姿を見かけ、ヒカルに見つかる前にユウと一緒にホテルから離れようと部屋に戻り、シャワーを浴びているユウのいるバスルームに突撃した時、ユウの髪の色は白へと変わっていた。
それが意味することはつまり、
ユウは普段、自身の髪の毛の色を白から黒に染めているということだ。
ユウ:「私…………自分の感情が高ぶると髪の色が変わるんです」
あれはユウが七歳の頃。
同じ同級生の男の子と些細なことでケンカした時、怒りに我を忘れて激高したユウの髪の毛が燃えるような赤色に変わった。
それを見た同じクラスの子供たちは当然驚き、ユウを鬼の子供だと言って恐れた。
この事件がきっかけでユウはその学校での居場所を失い、遠く離れた他の学校へ転校することになった。
マカミ:「周りにはお前が神人類であることは隠してるのか」
ユウ:「…………」
マカミ:「懸命だな」
信正騎士団の活動のおかげで、以前よりは社会が神人類を受け入れられるような状態になっていたのだが、それでも神人類に対する潜在的な差別意識や恐怖心は今なお人々の心に根強く残っている。
この神人類に対する不信が払拭されることは恐らく、旧人類が滅亡するまでないだろうとマカミは思っていた。
ユウ:「私、人の感情を色として視ることができるんです」
マカミ:「それが、お前の神託か」
ユウの神託は感情の神託。
文字通り、ユウは他者の感情を色として視ることが出来る。
これまではユウの両親も、ユウの事を人の感情に敏いただの子供――自分たちと同じ旧人類だと信じて疑わなかった。
だが、小学校での事件をきっかけにユウが神人類であることが、同級生や学校の教師陣だけでなく、ユウの家族たちにもばれてしまった。
ユウ:「それで相手が自分の事をどう思っているのかわかっちゃって」
ユウが神人類であるとわかった瞬間、周囲にいる人々のユウを視る眼は一変した。
未知に対する、得体のしれない恐れ。
昨日まで普通に遊んでいた子たちが全員ユウを恐れ、避けた。優しく声を掛けてくれていた教師や家の使用人たちも、ユウを恐れ、取り繕った笑みをユウに向けるようになった。
特に、ユウがショックを受けたのは両親がユウを視る眼の変わりようだった。
ユウの両親はユウを、由緒ある自分たちの家柄を傷つける厄介なお荷物であるかのように疎ましい眼でユウを視るようになった。今までにユウに注がれていた愛情を代わりに出来の良いユウの姉二人に注ぐようになった。
誰もユウの事を視なくなり、ユウは家でいないものとして扱われるようになってしまった。
小学校を卒業すると同時に、ユウは家を出ることを決心した。
マカミ:「…………ユウ」
ジッと天井を見上げるユウの横顔を見つめていたマカミはおもむろにユウの名前を呼んだ。
ユウ:「なん、ですか」
自身の運命に苦しみ、誰にも頼ることできず、うずくまってただひたすらに耐えることしかできない彼女の姿がどことなく、マカミの記憶にいるカレと重なって見えた。
同時に、カレに手を差し伸べるユウと同じ美しい白髪の少女の姿がマカミの脳裏に思い浮かんだ。
マカミ:「俺がお前に神意の使い方を教えてやる」
マカミは、信正騎士団の正騎士以外には決して教えてはいけないとされている神意の扱い方をユウにレクチャーすることを決めた。
│─\│/─│
その日の夜、マカミは久しぶりに夢を見た。
幼い頃のマカミ:「…………」
捨ててあった新聞や段ボールに包まり、人知れず冬の寒さをしのぐマカミ。
???:「あら――」
そんなマカミに一人の少女が、気がついた。
少女は笑顔でマカミに手を伸ばし、生まれて初めて自分に笑顔で差し伸べられた手をマカミは…………
マカミ:「…………」
ここでマカミは目を覚ました。
ユウ:「スー、スー」
隣では、疲れていたのでだろう寝息を立てぐっすり眠るユウの横顔が――
マカミ:「ふっ」
それを見て、マカミは思わず頬を緩めた。




