第四話 迷子の女の子
カラードの奥の手、神の御業――完全擬態を破り息の根を止めたマカミは何の躊躇も罪悪感もなくカラードの死体を漁り、自分が持っている物と同じ型の通信機器を見つけた。
マカミ:「ロックがかかっているな――ん」
通信機器自体はロックがかかっており、中に入っている情報にアクセスすることはできなかった。だが、マカミが通信機器を持っていると突然端末が振動を始めた。メッセージが送られてきたことを示す振動である。
マカミ:「どうやら、まだ他がいるみたいだな」
仲間がいることさえわかれば、情報としては十分。マカミはカラードの死体に向かって端末を放り投げた。
マカミがカラードの完全擬態を破ったカラクリ。
大したことはない。わずかな光源から生み出されるマカミの影をカラードが踏んだからである。
マカミは陰の神託を授かった神人類であった。
自身の神意を纏わせた影をカラードが踏んだ。瞬間、自身の影を何者かに踏まれた感覚がマカミに伝わる。マカミはただそれに反応して、素早く自身の影より黒い直剣を具現化、影を踏んだ相手に向かって攻撃を仕掛けた。ただそれだけである。
影を具現化させる神の御業――投影実像。
マカミは手に持った黒い直剣を影に戻すと自身の影の一部を切り取り手のひらサイズの黒い塊に固めた。その後、切り取った影を鳥――小型のカラスへと変化させ、宙に放った。
マカミ:「往け」
マカミの声とともに影より生み出された鳥は、ユウの――厳密に言うとユウの神意を追って暗闇の中へと飛んでいった。
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ユウ:「ダーリン、ダーリンどこぉぉぉ」
はぐれたマカミを探して、薄暗い迷路の中を彷徨うユウ。
ユウ:「もうダーリンったら、こんな遊園地の迷路で迷子になっちゃうなんて……かわいい」
まさか自分の命を狙ってやってきた刺客と一戦交えているとは思いもよらず、迷路の中を適当にブラブラ歩いていると、ユウは出会ってしまった。
女の子:「うぅぅぅ」
通路の真ん中で膝を抱えてうずくまる小学三年生ぐらいの女の子に――
ユウ:「君、どうしたの、大丈夫」
ユウはすぐさま女の子の元へ駆け寄った。
女の子:「ぐすん、ぐすん、お母さんとはぐれちゃったの」
ユウと同じ青みがかった黒髪が特徴的な迷子の女の子を前に今は謹慎中の身ではあるが信正騎士団極島支部所属の正騎士であるユウは――
ユウ:「ええ、そうなの。ど、ど、どうしよう」
めちゃくちゃ動揺していた。
ユウ:「この迷路の中でこの子の親を見つけるのは……」
今ユウたちがいるのは薄暗い巨大迷宮の中。防音性抜群で声もほとんど反射しない。この中で小さい女の子を連れながら当てもなく彷徨うのは得策ではない。
ユウ:「とりあえずお姉ちゃんと一緒にここから出ようか」
女の子:「……うん」
出口を目指して歩いていれば偶然、女の子の保護者と出くわすかもしれない。それに外に出れば迷子センターがある。ユウはとりあえず女の子と一緒にこの巨大迷路から出ることにした。
それからユウは女の子の手を引き、意気揚々と童話の鼻歌を歌いながら迷路の中を着の身着のままに闊歩していき………………ようやく辿り着いた。トーテムポールが待つ行き止まりの道へ。
女の子:「お姉ちゃん……」
ユウを見上げる女の子のうるっとしたキレイな瞳が真っすぐにユウの心を突き刺した。
ユウ:「大丈夫大丈夫、お姉さんにどんっとまっっかせなさい」
女の子をこれ以上不安にさせまいと、ユウはサイカほどではないが小ぶりな胸を張り、再び迷路の中を突き進んでいった。
女の子:「………………」
ユウ:「………………あれっ」
今日三度目となるトーテムポールとの邂逅。
ユウ:「あれれ、おっかしいなぁぁ、あはははは」
不安で揺れていた女の子の瞳が今では何もない虚空のただ一点をジーッと見つめていた。代わりにユウの瞳が激しく揺れはじめ、額から冷たい汗が流れ落ち始めた。
ユウは超がつく方向音痴だった。
女の子:「………………」
ユウ:「そ、そんな目で見ないでっ。次、次こそは、大丈夫だから。お姉ちゃんを信じて」
その後もユウたちは幾度となくトーテムポールとの出会いと別れを繰り返し、二人は完全にこの巨大迷宮の迷子となってしまった。
ユウ:「うぅぅぅ、どうじてぇぇぇぇぇ」
歩いても歩いても出口が見つからず、項垂れるユウ。
ある意味ユウは極島遊園地屈指の不人気アトラクションである巨大迷路を誰よりも存分に堪能していた。
女の子:「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
ユウ:「ううぅ」
女の子:「あそこ、見て」
極島遊園地開園以来一番の巨大迷路のお客様になってしまったユウの腕を女の子が引っ張った。
先ほどとは打って変わって上の何かを指さしながらうれしそうにびょんぴょん飛び跳ねる女の子。
女の子の差す指の先には緑に光る掲示灯――非常口を示すピクトグラム………………ユウたちは探していた出口とは違うもう一つの出口を見つけることに成功した。
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ユウ:「だっ――しゅつぅううう」
女の子:「やっと、出られた」
マカミと離れ離れになって、迷子の女の子と出会い、巨大迷路を放浪すること、三十分。出口を求め彷徨い続けた二人の少女は正規の出口ではない裏口を使い、ようやく日の目を見ることができた。
ユウ:「あっ、ダーリンに迷路から出たこと連絡しとかなきゃ。と、その前に……」
ユウはマカミに迷路を出た連絡をする前に、迷路近くにある子供預かり所――迷子センターに女の子を連れて行くことにした。
迷子センターの女の人:「お待たせしてすみません。本部の方にも確認してみたのですが、今のところ小学三年生くらいの女の子の迷子届は出ていないようです」
ユウ:「そう、ですか」
巨大迷路の係員にも確認したが、子供とはぐれたという親はいなかったという。
ユウの脳裏に迷路内を歩き回っている間に考えていた、嫌な想像が再び頭の中で再燃し始めた。
迷子センターの女の人:「よろしければこちらでお預かりしますが」
ユウ:「うーん」
三十分以上子供とはぐれた親が何もアクションを起こしていないとは到底思えない。だが、迷路の係員も、どの迷子センターの職員も、小学三年生くらいの女の子とはぐれたと訴える親はいなかったという。
であれば考えられることはただ一つ――女の子は無意識の内に迷子になったのではなく、意図的に迷子にさせられた。
女の子は親に捨てられた可能性がある…………
そこまで考えた時、手を繋いでいた女の子の手を握る力が強くなったのをユウは感じ取った。
ユウの心の内が分かったわけではないだろうが、自身の置かれた境遇を女の子なりに漠然とだが察したのだろう。
ユウ:「あっ――」
ある物がユウの視界に入る。
ユウ:「ねえねえ」
ユウは繋いだ女の子の手をクイクイと引っ張り、それを指さした。
ユウ「あれに一緒に乗らない」
ユウは半ば強引に女の子の腕を引っ張りながら、園内で最も高い建造物――観覧車へと乗り込んでいった。
女の子:「高い」
ユウ:「頂上はもっと高いよ。そこからだったら見つけられるかもしれないよ……ええっと」
ここでユウはようやくある重要なことを女の子から未だに聞いていないことに気づいた。それは――
女の子:「静香」
ユウ:「えっ――」
迷子の女の子――シズカはユウに聞かれるよりも早く自分の名前を答えた。
シズカ:「私の名前」
ユウ:「そっか、シズカちゃんいいお名前だね」
こうしている間もゴンドラは昇っていき、やがて………………
ユウ:「シズカちゃん、見て見て、もう少しでてっぺんに着くよ」
もう少しで観覧車の頂点に到達するところで、ユウは窓の方に身を寄せた。
ユウ:「うわぁキレイ」
ついにゴンドラが最高到達点に達した。
ユウ:「シズカちゃんも見て見て、ここからだったらシズカちゃんのお母さんとお父さんも見つけられるかもしれないよ」
シズカ:「…………見つからないよ」
ユウとは対照的にシズカはシートに座ったまま……俯いていた。
シズカ:「どんなに探したって見つかるわけないよ。だってシズカのお母さんもお父さんも、もうどこにも――」
ユウはシズカの肩に優しく手を回すとそのまま、自分の方に体を引き寄せた。
ユウ:「ほらほら見てシズカちゃん」
耳元で優しく囁かれ、おもむろに顔を上げるシズカ。
シズカ:「っ――」
ユウの声に引かれて、顔を上げたシズカが見たのはゴンドラの窓から見える景色――落ちかけている太陽とそれに照らされて黄金色に輝く園内、その中で今を生きている人々の姿だった。
ユウ:「私も知らなかったんだけど。世界ってね、私たちが思ってるよりずぅぅと、ずぅぅぅぅぅぅぅと広いんだよ」
目の前に広がる景色はシズカが見てきたどんなモノよりもキレイに見えた。シズカの目尻にうっすら、涙が浮かぶ。
ユウ:「だからね、シズカちゃん――うわぁ」
シズカ:「きゃっ」
突然二人の乗っているゴンドラだけが、激しく揺れた。
ユウ「な、何」
ゴンドラの揺れが治まるよりも前に、細長い逆三角形の顔がユウたちのいるゴンドラ内を覗き込んできた。
ラドン:「みーつけた」
ユウ:「(誰っ――)シズカちゃん、逃げるよ」
ユウは咄嗟にシズカを抱え、地上百メートル近い高さにあるゴンドラから飛び出た。
まともな人間なら着地した瞬間、全身の骨が砕け、抱えた女の子諸共ペシャンコだがユウは次世代型の人類――神人類である。神依により地面に着地しても大丈夫なよう自身とシズカの体を防御、同時に身体能力を飛躍的に向上させシズカを容易に抱えられるようにした。
おかげでユウたちは無事、ゴンドラから脱出し地上に降りることができた。
サイト:(ラドンの奴、あれほど騒ぎを起こすなっと言っておいたのに、馬鹿が)
地上に降りたユウたちが見たのは、さっきまでユウたちがいたゴンドラの上に留まる両翼二メートルの怪物――図鑑などで誰もが一度は見たことがあるが実物を見た者は誰一人いない中生代の怪物――プテラノドンの神託を受けた神人類、ラドンの化神化した姿だった。
ユウ:(パニックになってる。こんな状態で戦ったら被害がとんでもないことに――)
平穏だったテーマパークに現れた翼の怪物――ラドンの登場により騒然とする園内。遊園地のスタッフが避難を促しているが、突然の翼を持った巨大な怪物の登場という予想だにもしない出来事に避難誘導は上手くいっていない。
ユウ:「(やるしかないか………………)シズカちゃんは逃げて」
ユウはシズカを巻き込まないよう、離れさせると何もない虚空より一振りの剣――神器を顕現させた。
ラドン:「あれぇ、どこだお、見失っちゃったお――うぉ」
ゴンドラの上に乗りながら逃げたユウたちを探していると突然、炎の斬撃がラドンの顔付近を通り過ぎていった。直撃こそしなかったが、若干ラドンのブヨブヨした顔が炙られた。
ラドン:「誰だお、危ないんだお」
辺りをきょろきょろ見回し攻撃してきた相手を探すラドンだが、ラドンが乗るゴンドラはまだ地上より遥か上、人がマッチ棒より小さく見える場所で一人の人間を探すなど不可能だった。
ユウ:「ここよ」
よって、ユウは自らラドンに話しかけざるを得なかった。
ラドン:「ああ標的だお、写真で見るよりかわいいんだお」
ユウ:「えっ、そお、えへへ、照れるな」
久しぶりに誉められ素直に照れるユウ。だがしかし――
ラドン:「こんなかわいい子を潰さなきゃいけないんだなんて、ボクッ、ボクッ――すっっっっっっごく興奮するんだなも」
ユウ:「うっ、何だか寒気が――」
巨大な翼を羽ばたかさせ興奮するラドン。対照的にユウの背筋を冷たい何かが走っていった。
ラドン:「いくんだなもっ」
ラドンはゴンドラの上から飛び降りると見るからに凶暴な鉤爪をユウに向け、突進してきた。それをユウは炎が湧き出る神器――赤い刀身の剣で受け止めた。
ユウ:「くっっっっ、おりゃっ」
体長三メートルあるラドンの全体重を乗せた攻撃、普通なら一秒と持たず重さに潰されるのだが、神依で肉体を強化してるユウは何とかラドンの鉤爪攻撃を真正面から押し返した。
その後もラドンはユウの周囲を旋回、四方から何度も鉤爪攻撃を繰り返してきた。
化神化して両腕が翼になったラドンの武器は基本鉤爪と肥大化した体積――でかい図体しかない。
単調な攻撃手段も空を自在に動ける翼があれば、バリエーション豊富な七色の攻撃に様変わりする。ユウはラドンの、七色の空中鉤爪攻撃を捌きながら何度も炎の斬撃をラドンに向かって飛ばした。しかし、ことごとくラドンに避けられてしまった。
ユウ:「ちょろちょろ飛び回るから全然当たんないんじゃん。じっとしててよ」
ラドン:「そんなことしたら、攻撃当たって痛いんだなも。痛いのは嫌なんだお」
ユウ:「確かに」
シズカ、サイト:(納得するんだ)
空を自由に駆けるラドンに対し制約のある地上で剣を振るうユウ、状況は徐々に地上で戦うユウの不利に傾いていった。
サイト:(予定とはだいぶちがったが、作戦自体は上手くいきそうだな。ラドンは気づいていないようだが、標的は避難が完了していないジェットコースターや観覧車にラドンを近づけないよう立ち回っている。そのせいで自分を的にせざるを得ず、ラドンのいいサンドバックだ。力尽きるのも時間の問題だろう)
サイトの読み通り、ユウは乗客の避難が済んでいない観覧車やジェットコースターにラドンが近づかないよう炎の斬撃を飛ばし、そちらに意識が向かないよう誘導していた。そのせいで、ユウは空中を自在に動くラドンを深追いできず、攻勢に転じられないでいた。
ユウ:「このままやっても、埒が明かない………………うう、あんまり気乗りはしないけど」
この状況が長く続かないことはユウもよくわかっている。避難が完了するよりも先に自身の体力が尽きることも。
ユウ:「はぁ………………」
ラドン:「なんだお、突然動くのを止めたんだお」
今まで腕と視線を激しく動かしていたユウだが突然、腕と視線をだらんと下げ、動きをピタッと止めた。同時に周囲の雰囲気が変わる。近くで様子を見ていたサイトとシズカは霧が立ち込めるほどに温度がガクッと下がったような錯覚を感じた。
ラドン:「チャンスだお」
一人、ユウの変化に気づいていない鈍感ラドンが自慢の鉤爪をユウに突き立てようと突貫した。
ユウ:(せっかくのデートだったのに。これじゃ台無し。ダーリンにも全然甘えられなかったし)
気づけばユウの持つ剣が纏っていた炎が消え、刀身の色が徐々に燃える盛る激しい赤から透き通る澄んだ青へと変わっていった。
ユウ:(ていうか、ダーリン誉めてくれなかった。せっかく早起きしておしゃれしてきたのに。昨日だって、ひったくり犯捕まえたのに警察の人に嫌な顔されるし、テロリスト捕まえたらアキアキに怒られて、お給料まで減らされた。死にかけたのに、誰も心配してくれなかった。挙句の果てに帰りに変な人に跡付けられたし、ほんっと最悪)
ユウの頭蓋骨を粉々に握りつぶそうとラドンが特大の足を目一杯に開きながら迫る中、なおもユウは俯きながらぶつぶつ独りごちた。
ラドン:「死ぬだお」
ユウ:「はあ………………」
ラドンの爪がユウの頭を捉える寸前、ユウは盛大なため息を吐くと、完全に刀身が青色に変わった剣でラドンの獰猛な鉤爪を受け止めた。
瞬間――
グシャッ
ユウの神器(剣)が粉々に砕け散った。
ユウ:「お前が死ねよ」
ラドン:「え――」
直後、周囲に飛散した剣の破片が集まり何本もの青い短剣を生成。一斉にラドンの体を突き刺していった。
ラドン:「うぎゃあああああああああああああああああああああああ」
サイト:「ラドンっ」
断末魔をあげるラドン。
サイト:(あれが奴の神器――追想剣の神の御業か)
これがユウの神の御業の一つ――五月雨。剣をいくつもの小さい剣に分解、標的に向かい一斉に投射することが出来る。
ユウ:「………………………………」
全身余すところなく短剣を突き立てられ、化神化を解かれたラドンは立ったまま意識を失った。
しばらくして、ユウは自分の頬をパンッと叩いた。子気味の良い音が辺り一帯にこだまする。
ユウ:「くよくようじうじしないっ、女の子はかわいく笑顔に、よしっ」
ユウはいつもの明るく元気な女の子に戻った。
???:「………………………………」
ラドンの強襲を何とか最低限度の被害で退けたユウだったが、すでにさらなる刺客がユウの背後から静かに音もなく近づいてきていた………………