過去編2 いつもの日常
自分が通っている学校に到着した少女は真っすぐ自分の教室へと向かった。
ガラガラ
教室にいた生徒:「――っ」
少女が教室に入ると、それまで和気あいあいとしていた空気が一瞬にして凍りつき、静まり返った。
少女A:「…………」
室内にいた生徒全員から向けられる、よくない視線を全身に浴びながら、少女は無言で自分の席に向かった。
教室にいた生徒:「…………」
少女が席に着くと、教室は何事もなかったように先ほどまでの騒がしさを取り戻した。
少女A:「…………」
少女は自分の席に着くなり、額を机に付け、顔が見えないよう腕で隠して、突っ伏した。
一時限目の授業が始まるまで寝ているフリをしてやり過ごすのが、少女のいつものお決まり。
授業が始まるまでの時間を少女が寝ているふりをして潰している間、少女の周りでは――
少女の周囲にいる生徒A:「ねえ、知ってる今海外からすっごいお医者様が来てるんだって」
少女の周囲にいる生徒B:「知ってるニュースでやってた」
少女の周囲にいる生徒A:「私、失敗したことないので」
少女の周囲にいる生徒B:「すごい美人さんだったよね。モデルさんみたい」
今、巷で話題になっているニュースや
少女の周囲にいる生徒C:「今日の体育、担当、ゴリ山だって」
少女の周囲にいる生徒D:「うぇー、最悪」
少女の周囲にいる生徒E:「あいつ、視線がいやらしいんだよね」
少女の周囲にいる生徒C:「今日の体育休んじゃおうかな」
今日これから行われる授業について、
少女の周囲にいる生徒F:「うちの近くに新しくケーキ屋さんできたんだよね」
少女の周囲にいる生徒G:「ええ、そうなの。今日帰りに寄っていこうよ」
放課後の予定(寄り道)の話題で会話に花を咲かせていた。
少女A:「…………」
その間、少女は静かにその時が来るまで、道端の石に徹した。
キーンコーンカーンコーン
長い長い、数分という時間を経て、ようやく少女は寝たふりから解放され、顔を上げた。
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三限目――
今日の三時間目は体育。体育館でマット運動をする予定である。
クラスメートたちが各々、半ソデ半ズボンの体操服に着替えて体育館に集まる中、少女は制服姿のまま――スカートの下にジャージのズボンは履いているが――着替えることなく体育館にいた。
少女A:「すみませんが、今日も授業をお休みさせてください」
大柄な男:「また、お前か」
大柄の男――陰で生徒たちからゴリ山という蔑称(あだ名)で呼ばれている校内でも屈指の不人気体育教師は少女の顔を見た瞬間、口と眉を不快そうに曲げた。
少女A:「体調がすぐれなくて…………」
大柄な男:「そんなに休んでいたら、内申点に響くぞ。中学最後の大事な時期だろ」
少女の近くでひそひそ話をしている生徒A:「あの子また見学」
少女の近くでひそひそ話をしている生徒B:「うそー、」
少女の近くでひそひそ話をしている生徒C:「あの子が体育してるところ、一度も見たことなくない」
少女の近くでひそひそ話をしている生徒D:「仮病じゃないの」
周囲でひそひそ話をする生徒たちの会話の内容も、教師陣たちに好き勝手書かれる通信簿の内容(内申点)にも少女はこれっぽっちも関心がなかった。
少女A:「保健室で休んでおきます」
ゴリ山:「そんなこと言って、本当はどこも悪くないんじゃないのか」
毎回体育を休む少女の言葉を怪しむゴリ山。
実際、少女の体にこれといった異常はない。健康体そのもの。
小柄で華奢な見た目とは裏腹に、少女の体は意外と頑丈で、生まれた直後は未熟児ということで生死の境をさまよった少女だが、それ以降少女が覚えている限り一度も大きなけがや病気をした記憶がなかった。
だが、少女の体にどこも問題がないのかと問われれば、そうでもない。
ゴリ山:「…………」
少女A:「…………」
少女の顔と体をジーと観察するゴリ山。
対して、何かに耐えるようにジッと自身の視線を床に落とす少女。
具合の悪い生徒を演じているように見えなくもないが、そうではない。
できるだけ、目の前にいる男の――生理的に受け付けない見た目をしているケダモノのような男の眼を、自分の視界から外すための行動である…………
少女A:「生理が近いのでたぶんそのせいだと思います」
無言の時間がしばらく続き、目の前の男に全身、つぶさに見られている感覚に耐えきれなくなった少女は早々にこの話を終わらせにかかった。
ゴリ山:「ぐっ――」
少女の言葉を聞き、明らかに動揺するゴリ山。
これでこの話は終わり。
ゴリ山はこれ以上、少女を探ることが出来なくなってしまった。
ゴリ山:「わ、わかった。今日は保健室で休んでおきなさい」
少女A:「ありがとうございます」
しぶしぶ、ゴリ山は少女が授業を休むことを認めた。
ゴリ山:「ちっ」
自分の背後で聞こえた、甲高い舌打ちを聞き流し、少女は三時間目の授業を保健室のベッドで頭から毛布を被って、終えた。
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四限目の授業が終わり、昼休み
少女A:「…………」
多くのクラスメートたちが仲のいい友達と談笑しながらお昼ご飯を食べる憩いの時間に少女は一人、人気の全くない校舎裏にひっそりと置かれたベンチで、黙々と学校に来る途中のコンビニで買ったパンを口に運び、栄養補給していた。
不良生徒A:「いいからはやくしろっつてんだろ」
気弱な生徒:「ひ、ひぃ」
お昼を食べ終え、このまま昼休みが終わるまでベンチでぼーっとしながら残りの休み時間を潰そうとしていた少女の平穏を突然、苛立った不良生徒の声がぶち壊した。
不良生徒B:「おとなしく言うこと聞いてりゃ痛い目見ずに済むからさ、なあ」
声のした方を見ると、一人の見るからに気弱そうな生徒がこれまた見るからにガラの悪そうな、不良生徒――いわゆるヤンキー二人組に絡まれていた。
不良生徒A:「お前ん家金持ちなんだろ。パパが政治家らしいじゃねえか。少しでいいからさ、恵まれない私らにもちょびっとばっかし恵んでくれよ」
不良生徒B:「あんたのパパはよくいろんな人に寄付してもらってんだろ。たまには自分が寄付する側になったって罰は当たらねえよ。なあ、ほら、ほんの少しでいいからさ」
絵に描いたようなカツアゲ現場に遭遇し、少女は眉間に皺を寄せた。
少女A:(うへぇぇ)
少女の中で厄介ごとに巻き込まれたくない気持ちとヤンキー二人に絡まれる少女を不憫に思う気持ちがない交ぜになった結果――
少女A:「う、ううんっ」
少女は一番の悪手をとってしまった。
不良生徒A:「ああん」
自分の存在をアピールするように少女はわざと喉を鳴らした。
ここに誰かいますよということをヤンキー二人組に知らせることで、二人が慌ててその場からいなくなることを期待したのだが、結果は真逆。
少女の存在を知ったヤンキー二人組は真っすぐ少女の方に向かって、歩いてきた。
少女A:(げ、最悪)
自分たちから離れた隙を突き、絡まれていた気弱な少女はその場から離脱。
不良生徒A:「こんなところで何してんだてめぇ」
少女A:「な、なにも」
代わりに少女の目の前には見るからに怒髪天(イライラMAX)のヤンキーが二人――
この後、少女はヤンキー二人組に胸ぐらを掴まれ、逃げた気弱な少女に代わり遊ぶための金銭を要求された。今は手持ちがないと少女が言うと、今日の放課後、近くの公園に金を持って来いと無理やり約束を取り付けられてしまった。
来なかったら、明日学校で痛い目を見せるとしっかり少女に釘を刺して、ヤンキー二人組はその場から離れていった。
少女A:「はあ、どうしてこんなことになっちゃったんだろ」
ヤンキー二人組が去り、訪れた再びの静寂。
少女が見上げた空は、今の少女の心を表すかのように一面、曇天だった。




