第三話 始動
世界の在り方は今と昔で大きく異なる。
具体的には第二次人類大戦の前と後で、世界はその在り様を大きく変えられた。
第二次人類大戦以前は世界地図を、百を優に超える国々が自分たちの色で好き勝手に塗りつぶしていた。だが、第二次人類大戦が開戦して以後、それまで日陰の存在であった次世代型の人類――神人類たちが戦場という表舞台で躍動。
弱肉強食よろしく、世界は大きく五つの国に分割された。
単純な性能だけでは旧型の人類が千人になっても敵わない神人類たちに、それまで旧人類たちが何千年もかけて営み、育んできた文化や歴史はいともたやすく蹂躙された。
第二次人類大戦中に人類の歴史は一度、完全に消滅した………………
第二次人類大戦が終結してしばらくして、大戦を生き延びた人々は近くのかろうじて機能を停止していなかった大都市に集まり、戦争で破壊しつくされた土地を、自分たちが生活する上で必要最小限の範囲に搾ることで、目を見張るスピードで復興させていった。
あの災厄から行く年…………
世界全土を巻き込んだ大戦を乗り越え、戦争による傷跡を人類が完全に克服した証明(証)として――そしてなにより人類の新しい歴史がここからまた始まる、人類が再び未来に目を向け、未来に向け第一歩を踏み出した象徴(証)として、都心より少し離れた場所に建てられたのがここ、極島遊園地である。
そこへ今、ユウとその配偶者(夫)――マカミは夫婦水入らずで遊びにきていた。
ユウ:「わあ、すごぉい」
園内のアトラクションを見て小学生のようにはしゃぐユウ。
ユウ:「何から乗る、ねえ、何から乗る、ダーリン」
正直、園内の遊戯施設は観覧車やジェットコースター、巨大迷路といったありふれたものばかりで、大戦以前の価値基準でいうなら中の下程度。
とても国最大の遊園地とは思えない施設内容なのだが、訪れた人々は皆ユウと同じように目をキラキラ、子供のように輝かさせていた。
彼らの目にはきっと目の前のパッとしない遊戯施設が並ぶ遊園地のその先に、これから訪れるであろう――訪れてほしいと願う希望に満ち溢れた人類の明るい未来が幻視(視)えているのだろう。
大戦以前の遊園地というものを覚えていないマカミも思わず、場の雰囲気に釣られ、頬を少しだけ緩ませた。
マカミ:「時間はたっぷりある。そんなに混んでもいないし、乗りたいものから順番に乗ればいい」
ユウ:「うんっ」
この国唯一の巨大娯楽施設という割には、園内にいる人はまばら。
ガラガラというほどではないが、遊園地一番の目玉であるジェットコースターですら待ち時間は十分程度だと案内が出ている。人類よりも先にこの遊園地のこれからの経営(先行き)が危ぶまれそうな現状ではあるが、それも致し方ないことだろう。なぜなら――
マカミ:「それにしても平日に急に休みをくれるなんて、ユウの働いている会社はとても従業員を大切にするホワイトな会社なんだね」
ユウ:「う……うん、まあ、ね」
本当は毎日毎日人材不足で月三百時間労働は当たり前の超ブラック企業だけど……………………
マカミの言葉にユウはあからさまにバツの悪そうな顔をした。
ユウ:「だ、ダーリン、ダーリン、私まずあのジェットコースターに乗りたい」
そしてすぐに話をすり替えた。
ユウは先日やらかした廃ビル半壊事件の罰としてしばらくの減給と三日間の謹慎を言い渡された。つまり今、ユウは謹慎中の身でありながらマカミと遊園地デートをしに来ているのだ。
バレたら確実にアキにどやされる。処分もさらに重いものにされるかもしれない。
だが、日夜神に与えられた神聖な力を己の欲を満たすためだけに使う神人類(ならず者)たちと死闘を繰り広げている信正騎士団の正騎士が平日の昼間にわざわざ遊園地など来るわけがない。そんなお気楽な正騎士見たことないし、己の信念と正義に忠実で他者の模範となるべき存在である正騎士がそんな不良学生みたいなことをしていいわけがない。
故にこの園内に自分以外の正騎士はいないし、今日のデート中ばったり他の正騎士にあうこともない。
ユウは高を括っていた。
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それからしばらく、いろいろとアトラクションを楽しんだユウたちはベンチに座り昼食代わりのクレープを食べながら次に行くアトラクションについて話し合っていた。
ユウ:「やっぱり次は観覧車かな」
マカミ:「…………」
パンフレットに載った園内マップを楽しそうに眺めるユウとは対照的に隣に座るマカミはどこか心ここにあらずだった。まるで何か他に気になることがあって、ユウとのデートに集中できていないような……
ユウ:「どうしたの」
マカミ:「あ、いや……」
心配そうに見上げるユウの不安を払拭するため、マカミはフッと笑いかけた。そしてユウの持つ園内地図をサッと見渡し、ある施設を指さした。
マカミ:「次はここに行かないか」
即断即決、二人はその施設に行くことにした。
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ユウ:「おお」
マカミ:「………………」
薄暗い室内を手探りで歩くユウとその後ろを静かに付いていくマカミ。
ユウ:「あれっ、このトーテムポールさっきも見たやつだ」
いくつかの分岐路を経て薄暗い通路に突然現れたトーテムポール。魔除けなどの目的で建てられるいわゆる案山子のような柱状の置物なのだが、ここでのトーテムポールを模した置き物の意味することは本来の意味とはだいぶ異なる。
「ここから先行き止まり、とっとと来た道戻れよ、アホがっ」である。
ユウ:「なんでこう入り組んだ道にするかな。完全に迷子じゃん」
マカミ:「そりゃ迷路だからな」
二人は途中の分かれ道まで道を引き返すことになった。
二人がいるのは園内にある巨大迷路の施設。特に幽霊に扮したスタッフが脅かしてくるとか周囲をガラス張りの壁で囲まれているとかそういうことはなく、ただ入り組んだ路を薄暗い中、ゴールを目指して歩いていくだけの遊戯施設である。
スリルもわくわくも一切ない、一つ一つ道を潰して出口に続く本当の道を探す作業ゲー施設。園内でも屈指の不人気アトラクションなのだが、マカミがここを選んだのには理由があった。
ユウ:「あれっ、ダーリン」
道を戻っている途中、いつの間にかマカミの姿がどこかへ消えていた。
ユウ:「ダーリン、どこ」
ユウの呼びかけに答える声は、ない。
巨大迷路の中、ユウとマカミは互いに離れ離れになってしまった………………
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薄暗いながらも開けた直線の道、数分前にユウと通ったその道の真ん中でマカミは一人後ろから来る誰かを待つかの様に道の中央で立っていた。
マカミ:「………………」
当然、ユウと離れ離れになってしまい途方に暮れているわけではない。マカミは自分の意思でユウの元から離れ、ここまで道を引き返してきたのだ。
理由は――自身とユウの後を付け狙う追跡者(何者か)の存在にマカミが気づいたからだ。
マカミ:「そろそろ姿を見せたらどうだ」
………………………………………………………………無音。
傍から見れば誰もいない空間に話しかけている頭のおかしいヤバイ奴だが、確かに追跡者はマカミのすぐ近くにいた…………
追跡者:「………………」
追跡者はマカミの正面三メートルの位置で、マカミと同じく部屋の中央に直立しながら様子を伺っていた。
追跡者は障害物も何もない一本道の真ん中で、自分がこれからどう行動するべきなのか決めあぐねていた。追跡者にマカミの心の奥底――深層心理を知る術はない。マカミが一体どういうつもりで自分に話しかけてきたのか……
ここまでの大立ち回りをしているのだ、自分たちの後を付け狙っている何者かの存在にマカミは気づいている。そこは間違いない。だがその人物が今目の前にいることまでマカミは勘づいているのか、それともこれはただの鎌かけでそこまでマカミは気づいていないのか、追跡者は推し量れないでいた。
追跡者:(はて、どうしたものか)
追跡者の目的は昨夜のトウヤと同じ――ユウの暗殺である。
追跡者は昨夜の――トウヤの尾行失敗の報を受け、トウヤが何者かに気絶させられた近辺の土地を一手に管理している不動産会社に深夜の内に侵入、いくつか気になる土地もしくは賃貸の契約者情報を盗み出していた。
残念ながらその中に天使優という名前の契約者は存在しなかった。
しらみつぶしに探りを入れていた所、偶然マカミと出掛けるユウの姿を目撃した追跡者はそのまま二人の跡をつけ、今に至るのである。
もし何かしらの形でマカミが追跡者の位置を正確に把握する術を持ち合わせているのだとしたら、武闘派ではない、もっぱら潜入(探り)専門の追跡者にとって、この場は一目散に逃げるのが最善。だがもし、これが全てただのハッタリで自分を釣るための疑似餌、もしくは自分をこの場から遠ざけるための演技だとしたら………………
追跡者:「っ――」
追跡者が答えを出すよりも先に、マカミが動いた。
マカミは前方に一歩、深く踏み込むと手に持った黒い何かを勢いよく横に振り抜いた。
追跡者は自身の首元すれすれを何かが通り過ぎていくのを直立不動で見守るしかできなかった。追跡者はマカミの動きに一切反応することが出来なかった。
自分がマカミに何をされたのか、マカミが自分に一体何をしようとしたのか、追跡者がそれを理解できたのは数秒後のことだった。
マカミ:「あと数センチ踏み込みが足らなかったか」
一連の動作が終わり、薄暗い部屋の中で微かに見える刃渡り一メートルほどの黒い直剣を見て、ようやく追跡者は自分が今何をされたのか理解した。同時に背筋を冷たい汗が一筋流れ落ちることになった。
追跡者:(っ…………)
マカミは手に持った黒く細長い直剣で追跡者の首を刎ねようとしたのだ。何の躊躇いもなく――咄嗟に追跡者は自身の首に触れ、無事を確かめた。
あと一歩、いや半歩でも二人の距離が近ければ、マカミの剣は追跡者の命に届いていた。
追跡者:(危ない危ない、まさに首の皮一枚の所でしたか。しかしあの黒い剣、いったいどこから)
神人類の登場によりほとんどその意味を為さなくなってしまった銃器や刃物だが、それらを取り締まる法は現在も一応だが存在する。
それ以前に追跡者が知る限り、マカミは手ぶら、ユウは小さいショルダーバック一つだけ持ってこの遊園地に入っていった。
とても刃渡り一メートルの直剣を隠し持っていたとは思えない。
つまり、マカミの手にある黒い直剣はマカミの、神の御業で生み出された奇跡の具現化ということになる。
追跡者:(厄介なことになりましたね)
トウヤのユウ尾行作戦失敗の報を受けた際にトウヤがやられた謎の――通りすがりの神人類についての情報も受けていたが、合点がいった。
トウヤをヤったのは、目の前にいるこの男だ。
追跡者:(まさか旦那様までもが神人類だったとは。完全に意表を突かれましたね)
増加傾向ではあるが、それでも人口の一パーセントにも満たない総神人類人口。その二人が出会い、結婚する確率は限りなく低い。実際神人類同士のカップルはほとんどが元正騎士同士。
まさか、一般人であるユウの配偶者(夫)が神人類だとは、追跡者は露ほども考えてはいなかった。
追跡者:(あの黒い剣、見た目からして神器ではないようですが)
神人類が同じ神人類――神意を纏った相手を攻撃する手段は大きく分けて三つある。
一つはマカミがトウヤを気絶させた時のように神意を纏わせた自分の体を使う、肉弾戦。神人類ならだれでもできる方法である。
残り二つは武器を使う方法。
一つは無から有(武器)を生み出す、神器生成。神意の消費が激しい代わりに強力な武器をいとも簡単に手に入れることができる方法である。生み出される神器は使用者によって異なる。
先日の元陸上自衛隊テロリスト集団を捕まえた際にユウとサイカが持っていた剣と金棒がこれに当たる。
もう一つが、今マカミが持っている黒い直剣。
神器生成と似て非なる、自分の神意を纏わせた武器で攻撃する方法。簡単にいうと自分の神意を纏わせた包丁で敵を刺し殺すのだ。
マカミ:「どうした、来ないのか」
追跡者:(…………………………)
神意にはそれぞれ、神より賜りし神託――その神人類特有の色がある。
自分の神意と親和性の高いモノは自身の神意を纏わせることで自在に操ることができる。形を変えたり、硬さを変えたり、時にはその性質を大きく捻じ曲げることさえできる。
実際に操れるようになるにはかなりの修練が必要とされるが、その分神器生成と比べて神意の消費が少なくて済む、この方法。
追跡者の前にいるマカミはいとも容易くそれを行っている。
つまりマカミは、たまたま神人類として生まれただけのただの一般人ではなく、何度も死線を乗り越えてきた手練れの戦士ということだ。
追跡者:(不用意に近づくのは危険ですね)
相手の力量が不明な以上、下手に事を荒立てるのは得策ではないと判断した追跡者は対話を試みるため、自身の姿を露にした。
マカミ:「それがお前の正体か」
突然目の前に現れた、人間ではない目玉の大きいバリバリに乾燥した肌の二足歩行をするカメレオンの怪物。到底この世のモノとは思えない怪物を目の当りにしても、マカミの顔に動揺の色は一切ない。
追跡者:「カメレオンの神託を賜っております。カメレオン・カラードと申します。どうぞお見知りおきを」
執事のように恭しい挨拶をするスーツを着たカメレオンの怪物。これは追跡者――カラードの本来の姿ではない。
自身の体を触媒に、自分の神意と最も親和性のある最適化された肉体へ身体を作り変える神の御業――化神化をした後の御姿である。
マカミ:「どうして俺たちを狙う」
マカミの問いに、カラードは首を横に振って応えた。
カラード:「申し訳ありません。その質問にお答えすることはできません」
カラードは聞いてもいないのに自身の神託をマカミに告白した。神人類にとって自身の神託を話すことは自分の倒し方、弱点を教えるに等しい。カラードはマカミの信頼を得るためにあえて、自身の神託をマカミに伝えた。
だが、カラードはマカミの質問に答えなかった。自身のバックグラウンド、マカミたちを付け狙っていた理由の元凶について話すことを避けた。
マカミはカラードの裏に何か大きな陰(裏)が存在するのを感じ取った。
カラード:「ですがこれならお伝えすることが出来ます。私の目的は天使優さん、彼女の命です。あなたではありません」
だから道を譲り、自分を見逃せと。
カラード:「どうでしょう。ここはお互い利口に――」
それはマカミにとって到底受け入れられる話ではなかった。
マカミ:「………………」
マカミは沈黙で応え、カラードはそれを見て一つ息を吐いた。
カラード:「無理なようですね、残念です」
カラードは再び自身の姿を透明に――周りの景色に自身を同化させマカミの前から消えた。
カラード:「私の能力はあいにく戦闘向きではないのでね、ここは一度お暇させていただきましょう。ではさらば………………」
マカミ:「………………………………」
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マカミ:「消えたか」
カラードが目の前から消え、しばらくしてからマカミは手に持った黒い直剣を消失させた。
マカミ:「さてっと、あいつは今どのあたりで迷子になってるんだろうな」
マカミはユウと合流するため、今なお神の御業で存在を消しその場に佇んでいるカラードに無防備な背中を向けた………………
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カラード:「ふふ、どうやらうまくいったようですね」
マカミの背後で透明化したカラードはほくそ笑んだ。
カラード:(どうやって私の追跡を見破ったのかはわかりませんが、さしものあなたも私の完全擬態は看破できなかったようですね)
カラードの擬態(透明化)には二つのバージョンが存在する。一つは化神化することで使える通常擬態。これは自身の姿と体に纏った神意を見えなくさせるのみで、臭いや足音を消すことはできない。
故に視覚以外の方法で透明化したカラードの存在を感知することが可能なのだが、もう一つの擬態である通常擬態の完全上位互換――完全擬態はカラードの発する臭いや音さえも完全に消し去ってしまう。
今カラードはその完全擬態の状態でマカミの前に立っている。
カラード:(さて、この完全擬態(状態)も長くは続きませんし、手早く済ませてしまいましょうか)
完全擬態は神器生成と同じく、発動前に神意を消費する。消費した神意の量に応じて完全擬態状態でいられる時間が決まる。
カラードが完全擬態発動前に消費した神意は完全擬態五分分。
ギリギリというわけではないが決して余裕がある時間ではない。
カラードの口の中で限界まで丸めた舌は、拳銃と同じスピードで放つことができ、それはコンクリートの壁をいとも容易く撃ち抜くことができる。射程距離は約一メートル。
カラードは慎重に、少しずつ背を向けるマカミへ近づいていった。
カラード:(あと一歩で、こちらの射程圏内ですね)
舌の射程範囲に入ったらすぐさま丸めた舌をマカミの後頭部目掛けて放ち、脳みそごとマカミの頭蓋骨を貫通する。そう心に決めながらカラードが最後の一歩を踏み出した瞬間、すぐさまマカミは振り向きざまに黒い直剣を顕現、誰もいない空間を縦に切り裂いた。
カラード:「ぐあっっっっ」
左肩から右わき腹にかけ深い傷――致命傷を受けたカラードは、
カラード:「ど、どうして………………」
ほどなくして糸が切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちた。
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極島遊園地入口にある大きな門の前で佇む謎の人物が二人。
???1:「カラードと連絡が取れない」
???2:「え、カラ兄が、そんなぁ」
一人が通信機器を使い何度もカラードにメッセージを飛ばしたのだが、返信はおろかメッセージを開いたことを伝える通知すら送られてくることはなかった。
???1:「落ち着け、ラドン。まだそうと決まったわけじゃない。奴は慎重な男だ」
ラドン:「そ、そうだよね。カラ兄が正騎士なんかにやられるわけないよね」
???1:「ああ……」
作戦への悪影響を考え、最悪の想像をするラドンをなだめる???1。だが、自身の心に漂う嫌な予感が晴れることはなかった。
???1:「(もし俺の勘が当たっていればカラードは最悪……)いくぞ、ラドン」
ラドン:「ああ、待ってよサイト兄」
カラードと同じくユウを狙う刺客の二人――ラドンとサイトもユウたちがいる極東遊園地内へと足を踏み入れた。