第二十六話 奇跡の具現化
オーディン:「この姿になるのは今日で二回目だな」
オーディンはすでにシムルグとの戦いで一度同じ化神化を果たしていた。神意の消費が激しいため、一日に一度が限界の化神化だったが、オーディンは神の石――ソロモンの石を使うことで失った神意量を完全に元の状態まで回復させたのだ。
恐らく全人類の中で最も神に近いであろう、化神化したオーディンを前にしばし呆然とするマカミ。
オーディン:「何を絶望しているんだ。どのみち、俺と対峙した時点ですでにお前の結末は決まっていただろ」
そう言って、オーディンは化神化している時のみに使える神の御業を発動させた。
オーディン:「絶対支配領域」
以前アリサが発動した時間停止の神の御業と同じように、オーディンが神の御業を発動した瞬間、オーディンを中心にドーム状の空間が広がっていき、マカミもその空間の中へと包み込まれた。
マカミ:「これは……」
オーディン:「悪いがこれ以上お前に時間をかけるわけにはいかなくてな。そろそろケリを付けさせてもらうぞ」
そう言った瞬間、マカミのわき腹を強い衝撃が襲った。
マカミ:「ぐはっ」
突然マカミの死角から、神意を纏った瓦礫の破片がマカミ目掛けて飛来。マカミのわき腹に直撃した。
マカミ:「っ――」
それだけではない。周囲にあった瓦礫がすべて宙に巻き上がり、四方八方からマカミ目掛けて襲い掛かってきた。
マカミはそれを手にした一本の剣のみで何とか応戦しようとしたが、全方位から飛来する瓦礫全てに対応するのは不可能だった。
マカミ:「ぐはっ」
全身を大量の瓦礫に打ち付けられ、マカミは口から血を吐いた。
マカミ:(どうなっているんだ)
当然、マカミの疑問に敵であるオーディンが答えることはない。
オーディンが発動・展開した絶対支配領域はこの空間内にある神意を纏っていないモノ全てにオーディンの神意を纏わせ、オーディンの意のままに操ることが出来るようになるまさにオーディン必殺の神の御業。
オーディン:「これで終わりだ」
そう言うとオーディンは自身の神器で空中に大きな弧を描いた。
弧を描いている途中、神器の先端からはいくつもの光の玉がシャボン玉のように生み出されては、オーディンの周囲に漂った。
マカミ:「何だ、あれは」
オーディンの周囲に浮かぶ光の玉。その一つ一つが、光の凝集体。
手始めにオーディンは一発、光の玉をマカミに向け射出した。
マカミ:「っ」
光速で迫る、光の玉――光線。
マカミは影から生み出した剣で光線を受け止めたが、間髪入れずに二発、三発目が――
マカミ:「ぐわっ」
マカミの左肩と右わき腹を撃ち抜いた。
運よく体を動かし致命傷は避けることができたマカミだが…………立て続けにオーディンはマカミに向け光の玉を発射した。
マカミ:「く…………」
槍の先端から光線を放つときに比べ光の玉が小さいため、一発一発の光線の威力は小さい。槍の先端に光を集めて放った光線はマカミの具現化した影の剣を容易に貫通して消滅させたが、今放たれた光線はマカミの影の剣を貫通することができずに影の剣に弾かれた。
威力は確かに劣るが、それを補って余りある手数と連射・速射能。
マカミ:(ここが最期の正念場か)
このままオーディンの波状攻撃に押し込まれ、守りに回ればマカミに勝ち目はない。
マカミは最後の手札を切る覚悟を決めた。
マカミ:「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
オーディン:「何っ」
マカミは自身の影の剣を盾にして、オーディンに向かって走った。
オーディン:「愚かな」
オーディンはこの行動を、勝ち目がないと察したマカミの自暴自棄と勘違いしたが違う、正真正銘これがマカミのオーディンに勝つための最後の正念場(大博打)。
マカミ:「うおおおおおおおおおおおおおおおお」
声を荒げながら鬼気迫る顔で迫るマカミに対し、オーディンは空中に浮かぶ光の玉をいくつか束ね、一つの大きな玉に吸収合併。マカミに向け放出した。
マカミ:「ぐっ――」
玉の大きさから恐らく、槍の先端から放たれる光線と同程度の威力があると察したマカミは影の剣を地面に突きたて、片足を剣の柄に乗せ、跳躍した。
残された剣を光線はいとも容易く貫通、マカミの足元ぎりぎりを光速で通り過ぎていった。
オーディンの元には残り五つの光の玉。
そのすべてをオーディンは空中で無防備な姿を晒すマカミに向け発射した。
マカミの神の御業――投影実像は自身の影にマカミが触れていなければ発動できない。空中でオーディンの放った五つの光線を防ぐ手段は今までのマカミにはなかった。
触れてもいないのにマカミの両腕を影が覆い、具現化。新たな影の腕に創り出した。
オーディン:「その腕は――」
多少被弾はしたが、致命傷となる光線(攻撃)は化神化させた影の腕で防いだ。
オーディンはその腕の異様な姿に見覚えがあった。
ソロモンの石をペルセウスに埋め込まれ暴走したマカミが生まれて初めてした化神化。その時のマカミが化神化した姿である狼のような黒い獣の腕によく似ていた。
オーディン:「部分化神化か。一度完全な化神化したことで、部分的にだが化神化できるようになっていたのか」
死の光線を抜け、マカミは無事着地に成功。
着地した時点でのマカミとオーディンまでの距離は約十メートル。オーディンの周囲にはもう神器で生み出した光の玉はない。この距離なら新しく光線の玉を生み出すよりも早くオーディンとの距離を詰められる。あとはオーディンが瞬間転移してこの場から離脱するよりも早くマカミの鉤爪がオーディンの肉、心臓へと届くか、どうか――
マカミ:(これが最期の賭け)
地面に足が付くと同時に、マカミは地面を強く蹴った。
オーディン:「終わりだな」
戦闘の最中だが、そのオーディンの言葉がマカミにははっきり聞こえた。瞬間、ここまで張り詰めていたマカミの意図がほんの少しだけ緩んだ。
そのゆるみを、二人の間にある圧倒的な溝(実力差)を忘れ、自身の勝利を夢見てしまった愚者の自惚れを咎めるかのように頭上よりすべてを滅する光の線がマカミに降り注いだ。
オーディン:「……俺の勝ちだ」
オーディンはマカミが剣の柄を足場に跳躍した瞬間、光の玉の一つをマカミが着地するであろう場所の真上に配置していた。
そしてマカミが着地すると同時に上空に配置していた光の玉をマカミに向け射出、地を蹴ったマカミがその場を離れるよりも早く、死の光線がマカミの体を捉えた。
マカミ:「がっ、はっ…………」
体を光線に撃ちぬかれ、マカミは倒れた。
マカミ:「……………………」
オーディン:(化神化していたおかげで、即死は避けられたようだが、それも時間の問題だろう)
化神化の影響は作り変えられた部位のみに及ぶわけではない。両腕を獣の腕に部分的に化神化させていたマカミだが、化神化していない肉体も通常の人間よりもはるかに丈夫になっていた。
といっても、光線を体を射抜かれ無事で済むはずはなく…………マカミの体からは血がとめどなく流れ出していた。
オーディン:(結局、結末は何も変わらなかったな)
マカミ:「…………」
しばし、呆然と立ち尽くすマカミだったが、しばらくして――
オーディン:「…………ん」
マカミは再び影を具現化させた。先ほどとは見た目の違う、黒い直剣。その剣を杖代わりにして、マカミは再び立ちあがった。
オーディン:(あれは確か、ユウの)
マカミの持つ剣にオーディンは見覚えがあった。
ユウの神器、追想剣とよく似た剣をマカミは具現化させた。
マカミはその剣を持ったまま無言で、オーディンに近づいていった。
マカミ:「…………」
片足を引きずり、剣を持ち上げる力もなく剣先を地面でこすりながら、マカミはゆっくり一歩一歩オーディンの元へ歩いていった。
その姿にオーディンは息を吐いた。
オーディン:(哀れだな)
自身が剣の間合いに入る前に止めを刺すべく、オーディンはグングニルの穂先をマカミに向けた。瞬間――
マカミ:「っ」
マカミは残るありったけの力を振り絞り、勢いよく剣を振り抜いた。
マカミの神の御業――投影実像で具現化するモノはあくまで影。姿かたちは似ているが本物ではない。いくら神器とよく似た剣を具現化したところで、所詮は影(偽物)。
当然、本物と同様の性能もなければ、そのモノを使って神の御業も発動できない。
そのことは、マカミはもちろんオーディンもよく知っていた。ゆえにソレは完全にオーディンの想像の埒外の出来事だった。
マカミが剣を振った瞬間、神意の斬撃がオーディンに向け飛来、オーディンの左目を切り裂いた。
ユウの奇跡(神の御業)――一撃確絶をマカミが発動したのだ。
オーディン:(馬鹿なっ)
オーディンの神の御業――絶対支配領域は展開した空間内のあらゆるものに自身の神意を纏わせることができ、自由に操ることが出来る。
この最強の神の御業を打ち破る手段はたった一つ、オーディンに空間を維持できないほどの深い傷を与えること。
今の今までオーディンがこの御業を使用して、自身の意図ではないことでこの御業を解除したことはない。
今日この時までは。
オーディン:「く…………貴様」
初めて、オーディンの絶対支配領域が破られた。




