第二十五話 光と影
ヨハネの翼対信正騎士団の最終決戦。
開始直後マカミはオーディンの神器――グングニルの槍の先端から発せられる光線を警戒して、距離を詰めるためオーディンに向かって駆けた。
手には投影実像(神の御業)で具現化させた影の剣。
オーディンは自身が(マカミの)剣の間合いに入るよりもはやく、一直線に突進してくるマカミの額に槍の先端を向けた。
照準が合うと同時に槍の先端に光の粒子が凝集を始めた。
マカミ:「っ――」
光速で迫るレーザーを躱すのは至難の業。マカミはオーディンの神器の先端が光り始めたのを視認するやいなや、手に持っていた剣を光が集まる槍の先端に向かって投げつけた。
先ほどの戦いで槍の先端が光り始めてから光線を発射するまでに数秒のラグ――槍の穂先に光の粒子を集中させる時間が必要であることをマカミは確認している。
光線の発射準備が整うよりも早く槍の先端にできた光の玉をマカミの剣が突き刺した。直後、槍の先端に集まっていた光の粒子が光速で周囲に飛散。小規模な爆発が起こった。
光の玉と影の剣の衝突により生じた爆発はダメージこそなかったが、一瞬だけオーディンの視界と意識を眩ませた。
マカミ:(今だっ)
マカミは消失した影の直剣を再び顕現、オーディンに向かい斬りかかった。
オーディンとの実力差は先ほどの戦いで嫌と言うほど実感させられている。遠距離攻撃をする手段を持たないマカミが格上のオーディンに一矢報いるには、近接戦闘に持ち込むしかない。
オーディンの右肩から左わき腹を一刀両断するつもりで剣を振り抜いたマカミだが、マカミの剣は勢いよく空を斬った。
マカミ:(消えた――)
オーディンの姿がマカミの目の前から消えた。何の前触れもなく、突然に――
マカミ:「っ――」
咄嗟に背後から気配を感じたマカミは振り向きざま、勢いよく剣を横なぎに振った――そこには誰の姿もなかった。マカミの剣は再び空を斬った。
しかし、マカミの勘は当たっていた。
オーディン:「ギリギリ地面のお前の影は踏まないようにしたんだがな、お前もアリサと同じで勘が良いな」
マカミ:「っ――」
背後からオーディンの声が――
マカミ:「っ――」
しかし、オーディンの姿はなかった。代わりに、自身の影を誰かが踏む感覚がマカミを襲った。
マカミ:「瞬間移動か」
オーディン:「正確に言うなら移動というより転移だな」
マカミ:(瞬間転移っ)
オーディンの神の御業――瞬間転移。短い距離ならオーディンは自身を自由に空間移動させることできる。
マカミ:「っ」
マカミは再び剣を背後に向かって振った。
マカミ:「く、この」
オーディン:「無駄だ」
マカミはオーディンの気配やマカミの影を踏んだ感触を頼りに一心不乱に剣を振り続けた。
オーディン:「お前じゃ俺に勝てないことは分かっているだろう」
オーディンの転移する前の姿――残像を捉えることはできても、マカミの剣がオーディンの実体があった場所を通る頃には跡形もなく消え去った後。
マカミ:「はあ、はあ、はあ」
休みなく振り続けたマカミの体がついに限界を迎え、剣を地面に突き立てた。
オーディン:「気は済んだか」
マカミ:「はあ、はあ、はあ」
オーディン:「もう満足だろう」
肩で息をしながら、マカミは再び剣を握る腕に力を入れた。そして剣を振り上げた。
マカミ:「はあ、はあ、はあ」
いくら剣を振り続けてもマカミの剣が斬るのは虚空のみ。
叩きつけられる実力差(現実)。それでもマカミは剣を振り続けた。彼女ならきっと、最後の最後まで戦い続けるだろうから。
オーディン:「しつこいな」
このマカミの無様ともいえる足掻きは実際マカミの命を助けていた。
オーディンはマカミを仕留めようと思えばいつでも仕留められる状態にあった。だが、そうするにはオーディンはそこそこの――具体的に言えばマカミの一太刀を受けるリスクを背負う必要があった。
マカミは今、自身の勘――直感のみを頼りに剣を振るっている。オーディンの思考を読んで、考えて振っていたら周囲を高速で転移するオーディンのスピードに対応できないからだ。
逆に言えば、思考を放棄し、反射で振るっていればなんとかオーディンの転移直後の残像には追いつくことはできていた。
オーディンからすればマカミは自身の身を危険に晒すほどの相手ではない。もし、マカミに一太刀でも浴びせられれば、たとえマカミを亡き者にしたとしてもオーディンにとってそれは敗北に等しい。
オーディン:(仕方ない。あれを使うか)
マカミの攻撃を躱しながらオーディンは頭の中で計算していた。このままこの状況を続け、マカミのスタミナが切れるのを待つ方が得策か、それとも懐にあるアレを使って一気にこの勝負(茶番)の幕を引く方が有益か――
先ほどオーディンを睨みつけたマカミの覚悟の宿った瞳が、オーディンの脳裏をよぎった。
オーディンは懐に手を伸ばした。そして、あるモノを取り出した。
マカミ:「それはっ」
オーディンは懐から取り出したのは赤い宝石のような果実。先ほどマカミがペルセウスに無理やり体内に埋め込まれた――取り込んだ者の神意を瞬時に増幅させる代わりに取り込んだ者を力(神意)の海に溺れさせ理性を失わせる天使と悪魔二つの顔を持つ果実(宝石)――ソロモンの石を取り出したオーディンはソレを何のためらいもなく口に含んだ。
マカミ:「待て、それを使えば、お前は」
マカミの静止を聞くことなく、オーディンはソロモンの石を呑み込んだ。
オーディン:「俺がお前たちと一緒なわけないだろ」
瞬時にソロモンの石の効果が現れた。
見る見る内にオーディンの神意量が増えていき、やがてオーディンの全身から神意があふれ出し始めた。
マカミ:(なんて神意の多さだ)
オーディンはすぐさま全身からあふれ出す神意を使い、神の御業を発動させた。瞬間――オーディンの全身を光の粒子が包み込み、頭上に光の王冠が顕現した。
同時にオーディンの瞳に不思議な紋様が浮かび上がった。
マカミ:「その姿は――」
オーディン:「悪あがきもここまでだ。俺がお前に直々に審判を下してやる」
大量の神意を使い自身の体を最も効率的に神意を扱えるように作り変える。自身をこの世で最も高次元の存在――神に近づける神の御業――オーディンは今日二度目となる完全な化神化を果たした。




