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神人類  作者: maow
第一章 
22/50

第二十二話 交差する道

 信正騎士団極島支部より西側の地点。


サイカ:「しっかりなさいよ、腐ってもあんたレッドバイソンの二代目ヘッドなんでしょ」


 忽然と姿を消したユウを探すため、上司(アキ)の命令を無視して一人でユウ捜索任務を強行していたサイカは、以前自身がヘッドをしていた不良チーム――レッドバイソンの二代目ヘッド、トウヤと偶然の再会を果たし、襲い掛かって来たトウヤをサイカはぶちのめした。


トウヤ:「サイ姉、ごめん」


 二人は今、負傷したトウヤの治療と現在の状況を把握するため、信正騎士団極島支部へと向かっている道の途中。


サイカ:「何謝ってんのよ。あんたはあんたなりに考えて、頑張ったんでしょ。だったらそんな簡単に謝るんじゃないわよ」


サイカに全力でぶん殴られたトウヤは意識こそかろうじて保てているが、まともに体を動かせる状態ではない。二人三脚のようにサイカに担がれ、なんとか歩けている状態である。


サイカ:「私も……ごめん」

トウヤ:「何、謝ってるんですか」

サイカ:「う、うるさいっ。私なりに考えた結果だからいいの」


 圧倒的なカリスマを失い、衰退の一途を辿るしかなかったレッドバイソンを立て直すためトウヤは必死だった。善悪の狭界も、レッドパイソンという組織の結成理由(理念)も一時的に見失ってしまうほど。トウヤはレッドバイソンという組織をサイカがいた頃と同じか、それ以上の組織にするため、できることは何でもした。


 だが、皮肉な事にトウヤが頑張れば頑張るほど、あの頃の――トウヤが取り戻したかったレッドバイソンからはかけ離れていった。


 気づいた時には、何もかもがすでに手遅れだった。


トウヤ:「俺たち、これからどうしたらいいんですかね」

サイカ:「知らないわよ」


 トウヤの想いとは裏腹に、あらぬ方向へ増長するレッドバイソン。暴走するチームを矯正する力はトウヤにはなかった。力づくで止めることはできただろうが、それをすればトウヤの、チームの(ヘッド)としての信頼はガタ落ち。憧れたあの頃のチームをもう二度と取り戻せなくなる。


 結果、トウヤは増長していくチームの暴走をただ見ていた。トウヤは静観(何もしないこと)を選んだのだ。


サイカ:「時間はこれからたっぷりあるはずよ。じっくり考えなさい…………あんたも私も」

トウヤ:「…………うっす」


 現在、絶賛命令無視独断専行中のサイカは自身の通信機器の電源を切っている。当然、先ほど極島にいる全正騎士に向けたオーディンの通信もサイカは聞いていない。


 故にサイカたちは知らない。


 今、この街をヨハネの翼とは全く関係のない第三の怪物が跋扈していることを――


トウヤ:「サイ姉、危ない」

サイカ:「っ」


 間一髪、獰猛な鉤爪をかわした二人。


黒い怪物:「グルァァァ」

サイカ:「何。こいつ」


 サイカたちの目の前に現れたのは口から血を滴らせながら肩で荒い呼吸をする漆黒の怪物――ペルセウスに無理やりソロモンの石を埋め込まれ、暴走したマカミの化神化した姿だった。


マカミ:「グァアアア」


 再び襲い掛かって来たマカミの鉤爪をサイカは神器――鬼神棍棒で受け止めようとした。


サイカ:「ぐっ――きゃっ」


だが、全身を完全(フル)に化神化したマカミに対し頭から鬼の角を生やしただけの部分的な化神化しかしていないサイカでは素の力の歴然な差があった。


 マカミに吹き飛ばされ、地面に倒れ込むサイカをマカミは掴んだ。


トウヤ:「サイ姉っ」


 牙を剥くマカミ。


 ただでさえサイカとの戦闘で体が覚束ないトウヤが、サイカでも力負けする怪物に太刀打ちする術などあるわけがない。


 このままでは憧れの人が目の前で見たことない黒い怪物に蹂躙される様を舌を噛んで見ていることしかできない。


 このままのトウヤでは…………


 トウヤは懐から謎の赤い石――ヨハネの翼頭首、オーディンより渡された体内の神意量を大幅に増加させる代わりに急激に増幅した力(神意)に体が適応できず我(理性)を失う、禁断の赤い宝石(果実)――ソロモンの石を取り出し口に勢いよく放り込んだ。


トウヤ:「う、うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 トウヤの体内に宿る神意の量が、決壊したダムから溢れ出す滂沱の濁流が如く全身から溢れ出し、頭から再び牛のような少し湾曲した二本の角が飛び出した。


トウヤ:「あ、アア」


 それだけではない。トウヤの全身の筋肉が何倍にも肥大化し、顔も牛のそれに酷似するよう変形した。


トウヤ:「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 トウヤは人生で初めて完全な化神化を果たした。


トウヤ:「さいねぇをはなせえええええええええええええええええええ」


 先ほどとは比べ物にならないほどの力強く素早い突進。


マカミ:「グラァ」


 サイカを助けたいという一心だけを乗せた、猪突猛進が化神化したマカミを吹き飛ばした。


サイカ:「とう、や…………」


 サイカはここで意識を失った。


トウヤ:「ブモォォォォォォぉぉ」


 サイカを護るよう立ったトウヤは、再びマカミに向け突進を敢行。マカミは獣の姿となった両の手を地面に付いた。


 直後、マカミの影からいくつもの顎――顔は狼、それ以外は蛇かチンアナゴのような細長い顎が具現化し突進するトウヤに襲い掛かった。


トウヤ:「オオオオオオオオオオオオオオオオオ」


 影から生み出されたいくつもの顎に肉体を食いちぎられながらも、トウヤは突進のスピードを落とすことなく向かっていった。


 勢いを衰えさせることなく迫る、トウヤに対し、マカミはその場から一歩も動かず。


 あともう少しで、トウヤの突き出した角がマカミに届きその体を貫くところで、地面から巨大なパイルドライバーのような影を具現化、トウヤのいくつにも割れた腹筋を強く打ちつけた。


トウヤ:「グモッ」


 トウヤの足が止まる。


 続けて、マカミはトウヤの顔面を思いっきり殴り飛ばした。


トウヤ:「っ――」


 トウヤはあの時と同じようにマカミの拳を受け、意識を失った。


マカミ:「ガアァ」


 ソロモンの石で理性を失った神人類の思考は至極明快単純になる。


 以前アキとサイカ、ユウが対峙したブルーオルカのナンバーツー、鮫肌海次(さめはだかいじ)の場合は自身を攻撃するすべての敵をなぎ倒し、危機を脱したいという防衛衝動。


 正騎士に捕まり、牢獄内でロキにより気化したソロモンの石を吸入させられた神人類たちは自由を奪われたことに対する怒り、自分を取り巻くすべての拘束を破壊したいという破壊衝動に突き動かさせる。


 そして、オーディンの神器により腹に大穴を開けられたマカミは弱りゆく肉体を回復させるため、養分を必要とする。化神化したマカミにとって最も栄養価が高い、ように見えてしまうモノ――化神化したマカミとって最も魅力的に見えるモノ――マカミは溢れ出す捕食衝動に駆られ、近場にいる神意量の多い神人類たちを体が動き続ける限り、喰らい尽くそうとしていた。


 倒れるトウヤとサイカを一瞥した後、素の神意量はサイカの方が多いが、ソロモンの石の影響でサイカよりも神意量を増大させたトウヤへ体を向けたマカミ。


マカミ:「っ――」


 直後マカミの背筋を冷たい電流が走った。神意量はそれほど、突出しているわけではないが、それでも分かる、幾度も戦場を潜り抜けてきた強者の気配が一瞬、マカミの体を硬直させた。


 振り返るとそこには刀身が白金に輝く神器(剣)を腰に携えた、黒色の髪の少女の姿が――


ユウ:「ダーリン…………」


 変わり果てた姿だったが、ユウには一目でそれがマカミであると分かった。ユウは約一日ぶりに再びマカミと再会した。




★★★




 極島ホテル最上階――十七階にあるスイートルームの窓を突き破り飛び出したユウを不本意ながらも追って、街を探し回っていたスノウは、周囲のあらゆるモノを茨が絡めとる、魔女の庭のような場所へと迷い込んでいた。


アボット:「…………おや、あなたは」

スノウ:「アボット」


 ああ見えてもユウは自身の信念と正義を貫き、人々を護る正騎士(正義のヒーロー)の一員。この異変を目撃して、街を埋め尽くす茨の元凶の元へ勇み向かったのではと考えたが、スノウが出くわしたのは以前何度か顔を会わせたことのある、昔懐かしい古い知り合いの顔だった。


アボット:「スノウさんがどうしてここに」

スノウ:「それはこっちのセリフよ」


 アボットの問いに、答えるという選択はスノウの頭になかった。もしかするとアボットはスノウの探し人の情報を持っているかもしれない。だが今目の前にいるアボットとスノウの頭の中にいる以前何度かあったことのある過去のアボットは明らかに別人だった。


スノウ:「今街には謎の黒い怪物が現れて、街を破壊して回っているんでしょ。なのにどうして、最高幹部(ラウンズ)の一人のあなたがこんなところで呑気に油を売っているのかしら。それに――」


 初めて会った時から神だの主だのとありもしない作られた空想(フィクション)の話を子供のように真剣な顔で熱弁して、よく周りに苦笑されていたが、自身の信仰する神について話すアボットはとても楽しそうで、光輝いていた。しかし、今はスノウの目の前にいるアボットは光こそまとっているが、その色は鈍色。瞳の奥にあるどす黒い感情を隠すため、偽りの光を纏うエセ教主のように見えた。


スノウ:「それは、何」


 スノウの視線の先――いくつもの茨に絡みつかれ、身動きできず、もごもご動くナニカ。


アボット:「これ、のことですか。これは、ですね」


 スノウの問いに、視線を外しアボットは歯切れを悪くした。


 アボットが言葉を濁している間に、茨に絡み取られるナニカは徐々に動きを静かにしていき、やがて――ナニカに絡みついていた茨はキレイな薔薇のような赤い花を咲かせた。中央には宝石のような赤い実が…………


 スノウは手に持った神器(大鎌)でナニカに絡む茨を切り裂いた。


スノウ:「っ――」


 幾重に絡まれた茨の中には、全身のありとあらゆる成分を抜き取られたように干からびた人間のミイラが…………


スノウ:「これはあなたが…………」

アボット:「これは救済なのです」


 神意を増幅させるドーピングの石――ソロモンの石の原材料は神人類(人間)だった。


スノウ:「救済、これが」


 全てを茨に吸い取られた元人間、干からびたミイラの顔はかつての有名な絵画のように恐怖で歪んでいた。


 スノウが知る以前のアボットは相手がどんな悪人であろうとも、殺生をせず自身の信仰する神の教えを根気強く説き、改心させようと尽力していた。人はみんな生まれながらに善の心を持っている、愛情をもって接すれば誰だってやり直せる、更生できると心の底から信じる究極のお人好しだった。


 そんなアボットが今、救済という言葉を盾に、嬉々として神人類たちの命を奪い、自身の茨の養分としている。


 敵であるグリーンベアの者たちだけではない。


 自身の仲間であり、おおよそ悪という言葉とは対称的な位置にいるであろう正騎士たちも大勢巻き込んで…………


アボット:「スノウさん。人という生き物はねみんな、生きれば生きるほど俗世に溢れる汚れたモノに触れて魂を穢していくんですよ」


 以前のアボットを知る者からはとうてい想像できないアボットの言葉。


 しかし、アボットの様子が以前と違おうが何かあって精神を狂わせてしまっていようが関係ない。そんなことはスノウにとってどうでもいい。今スノウにとって一番大事なのはマカミに頼まれた依頼を完遂すること。ホテルから抜け出したユウをマカミがホテルに戻ってくるまでにどんな手を使っても連れ戻すこと。ただそれだけだった。


 アボットとここで出くわしたのはただの偶然。スノウは適当にあしらってこの場をやり過ごそうとした。


スノウ:「まるで生きていること自体が罪みたいないい方ね」

アボット:「その通りです」


 このアボットの発言を聞くまでは――


アボット:「この茨に咲いた花はいわば彼らの人生、そのもの。私の御業――救済の薔薇(ヘブンローズ)は生きて穢れきてしまった彼らの人生を浄化して、この美しい赤い宝石――ソロモンの石へ昇華させる」


 アボットはソロモンの石を天に掲げ、仰ぎ見た。


アボット:「私は一つでも多くの穢れまみれの人生を過ごしてきた人々をこの美しいソロモンの石へと生まれ変わらせねばなりません。それこそが神に与えられた私の神命なのです」


 透き通っているようで透き通っていない、鮮烈なようで毒々しいソロモンの石の赤色を覗き込み、アボットは恍惚とした表情で笑った。


スノウ:「ふ――」


 そんなアボットをスノウは鼻で笑った。


アボット:「スノウさん。あなたの穢れきった魂も私が救済してあげます」

スノウ:「余計なお世話よ」


 アボットの意思に従い、襲い掛かって来るアボットの茨をスノウは自身の大鎌(神器)で一蹴した。


 立て続けに襲い掛かって来る茨を再び、スノウは神器で切り裂いた。


スノウ:「キリがないわね」


 雪崩のように襲い掛かって来る茨をスノウは後方に跳びながら、大鎌(神器)を振り回し続けた。当然、茨をいくら切ろうがアボットにはノーダメージ。


 スノウの狙いは、アボットでもアボットの操る茨でもない。


スノウ:「そろそろいいかしらね」


 スノウの本当の目的は茨に捕まり、養分を吸われた後の残滓――干からびた神人類のミイラだった。スノウの振り回した大鎌により絡んでいた茨を刈り取られ、いくつもの養分を吸われた後のミイラたちが陽の元に晒されていた。


パチンッ


 スノウが指を鳴らすと、それに呼応するように、もう何も残っていないと思われていたミイラたちの中から人の顔をしたいくつもの白い靄のようなモノが飛び出した。


アボット:「こ、これは」

スノウ:「あなたの身勝手な正義(思い込み)によって理不尽にも命を奪われていったモノたちの魂(無念の具現化)よ」


 スノウの神託は、魂の神託。


 魂とは生物の内に宿る、神意の発生源であり生物の本質そのもの。肉体は所詮魂の受け皿でしかない。


スノウ:「魂回収(コレクト)


 魂は通常、定着していた肉体の死後数秒で肉体から分離し、ここではない、神のいる高次元の世界(天上の世界)に自然昇華される。


 だが、アボットに茨の養分とされた者たちの魂は周りを、神意を纏った茨に囲まれていることで、肉体が死んでもなお、肉体から遊離することができず繋がりが途切れた肉体の中に無理やり押し込まれていた。


 スノウは、周囲を取り込んでいた茨を刈り取ることで、抑え込まれていた魂を解放すると共に、魂回収(コレクト)の御業で魂を自身の神器(角灯)の中へ回収した。


スノウ:「都合のいい(まやかし)の声じゃなく、あなたに命を絶たれた魂の本当の声を聞きなさい」


 スノウは今しがた角灯(ランタン)に回収した魂の一部をアボットに向け投げつけた。


アボットに殺された者の魂A:「人殺しぃぃ」

アボットに殺された者の魂B:「どうして、どうして、どうして」

アボットに殺された者の魂C:「私たちが一体何をしたの」

アボット:「お、落ち着いてください、みなさん。これは救済、救済なのです。俗世で穢れたみなさまの魂を浄化して、神の待つ天上の世界へみなさまの魂を導くための」


 魂を投げつけられたところで、物理的なダメージは何も生じない。だが、アボットに殺された(手を掛けられた)亡者たちの怨嗟の想い(声)は直接アボットの魂に訴えた。


アボットに殺された者の魂D:「嘘つき、嘘つき」

アボットに殺された者の魂E:「人殺しぃ」

アボットに殺された者の魂F:「これの何が救済なの」

アボット:「ち、ちがうのです。これは、救済、救済なのです」


  やがて、亡者たちの恨みに満ちた叫びはアボットの精神を軋ませた。


スノウ:「誰もあなたに助けなんて求めてなかったのよ。みんながみんな救いを求めているかわいそうな人と思うなんて、あなたの傲慢でしかないわ」


 スノウはアボットに投げつけた魂を角灯(ランタン)に再回収すると共に角灯(ランタン)の中にある魂の一部を燃焼(燃え上がら)させた。


 角灯(ランタン)に回収した魂を消費させ、神器(大鎌)の威力を増幅させる神の御業――魂燃焼(ソウルチャージ)


スノウ:「地獄(あの世)であなたが救済した(不条理に奪っていった)魂たちに懺悔しなさい」


 スノウが振り抜いた鎌の一撃は、ユウの一撃確絶と同じように神意の斬撃をアボットに向かって飛ばした。アボットは咄嗟に、斬撃から自分の身を護るため茨を重ね、盾にしたがスノウの放った神意の斬撃は茨を容易に切断し、アボットの胸を深々と切り裂いた。


アボット:「か、神よ」


 アボットは、地に塗られた自身の手を天――頭上に輝く太陽に伸ばしたまま、息絶えた。


スノウ:「余計な時間を使っちゃったわね」


 スノウの目的は頭のおかしくなった元同僚(アボット)の息の根を止めることでも信正騎士団とヨハネの翼の全面戦争を終わらせることでもない。マカミとの約束を守る事。マカミが戻るまで天使優(あまつかゆう)の身柄を保護しておくこと。


 すでにユウの姿を見失ってからかなりの時間が経った。ホテルの周囲はすでに捜索し終わった後。


スノウ:(闇雲に探しても時間を浪費するだけの様ね。あの、頭の軽そうな娘が行きそうな場所は…………)


 スノウはふとある場所を思いついた。


スノウ:(…………可能性は、あるわね)


 気乗りはしなかったが、マカミとの約束を守るためスノウは仕方なくそこへ向かうことにした。




★★★




ユウ:「ダーリン…………」


 事態が呑み込めず、ユウは困惑していた。


 姿形こそ、寓話によくでてくる狼男を具現化したような見た目をしているが、それが自身の探し人であることをユウは一目で理解していた。


 だが、なぜ自身の最愛の人が、姿を獰猛で野蛮な化物に変え、自分の一番の親友であるサイカに危害を加え、意識を失う親友にその凶暴な牙を突きたてようとしているのか、ユウにはわからなかった。


 それはマカミも同じだった。


 現れるはずのないユウの登場にマカミもまた困惑していた。


マカミ:「…………」


 ユウの姿を見て、マカミは一瞬気圧されたかのように片方の足を一歩後ろに引いた。


 見えない何かに後ろから体を引っ張られているような錯覚(感覚)をマカミは一瞬だが体感した。だがすぐにその幻影(感覚)は消え去った。


 サイカたちよりもさらにうまそうな獲物の登場に、理性(枷)を失った本能がマカミの体の奥底からものすごい勢いで噴出したのである。


マカミ:「グラァ」

ユウ:「っ――」


 激情に任せ、ユウに襲い掛かるマカミ。


 未だ状況は呑み込めないが、牙を剥けてきたマカミに応戦するためユウも剣を構えた。


 マカミの獰猛な鉤爪の攻撃をユウは剣でいなした。


ユウ:「くっ」

マカミ:「アッ」


 攻撃をいなされたマカミは、間髪入れず、再びユウ目掛けて鉤爪を振るった。最初からこの程度の攻撃では仕留められないとわかっていたように、マカミはユウに休む暇を与えず鉤爪を振るい続けた。


ユウ:(好きな人にこんな猛烈にアタックされるのは女の子としてすっごくうれしいんだけど、さすがにこれは激しすぎじゃないっ)


 ユウはマカミの攻撃を剣でいなし続けた。筋力(力)と体格差を埋めるため、敵の力や自身の体の捻りを利用して、どうにかマカミの攻撃を捌いていくユウだったが着実に限界が近づいてきていた。


 マカミの怒涛の攻めに徐々に後退させられるユウ。


 このままでいずれ、建物の外壁やガードレールにぶつかり身動きが取れなくなってしまう。そうなれば追い詰められたユウはマカミの攻撃をその小さい体一身で受け止めなくてはいけなくなる。


 そうなる前にユウは覚悟を決めなくてはいけない。


ユウ:「ダーリン、お願い。目を覚まして」


 マカミへ言葉を投げ掛けるユウ。


ユウ:「何があったの。ダーリンはそんなことする人じゃないはずでしょ」


 ユウの悲痛な声を聞いても、マカミの腕は止まらない。


ユウ:「思い出して、ダーリン。本当の自分を」


 振り上げたマカミの獣の腕が、ユウの鼻先少し先のところをものすごい勢いで通過していった。


ユウ:「ダーリン…………」


 一瞬、自分の声が届いてマカミが正気に戻ったと思ったユウだが、現実はそんなに甘くなかった。


 マカミが地面に触れた瞬間、マカミの影が実態を持ち、先のとがった巨大な岩のような形となってユウ目掛けて隆起した。


ユウ:「ぐっ――」


 何とか剣で受け止めたユウだったが、不意を突かれた攻撃に、勢いを殺すことはできず、そのまま後方に吹き飛ばされ、コンクリートの壁に激突した。


ユウ:「だ、ダーリン」


 衝撃で倒れ込むユウにマカミは容赦なく両の腕を地面に付いて自身の影を具現化。狼の姿をした七本の顎がユウ目掛けて襲い掛かった。


ユウ:「っ――」


 マカミは完全に自分の息の根を止めにかかってきている。


 ここでユウは完全に覚悟を決めた。自分の心中でわだかまっていた迷いを完全に斬り捨てた。


マカミ:「ガアッ」


 ユウに迫っていた顎が、突然首の部分を斬られ、切断された面から炎が上がり消失した。


マカミ:「ダーリン。いくらなんでもこれはおいたがすぎるよ」


 ユウの持つ追想剣が炎を纏い、刀身が纏い燃え盛る赤色へと変化していた。ユウの神の御業――怒髪衝天。


マカミ:「ガッ」


 再び影から顎を生み出し、ユウを攻撃させるマカミ。


 その間にユウはマカミとの距離を詰めようと前に出た。


ユウ:「はぁああああ」


 襲い掛かる顎を薙ぎ払い、一気にマカミとの距離を縮めるユウ。


 マカミとの距離が近づけば近づくほど当然、影から出てくる顎の攻撃を捌くのは難しくなる。そこで、ユウは致命傷となる攻撃のみをいなすことに専念して、ようやくあと数歩でマカミがユウの剣の間合いとなる位置まで近づいた。その瞬間、ユウはその場で足を止めた。


マカミ:「ガッ」


 突然の急停止に驚く、マカミ。


 ユウは足を止めた後、その場で腰を低くして、居合の構えを取った。


 ユウの神器、追想剣の刀身が黒に染まり、ユウの全身を覆う神意の膜が急激にその熱さと濃度を増していった。


 ユウの必殺の一撃、一撃確絶を放つ態勢をユウはとった。


ユウ:「一撃、確絶」

マカミ:「っ――」


 本能で危険を察知したマカミは、これまた本能に従い一番大事な部分に自身の神意を集中させた。


 どれだけ生身を厚く濃密な神意で覆おうが神意を纏わせたナイフに容易く貫かれる以上、できるだけ薄く均一に、必要最小限の神意で覆うのが良しとされる神依(かむい)だが、この場合は違う。ユウの放つ一撃確絶は神意を斬撃として飛ばす神の御業。神意の刃を防げるのは神意のみ。


 マカミはユウが狙うであろう自身の一番大事な部分に神意を集中させ、厚く覆った。


 これでは、ユウの一撃確絶は届かない。


 だが、ユウの真意はそこになかった。


ユウ:(そこかっ――)


 ユウは自身が一撃確絶を放つ構えを取り、マカミが自身の神意をある部分に集中させたのを確認すると、一撃確絶を放つ構えを解いた。


 すぐさま、マカミとの距離を詰めるため前に飛び出した。


マカミ:「ガッ――」


 予期せぬ展開に、一瞬だが困惑し、マカミの動きが少しだけ止まった。


 一歩、二歩――あと一歩でユウの間合いにマカミが入るという所で、マカミは再び影から顎を生成させ、ユウを攻撃させた。


ユウ:「っっっ」


 体を捻りながら、最初の何本かの顎を必要最小限の動きで、自身のスピードを落とさずかわしたユウだったが、ついに一本の顎がユウの左腕を捉え、そのまま食い千切った。


ユウ:「ぐああああ」


 強烈な痛みがユウを襲い、足が一瞬その場で止まる。それを見逃さず、マカミは獰猛な鉤爪をユウ目掛けて振り上げた――同時にマカミは一瞬ユウの方へ一歩足を前に出した。


 ついに、マカミがユウの間合いへと入った。


ユウ:「今っ」


 ユウは最後の力を振り絞り、マカミが先ほど自身の神意を集中させた体の中心、心臓から少し中央に寄った場所目掛けて自身の剣を突き放った。


マカミ:「グアッ」


 同時にユウはある神の御業を発動させた。


 ユウはペルセウスがマカミに埋め込んだソロモンの石を追想剣で貫き、破壊した。


ユウ:「ありがとうダーリン。大好きだよ」


 ソロモンの石を破壊され、マカミの化神化が徐々に解除されていく。元の、良く知る最愛の人の姿に戻っていく様子を見ながら、ユウはそっと優しくマカミの唇に口づけをした。


 それがこの世界でマカミが聞いた、ユウの最期の言葉だった。

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