第二話 暗幕
ユウたちの目をかいくぐり、誰にも気づかれることなくあの現場から逃げ果せた、襲撃作戦の真の指揮官――謎の人物X。Xはカモフラージュのため着ていた陸上自衛隊の隊服を人目の付かぬところで脱ぎ捨てると、つい先ほどユウがひったくり犯を捕まえた大通りに堂々とその正体を晒した。
謎の人物X:「天使優、鬼島彩夏、両名を狙った奇襲作戦は見事、失敗に終わりました」
???:「そうか……」
謎の人物X:「やはり旧人類さんたちには神人類の相手は少々荷が重すぎたようですね」
???:「頭数をそろえて作戦を練り相手の油断を上手くつけば、旧人類(劣化品)でも神人類二人ぐらい十分に殺れると思ったのだが、どうやらかいかぶりすぎだったようだ……」
???の声には落胆も失望の色もない。作戦の結末がどうであれ、自分の最終目的(計画)には何ら影響はないと考えている風である。
???:「まあいい。所詮は使い捨ての駒だ。大した痛手ではない」
通りを歩くサラリーマンや男子大学生が謎の人物Xとすれ違うたび熱い視線を送って来る。が、それはアニメやゲームでよく要注意人物が纏っている特有の怪しい雰囲気を感じとったとかそういうわけではなく、ひとえに彼女の持つ、人目を惹きつけてやまない美しい容姿ゆえのことだった。
???:「だが、今回の奇襲作戦で天使優すら始末できなかったのは誤算だったな。少なくとも彼女(天使優)だけはここで始末しておきたかったんだが」
謎の女:「――すみません」
女が謝罪の言葉を口にしたタイミングと時を同じくして女はちょうど向かいから歩いてきていた中年男とぶつかりそうになった。
中年男:「あっ、こ、こちらこそ、すみません」
当然、彼女の放った言葉はその中年男に向けたものではなく、今話している???に向けて言ったものなのだが、長い髪に隠れて傍からは耳に付けたイヤホン型の通信機器が見えないようになっていた。ほんの一瞬とはいえ見目麗しい美女と会話でき中年男は恋する乙女のように頬を赤く朱色に染めた。
女はあちこちに頭を下げまくって額から脂汗をドロドロ垂れ流す中年男のことなど視界にも入れず、そのまま前方にある駅構内へと向かって行った。
謎の女:「ですが、彼女……天使優さんはそれほどまで本作戦において脅威となりうるほどの御方なのでしょうか。わざわざこちらの存在がばれるリスクを負ってまで、排除しておかなければならないほどに……」
事前に通信相手から渡された情報には、ユウは、二番目に優先して排除すべき標的であると位置づけられていた。
だが今回、実際にユウを間近で見て、天使優という存在にそこまでの脅威性が内在しているとは到底思えなかった。
謎の女:(隙も多いし、そこまで思慮深い方のようにも……実際、今回の作戦(茶番)にも簡単に引っかかりましたし。神意の量も特質して多いわけでもない。とても私たちの脅威になるような御方には――)
どこにでもいる若い、未熟な正騎士。それが、間近で見た、女が下したユウの、敵としての評価だった………………しかし、通信相手の考えは違った。
???:「この計画が失敗することは万に一つもない――だが念には念を、ということだ。計画を無駄なくスムーズに進めるためにはなるべく不穏分子を取り除ぞいておいたほうがいい、だろ」
謎の女:「はあ……」
通信相手はユウが、女たちがこれからしようとしている計画の弊害に、わずかばかりながら、なりうると思っている。
通信相手の考えを理解できたわけではないが、女は通信相手の説明に一応、納得したことにした。
???:「そろそろ俺もそっちに行く。準備をしておいてくれ」
謎の女:「っ――」
つい気のない返事をしてしまった女だが通信相手の言葉を聞き、一気に全身の神経が張り詰めた。
通信相手が女の――女のいる極島へ来る。それは???の、計画の本格的始動を意味する。
女は周囲に怪しまれないようすぐに止まった足を前へと進めたが、全身に張り巡らされた緊張の糸はピンッと張り詰めたまま、わずかな心の揺らぎすら鋭敏に感じ取り、全身の骨を軋ませた。
謎の女:「お待ちしております」
通信を切った後、女は一度深く息を吸って吐き出した。
自分があれこれと深く考える必要はない。
通信相手は今まで自分が会った者の中で最も聡明で強き御方。人類の中で最も神に近い存在。自分はただその方の指示に従い行動すればいい。そうすればすべて上手くいく。
そう、すべて上手くいくのだ。
簡単なことだ。
女はなんとか自分の昂った心を落ち着かせた。
周囲の下卑た男どもの視線を一身に集めながら、女は駅構内にあるトイレへ…………
辺りを気にするような挙動不審な様子は全くなくモデルのような美しい足取りで堂々と入り、数分後――その姿をこの世界から消失させた。
しばらくして心配した駅構内の誰かの知らせを受け、駅員がトイレの中を捜索したが、その時トイレの中には誰もいなかった。全員が白昼夢でも見ていたかのように女は衆人環視の中、姿を消した。以降、同じ女の姿を見た者は誰もいない………………
│─\│/─│
信正騎士団極島支部。
以前は国防を担っていた組織の総本山があった跡地に建てられた極島の対神人類の最前線であり対神人類最終防衛ライン。
後にも先にも、極島で暴虐の限りを尽くす神人類と対抗できる組織はここしかない。
外観はいたって簡素な、とてつもなく大きな石のブロックをくり抜いて作ったような見た目をしている。だがその実、建物内部は外敵や潜入対策のため迷路のように入り組んだ構造となっている。
正式な信正騎士団極島支部の正騎士であるユウとサイカも支部内、全ての構造を把握しているわけではない。普段ユウが行き来しているのは、玄関入ってすぐにある受付――担当する任務の情報や任務終了後の結果報告を行う、私服から制服に着替える更衣室――相棒と共用で五畳ぐらいのローカールームがそれぞれ個別に与えられる、大量の機密情報が無造作に置かれた資料室――ユウ曰く、静かで始末書を書くのにうってつけとのこと――くらいである。
大体の正騎士は最後を除いた受付と自分に割り当てられた更衣室以外ほとんど立ち寄ることはないのだが、ユウとサイカにはもう一つ、好き好んで入りたくはないが強制的によく呼ばれる部屋がある――
机に肘をつきながら真剣な顔で考え込む女:「………………………………」
隣で気まずそうに状況を見守る男:「……………………アキさん」
エグゼクティブデスクと呼ばれるよく社長室に置かれている高級机に神妙な顔をしながら肘をつくのは長い緑色の髪を一括りにまとめた、いかにもできるOLといった様相の長身の女。極島支部支部長、高宮秋である。
信正騎士団極島支部の若き支部長(頭首)にして信正騎士団最高幹部――ラウンズの末席(十二席)に座る、正真正銘、英傑の一人である。
アキ:「二人とも――」
長い沈黙を経て、アキはようやく重たい口を開いた。
その間ずっと神妙な顔でアキが用件を切り出すのを待っていたユウとサイカは一瞬、肩をビクッと震わせた。
アキ:「何か申し開きしておきたいことはあるか」
ユウ、サイカ:「……………………………………何も」
気まずそうな顔をしながらも全身から溢れ出る、早くこの時間終わらないかな感。当然それはアキにもひしひしと伝わっている。
アキ:「はぁ」
何を言ってもこの二人には意味がないことは、長い付き合いであるアキが良くわかっている。
大きなため息一つ吐いて、アキは自身の頭を悩ます元凶――手元にある一枚の紙切れに再度視線を落とした。
アキ:「さすがにこれは目に余る金額だな」
アキが見ているのは先ほどユウたちがテロリストたちの襲撃(狙撃)を受けた廃ビルとそのテロリストどもを取り押さえた廃ビルの取り壊しにかかる費用がまとめられた請求書。
元々あの辺りにある廃ビル群はすべて耐用年数を優に超えている超特大の産業廃棄物みたいなもので周辺住民たちから毎月のように取り壊しの要望書が役所へ提出されていたのだが、取り壊しに多額の費用を要することから、役所はビルの取り壊しに難色を示し、土地の権利者が行方不明であることを理由に今の今までビルの取り壊しを先延ばしにしていた。
ところが今回ユウたちの大立ち回りにより二つのビル、その最上部が半壊。これを好機と捉えた地域住民と役所の猛烈アタックにより信正騎士団極島支部が責任をとってビル二棟の取り壊しを行うこととなったのだ……一部、あわよくば周辺全てのビルの取り壊しをさせようとした輩もいたが、そこはアキが毅然とした態度で断った。
そんなことをすればこの支部は破産。この国は、神人類に対抗する手段を失ってしまう。
アキ:「ビル二棟の取り壊し費用、すべて含めて……」
アキの隣に立つ男:「うわぁ……」
紙面最下部に記載された金額を見てアキの相棒――井坂冬紀は顔をひきつらせた。これから先、ユウとサイカが一生ただ働きしたとしても返しきれないほどの大金がそこには記載されていたのだが……当の本人たちにはこれっぽっちも反省の色が見えない。装おうとする気すらない。完全に他人事である。
アキはもう一度、深くため息を吐いた。
アキ:「お前たちは何かしら問題を起こさないと任務をこなすことができないのか」
ここまでじっとアキの小言を我慢して聞いていたサイカだが、ついに我慢の限界を迎え、口を開いた。
サイカ:「いっとくけど今回の件に関しては、私達じゃなくて、嘘の取引情報掴まされたあんたたちの、落ち度でしょ。おかげでユウは危うく死ぬとこだったのよ」
ユウ:「ま、まあまあ、サイサイ」
自分たちの上司であるアキに対しサイカは犬歯をむき出しにして激昂した。
上司だろうが、支部長だろうが、信正騎士団最高幹部の末席だろうが関係ない。現場に居もせず、報告書をただ流し読みしただけで分かった気になって上から目線でねちねち小言を言うアキにムカついたのだ。
ユウは慌ててアキに噛みつくサイカを宥めすかした。
アキ:「情報がガセだった件については完全にこちらの落ち度だ。遅くなったがお前たちが無事で本当に良かった。この場を借りて謝罪をさせてくれ――本当にすまなかった」
アキはサイカに指摘されたからではなく、自分の意思で椅子から立ちあがり、姿勢を正して部下であるユウとサイカに向かって深々と頭を下げた。
フユキ:「アキさん……」
サイカ;「…………」
ユウ:「……アキアキ」
自他ともに厳しい性格から血も涙もない冷徹漢と誤解されがちなアキだが、その背中にのしかかっている信正騎士団最高幹部の責任と重圧は並大抵のモノではない。誰よりも誠実で正しい正騎士になりたいと常日頃から思っている。
上下関係関係なく部下であるユウたちに真摯に謝罪をするアキの姿にサイカも溜飲を下げざるを得なかった。
アキ:「だが――」
頭を上げると同時にアキは下がっていた眉の端をキリッと伸ばし、いつもの凛とした表情に戻して、言った。
アキ:「それはそれ、これはこれだ。周囲の状況に気を配り任務を全うするのは正騎士の基本だ」
サイカ:「…………あんた、本当に悪いと思っている」
フユキ:「ははは」
ユウ:「アキアキらしいね」
いつも通りの、堅苦しいとっつきにくい通常運転をするアキを見て、皆内心胸をホッとなでおろした。
落ち込んだりくよくよするなどアキに似合わない。いつも澄ました顔で堂々としているのがアキには似合っているというのが、この場の全員の共通認識である。
何はともあれ、事態が丸く収まって良かったと安堵するユウとサイカ。その二人を空気の読めないアキが一言で現実(地獄)に叩き落した。
アキ:「今回の罰として当分お前たちは給料を減給する」
サイカ:「は――」
ユウ:「えっ――」
ホッと胸をなでおろしたのも束の間、突然のアキの減給勧告にユウとサイカは共に言葉を失い――数瞬後、絶叫した。
サイカ:「はああああああああああああ」
ユウ:「ええええええええええええええええ」
耳をつんざくほどの、二人の阿鼻驚嘆の叫び。
二人の叫び声が部屋中を駆け回る直前、本能で身の危険を察知したアキとフユキは反射的に自身の両耳を塞ぎ、鼓膜を護った。
サイカ:「ちょっと待ちなさいよ、あんた何を勝手に」
ユウ:「お願いぃぃサイサイ、お給料だけは、お給料だけは減らさないでぇえええええ」
アキ:「は、離せっ」
フユキ:「ユウさんっ、サイカさんっ」
上司、しかも自分の所属する組織の長である支部長の胸ぐらを掴むサイカと縋るように腰に抱き着くユウ。そんな部下二人を引き離そうとするアキとどうしていいかわからずおどおどするフユキ。
現場は混迷を極めていた。
ユウ:「今でもいっぱいいっぱいなのに、これ以上お給料減らされたら、飢え死にしぢゃうぅうううううう」
目を潤ませながらアキを見上げるユウ。
アキ:「うっ、心配しなくても、大人一人が食っていくには十分すぎるほどの金は支給する」
ユウの泣き落としに思わず顔を逸らしてしまうアキ。危うく、先ほど告げた懲戒を撤回しそうになった。
ユウ:「それじゃあああああああ足りないぃいいいいいいいい」
アキ:「一体何に使ったんだ」
フユキ:「もしかしてギャンブルとかして大損したとか」
フユキに諭され、掴んでいたアキの襟首を離したサイカがユウに代わって、アキたちの疑問に答えた。
サイカ:「一等地に戸建てを買ったのよ。多額のローンを組んでね」
アキ:「つ――一等地に戸建てを」
フユキ:「一体何のために」
思っていた答えの斜め上を行く真相にアキとフユキは一瞬言葉を失った。
一般的には高給取りの部類に属する信正騎士団だが、ユウが信正騎士団に入ってまだ五年と少し。一等地の戸建てなど頭金だけでもかなりの額なはず。いくら年功序列ではなく歩合制といっても到底やっとこさ中堅の仲間入りをした正騎士が払える金額ではない。それ以前に――
フユキ:「支部から毎月支給される借家は使ってないんですか」
信正騎士団に所属する正騎士には毎月、仮住まいとなる住居が所属する支部より無償で提供される。仕事柄、妬み嫉みの的にされやすく、ストーキングや闇討ち、強襲対策のために為されている措置なのだが…………アキたちはてっきりユウもその支部から与えられる住居に住んでいたと思っていた。だが、そうではなかった。
ユウ:「使ってるよ。たまに気分転換したい時とかに」
フユキ:「別荘じゃないんですよ」
ユウ:「ローンと生活費の支払いで毎月カツカツなんだよぉ、アキアキぃぃ」
アキ:「知らんっ」
再び追い縋ろうと伸ばした手をアキにきっぱり振り払われ、ユウは項垂れた。
アキ:(全く。女は恋をすると変わると言うが、こいつは本当に変わらないな)
ユウが結婚している事実はこの場の全員が知っている。もうすぐ結婚して一周年記念である……
正騎士の相棒であるサイカでさえユウの、人生のパートナーと直接の面識はない。どんな顔をしているのかもサイカたちは知らない。ユウ曰くかなりのイケメンらしい。
以前写真を見せてほしいとサイカが言ったことがあるが、ユウに断固拒否された。もし写真を見せてサイカがダーリンに一目ぼれしたら困ると――そんなことあるわけないとサイカは強く否定したが結局見せてくれなかった。
アキ:「だーり、ご主人は今、無職(求職中)だったか」
ユウの配偶者についてアキたちが知っている事は、性別――男、出身――極島生まれ、年齢――ユウとほぼ同じ、容姿――ユウ曰くイケメン、職――無職……以上である。
すべてユウがよくする惚気話で聞いた情報である。
結婚して一番最初にそのことを聞かされたサイカは当然その事柄に驚き、ユウを質問攻めにした……その後すぐに離婚するよう詰め寄ったが、今でも二人の生活は続いている。
ユウ:「英気を養ってもらうため家で自宅警備員してもらってます」
フユキ:(無職なうえ、引きこもりなのかよ)
サイカ:「生活が苦しいんなら旦那にも働いてもらえばいいでしょ」
ユウ:「駄目だよ。まだ頭の怪我がよくなってないんだから」
フユキ:「頭の怪我……」
一瞬にして場の空気が重く澱んだ。それはサイカがユウにどこかの馬の骨男との離婚を強く勧められなくなった理由でもあった。
アキ:「確かお前と出会う以前の記憶を大半失っているんだったな」
ユウの旦那は記憶喪失なのである。
サイカ:「記憶はなくても、普通に文字の読み書きとかはできるんでしょ。だったら簡単なアルバイトくらい……」
ユウ:「それは、そうだけど」
ユウは心底困ったような顔でサイカに言った。
ユウ:「そしたら二人でいれる時間が減っちゃうじゃん……」
アキ:「……」
フユキ:「……」
サイカ:「……知らないわよ」
ユウの言葉を聞き、その場にいた全員、体から力が抜けた。
アキ:「とにかくこれは決定事項だ。諦めろ」
ユウ:「そ、そんなぁ」
話はおしまいだと言うようにすたすたと部屋を出るアキ。フユキもまたアキの後に続きそそくさと部屋を出た。残されたサイカも納得はしていなかったがこれ以上ここに居ても仕方がないと不承不承部屋を出た。未練がましく机の上に突っ伏したままのユウだけが部屋に取り残された……
│─\│/─│
ユウ:「すっかり遅くなっちゃった」
支部に帰って早々、アキに呼び出され説教(小言)+懲罰(減給)を受けた後、何とか沈んだ気持ちを立て直したユウは資料室で廃ビルを半壊させてしまった今日分の始末書を書き終え、本日の業務を終了した。
ユウが支部を出る頃にはすっかり陽が落ちてしまっており、沈んだ太陽の代わりにぎらついた街の灯りが辺り一帯を照らしていた。
今日はユウにとって散々な日だった。
目的地に向かう途中、偶々出くわした万引き犯を現行犯逮捕すれば、相棒には思いっきりゲンコツをされ、身柄を引き渡した警察官たちには苦虫をかみつぶしたような表情をされた。道中も道中なら目的である任務の内容もひどいもので、密告された情報をもとに武器取引の現場を押さえようといざ突入してみれば、情報自体が嘘で敵組織に待ち伏せに遭い、あわや脳天に風穴を開けられそうになるし、襲撃してきたテロリストどもを現行犯逮捕すれば今度は半壊させてしまった廃ビルの後始末を押し付けられ始末書と減給である。
結局、ユウは今日誰にもありがとうと感謝されることはなかった……
ユウ:「こういう日は早く家に帰ってダーリンに頭なでなでしてもらおうっと――」
そんなことでめげるほどユウは弱い人間(女の子)ではなかった。
この程度の事で挫けるくらいなら支部一の問題児と揶揄されながらも今なお信正騎士団を続けてはいない。
同じ正騎士たちからはよく問題を起こし始末書を書かされている――不良正騎士(落ちこぼれ)
支部の受付嬢からは誰も受けたくないような仕事ばかりさせられている――窓際雑用係
同期の出世頭からは仕事を任せれば任せるほど自分の仕事を増やす――厄介者
として、腫物を見る目で見られる日々。
助けた人たちからもよくもっと周囲に気を遣って被害を最小限に抑えることはできなかったのかと文句をよくつけられる。時には物(瓦礫や破片)を投げつけられることも………………
そんな激動の日々がユウを強くしていった。
ユウ:「ふん、ふふん」
鼻歌を歌いながら意気揚々とした足取りで帰路に着くユウ。
その背後を付け狙う謎の人影が一人――
ユウの後を追う謎の人影:(あれがメールにあった正騎士の女か…………なんか、すげぇ馬鹿っぽそうだけそ、本当にあいつで合ってんだよな)
子供のように鼻歌を歌いながら帰り道を歩くユウの後方、五メートルくらいの間隔を維持しながら少年はユウの後を追い続けた。
黒髪の一部に入った赤いメッシュが特徴的な少年。手に持つ通信機器の液晶には隠し撮りされたユウの写真が画面いっぱいに映し出されていた。
彼の標的は紛れもない――天使優、その人である。
赤メッシュの少年:(なんで俺があの筋肉ゴリラどもの尻ぬぐいをしなきゃいけねえんだよ、たくっ)
赤メッシュの少年が言う、筋肉ゴリラとは今日の昼間、偽の情報でユウたちを誘い出し襲撃した元陸上自衛隊たちのことである。
不本意ながら赤メッシュの少年は彼らと協力関係にあった。
赤メッシュ少年:(本当にアレが極島で一二を争う腕利きの正騎士なんだよな)
五メートル先に見える警戒心ゼロの背中を見続けていると、少年の中で蟠っていた疑念が徐々にその存在を大きくしていった。
赤メッシュの少年:(………………とてもそうは見えねえんだけどな)
いくら自分の信念と正義のために力(剣)を振るう正騎士といっても警察と同じように全員が全員好意的に見られるわけではない。今までの活動で信正騎士団は――正騎士は様々な理由で各方々から恨みを買い付けている。正騎士は、正騎士となった瞬間に――信正騎士団に正騎士と認められた瞬間から、その命を常に狙われる宿命になるのだ。
だが――ユウはここまで辺りを警戒している素振りを一切見せず、真っすぐ自分の家に向かって帰っていた。
明らかに無防備すぎる。
少年の狙いはユウの住処――配偶者と一緒に共同生活していると噂の愛の巣、その在処を突き止めることである。
今日の夕方、少年は昼間ユウたちを襲撃した元陸上自衛隊所属のテロリストたちに裏で指示を与えていた真の指揮官――すでに姿を眩ませ、行方知れずとなった謎の女から少年の持つ通信機器にメッセージが送られていた。
『この正騎士を探れ』………………と。
メッセージには一緒に、写真の正騎士――ユウに関する情報も添えられていた。といっても正騎士に関する情報はシークレット中のシークレットで基本、紙やデータといった形に残るような形で残すことはない。必要になったら集め、必要でなくなったら跡形もなく即削除である。故に送られてきたユウに関する情報も大した情報ではなかった。
そこで少年はまず標的が帰る家、ねぐらを突き止めることにした。
いくら相手が次世代の人類だろうが生きている以上、寝たり食ったり最低限度の生活はする必要がある。常時タマを狙われている正騎士がそこら辺の公園やネカフェで衣食住をしているわけがない。必ずどこかに生活の基盤となるヤサがある。
ねぐらさえわかってしまえば相手がどれだけ腕の立つ正騎士だろうがいくらでも攻め落とす手はある。真っ先に思い付くのは寝込みを襲う方法だろうか、他にも噂の――本当にいるのかどうかは知らないが愛するダーリンを人質にとり自分の言うことを無理やり聞かせ、自害させるといった方法もある。これなら、相手(敵)とどれだけ実力差があったって関係ない。
少年はユウの後を追い続けた。
途中、ふとユウが足を止めた。今まで迷いなく歩みを進めていたはずなのに――
赤メッシュの少年:(やばい――ばれたか)
少年の中に緊張が走る。
ユウはものすごい勢いで後ろをバッと振り返ると何かを叫びながら一目散に走っていった。
ユウ:「卵買い忘れてたぁああああああ」
赤メッシュの少年:「へっ………………」
ユウが今晩愛妻ご飯としてオムライスを作る予定だった。家を出る前冷蔵庫を確認して、使いかけの玉ねぎとハムが残っていたのを見て思いついた。後は昨夜ホットケーキを作るのに大量に消費し使い切ってしまった卵を帰りに買っておくだけだったのだが、始末書の処理に追われ今の今まで完全に忘れていた。
ユウは卵を求めて、少年の横を全速力で走り抜けていった。近くの閉店間際である激安スーパーに滑り込むために――
赤メッシュの少年:「本当にアレが極島一の正騎士で合ってるんだよな。もしかして俺、かつがれてるんじゃ………………」
ともあれ、ユウの後を追いかけようと少年がユウの走り去っていた方角へ一歩足を踏み出した瞬間――全身が、硬直した。
赤メッシュの少年:「っ――体が、動かねぇ」
硬直する体を無理やり動かそうと足だけではなく、少年は全身に力を入れた。全身に絡みつくとりもちのような見えない何かを引き千切るように身をよじらせる少年。しかし、少年の体はその場に強く縫い付けられたように一ミリほども動かなかった。
突如謎の金縛りに襲われた少年に背後から声が掛けられた。
謎の声:「誰だ、お前は」
少年は瞬時に理解した。
赤メッシュの少年:(しまった――)
少年の体に謎の異変が現れ、間髪入れずに登場した謎の声の主。間違いない、少年の体を拘束しているのはこの声の主である。
そして声の主は金縛りという、常人では到底起こすことのできない超常現象をいとも容易く事もなげに起こしてみせた。間違いない、声の主は少年と同じ、神人類である。
赤メッシュの少年:(こいつも正騎士か。まずいな、背後をとられちまった)
顔は見えない。声の感じからして声の主は男だというのはわかるが、それ以上は何も。
謎の声:「あいつに何の用だ」
赤メッシュの少年:(あいつ……あのバカっぽい女の知り合いか)
謎の声の主が神人類であると仮定すると、少年の体をこの場に縛り付けている金縛りの正体にも想像がつく。
神に与えられしギフテッド、神意を消費して起こすことができる神に選ばれし神人類にのみ許された奇跡の具現化――神の御業。
昼間ユウが狙撃手のいる廃ビルに向かって炎の斬撃を飛ばしたのも神の御業の一つである。
赤メッシュの少年:(こいつが誰なのかは、今はどうでもいい。俺の存在に気づかれた以上、尾行は失敗だ。とっつかまっちまう前に早くここからつらからねえと)
金縛りの正体が分かった以上、対処すること自体は簡単だ。
目には目を、神意には神意を――他者に直接干渉するタイプの神の御業は神意を全身に纏わせることでその影響を減弱、場合によっては完全にシャットアウトすることも出来る。今までは尾行中ということもあり、ユウに自分の正体が神人類であることがバレないよう神意をあえて纏わず、旧人類と同じように自然に垂れ流していたが、すでにその必要はない。
全身に神意を纏わせた瞬間、少年は動かせなかった上半身を動かせるようになった。
赤メッシュの少年:「死ねぇええええええええええええええ」
少年は足をその場に固定されながらも動かせる上半身だけを勢いよく謎の声の主の方へ振り向くように回転させ、遠心力を乗せた力強い左ストレートを繰り出した――
それよりも早く、謎の声の主が少年の顔面を殴り、近くの建物のコンクリートでできた壁に顔をめり込ませた。
赤メッシュの少年:「が、はっ……」
意識を失う直前、少年が最後に見たのはフードを目深に被った謎の声の主の底なし沼のように濁った灰色の瞳だった………………
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ユウ:「ふひぃ、ギリギリセーフ」
満足そうな顔でスーパーの自動ドアを潜り抜けるユウ。手には戦利品の卵パックが一個。
ユウは無事、今晩のオムライスに欠かせない最重要アイテムである卵を購入することに成功した。
ユウ:「だいぶ遅くなっちゃったな。ダーリンもう寝ちゃってないといいけど……あ――」
辺り一帯、漆黒の闇に包まれ、すべてが闇に覆い隠されている中、一際不自然に輝く光があるのをユウは見つけた。
光源の正体を知った時、ユウは今日一の笑みで顔を輝かせた。
ユウ:「ダーリンっ」
ユウはスーパーの前で通信機器片手に佇む、不審者感丸出しのフードを目深に被った男――ダーリンことユウの夫――マカミに勢いよくハグをかました。
ユウ:「迎えに来てくれたの」
ユウは瞳をキラキラ輝かせながら、マカミの、澱んだ灰色の瞳を見上げた。
マカミ:「最近は物騒だからな。さっきも夕方のニュースでどこかのビルの最上階が突然爆発したって騒いでいた」
今まさに自分にうれしそうに抱き着いているかわいらしい女の子が件の事件を起こした元凶の一人であるのだが……マカミもまさか自分の妻がよく世間を騒がしている事件関係者の常連だとは夢にも思っていなかった。
ユウ:「ありがとうっ」
マカミの話をユウはほとんど聞いていなかった。ただ自分を心配して来てくれたこと、もう少しの辛抱だと思っていた最愛のダーリンと少しでも早く再会できたこと――最後に見たのは今朝家を出る直前見た寝顔だった――それがただうれしくて、他の事はどうでよかった。
二人はオシドリ夫婦にしか見えないほど仲良さげに自分たちの家(愛の巣)へと帰っていった。
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赤メッシュの少年:「くそ、一体何が起こったんだ」
赤メッシュの少年こと、一ノ瀬闘也は謎のフード男に上半身丸々コンクリートの壁にめり込まされる勢いで殴りつけられ、意識を失った。
トウヤが目を覚ました時にはすでに、フード男の姿はなく十分以上の時が流れてしまっていた。
トウヤ:(あいつは一体何者なんだ)
目が覚めてからも一切状況が把握できていないトウヤだったが一刻も早くこの場を去ることが得策であるということは直感で理解できた。
ふらつく体を必死に気持ちで支え、この場を後にしようとした。が、その時――
勝気な女の声:「あれ、あんた――」
声だけで気が強いと分かる女に声を掛けられた。
トウヤは内心舌打ちをした。
女は覚束ない足取りで歩くトウヤに善意で声を掛けてきたのだろうが、状況が悪すぎる。
すでに失敗したとはいえトウヤは正騎士の家を突き止めるため尾行をしていたのだ、誰にも話しかけられたくない。誰かに顔を殴られたと分かれば、確実に暴力事件として警察が捜査に乗り出す。たとえ尾行の一件が明らかにならなくとも、これから大事を控えた身の上、目立つことは極力避けたい。
トウヤ:(仕方ねえ、ここは)
大事の前に、一人、大事を為す覚悟を決めたトウヤだったが、声を掛けてきた女の顔を見て、その覚悟はすぐさま霧散した。
トウヤ:「えっ……」
トウヤはその、声を掛けてきた勝気な女を知っていた。
勝気な女:「あんた――トウヤじゃない」
トウヤ:「さ、サイ姉っ」
二つに括った赤色の髪が夜闇の中、わずかな光を反射し、仄かに発光していた。その姿がトウヤには、この世のモノではない神々しいモノに見えた。
この世で唯一尊敬している人生の先輩、鬼島彩夏がそこにいた。
サイカ:「誰がサイ姉よ、ちゃんと名前で呼びなさい――ってあんた大丈夫なの。ふらふらじゃない」
久しぶりに再会した後輩がノックアウト寸前のボクサーのようにふらついているのを見てサイカは手を伸ばした。
トウヤ:「っ――」
その手が届くよりも早く、トウヤはサイカから距離を取った。
トウヤ:「本当に、大丈夫なんで。心配しないでください」
さっきとは違う理由で、すぐに立ち去ろうとするトウヤをサイカは呼び止めた。
サイカ;「あんた……まだあんなろくでもないことしてるんじゃないでしょうね」
トウヤ:「…………………………」
人には言えない悩みを抱えていた二人。中学時代は良くつるんで昼夜問わず街を闊歩していた二人だが、サイカが高校に入ってからしばらくして、ある出来事をきっかけに疎遠に。
以後今日の今日まで会うことはなかった。
サイカ:「あんたいくつよ、いい加減大人になりなさい」
昔のトウヤはいつもサイカの後ろを付いてきて、サイカのやることを何でも目をキラキラ輝かせながら見ていた。まるで、本当の弟であるかのように。だが――
トウヤ:「サイ姉――サイカさんには関係ないことなので」
サイカの知るトウヤはもういない。
トウヤはもうサイカの方を振り返ることなく目の前に広がる暗い、夜の闇の中へと消えていった。




