第十七話 想いを乗せて
時は少し遡り、アキたちの元へグリーンベア・レッドバイソン襲撃の報が入る少し前。
サイカ:(ったく、この大事な時にどこに行っちゃったのよ、ユウは)
ヨハネの翼との決戦当日、サイカと同じく対ヨハネの翼に選ばれた正騎士――天使優の姿が忽然と消えた。
決戦当日の午前零時。日付が変わると同時に敵が――敵(ヨハネの翼)側視点では敵の本拠地にあたる――極島支部に攻めて来る可能性があると考えたアキは、日付が変わる少し前にサイカたち、対ヨハネの翼に選抜された正騎士たち全員に緊急招集をかけた。
だが、そこにユウの姿はなかった。
連絡も繋がらず探しに行こうとしたサイカだったが、暗闇の中、どこに敵が潜んでいるか分からない中、一人で出歩くのは危険だとアキに止められた。
結局、サイカたちは無事、何事もなく夜明けを迎えることができた。
夜が明けてもユウがサイカたちの前に現れることはなかった。
サイカは今、重大な命令違反とわかりつつも事前に指示されていた巡回経路を大きく外れ、行方がわらなくなったユウの姿を探していた。
サイカ:(あの娘のことだから、支部に向かう途中で変な道に入って迷子になったんじゃないかって思ったけど)
サイカは極島支部から以前聞いたユウと旦那の家があるであろう地点――直接ユウから旦那と暮らす愛の巣の場所を聞いたわけではなく、今までのユウから聞いた話でおそらくこの辺りであろうと類推される地点――までの間で、ユウが迷い込みそうな、常人なら絶対に入らなさそうな細道や裏道をしらみつぶしに探し回ってみたのだが、ユウはおろか誰一人、人と出くわすことはなかった。
サイカ:(完全に当てが外れたわね)
サイカの推理は見事に空振りに終わった。
すでに敵に襲われ亡き者になっているとも考えられる状況だが、サイカはその可能性を頭の中で否定した。
サイカ:(ああ見えて警戒心は人一倍強い娘だし、何よりユウには相手の感情を読める神託(能力)がある。敵の手に落ちたとは考えにくい)
ユウの感情の神託は相手が自分の事をどう思っているのかを色として視認することができる。怒りといった激情的な感情は赤、憎しみといった自身へ向けられる悪感情は黒。この能力がある限り、ユウに騙し討ちは通用しない。もし敵との戦闘が起きたなら、その時点でこの辺りを見回っていた正騎士たちが気づいたはず。シムルグがヨハネの翼に宣戦して以降、街を監視するため正騎士の見回りは強化されていた。
サイカ:(となると他にユウが行きそうな場所は、えーっと…………)
若干サイカの希望的観測も含まれているがサイカの、ユウがまだ生きているという推測は的中している。だがサイカは、忽然と姿を消したのはユウ自身の意思だと思っている。
読みを外し、極島支部へ戻っている途中で、サイカの持つ通信機器にアキから緊急の連絡が入った。
アキ:「ヨハネの翼構成組織であるグリーンベア、レッドバイソンの両組織がそれぞれ極島支部北東部、北西部に出現。支部に向かって進軍を始めたと連絡が入った」
サイカ:「(レッドバイソンっ――)トウヤ…………」
アキ:「両組織にはそれぞれ最高幹部アボットとエンペラーが対応に向かっている。近くにいる正騎士は彼らの援護を」
今サイカがいるのは極島支部から西に七百メートルほど離れた地点。レッド・バイソンの出現報告があった地点からはそれほど離れてはいない。
極島支部へ向かい進軍を進める現レッドバイソンのメンバーたちの方へ向きかけた足を、サイカはグッと抑え込んだ。
サイカ:(今は相棒の無事を確認することが先決)
再び足先を支部の方へ向けたサイカは歩き出して数歩目で、近くの曲がり角から勢いよく飛び出してきた人物とぶつかった。
サイカ:「きゃっ」
それほど強く強くぶつかられたわけではないが、驚きで思わず普段なら絶対にしないかわいらしい悲鳴を上げてしまうサイカ。
曲がり角から飛び出してきた人物:「すいません。急いでて周りよく見てなくて」
ぶつかった人物は、サイカの上げたかよわい女の子の声を聞いて、慌てて謝りながらぶつかってしまった相手に手を差し伸べた。
サイカ、曲がり角から飛び出してきた人物:「――っ」
そこでようやく二人は互いの顔を視認した。
ぶつかった相手は互いによく知る人物だった。
サイカ:「トウヤっ」
トウヤ:「サイ姉っ」
レッドバイソンの出現報告があった地点から少し外れた所で元レッドバイソン初代頭――鬼島彩夏はかつての戦友でありなおかつ現レッドバイソンの二代目頭――一ノ瀬闘也との再会を果たした。
サイカ:「あんた、どうして――」
トウヤ:「……」
つい漏らしてしまった自分の女の子らしい声を相手に聞かれてしまったことを知り、一瞬頬を赤らめるサイカ。
トウヤはサイカの質問に答えることなく、何か覚悟を決めたように無言で拳をグッと握るとそのまま硬く握った拳を敬愛する元レッドバイソン初代頭目掛けて打ちだした。
サイカ、トウヤ:「「ぐっ」」
突如放たれたトウヤの神意を纏った拳をサイカは自身の華奢な細腕で受け止めた。サイカといえど、男の全力ストレートをまともくらえば骨が折れる。だがサイカのトウヤの拳を受けた腕は無傷。それはおろかサイカには拳を受け止めた痛みさえ感じていなかった。原因はサイカの頭から伸びる真っすぐの二本の角。ほんの一瞬トウヤはボクシングローブを付けた拳でコンクリートの塊を殴ったような錯覚を見た。
トウヤ:「化神化か」
サイカの神託――鬼の神託。化神化により頭部から力の結晶である二本の角を生やすことで身体能力、身体の頑丈さも大幅に強化される。
トウヤの渾身の拳を無傷で受け止めたサイカは間髪入れず、空いていた左拳でトウヤの顔面を思いっきり殴り飛ばした。
トウヤ:「ぐぁっ」
サイカの拳をまともに受け、トウヤは自身の後方二メートルの位置まで勢いよく吹き飛ばされた。
サイカ:「あんた……本気で私に勝てると思ってんの」
トウヤ:「いつまでもサイ姉が知る俺じゃないんですよ」
強がってはいるがサイカの今の一撃、自身との間にある圧倒的な力量の差をトウヤに実感させるには十分すぎる衝撃があった。もう一度あの拳をもろに食らえば確実にトウヤの骨に亀裂が入る。明らかに自分より強い相手。それでもトウヤは立ちあがることを選んだ。
サイカ:「あんた、どうしてまだレッドバイソンなんてやってるの。私が抜ける時、チームは解散するって言ったわよね。あんた、あの時の私との約束を破ったの」
ふらつく足を何とか力尽くで抑えこみ、トウヤは再びサイカの前に立った。
サイカの敵として…………
トウヤ:「うるせえよ、チームを捨てたあんたには関係ない話でしょ」
サイカ:(イラッ)
ちょっと前までは自身の後ろを健気についてくるかわいい後輩だったトウヤに粗雑な扱いをされブチ切れそうになるサイカだったが、サイカを見るトウヤの目は完全にヤル気だった。トウヤは本気で昔の相棒であるサイカをぶちのめす気でいた。
その眼を見て、サイカはトウヤを真正面から見据えた。
サイカ:「トウヤ…………あの後、一体何があったの」
トウヤ:「ふっ――」
トウヤは相手ではなく、自分自身をあざ笑うかのように息を吐き捨てた。
トウヤ:「別に、よくある話ですよ。圧倒的カリスマでチームを率いてたヘッドがいなくなって、チームは衰退。分不相応にも先代の後を継いだ二代目頭(先代の金魚の糞)は、先代の背中を追いかけて空回りばかり。そのみっともない姿にメンバーは呆れてチームを離れていった」
サイカ:「トウヤ…………」
サイカが抜けた後も、何とかこのチームを存続しようと足掻いていたかつての自分をあざ笑っているかのように見えて、サイカにはあの時から今に至るまでのすべての自分の行いを嘲笑しているかのように見えた。
トウヤ:「それでも俺は、チームを、俺たちの居場所を失くしたくなった。そのためなら、俺は何でもしてみせるっ」
そう言って、トウヤは懐に手を伸ばし、ある物を取り出した。
トウヤ:「サイ姉に見せてやりますよ、これが俺の――」
サイカ:「あんた、その石は」
以前オフィスビル立てこもり事件でサイカとアキ、二人の正騎士と対峙したブルーオルカ・ナンバーツー、鮫肌海次が圧倒的実力差のある二人に対抗するために使った、理性と引き換えに神意量を爆発的に上昇させる謎の石。トウヤは前日、ヨハンの翼頭首より今回の全面対決の作戦内容を聞かされると同時にルビーのように輝く赤い石――ソロモンの石を渡されていた。それをトウヤは自身の懐から取り出し――
トウヤ:(…………こんな石に頼らなくても、俺は)
そのまま懐にしまった。
トウヤ:「サイ姉、見てください。これが俺の、あれから一人でなんとかしてチームを存続させようと足掻いた、哀れな二代目頭のありったけの全力です」
サイカ:(これって、まさか)
トウヤ:「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
気合の咆哮と共にトウヤは頭から、サイカとはまた違う形の、闘牛のように少し湾曲した力の結晶である二本の角を生やした。
サイカ:「化神化」
トウヤの神託は牛の神託。トウヤもまたサイカ同様、部分的な化神化を果たした。
トウヤ:「これが俺の、二代目レッドバイソン頭の力です」
地面を蹴り、一瞬のうちにサイカとの距離を詰めたトウヤはそのままサイカ目掛けて突進を敢行。
サイカ:「っ――ぐ」
サイカはそれを真正面から受け止めた。
互いに指を絡めながら組み合う二人の化神化した神人類。純粋な力と力の勝負。無防備になっている足を狙って、バランスを崩させれば簡単に勝利を掴むことは出来るが――それは二人の望むことではない。
化神化により爆発的に向上した足腰の力を突進力に活かしたトウヤの勢いを完全に殺すことはできず、トウヤの突進を真正面から受け止めたサイカはそのままトウヤに上から覆いかぶさられるように上半身を後方に反らしていた。
トウヤ:「俺は、サイ姉を超えて正真正銘の、レッドバイソンの頭になる」
圧倒的に優位な体勢をとったトウヤが徐々にサイカを押し込んでいく。
トウヤ:「もう誰も、俺たちのチームを馬鹿にさせねえ」
サイカ:「っ――」
一見闘志にあふれるトウヤの声だが、その奥にあるトウヤの悲しい叫びをサイカは聞き逃さなかった。サイカの頭に生える二本の角が赤く輝きを発し始めた。
トウヤ:「俺がサイ姉の作ったチームを護るんだ」
サイカ:(トウヤ、あんた…………)
トウヤの想いを知り、サイカは全力で、真正面からトウヤを叩きのめすことを決めた。過去の美しい思い出に囚われているトウヤの目を覚まさせるために――
トウヤ:「っ」
圧倒的に優位な体勢にも関わらず、サイカに徐々に押し返されていくトウヤ。
体格も筋力も男であるトウヤの方が勝っているはずなのだが、サイカは自身の神意を頭の角に流し込み、発光。自身の肉体をさらに強化したのだ。
トウヤ:「どうして」
サイカ:「…………なめんじゃないわよ」
サイカに押し返され、二人の体勢はついに逆転。
逆L字型の体勢になるほどトウヤを押し返したサイカは強引に組んでいた片方の手を引き離すと、拳をギュッと握り、限界ぎりぎりまで振りかぶった。
サイカ:「いつまでも過去に囚われてるあんたが、今の私を超えるなんて百万年速いのよっ」
トウヤ:「がはっ」
振り下ろされたサイカの拳はトウヤの顔面を正確に捉え、トウヤは全身、地面のアスファルトにめり込まされた。
サイカ渾身の拳を受け、トウヤは意識を失った。
★★★
極島支部から北西八百メートル地点。
エンペラー:「ふわぁぁ、もう終わり」
レッドバイソンのメンバーだけでなく極島支部の正騎士たちも含め、多くの人間が地べたで意識を失って倒れ伏す中でエンペラーは眠たそうに欠伸をしながら立っていた。
唯一倒れずにいた正騎士A:「あ、あのエンペラーさんそろそろその御業の解除を――あっ」
唯一その場でまだ倒れずにいた極島支部の正騎士も、現場で浮遊する無数の泡の一つに不意に触れてしまい、その場に倒れてしまった。
エンペラー:「あーりゃりゃ」
エンペラーの神託はバクの神託。現場に漂っているいくつもの妖しい色をした泡はエンペラーの神の御業――夢幻泡沫で生み出した、睡魔の爆弾。泡に触れた者は泡の中に閉じ込められた強烈な睡魔をもろに吸収してしまい、たちどころに深い眠りに落ちてしまう。
この場に倒れている全員、エンペラーの夢幻泡沫でぐっすり眠っているのである。
エンペラー:「まっ、いっか。これで任務完了。みんないい夢見てね」
極島支部へ向け侵攻をしていたレッドバイソンのメンバーたちの制圧は終わりエンペラーは、シムルグのいる極島支部へ戻る――ことはなく
エンペラー:(幸せな夢を見られるのは今だけだろうから)
その場で待機することを選んだ。
★★★
極島支部から北東一キロ地点
グリーンベアの隊員A:「く、くそ離せ」
アボット:「ほっほっほっ」
極島支部に向かい、列をなして進軍をしていたグリーンベアの隊員たちは全員巨大な棘の付いた蔦、アボットの神の御業――救済の薔薇に体を絡めとられていた。
極島支部の正騎士A:「あ、アボット様、なぜわれわれまで捕まってるのでしょうか」
グリーンベアの隊員たちだけでなく極島支部の正騎士たちも、アボット以外のその場の全員、アボットの救済の薔薇に体を絡めとられ、身動きが取れない状態にさせられていた。
アボット:「何となくです」
極島支部の正騎士A:「な、なんとなく、ですか…………」
じゃあ早く解放しろよと言ってやりたかったが、自分よりも立場が上なので何も言えない…………仕方なく顔を引きつらせ、不平を訴える正騎士を見て、アボットはニコッと笑った。
アボット:「ほっほっほっ、冗談ですよ。この業は制御が難しくてですね。楽にしてあげますから、もうしばらくお待ちください」
極島支部の正騎士A:「は、はあ、わかりました」
エンペラー同様、敵の制圧を終えたアボットもまたシムルグのいる極島支部には向かわず、その場で最後の仕上げを行うことにした。
エンペラー:(はてさて向こうはどういった結末を迎えることになるのでしょうな)




