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破却の新世  作者: Y
8/10

7.南へ


 ブルー・リッジは横須賀港の沖合い、東京湾の内海寄りに停泊していた。


 後甲板にはヘリポートがある。私と羽根木は海上自衛隊のSH―60で第七艦隊の旗艦に降り立った。


 アメリカ合衆国が“テラ”に飲み込まれて以降、ブリュッセルのNATO本部は別として、実質的に、ここがアメリカ軍最後の司令部となった。


「CICでブリーフィングをするそうだ。…と言っても、日米双方でC4Iシステムは崩壊した。統合運用もクソもない」羽根木が先頭に立った。


 案内されるまま、戦闘指揮所に直行した。


 ディスプレイの半分近くがブラックアウトしており、オペレーターにも活気がない。ヘッドセットを外している者すらいた。


 偵察衛星のコンステレーションや、陸海のイージス・システム、アメリカ本土のデータセンター機能が壊滅させられたせいで、圧倒的に情報不足なのだろう。


 私たちの前に立ち上がったブリーファーは意外にも軍ではなくCIAだった。年配の女性の分析官で、ロニー・ジョーンズと名乗った。


「今回のオペレーションは、日米同盟に基づく最後の共同行動になるでしょう。さて、肝心の“テラ”のタイムスリップの仕組みは未だ解明されていません」


 ロニーが説明を始めた。


「しかし、分かったことが一つあります。彼らは、現状を維持するために大量の電力を必要としている」


「なるほど。だから南極か?」アメリカ海軍の将校が口を挟んだ。


「そのとおり。あそこには世界最大の原子力発電所があります。タイムスリップと同時に彼らはあそこを支配下に置いた。タスマニア・ルートの海底ケーブルを切断した後、チリを経由して、秘密裏に電力を引き込んでいる」


「ヴォストーク基地」


 ロニーは頷いた。


「欧州のNATO軍と連携して、あそこを叩くわけだな」別の将校が発言した。


「我々と日本軍のF―35、欧州のユーロファイターほか、四機編隊五個で飛行隊を編成しました」


 ロニーは顔を歪めた。「もはや秘密ではない。この二十機が我々の最後の空軍戦力です」


「こいつら、原発を空爆するって、正気か?」私は日本語で呟いた。


 羽根木が囁いた。「馬鹿だな。ヴォストーク原発は地下核融合炉だ。核爆発もメルトダウンもしない」


 だが、心細い限りだ。


 SH―60で移動中、羽根木から聞いた国際情勢も気が滅入る内容だった。


 急激な気候変動やサプライチェーンの分断、国際通信網も機能停止する中、唯一国力を温存してきた中国が、“テラ”と水面下の交渉に入ったらしい。


「北京は奴らと手を組むつもりだ。というより、“テラ”は、基本的にはタイムスリップ後に、つまり、これからテラに移住する非欧米人の国だしな」と羽根木は説明した。


 なるほど。


 タイムスリップによって、アメリカ大陸の人々とその子孫は全滅した。


 そして今まさに“テラ”は、ユーラシア大陸を標的に、欧米人とその文明を衰退させようとしている。白人優位の歴史は終わるのだろう。


 そして、欧米に与する日本人は没落する側に立っているということか。


 インドも中国と足並みを揃えつつあるという。地球規模のパラダイム・チェンジは決定的だ。援軍はない。


 最後にロニーは私に話しかけた。


「ミスター・ベアボーイ。あなたも南極に向かいます。極めて重要な任務のため、別行動をしてもらいます」


 彼女は微笑んだ。


「人類の希望につながる特別な任務です」


 私は、“聞こえた”という意味で頷いた。


 引っかかるのは、“人類”という意味だ。


 彼らが言う“ヒト”の概念に、果たして人種や宗教、イデオロギーを超えた普遍性はあるのだろうか。



 結論から言うと、ヴォストーク原発への総攻撃は失敗した。


「“テラ”は初期の飽和攻撃でミサイルを使い果たしたはずだ」という分析が誤りだった。


 南極大陸の“テラ”側の警戒空域に入ったところで地対空ミサイルの集中攻撃を受け、飛行隊は全滅した。


 私の巨体を載せたC―130輸送機は、一足遅れて戦闘空域に入ったため、被弾しつつも海上に不時着できた。


 私は任務に必要な、四十フィート・コンテナ一個分の必要資機材を抱えて泳がざるをえなかった。


 背ビレや尾を伸ばし、身体を左右にひねってイグアナのように泳ぐと、時速百キロほど出せる。


 海底に黒ぐろとそびえる海嶺を越え、横殴りに流れる極寒の南極還流を突破し、ひとり南極大陸に上陸した。


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