6.アイアン・メイデン
防衛省の敷地内に陸上自衛隊の市ヶ谷駐屯地がある。その教練場に向かった。
深夜に近い。外灯は生きているが、庁舎の室内灯はまばらだった。
広場は闇に包まれ、サーチライトが、そびえ立つ建造物を照らし上げていた。
ガントリークレーン。港湾で大型コンテナの積み下ろしに使うタイプだ。
巨大な物体を移動中だった。
その下で、七三式特大型セミトレーラが待機していた。
「でかいだろ?」遼馬が横に立った。
吊るされているのは、青鬼の新しいアーマードスーツだ。全長は十メートルほど。つまり、一〇式戦車と同じくらいの図体だ。
「どうだ?最強の仕上がりだ」
その外観は、敵意に満ちて禍々しい。
「どこかで見たことがある。中世の拷問具だな。閉じ込めて串刺しにするやつだ」
「なるほど。“アイアン・メイデン”鉄の処女か。言えてる」遼馬は顔をしかめた。「だが、あのトゲトゲは、神経回路の接合端子だ。身体に入ってくるときは痛いだろうが、馴染めば驚異的なスピードを手に入れる…」
「はずか?」私は尋ねた。
「はずだ」遼馬は頷いた。
しかし、端子などという生半可な代物ではない。地獄の剣山に抱きしめられる感覚だろう。
「俺たちは、どこに行くんだ?」
「横須賀基地。あそこに、ブルー・リッジが停泊してる」
驚いた。揚陸指揮艦ブルー・リッジは、アメリカ海軍第七艦隊の旗艦だ。あの飽和攻撃を生き残ったのか。
「米軍が健在とは知らなかった」私は言った。
「いや、あとはF―35が数機。横田にリーパー部隊も若干残ってるが、自爆にしか使えん」
遼馬は首を横に振った。「だから、お前とアイツが必要なんだ」
「クソ。どんな気分だ?俺たち家族、全員を地獄に見送るってのは」
遼馬は、自分の頭に人差し指を突き立てた。「俺は横須賀には行かない。この頭脳には使い道があると言っただろ?“テラ”の脳移植技術を白紙にするっていう仕事がある」
「酒呑童子の鬼どもは平安時代に突如現れた。当時最強の侍たちと闘い、ミイラ化した己の肉体と、俺たちというDNAを残した。不思議じゃないか?」
青鬼は、緋村の男の頭脳しか受け入れない。遼馬は、その原理を解読しつつある。ゆくゆくは、汎用性の高い脳移植技術を確立できるだろう。
「俺は、オーグの研究データを利用して、将来的には、ヒトの脳を動物に移植できると思う」
「“テラ”のように?そりゃめでたい」
「そうじゃない。“テラ”の脳移植技術を生んだのは、多分、未来の俺なんだ。あるいは、俺の弟子か子孫か。いずれにしても、出発点にいるのは俺だろう」
「じゃあ、研究をやめろよ」
「もう手遅れだ。データをすべて消去するしかない」
「なるほど」
ようやく解った。
遼馬は繰り返し、自分の頭を撃つというゼスチャーをしてきた。研究施設を破壊して自殺するつもりだ。
今ではない。
遼馬は生き残り、将来、平安時代に向けて「プロトタイプ」を送り込む。それに私が今から乗り込んで闘う。
この歴史をまだ変えるわけにいかない。
「本当に消すんだな?」私は睨みつけた。
「ああ、心配するな」遼馬は、淡々と応えた。「それより、木崎天音って看護師とデキてるな?」
「いや、俺の担当だが…」
「あの女は“テラ”のスパイだ」遼馬は私の表情を探った。
「まだ子供じゃないか。動物好きというだけだ。カラスに餌付けしてるのを見たが、本人は何も考えてない」
「だから取り込まれるんだ」遼馬は苛立たしげに言った。「もう保全隊が動いてる。あの女には近づくな」
遼馬は返事を待たずにその場を去った。
見上げれば“アイアン・メイデン”が、ささくれた牙をむき出して宙吊りになっている。
最初に食われるのは私だ。