9.再生
長い階段を降りると、小屋の地下に設けたシェルターに通じる。私が永久凍土をくり抜いて作った堅牢な密室だ。
その完成とともに、私はアーマードスーツを脱いだ。損耗が激しすぎたのだ。
シェルターは、マイナス一九六度の液体窒素で冷凍保存した受精卵の保管庫だ。
政治家のほか、様々な分野の研究者、アスリート、芸術家の遺伝子が、数千本ものストローに収まり眠っている。
遼馬は、研究施設を破壊する前に、颯馬と天音を私の手もとに送り届け、同時にいくつかの情報を伝えてくれた。
欧米人のエリートたちは、北京に仲介を頼み、“テラ”との秘密交渉を進めている。
要求の最優先事項に、これらの遺伝子の生存がある。交換条件は、トップレベルの優秀なDNAのみを選別したということ。
確かに利用価値は無限だろう。
だが、ヒトとヒトならざるものへの選別はもう沢山だ。
遼馬の死によって“パラドクスの溶解”が始まってから、繰り返し考えてきたことがある。
私はこの日、冷凍室の電源を切り、扉を開け放った。
地上に出て空を見上げれば、珍しく白夜のオーロラが幽かにはためいていた。
その瞬間、はるか水平線に向かって、視界が真っ白に輝いた。
これは煉獄。
大規模な“パラドクスの溶解”だ。
私が預かり、そして死を与えた受精卵の中に、将来タイムスリップ技術を開発するはずの科学者の血筋がいたようだ。
不思議ではない。半ば予想していた。
あのストローの束は、人類の叡智と進化の可能性の集積だった。
“テラ”の出現から二年、一匹の青鬼によって、地球の半球を覆う“虚無”が発生することになった。
破滅的な爆風。鬼の身体もちぎれ飛んだ。
和解と復活の新世を夢みながら…
― 終 ―




