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第1話 再開

 「…ん」


 眩しい。

 光を感じる。

 僕はさっきトラックにはねられた。

 ここは病院だろうか。

 

 目を薄く開くと、強烈な光が瞳孔に飛び込んできた。

 

 ぼやけた視界が、徐々にクリアなものへと変わってゆく。

 そこにあったのは、明るい電灯のついた病院の天井。

 ではなく、視界一面に広がる澄んだ青空であった。

 

 「…空?」


 自分の目を疑った。


 「生きてる、」


 その時、今まで嗅いだことはのない、うっとりするような香りが鼻腔をかすめた。

 と同時にわかった。


 「花」


 その香りが、植物由来、すなわち花の香りであると、17年の経験でわかった。

 

 上半身を起こす。

 身体には、もはや交通事故の跡など残っていなかった。

 粉砕された骨も、失った皮膚組織も、全て完治したようであった。

 そこにあるのは、あの朝横断歩道を渡る前の、制服に身を包んだ綺麗な身体であった。

 先程死の直前に感じた痛みなど微塵も残ってはいなかった。


 (…痛くない 俺は死んだのか?)


 その無痛により、僕は自分の死を感じていた。


 そのまま、辺りを見渡す。

 そこには、一面の花畑が広がっていた。


 花畑は赤、黄、青、白鮮やかな色で彩られていた。

 どうやら僕は、そのカラフルな花畑のちょうど真ん中あたりで眠っていたようだ。

 正面には大きな山が見えている。


 (…どこだ、ここ)


 立ち上がり、後方を振り返った。

 その時、目が捉えていたものは後方に広がる大森林。


 ではなかった。


 僕の視線は下を向いていた。

 先程まで自分の頭部が有った地点。

 その少し先に寝転がる一人の少女。

 僕の両目はその少女に釘付けとなっていた。


 (っ!!?!)


 見間違い、ではない。

 そこで寝ている少女は、僕がこれまで九年以上毎日顔を合わせてきた三枚の写真。

 その真ん中で、満面の笑みをみせる7歳の少女。

 

 その人であった。


 「凛…華姉…ちゃん」


 姉だ。

 眠ったままのその顔は、仏壇に並ぶ彼女の弾けた笑顔とは異なっていた。

 しかし、その少女は紛れもなく、僕と同時に生を受けた双子の姉であった。


 少女は目を覚さない。

 けれども、一定のリズムで呼吸をし、その度に彼女の身体が微かに動いているのがわかる。

 身長は120cm程だろうか。

 当時の僕より少し大きい。

 勿論、今では僕の方が遥かに大きいがっ!


 (小学生相手に情けない)

 

 一人でそんなことを考えている間も、彼女はすやすやと心地よさそうに眠っている。


 (なんでここに姉ちゃんが? 

             ……あの日のままだ)

 

 五年間待ち望んだ姉との再会が、突然実現したことに対して、驚き、喜びそして悲しくなった。


 「死んだのかぁ…」


 姉との再会により、死んだことが僕の中で確信へと変わっていた。

 なにより、幼いままである姉の姿が、そう確信せざるを得ないものへとさせていた。

 

 (ならば、ここは天国なのか?)


 両親も近くにいるだろうか。

 そう思って周囲を再度見渡すが、僕等以外、人の気配はない。

 

 わからないことが多すぎる。

 周囲を探索してみようか。


 いや、眠ったままの姉を一人にするのは危険だろう。

 一体どんな危険があるのかはわからないが、無防備な子供を一人にはできない。



 

 目を覚ましてから、どれ程の時間が経ったであろうか。

 僕は、姉の寝顔を眺めていた。


 姉のそばから離れるわけにもいかず、今に至るまで彼女の傍に座したまま周囲を観察していた。


 風に靡く森林の木々や眼前に広がる山々は、とてつもない存在感を醸し出している。


 花畑をよく観察していると、少し離れたところを虫の()()()()()達が飛び回ってた。


 ようなもの、というのも自分の視力の悪さからその姿を正確に捉えられてないこと。

 そして生物たちの姿が遠目にも、見たことのあるものではなかった為である。

 虫にしては、彼らは羽を沢山持っており、体節も歪なものが多かった。

 近づいてくることはなかったため、安心して彼らを観察していた。


 そして、時折どこからともなく甲高い鳴き声が聞こえてくるのである。

 トビのような美しい鳴き声であったが、不思議と不安感を煽るものであった。

 幸いなことに、その声の主が姿を現すことはなかったが。

 

 そんな中で僕は、 


 (ここは天国ではないのだろう)

 

 と考えるようになっていた。


 

 一人で過ごしているうちに、冷静に思考することができた。 

 その間に様々な疑問が湧き上がり、脳内を駆け巡っていた。



  

   [1.この少女は本当に姉なのか]


   [2.なぜ自分と共に此処で眠っていたのか]

 

   [3.彼女は目を覚ますのだろうか]




 主にこの三つの問いが、代わり番こで僕の脳内を支配し、その度に熟考した。




   [1.彼女は本当に姉なのか]


 彼女が確実に姉であるという証拠はない。

 だが、僕はそのことに関して100%と言ってもいい確信を持ってる。

 僕はそれを直感で感じ取っていた。


 果たして、それはただの勘違いなのか。 

 はたまた、そうであってほしいという願望が僕をそう思わせているのか。



 否

 僕が姉と過ごした八年にも及ぶ月日。

 そこから生まれる、双子の絆。

 それを持ってして、僕は目の前に横たわる少女が姉であると確信している。


 (彼女は、間違いなく姉の凛華である)


 


   [2.なぜ自分と共に此処で眠っていたのか]


 これに関してはわからない。

 ここがあの世であるのならば、一体どうやってここへきたのか。

 なぜ姉は僕の居場所がわかったのか。

   

(死者の家族には「家族が来たよ!」という

          お知らせでもいくのだろうか)


 なんて、とんでもファンタジーな世界を想像したり。

 

 姉がいるのならば、両親がいてもおかしくない。

 しかし、ここには姉と僕しかいない。

 やはりここは天国ではなく、なんらかの理由で僕等だけ存在してるのか。


 (だとしても、どーやって)


 あの日以来、姉だけ見つかっていないことと関係があるのだろうか。


 考えれば考えるほど謎が深まっていった。


 


   [3.彼女は目を覚ますのだろうか]

 

 この問いに対する答えは、すぐに出た。

        姉が目を覚ましたのだ。









 目を覚ました少女は、戸惑っているようであった。


 (此処を知らないのか? 

  …ならばここはやはり天国ではないのだろうか)


 彼女は眩しそうにゆっくりと目を開けると、すぐさま立ち上がり周囲を見渡した。

 彼女の視線は、一面の花畑、その先に広がる大森林そしてその反対側に位置する山々を通過していった。 

 その度に彼女は圧倒されていた。

 そして今、その両目は僕を捉えていた。

 

 (…何を考えているのかわからない) 

   

 話しかけるべきだろうか。

 それとも、僕のことを弟だと認識しているのだろうか。

 いや、それはないだろう。

 弟とはいえ十年間近く会っていない。

 面影はあるだろうが、第二次成長を迎えた僕の見た目は小学二年生の頃とは似ても似つかないだろう。

 身長、顔、体つき。

 全てに於いて、彼女の知る流華という少年とはかけ離れているだろう。

 

 (ここは、僕から話しかけた方がいいだろう、

         不審者だと思われないためにも)


 「こんにちは」


 まずは挨拶からだ。

 姉であったとしても、彼女は僕のことを弟だとは思っていないだろう。

 こんな時は、お互い初対面のように接するのが一番だ。


 少女は、一瞬目を大きく見開いた後で、


 「こん…にちは」

 

 聞き取れるギリギリの声でそう言った。


 (やはり、僕に気付いてはいないようだ)

            

 まぁ、当然か。

 それとも、弟が妙に他人行儀であることに驚いたのだろうか。

 いや、流石に前者だろう。

  

 (さて、どうしたものか)


 次は何と話しかければいいのだろうか。

 この場所について尋ねてみようか。

 先程は、知らない場所に来てしまった、というような反応を示していたが。


 そうこうして悩んでいると、


 「…あの、」


 姉の方から話しかけてきた。

 

 その声を聞いた僕は、すぐさま姉の方に向き直る。

 そして、あたかも「僕は悪い人じゃないよ」と言わんばかりの雰囲気を漂わせながら、自分のできる最大限の微笑みで彼女に、

 

 「どうしたの?」


 と、優しい声で聞き返す。

 迷子の子供に「お母さんは?」と尋ねる時の声だ。

 人間関係において、ファーストインプレッションは大切である。

 まぁ正確にはファーストではない、が。

 

 「…ここは、どこですか?」


 予想していた質問だ。

 が、困った。

 そのことに関しては、自分もさっぱりわからない。

 今でこそ、ここはどこかの山奥なのだと理解しているが、目覚めた時は、ここは天国なのではないかと思ったほどである。

 

 自分が目を覚まし、そして彼女が目を覚ましてから今に至るまで、分かったことといえば

 

 「どうやらここは天国ではないらしい」


 と言うことだ。


 ここが天国ではない証拠(になるかは、分からないが)に、自分が目を覚ました時から太陽の位置が明らかに移動している。

 

 いずれ夜になるのだろう。

 果たして、ここの気候がどのようなものであり、夜はどの程度冷え込むのか見当もつかない。 

 僕は、春仕様の制服姿。

 姉は、夏物と思われる長袖で薄地の黄色いパジャマのような服を着ていた。

 が、防寒という点ではどちらも全く使い物にならない。


 そしてこれまでの観察で、この場所は森林や山に囲まれており、周囲には未知の動物たちが存在していることもわかっている。

 危険性などは全くわからない。


 これらのことを踏まえ、僕らがこの場所に留まり続けるのは危険だ。

 と言うのが、姉の眠っている間にたどり着いた僕の見解である。


 ここが何処であるかについては見当もつかないが、今僕らの置かれている状況が安心できるものでないことは確かであった。

 

 姉の質問に答えることはできない。

 しかし、このことを姉に理解してもらい、この場所を少しでも早く離れなければならない。

 

 「そのことについては、僕もさっぱりわからないんだ」


 終始怯えているようであった少女の表情が、より一層曇った。

 

 無理もないだろう。

 初めての場所、周囲に知り合いはいない。

 みたこともない生物が飛び回る花畑。

 頼みの綱として目の前の人物に助けを求めるも、その人も自分と同じ状況であり、使い物にならない。

 小二女子が絶望するには十分な材料だろう。


 (初対面の相手に勇気を出して話しかけただけでも

           偉い、頑張った!すばらしい!)

 

 その少女に対して、さらに絶望させる内容のことを話さなければならない。

 

 小学二年生の頭に理解できるだろうか。


 (きっと理解してくれるはず)


 そんな希望を胸に、僕の考えを手短に彼女に伝える。


 「できるだけ早くここを離れなければならない」

 

と。



 姉は、今にも泣き出しそうであった。


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