隣の鰹
お久しぶりです。
今年は(も)花粉症がヒドいです。
どうにかならないんですかね。
隣の鰹
一
初鰹を「粋」として、江戸の人々が珍重していたのは、有名である。
尤も、本当に初物として入手できるのは、極めて限られていた人たちだが。
大半の庶民は、大体現在の六月から七月の値段が落ちる頃になって、漸く手の出る物である。
また、鰹の薬味は、当時は芥子をつけて食すのが一般的だった。
文政の終わり頃。
とある長屋の夫婦が(現在の)八月も半ばも過ぎてから、如何にか安価な鰹を手に入れた。
魚屋にて、夫が鰹を購入し、妻は芥子の用意をする。
夫婦は大喜びして、初鰹を堪能したが、次の日に彼らが働く商家の番頭がこう言って、小馬鹿にした。
彼は(現在の)四月の初めには、もう既に大金を払って食べていた。
上司であるこの番頭は、煙草好きで、煙管を常に持っている。
「お前ぇさんらが喰ったのは、隣の鰹だよ。今頃喰って、満足するたぁなぁ」
「何ですかい。でも何とも口に広がる旨味が有りましたぜぃ」
「だから、其れが隣の鰹なんだよ。初鰹ってのは、さっぱりとした味がするもんなんだ」
隣の鰹と聞いて、全く不可解な夫婦だったが、以降この夫婦はこの味が忘れられず、毎年(現在の)八月や九月に入ってからの鰹を、「初鰹」として食べていたのだった。
二
「隣の鰹とは、全く奇妙な話だねぇ」、とこの本来の語り部の江戸時代の生まれの老婆は語り終えたが、聞き手の私の高祖父は珍しく調べて、次の様な補足を記していた。
「恐らく、この夫婦が味わっていたのは、戻り鰹の事だろう。『隣の鰹』とは、戻り鰹を意味していると思われる。そう言う意味では、初秋に戻り鰹を食べていたのだから、彼らは『戻り初鰹』を堪能していたのだ」
そう、日本で獲れる主な鰹とは、太平洋側を黒潮に乗って、春に九州南部から北上し、夏に本州の最北端に達し、其処で親潮とぶつかるためUターンして、また南下する季節的な回遊魚である。
つまり、隣を逆方向に泳いでいる訳だ。
南下する鰹は脂が乗り、春に獲れる物とは、また異なる美味である。
因みに鰹は「夏」が季語だ。
其の様な訳で、当の番頭は「隣の鰹」と呼んで、小馬鹿にしたのだろう。
だが、味が良ければ、「初物」や「粋」など、如何でも好い事では無いか?
隣の鰹 了
この投稿日前の夕食に、初鰹食べました!
1000字以内のショートショートを作ってみたかったので、チャレンジしてみました。
推理物で小話やるのは、ちょっと変ですかね。
っていうか、秋の歴史のテーマが「食事」のなので、そっちで投稿したほうがよかったような。
ちなみに夏のホラーは書き上げていて、秋の歴史に今現在悪戦苦闘中です。
なんか、本文より、前書きと後書きの方が文字数が多くなってそうですね。
次の投稿予定は夏のホラーなので、よろしくお願いします。
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