序章
頭に激痛が走った。いや、そう感じた。おそらく直前の恐怖によるものだろう。
なんの直前かって?言うまでもないだろう。死ぬ、いや殺される直前だ。
高校の授業が終わりいつも通り運転手さんの待つ校門へ向かった。しかしそこで待っていたのは運転手さんではなく見知らぬ怪しげなおじさん。側に控えるのは黒塗りのリムジンではなくキズだらけのボロい車だった。
「宝城財閥のお嬢様ですよね?」
という質問に答えるべく口を開こうとした瞬間、後ろからハンカチで口を抑えられ私は気を失った。
あまりにも急なブレーキで私は目が覚めた。運転が荒く乗り心地は最悪、正直吐きそうである。などと、見知らぬおじさんの運転にケチつけていたら運転席の方から怒鳴り声が聞こえた。
「おい!気ぃ付けろ。人質が起きちまうだろ!?」
「わりぃ、まぁ財閥のお嬢様ならお嬢様らしく大人しくしてるだろーしよォ」
などという会話からして間違いなく誘拐というやつなのだろう。
正直何が何だか分からないが大人しく捕まってやる筋合いもない。
だがここは移動中の車の中である。飛び降りること自体が自殺行為だが、そもそも手足を縄で縛られ、その上口にガムテープが貼り付けられている。車のドアを開けること自体無理であろう。
今はなす術がないので、どうするかは着いてから考えようと私は再び眠りについた。
「おい、オイ、起きろ、起きろっつってんだろうがァ!」
と、見知らぬサングラスの男にどやされて私は目を覚ました。
やはりかという感じだが、椅子に拘束されている。手は後ろで、足は椅子の前足に縛られていた。ガムテープも貼り付けられたままだ。
更にはタバコ臭いガラの悪そうな連中百名ほどに囲まれている。
多分だが、ここは廃墟だろう。ザ・悪徳野郎共の集会場所というかんじだな。
などと余計なことを考えている余裕などないらしい。
「こんな時まで寝てられるなんて良い度胸じゃねぇか、なァ嬢ちゃん?」
と威圧してくるやからもいるが、無視でいいだろう。
「アン?無視かぁ?舐めてんのかコラァ!」
ガムテで口塞がれているのだから喋れるわけないだろう。阿呆かコイツ。とか思ったが口に出さないでおいた。と、いうか口に出せなかった。てか流石に黙ってほしいよ。この眉ピアスには。
「オウオウ!」とか言ってさらに煽ってきたが、流石に横槍が入った。見知らぬおじさんだ。
「おい、良い加減にしろ。仮にもソイツは人質なんだ。丁重に扱え」
「うっせぇ」
などという下らないやりとりも終わりを告げた。
「黙れ!」
とサングラスの男が一喝するだけであれ程騒がしかった廃墟内は一瞬で静まり返った。
あの眉ピアスでさえも黙り込んだのだ。それだけの迫力だったのだ。
「聞け。3時間前、宝城財閥に脅迫状を送った。娘を返してほしくば身代金、10億円を払えとな。あの社長は自分の子の中でもコイツを1番大切にしていたからな。大切な娘の為なら痛くも痒くもないだろう。そして、そろそろ返事が・・・まぁ、返事は決まっているだろう。」
『ピロリロリン』
「来た、お前らだまってろよ」
『も、もしもし』
「決めたか?さっさと結論を言え。言わなくてもわかるがな」
ぶっちゃけ私も聞かなくてもわかるだけど。
『た、大切な娘の為なら、、、、。とでもいうと思ったか?』
答えは、
「『NO、だ』」
ガムテープをなんとか剥がした私と父の声が被る。
『ブツンッ』
返事をした瞬間電話は切れた。
一瞬その場が沈黙に包まれた。が、すぐに怒りと困惑で塗り替えられた。
サングラスの男が私に詰め寄った。
「どういう事だ」
私は口を開いた。
「演技ですわ。社交の場では仲良しな親子を演じておりました。」
「ど、どういうことだ!」
驚くのも無理はない。
自分で言ってはなんだが、それほどまでに私と父の演技は完璧だったのだ。
勘がいい者はもう察しているだろう。
「そもそも父上は私を愛してなんかおりません。こういう誘拐事件などを見越してのことだと思います。私なら絶対見捨てられない、誘拐するならコイツを誘拐しよう、と万が一に備えてね。優秀な兄上がいるもの、私は捨て駒だったというわけよ。」
「なんだとぉ!ふざけるなァ!!」
とサングラスの男が声を張り上げると周りから『殺せ!』コールが始まった。
「身代金無しならもう生かしておく必要はねぇなァ!言い残すことはあるか!?」
「殺せ!」コールが続く中だ。この中で言い残せというのか。まぁ、そんなことももう気にする必要はもうないだろう。どうせ死ぬんだ。言いたいことを言わせてもらうことにした。
「聞きなさい!」
私は大声を張り上げ周りを黙らせた。
「最後のことばよ。聞いてほしいわ。私は、辛かったです。父上に大切にされるどころか、命まで晒されて。ほんっと、最悪な人生だったよ。」
「それだけか?」
最後だ。本当に最後だ、もういい。ぶちまけたるわ。
「私はこの世界が大嫌いだ!父上、いやあのクソジジィ反吐がでる程嫌いだ。私が殺してやりたかったよ!私も見捨てたババァも兄も、お前らも、世界も、私もこの地に誕生させた神でさえも、死ぬほど、大大大大大嫌いだァァァァ!」
と突然の豹変した私を見て皆目を丸くしている。
サングラスの男が耐えかねたのか、拳銃を構えた。
「もういい、安らかに眠れ。」
それを告げる言葉も、目も、父より優しく感じらたのだ。
「ありがとさん」
私はなぜか心から感謝する気になれた。
パァーンッ
とほんの一瞬で弾丸は私の脳天をブチ抜かれた。
それでさえも優く感じたのだった。
私の血で染め上げられたレッドカーペットを下に、私『宝城桜子』としての第一の人生は幕を閉じた。
『お願いします神様、次こそ愛されることが叶う世界へ私を誘ってくださいな』
これが今生最後の願いであった。
第二の生、リティス・アーチャーとしての物語はいつの日か。その時を私はずっと待ち望んでいた。