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無情と無才

婚約の承諾を受けたヴィクトルは満足そうに頷いた。


「俺は心からの恋などしたことがない」

「存じ上げております」


ヴィクトルは生まれてこのかた、恋愛というものに無縁だった。

圧倒的な美貌とは裏腹に、持ち前の性格と悪評とが重なり令嬢たちが寄ってこないからだ。


恋愛事情で騒ぐ貴族たちを見ては呆れてきた。

民をないがしろにして愛を語る貴族のようにはなりたくない。


「最優先事項は民の暮らしの安定、領地の経営。見栄えのための魔法だとか、くだらん恋などは二の次だ。

 だがしかし、俺はアンドレとセルネ公爵令嬢が好きではない」


エメリーヌの元婚約者、アンドレ。

彼とヴィクトルは知己の仲だったが、交流が深いわけではない。


浮ついた色男のアンドレと、堅物のヴィクトルとではもちろん反りが合わないだろう。

公爵令息という立場上、付き合いはあるが。

公然と長年尽くしてきたエメリーヌを婚約破棄したあの瞬間、アンドレに対する好感度は地に落ちた。


そしてアンドレの新婚約者……パメラ・セルネも同様。

エメリーヌという婚約者があると知りながら、アンドレを誘惑して寝取った女。

ヴィクトルからすれば軽蔑の対象だ。

いくら令嬢魔法の才能があると言っても、ヴィクトルは認めない。


「そこで、こうしよう。

 エメリーヌ嬢……いや、わが婚約者エメリーヌ。お前には令嬢魔法の家庭教師をつける。アンドレとセルネ嬢を見返すつもりでな」

「えっ!? 私が令嬢魔法を……無理ですよ」


先程の泥水紅茶で理解してもらえただろう。

本当の本当に才能がないのだ。


「無理なのは百も承知だ。だが、当家には奴がいる」

「やつ?」

「アラベル・アンリ。かつて王家に仕えていた令嬢魔法の教師。あの無能王女ベルナデットを才女に育て上げた天才だ」


アラベル・アンリは有名な女性だ。

高貴な生まれではないが、能力だけで王家に登用された天才。

顔は見たことないが、そういえばヴィクトルがアラベルと呼ばれる人を呼んでいた気がする。


「彼女に教えを乞え。それでもなお令嬢魔法が開花しなければ、それはそれで構わん。

 どうせエメリーヌに求めることは……婚約者としての振る舞いだけだからな」


婚約者としての振る舞い。

令嬢としてのマナーには自信はあるが、婚約者としての振る舞いはどうだろうか。

アンドレとまともに恋愛してこなかったエメリーヌにとって、ヴィクトルに合わせられる自信がない。


「私で大丈夫でしょうか……」

「不安という顔だな」


ヴィクトルは立ち上がる。

それからエメリーヌの隣に座った。


何事かと驚いていると、不意に彼がエメリーヌの肩に触れた。


「触るぞ。俺たちは婚約者なのだからな。

 ……ああ、こういう振る舞いは本当に不慣れだ」

「……実は私もです。アンドレ様とはまともにお付き合いしたことがなく、婚約者然とした振る舞いができません。貴族の方々の前で、ヴィクトル様の妻として堂々と歩けるかどうか」


心情の吐露。

ヴィクトルは少しだけ不意を突かれた。

まさか話して初日の令嬢に、本心を吐かれるとは。


なまじ自分が『無情公爵』として信頼されない人間だと自覚していただけに、ここまで信頼を得られるとは思っていなかった。

ならばヴィクトルも信をもって答えなければならないだろう。


「俺が他人へ適当に接するのは、本音を言葉にするのが苦手だからだ。貴族社会というのは、とかくめんどくさい。

 上っ面の言葉はすべて嘘で、貴族たちは何が言いたいのか理解できん。だから俺も言葉を閉ざし、他人と関わらないようにしていた」

「……そういう事情があったのですわね」


はたしてヴィクトルの本心を誰が知っているのだろうか。

貴族たちは誰も彼の心を知らないかもしれない。


「俺もエメリーヌも完璧な人間ではない。だからこそ、二人で補い合えばいい。

 無情と無才。互いに成長していけばいいさ」


情なき公爵、才なき伯爵令嬢。

二人は互いに足りないモノがある。


意外とお似合いの二人なのかもしれない。

エメリーヌは決意を固めて立ち上がる。


「ヴィクトル様! 私、アラベル様のもとで指導を受けてきます!

 才能がなくても……ヴィクトル様に相応しい婚約者になるために!」

「そうか。陰ながら俺も応援しよう。

 ……もっとも、至らない点があれば容赦なく言及するがな」


それでいい。

ヴィクトルはやはり容赦ない人間でなくては。


彼の冷たさには理由がある。

真実を知ったエメリーヌに、もはや無情の毒は通じないだろう。


エメリーヌは新たな決意を胸に部屋を飛び出した。

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