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才能を前にして

「エメリーヌ嬢との婚約を王命として出させたのは、この俺だ」


衝撃の告白にエメリーヌは固まる。

何を言っているのか、理解するのに数秒かかった。


「え」

「俺が望んで、お前との婚約を結ぼうとした。

 そこで国王に協力してもらい、王命を出したという次第だ」


ヴィクトルは国の権力者。

国王とも付き合いは深く、交渉することも難しくはないだろう。

てっきりパメラが嫌がらせで用意した婚約だと思っていたが……


だが疑問は山ほどある。

一番聞きたいことから尋ねてみることにした。


「なぜ私なんかを婚約者に……?」


令嬢魔法が使えない者は、令嬢ではない。

そう揶揄されるほどに魔法の才能は大事だった。

エメリーヌを婚約者にしたい理由が見当たらない。


「俺は才能が嫌いだ。才能を盾にして相手を否定する人間も嫌いだ」


強めの語気でヴィクトルは言い放った。

彼は壁に立てかけられている剣を見る。


「お前が婚約破棄された現場を見たとき、俺は言い様のない怒りを覚えた。簡単に婚約者を見限るアンドレに、エメリーヌ嬢の心を踏みにじるセルネ公爵令嬢に、そして才能を盾に誹謗中傷する貴族社会に。

 努力することも知らぬ貴族連中が……努力する者を嘲ることを認めたくなかった」


ヴィクトルの言葉には感情がこもっていた。

実感が伴っていた。

彼の過去は知らないが、エメリーヌは彼の言葉に引き込まれた。


「仮にお前がマナーもなく、努力の片鱗も見られない豚であったのなら……俺とて理解は示したくなかった。だが、今まで遠巻きに見てきたエメリーヌ嬢の所作は、淑女として振る舞うために培ってきた経験がみられた。

 今までさんざん苦労してきただろうに、才能だけが要因で捨てられるのは……俺は認めん」


すらすらと、ヴィクトルの口から怒りがにじみ出る。

エメリーヌの努力に気づいてくれる人は初めてだった。


社交界は令嬢魔法の才能がすべて。

振る舞いなど二の次で、手を伸ばしても届かない才能が重要だったのだから。


彼の言葉を聴くうちに、エメリーヌは尋ねたくなった。

自分を婚約者に望んだ理由は。


「ではヴィクトル様は……私に同情を感じたのですか?」

「同情、か。少し違うな。

 具体的に言えば……自己投影か」


ヴィクトルの言葉は解せなかった。

いったいエメリーヌのどこに、自分を重ねる要素があるのか。


「自己投影?」

「……俺は小さいころ、剣術の才能がなかった。長男であるにもかかわらず、算術や執政の能力が成績が常にトップであったにもかかわらず、才ある弟よりも冷遇されていた」


剣術。

令嬢魔法と同じように、貴族の令息にも求められる才能がある。


馬術や弓術など様々な要素があるらしい。

詳しくはエメリーヌも知らないが。


「だが、ある日……大きな疫病が我が領地を襲った。両親は病に罹って死に、遺言どおり弟が領主を継いだ。

 しかし……詳細は省くが、弟は失政した。俺は独自のルートを開拓して研究員を招致。病を撲滅し、何とか危難は乗り切った。その後、民意で領主となった」


ヴィクトルが領主になって以降、ベランジェ公爵領は急成長した。

それまでは特徴のない中規模の領地だったという。


「俺は令嬢魔法だの、剣術だの……才能が有無を言わせる社会は過ちだと思う。貴族たるもの、くだらん社交に現を抜かさずに民のことを第一に考えるべきだ。

 だからこそ俺は、才能のないエメリーヌ嬢に婚約を望んだ」


語られた経緯にエメリーヌは驚愕する。

完全無欠とも言えるヴィクトルに、そんな事情があったとは。

今の敏腕な彼があるのも、才能がないゆえに領地経営の努力をしたから。


「大変だったのですね……」

「大変な思いをしてきたのはエメリーヌ嬢も同じだろう」


たしかにその通りだ。

だが、自分はヴィクトルほど有能ではない。

家格も高くない。


「嬉しく思います。私をそんな視点で見てくださる方がいらっしゃるなんて、思っていませんでした。怖いお方だと思っていましたが……理解を示してくださる方なのですね」

「それはどうだか。俺が容赦のない『無情公爵』であることに変わりはない。何か文句があれば、容赦なく言わせてもらうが」


自虐らしくヴィクトルは苦笑した。

初めて彼が見せた笑顔。

エメリーヌは見たことのないヴィクトルの表情に、思いがけないときめきを覚えた。


「さて、その上で尋ねよう。

 こんな俺と婚約を結ぶ気はあるか?」


どこか自信なさそうにヴィクトルは尋ねた。

強きで冷徹な公爵が見せない態度の数々。

エメリーヌはもっと彼の新たな一面を見つけたいと思った。


そして、彼ならば。

エメリーヌの本当の姿も見つけてくれるのではないか。


「──もちろんです。

 これからどうぞ、よろしくお願いいたしますわ」

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