表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/36

淹れてみろ

昼時、ヴィクトルはエメリーヌを待っていた。

これから婚約に関する話をするところだ。


しばし待つと、慌てた様子でエメリーヌが入ってくる。


「申し訳ございません、ヴィクトル様!

 思ったよりも公爵家が広く……迷子になってしまいましたわ!」

「フッ……当家は広大だからな。問題はなかったか?」

「はい、ナタリーに助けられました」

「そうか。とりあえず座れ」


ヴィクトルが着席を促すと、エメリーヌは優雅な所作で向かいに座った。

今回は二人きりの話になる。

ベランジェ公爵家の内情なども話す可能性があるためだ。


だが、使用人も人払いしているとなると問題がある。


「さて、エメリーヌ嬢」


スッと……ヴィクトルはティーカップを滑らせた。

机の上に置かれた二つのティーカップ。

それを見てエメリーヌは硬直する。


「──淹れてみるがいい」


令嬢魔法の才能がないのは百も承知。

その上で、ヴィクトルはエメリーヌに茶会(ティータイム)の魔法を使わせようとした。


「で、ですが……私の紅茶は、その……マズいです」

「知っている。百聞は一見に如かず。

 噂の無才がどれほどの代物か、味わうとしよう」


そこまで言われると断れない。

マズいことを承知で飲んでくれるなら、何とかなるだろうか。


視線を上げるとヴィクトルと目が合った。

鋭い紫紺の瞳を見て、エメリーヌはどきりと震えた。

この美貌はまともに直視できそうにない。


「わ、わかりました……」


エメリーヌは恐る恐る魔法を発動する。

茶会(ティータイム)の令嬢魔法。

発動自体は慣れたものだ。

血のにじむような努力をして、何度も注いできたのだから。


琥珀色の液体がティーカップに注がれる。

イメージするのは『蜜紅茶』……蜜のような甘味と、すっきりとした後味が魅力の茶だ。


「ほう、見目は悪くない」


ヴィクトルはカップを手に取って眺める。

色はいたって普通だ。

綺麗な密紅茶の色をしている。


香りも……悪くはない。

というか無臭だ。

本来なら、それなりに香りがあるはずなのだが……


「では、いただこう」

「気をつけてくださいね? マズいですよ?」


ヴィクトルは頷き、紅茶に口をつける。

瞬間。


「──まっず!? けほっ……」


とてつもない苦みが舌を襲い、ヴィクトルは噎せ返った。

これは逆にすごい。

令嬢魔法を初めて使う素人でも、こんな味にはならない。


「だ、大丈夫ですか!?」

「大丈夫だ……マナーのない姿を見せたな、すまん」


落ち着きを取り戻したヴィクトル。

彼はそっとティーカップをソーサーに戻した。


「端的に言えば泥水だな。

 いや、泥水を飲んだことはないが」

「はい……すみません」


容赦のない物言いだ。

今までエメリーヌの茶はやんわりと否定されてきたが、ヴィクトルは忖度しない。

これは飲めたものではないと。


「謝る必要はない。一連の動作から、努力はしてきたのだとわかる。淹れる動作に関して、ここまでスムーズに淹れられる令嬢は見たことないぞ。

 ……味はともかくな」

「は、はい……ありがとうございます?」


魔法に関して称賛されたのは初めてのことだった。

味ではなく動作を評価されたとはいえ、奇妙な感覚をエメリーヌは覚える。


「そうだな……婚約の話をする前に、この話からしようか」


ヴィクトルは予め用意していた茶葉を使い、紅茶を淹れ始めた。

茶会(ティータイム)の魔法が使える者がいない場合、こうして普通に茶葉を使うのだ。


「お前がアンドレから婚約破棄されたパーティー会場。

 あそこに俺もいた」

「はい、存じ上げております」


アンドレの誕生日パーティーに、ヴィクトルがいたことは記憶している。

相変わらず誰も近寄っていなかったが。

もちろんエメリーヌも彼を恐れて近づかなかった。


「お前が婚約破棄され、黙ってあの場を去ろうとしたとき。俺は公衆の面前に出てアンドレを糾弾しようとした。公爵令息たる者が、なんという振る舞いか……とな」

「え……?」

「まあ、側近に止められたのだが」


そういえばエメリーヌが去ろうとしたとき、衆目の一角がざわついていた。

あれはヴィクトルが動こうとしたからなのだろうか。


「それで、これは……本当はお前に言わないつもりだったのだが」

「はい」


何を言われるのだろうか。

エメリーヌが身構えていると、ヴィクトルの口からとんでもない言葉が飛び出した。


「エメリーヌ嬢との婚約を王命として出させたのは、この俺だ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ