そしてふたりは(完)
あの日から数週間が経った。
今やアラベルは快復し、新たな任地で家庭教師を。
ベルナデットは元の婚約者と婚約を結び直した。
一方、パメラとアンドレは投獄。
二人は継承権を喪失。
セルネ・ジュアット公爵家は兄妹が跡を継ぐことになった。
共謀したシャルロワ侯も爵位剥奪に。
もうエメリーヌが彼らと会うことはないのだろう。
彼女はすっかり二人のことなど忘れ、鼻歌まじりに茶を注いだ。
「黄金茶」
ティーカップに注がれたのは金色の茶。
甘く芳醇な香りが周囲に漂う。
ベランジェ家の大庭園に咲く花々を眺めながら、彼女は席についた。
ナタリーがサービスワゴンで菓子を運んでくる。
白いクリームが乗ったケーキを見て、彼女はさらに魔法を紡いだ。
「銀食器」
美しい輝きをもつナイフ、フォーク、スプーン。
一通りの食器が揃う。
「俺にも用意してもらえるか」
「まあ、ヴィクトル様。もちろんですわ」
これから茶を嗜もうというときにヴィクトルがやってきた。
いつもは政務で忙しい彼が、この時間にやってくるのは珍しい。
一週間に一度はともに茶を楽しむ時間を取っているが……
エメリーヌはヴィクトルにも茶と食器を用意した。
二人で向かい合ってテラスの椅子に座る。
目の前のテーブルでは黄金茶がもくもくと湯気を立てていた。
「最近はあまり一緒に過ごせなくてすまないな」
「いえ、お忙しいヴィクトル様ですから。私のことは気にせず、お仕事に集中なさってくださいませ。
……でも、少しだけ構ってくれると嬉しいです」
「ふっ……素直にもっと構ってほしいと言えばいいさ。
それに、今後はエメリーヌとの時間も存分に取れる」
「それはどういう意味でしょうか?」
最近、ヴィクトルは激務だと聞いている。
ゆえにエメリーヌも遠慮して一人で過ごすことが多かった。
「実は、激務の仕事というのは……嘘だ。
本当はとある準備を進めていた」
「とある準備?」
「──エメリーヌとの結婚式の準備を」
エメリーヌの心臓がどきりと跳ねる。
結婚式。
いつかくるだろうと、漠然と思ってはいた。
だが急に話されると心の整理が……
「いきなり話してすまんな。なんというか……切り出すのが難しい話で。
結婚するにあたって、今まで何が必要かを考えてこなかったからな……たとえばドレスとか、アクセサリーとか、式場の準備とか。色々と学ぶべきことが多かったのだ」
「ふふ、ありがとうございます。私がのんびり過ごしているのに準備してくださって。私もお手伝いしますよ?」
「いや、いいんだ。これは俺の好きでやっていること。
もちろんドレス選びなんかはエメリーヌと一緒に行いたいが、式をできるだけ盛大にしたいというのは俺の身勝手な願望だからな」
長年婚約者すら作らなかったベランジェ公が結婚するのだ。
社交界においてもかなりの影響があることだろう。
世話になったアラベルやクロード、ベルナデットも招待することになる。
ヴィクトルは紅茶に口をつける。
「……ああ、美味いな。最初に飲んだときは泥水のような味だと言った記憶がある。
だが、今は……これまでに飲んだどんな茶よりも美味い」
エメリーヌは自分自身に疑問を抱いていた。
無才と呼ばれた自分がここまで成長するとは。
アラベルの語っていたとおり、心の豊かさが増したからだろうか。
「ヴィクトル様のおかげですわ。きっと……ヴィクトル様が婚約者として選んでくださらなければ、私はずっとつらい生涯を送っていました。アラベル先生に出会えたのも、トラウマを乗り越えてここまで成長したのも……全部全部、ヴィクトル様が隣にいてくれたから。
だから、結婚した後もずっと私の隣にいてほしいです。私もヴィクトル様を精いっぱい支えます」
どれだけ努力しても報われなかった。
自分がダメなのだと思い込んでいた。
だけどエメリーヌは一人の男性との出会いを通して、変わることができたのだ。
「変わることができたのはエメリーヌだけではない。お前のおかげで俺の社交も広がり、無情の名は薄れつつある。正直、無情と呼ばれるのは……便利ではあるがそこまで好きでもなかった。民を守るという貴族としての本懐は忘れず、適度に社交を広げていきたいものだな。その方が領地のためにもなる。
だが……俺が本音を聞かせるのは、お前に対してだけだ」
ヴィクトルは立ち上がってエメリーヌの手を取る。
そして膝を折った。
美しく白く、されど大きな手が重なって。
「──愛している、エメリーヌ。
俺と結婚してくれ」
まっすぐに告げられた愛。
彼が自分を愛していることなんて、ずっと前から知っていた。
だからエメリーヌも当然のように、前から抱いていた心を吐く。
「はい、私も愛していますわ。ヴィクトル様。
これからも、どうぞ末永くよろしくお願いいたします」
無才と無情。
かつてそう呼ばれた二人の、ささやかな幸福。
数奇な運命で結ばれた二人は、のちに『歴代最高の夫婦』と呼ばれる。
公爵は依然としてそっけない態度だが、決して他人を軽んじず。
その隣には完璧にマナーと令嬢魔法を使いこなす夫人がいて。
ベランジェ公爵領は過去最高の繁栄を迎えたという。
公の場ではあまり深くスキンシップを取らない夫婦。
とある貴族の目撃情報では、人目につかないところで愛を語る公爵の姿と……嬉しそうに頬を染める夫人の姿があった。
はたして二人がどんな関係なのか、知る者はいない。
しかし、後のベランジェ公の子が語る。
二人は何年経っても、他に類を見ないほど愛し合う仲だったという。
完結です。ご愛読ありがとうございました!
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