恩師の救出
友人の令嬢たちの協力により、エメリーヌとヴィクトルは地下に忍び込んだ。
フェリシーを中心として警備に話しかけたり、グラスをこぼしたり……どさくさに紛れて警備網を突破。
ベルナデットの指摘に従い、東側の地下室へ。
そこは牢獄のようだった。
「……俺が先行する」
ヴィクトルは声をひそめて言う。
エメリーヌは静かに頷いて彼の後に続いた。
薄暗い地下牢。
埃の混じった空気が不愉快だ。
ひとつひとつ牢の中を確認していく。
しかし、人が入った牢はない。
「何もないですね……」
「誰か!? そこにいるのかい!?」
ふと地下に声が響き、エメリーヌは肩を震わせる。
一方でヴィクトルは声の方角に迷わず進んで行った。
この声は聞き覚えのある声だ。
声の主が誰なのか、二人とも瞬時に理解した。
「アラベル、とうとう牢に入れられたか。お前ならばそのうち投獄されるのではないかと思っていたぞ」
「だ、旦那……労りもなく、いきなりそんなことを言わないでくれよ。長い間、ひどい環境に晒されて疲弊しているんだ」
牢の中にはやつれた姿のアラベルがいた。
やはり予想どおり、彼女は囚われの身となっているようだ。
美しかった令嬢魔法の名手は見る影もなく……いったい何日間この牢で過酷な生活を強いられてきたのだろう。
「アラベル様!」
「エメリーヌ嬢! またお目にかかれるとは……旦那が来ているのだから、君も来ているよね。これは希望が持てるよ」
アラベルはエメリーヌの顔を見て安堵した。
姿は変わっているが、アラベルの心は変わっていないようで安心する。
檻越しにヴィクトルが問うた。
「いったい何があった? 手短に説明しろ」
「手短に、とは難しいね。
エメリーヌ嬢への指導を終えた後……アラベルはシャルロワ侯に招致されて、街道を馬車で走っていた。しかし、謎の一味に襲われてね……後にそれはセルネ公爵家の手の者とわかった。アラベルはセルネ公爵家が雇った賊に囚われ、この牢に入れられた」
ヴィクトルの背中から怒気が伝わってくる。
今ばかりはエメリーヌも彼を宥めない。
彼と同じように怒りを抱いていたからだ。
「次いでやって来たのは……アンドレ公爵令息。そして驚くべきことに、ベルナデット王女殿下さ。アンドレは私をベルナデット王女に見せつけると、こう言った。
『ご覧のとおり、殿下の恩師は牢の中。恩師の命を助けたければ、俺と婚約を結んでいただきたい』……と。もちろんアラベルは止めたが、ベルナデット王女殿下はお優しい方だ。アラベルの制止も聞かず、アンドレの求婚に応じてしまった。
……これがアラベルの知る全てだよ」
なんという非道な話か。
エメリーヌは言葉も出ず、ただそこで呆然としていた。
ヴィクトルは拳を震わせて立ち上がる。
「──許さん。
アンドレ、パメラ、シャルロワ。すべて俺が断罪してくれる」
「お、お待ちをヴィクトル様!」
「わかっている。まずはアラベルの安全を確保しなければ。
チッ……牢が邪魔だな」
アラベルの安全が確保できれば、ベルナデットがアンドレに従う必要もなくなる。
それに、衰弱している様子のアラベルを今すぐにでも救いたかった。
ヴィクトルは檻に護身用の剣を叩きつけるが、檻は曲がらず。
「そう乱暴にするな、旦那。
エメリーヌ嬢……こっちに来てくれ」
「私ですか?」
アラベルに呼ばれたエメリーヌは牢に近づく。
近づくほどに衰弱したアラベルの様子がわかり、何ともやるせない気持ちになってしまった。
「これ、本当は令嬢に教えるような魔法じゃないんだけどさ。今は緊急事態だから見過ごしてくれるよね、旦那?」
「お前……俺の妻にコソ泥の技法を教えるつもりか?」
「ははっ、そう睨むなって。これが一番手っ取り早いさ」
どうやらヴィクトルは何をするか把握しているらしい。
しかしエメリーヌにはさっぱりだ。
アラベルは残り少ない魔力を練り、銀色の棒を作り出した。
やがて凹凸が付与され、鍵のような形になる。
「……刃物の応用だ。
貴族の斥候に伝わる秘殿の技法なんだけど、君に教えるよ。牢の外側にある錠前に魔力を流し込み、出来上がった型に質量を持たせるんだ。いまアラベルが作ったのは例で、実際はどんな形の鍵になるのか……錠前に魔力を流してみないとわからない。繊細な技法だから、かなり難しいんだけどね。
できるかい、エメリーヌ嬢?
いや……アラベルが指導した君ならば、ヴィクトルの旦那が見込んだ君ならばできるはずだ。」
エメリーヌは迷いなく頷いた。
そうだ、自分ならできる。
これまでは自分のことを無才だと思い込んでいた。
しかし、そうではないのだ。
自分はヴィクトルのような素敵な婚約者に愛され、アラベルのような優秀な教師に教わり、才能は開花した。
そして自信だって持てるようになった。
だから、自分なら。
エメリーヌ・フィネルなら。
誰をも超えた令嬢魔法の使い手になれると。
「いきます──アラベル先生!」




