真相を探る
「いったいなんでしょうか……?」
ベルナデットとすれ違いざまに渡された一枚の紙。
エメリーヌは中身を開かず、ヴィクトルの方を見た。
彼は怪訝な視線で周囲を気にしている。
「……王女殿下が内密にお伝えしたいことがあるのだろう。
他人に見られてはまずい。あちらのバルコニーに出てから確認するぞ」
急ぎバルコニーに出て、周囲の目がないことを確認してから紙を開く。
紙面には急いで書きなぐったような文字でこう書かれていた。
『この家の東地下に先生が閉じ込められています たすけて
エメリーヌ嬢ならできる』
ヴィクトルはどういう意味かと首を傾げていたが、エメリーヌにはすぐ理解できた。
ベルナデットが先生と呼ぶ人間は一人しかいない。
そしてその『先生』は、エメリーヌにとっても先生なのだ。
「アラベル先生のことです……!」
ようやくシャルロワ侯が密会している理由がわかった。
シャルロワ侯爵領は、アラベルが新たに家庭教師として赴任する地だったはず。
しかしアラベルは、今セルネ家の地下に監禁されているという。
つまりシャルロワ侯に『売られた』のだ。
アラベルという恩師を盾にして、アンドレはベルナデットに婚約を迫った。
そしてベルナデットもまた恩師の命綱を握られているがゆえに反抗できない。
エメリーヌが推察をかいつまんで説明すると、ヴィクトルの肩がわなわなと震えた。
これは単なるエメリーヌの予想だ。
もしかしたら違う展開があるのかもしれない。
そう説明すると、ヴィクトルはひとまず怒りを鎮めた。
「俺がアラベルを助けに行く」
「……お待ちを、旦那様。私には最後の一文が気になります」
様子を静観していたナタリーが疑念を発した。
『エメリーヌ嬢ならできる』……そう書かれている。
これはいったいどういう意味なのだろうか?
どうしてベルナデットはヴィクトルではなく、エメリーヌに紙を渡したのか。
何か理由があるはずだ。
「……すみません、ヴィクトル様。
私のわがままを聞いてもらってもいいですか? 私も一緒にアラベル先生を助けに行きたいのです」
「大義名分があるとはいえ、公爵家の地下に無断で立ち入ることは……不審者と間違われて衛兵から斬られても文句は言えん。
だが、いいだろう。お前は俺が守る。俺から離れるなよ」
「ありがとうございます……!」
ヴィクトルのいいつけどおり、エメリーヌはぴたりと彼に寄り添う。
危険だからとかそういう理由もあるが、純粋に彼にもっと近づきたかった。
「ナタリー、俺たちはしばしパーティーを離れて地下に向かう。クロードと連絡を取り、先程の情報を伝えてくれ」
「承知しました。お気をつけて」
事態はますます複雑に、そして大きくなってきた。
だがこれはチャンスだ。
ここがベルナデットを救う最後の機会と言えるだろう。
***
ヴィクトルの知恵を借り、エメリーヌはセルネ家の地下を目指した。
異常に警備が厳しい。
やはり何かがあると考えるべきだろう。
「……参ったな。あれだけ警備がいては地下へ向かうことはできん」
「守衛が多いですわね」
ヴィクトルは渋面する。
目視できる範囲だけでも六人は警備がいた。
これだけの数の視線を欺くのは骨が折れる。
少しでも減らせれば……どうしたものか。
二人が悩んでいるところに、見知った声が響いた。
「あら? エメリーヌ嬢にヴィクトル公ではありませんか。あなた方もいらしていたのですね。
こんな場所でどうされたのです?」
青髪に淡い色のドレスを着た令嬢……フェリシー・ベリアン侯爵令嬢。
以前クロードが開いた夜会で仲良くなった令嬢だった。
「フェリシー様? いえ、その……あなたこそどうして?」
「わたくしは舞踏でドレスが乱れてしまったので、人気のないところで直そうかと……でも意外とここは守衛が多いのですわね」
これは好機かもしれない。
フェリシーはエメリーヌもヴィクトルも信を置く令嬢だ。
彼女には話してもいいのではないか……そうヴィクトルに耳打ちすると、彼は頷いた。
「実はフェリシー様に聞いていただきたいことがあるのです。少しお時間よろしい?」
「ええ、構いませんわ。いったいどうされましたの?」
エメリーヌは正直に事情を話した。
ベルナデットにメッセージを渡され、アラベルが誘拐された可能性が明らかになったことを。
信じ難い話だが、フェリシーは真摯に聴き入った。
アンドレやパメラの性格を鑑みれば、あり得ない話ではないゆえに。
「ふむふむ……なるほど。お二人は地下に行きたいのですわね。道理で守衛が多いわけですわ。
以前の夜会でエメリーヌ嬢が仲良くなった令嬢たち……彼女たちにも協力を仰ぎましょう。この卒業パーティーにいらしている友人……彼女たちならば信頼できるでしょう?」
「フェリシー嬢。あくまでアラベルが囚われているというのは可能性のひとつに過ぎん。真実ならば糾弾されるべき件だが、まだ真相は定かではない。あまり流布されても困る話なのだが」
「ふふ。ご安心くださいませ、ヴィクトル公。
わたくしもそこら辺は配慮して友人たちにお話しますわ。エメリーヌ嬢が困っていると話せば、あの夜会で仲良くなった方々は迷いなく協力してくれるはずです。しばしお待ちを」
そう言うとフェリシーは一階のロビーへ足早に向かった。
「大丈夫でしょうか?
話が大きくなっている気が……」
「内密にベルナデット王女の頼みを引き受ける予定だったが、やむをえん。もしアラベルが囚われていたのなら、俺はこの件を大事にするつもりだ。その際の協力者は多い方がいいだろう」
仮にこれが何の事件性もない出来事であれば、二人はセルネ家の地下に不法侵入しただけになる。
しかしそうではないと、半ば確信に近い予想があった。
「しかし、エメリーヌ……よい友人を持ったな。
お前の人徳があってこそだろう」
「ありがとうございます。私に多くの友人が出来たのも、ヴィクトル様のおかげ。本当に感謝していますわ」
「ああ。彼女らを大切にな」
無情公爵と呼ばれ、友人が少ないヴィクトルだからこそ、友人の大切さを理解している。
エメリーヌは彼に感謝しながら頷いた。




