貴族として
パーティーが始まり、楽団が優美なクラシックを奏でだす。
本日の主役はアカデミアの卒業生たちだ。
ゆえにヴィクトルとエメリーヌは二階の方で大人しくしていた。
そしてアンドレもまた、二階のロビーで貴族たちと雑談をしていた。
隣のベルナデットは微笑むばかりでほとんど話さない。
いまだにパメラとアンドレが接触する様子はなかった。
「さて……俺たちもご挨拶に向かうか。いいか、エメリーヌ」
「はい。参りましょう」
数名の貴族に礼をしたのち、いよいよアンドレのもとへ向かう。
以前のような過度な恐怖心はない。
隣にヴィクトルがいてくれるから。
次第に近づいていく金髪の男女にエメリーヌは息を呑んだ。
やはり王女と公爵令息だけあってオーラがすごい。
だがヴィクトルの銀髪の方がエメリーヌは好きだった。
接近してくるエメリーヌたちに、アンドレが気づいて手を広げた。
「これはこれは。ヴィクトル公にエメリーヌ嬢。
お前たちも来ていたのか。存在感が薄すぎて気がつかなかったよ……いや失敬。別に悪く言うつもりはないんだ。派手に振る舞わず、礼節ある姿勢を褒めたのさ」
開幕から嫌味をぶつけてくるアンドレだが、ヴィクトルは応じなかった。
エメリーヌも眉ひとつ動かさず微笑を湛えている。
「ベルナデット王女殿下、アンドレ公爵令息。
ご壮健で何よりだ」
思ったとおりの反応を引き出せず不服だったのか、アンドレは苛立たし気に言葉を継ぐ。
「それにしても、ヴィクトルは王立アカデミアにいい思い出はないんじゃないか? 俺とは学年違いでよく知らんが、噂によると友人がほとんどいなかったと聞くぞ。それに剣術の才能もなくて……笑いものになっていたらしいじゃないか?」
「そうだな。たしかにアカデミアはくだらん場所だったと思っている。学ぶべきことなど何ひとつなく、遊び興じる貴族連中ばかりだったからな。
ただ、俺はアカデミアの出資者でもある。さすがに来ないわけにもいかん」
互いに敵意の籠った視線をぶつけ合う二人。
ヴィクトルもまた剣術の才能がなく、孤立した過去を持つ貴族の一人。
エメリーヌには彼の気持ちが痛いほどわかった。
どれだけ優れた政治の手腕を持っていても関係ないのが貴族だ。
黙ってアンドレの侮辱を受けていたヴィクトルは切り返す。
「アンドレ、お前の方こそよく来られたな。婚約破棄したパメラ嬢の家が会場になっているというのに……遠慮しようとは思わなかったのか?」
「ははっ……いやいや。パメラの方から招いてくれたのさ。
先日の無礼のお詫びにと……ね。パメラはこの前の夜会で、今や俺の婚約者となっているベルナデットに不敬な真似をした。さすがに俺も擁護できず婚約破棄したのだが……ベルナデットが直々にお許しになったからな。今はこうして詫びを素直に受け入れ、パーティーに来たわけだ」
アンドレはベルナデットの肩を抱き寄せる。
その間もベルナデットは何も語らず、ただ微笑んでいた。
まるで人形のようだ。
先日エメリーヌと話してくれた溌剌な王女とは、とても思えない。
アンドレはこれで話を済まそうとしたが、ヴィクトルは食い下がる。
「あの場で婚約者たるパメラを庇ってやらなかったのはなぜだ? お前の女遊びの数々、社交界でも噂が立っているぞ。王女殿下の婚約者となるからには、浮ついた態度は正すべきだな」
「何を言っているんだか。俺が婚約破棄するには正当な理由があるのさ。
エメリーヌ嬢は今や立派な淑女だが、以前は令嬢魔法の使えない無価値な人間だった。パメラ嬢は王族に不敬を働く礼節を欠いた人間だ。そんな問題のある方々と婚約を結ぶなど、俺には耐えられない。公爵令息として、正しき淑女を選び取ったまでだ」
信じがたい言葉に、ヴィクトルは拳を強く握りしめた。
パメラはともかくとして、自らの婚約者を愚弄するのは許せない。
そんなヴィクトルの激情に気づいたエメリーヌは、彼の手をそっと取る。
「……ヴィクトル様。いいのですわ、私にはあなたがいますから。
それが何よりの幸せなんです」
「エメリーヌ……すまん。アンドレの言葉をまともに聞いた俺が馬鹿だった」
アンドレは「貴族としては」間違ったことを言っていない。
これが一般的な貴族の男性の価値観だ。
むしろヴィクトルのような思想を持つ者の方が少数派。
民のことを第一に考え、ただ一人の婚約者を愛する……そんな貴族はほとんどいなかった。
そしてエメリーヌは知る。
すぐそこに立つベルナデットはヴィクトル側の人間だと。
だからこそアンドレの婚約者になったことが不思議でならない。
「まあ、穏当にいこう。ヴィクトルともエメリーヌ嬢とも、俺は争いたくないんだよ。それじゃ、俺たちは他のやつらに挨拶に行くから」
アンドレは軽く手を挙げて去って行く。
ベルナデットも彼に続いて歩き出した。
彼らとエメリーヌがすれ違う、その瞬間。
──エメリーヌの手に何かが触れる。
慌てて触れた感触を握りしめると、そこには一枚の折り畳まれた紙が。
「これ、は……?」




