パーティー会場
セルネ公爵家。
今年の王立アカデミアのパーティー会場である。
大勢の貴族の子息令嬢たちが主役で、出資者である諸侯も招かれていた。
ヴィクトルも遠縁の血縁がアカデミアの生徒ということで、出資者の一人。
彼と婚約者のエメリーヌは正装でパーティーに参加していた。
まだパーティー開始まで半刻ほどある。
エメリーヌは周囲をそれとなく見渡した。
「人が多いですわね……」
「王立アカデミアの卒業パーティーといえば、この国の一大イベントだからな。社交界で重要な立場を持つ貴族連中の子どもが集まっている。アカデミアを卒業したばかりで、有望そうな子を囲い込む目論見で出資している奴もいるしな」
ヴィクトルは鬱陶しそうにため息をついた。
初心な貴族の子息たちを取り込もうと、多くの貴族がじろじろと観察している。
まるでオークションみたいで息がつまる。
ただし、エメリーヌたちの狙いは人材の囲い込みではない。
アンドレとしきりに密会しているパメラの動向、そして密会地となっているセルネ公爵家に怪しい箇所がないかを調べることだ。
ヴィクトルは事前に斥候を送っていたが、卒業パーティーまでに不審な人の出入りはなかったらしい。
「よ、ヴィクトルにエメリーヌ嬢」
クロードが人の間を縫ってやってきた。
いつもは気楽な彼の表情も、今ばかりは少し厳しい。
クロードの護衛も人の多さに周囲を警戒しているようだ。
「クロード。お前はどうする?」
「俺は少しセルネ公爵家を嗅ぎ回ってみるよ。卒業パーティーだから、城の大部分が会場になっているしな。それと、パメラ嬢とシャルロワ侯の様子も確認だ」
クロードと同じ方向を見る。
そこには会場の所有者であるセルネ公、そして娘のパメラがいた。
エメリーヌはできるだけ彼女には近寄りたくない。
「俺はアンドレを見ておこう。エメリーヌ、いいな?」
セルネ公と反対のテーブルあたりには、アンドレの姿があった。
そしてこれ見よがしにベルナデット王女を隣に連れている。
ベルナデットは微笑を浮かべているものの、本当に心から笑っていない。
少なくとも二人きりで話したエメリーヌにはわかった。
「……はい。ヴィクトル様はアンドレ様とお話ししますか?」
「あんな奴と会話はしたくないがな。この際……思いきり言いたいことを言ってやってもいいかもしれん。
なぜベルナデット王女を婚約者としたのか。そしてなぜベルナデット王女はアンドレを婚約者に選んだのか。真正面から問うのも一興だ」
「正直に答えが返ってくるとは思えませんが……でも、ヴィクトル様らしいです。私はお傍にいますから。どうぞヴィクトル様の思うままに振る舞ってくださいませ」
「ああ。……その、助かる。
どちらにせよアンドレに接近するのはパーティーが始まった後だ」
口下手に感謝を告げるヴィクトルに、エメリーヌは微笑んだ。
何があったとしてもエメリーヌはヴィクトルを支える。
そしてヴィクトルもまたエメリーヌを支えてくれるだろう。
今回のパーティーは敵地に乗り込むようなもの。
パメラが先程から恨めしい視線をこちらに向けるし、アンドレは不気味な視線で見てくる。
不安だが問題ない。
ヴィクトルと一緒なら乗り切れるだろう。
***
「懐かしいですね。私も少し前に卒業しましたが、やはり令嬢魔法の才能がなくてつらい思いをしました」
「そうか。俺もあまりいい思い出はないな。
だが、クロードと交友を結んだのは学園での出来事だった。」
「……旦那様、お嬢様。
複数名のアカデミア卒業生からご挨拶をしたいと申し出があります」
パーティーの待機時間中、ナタリーが告げた。
ヴィクトルとエメリーヌは壁際に寄り、開始時間を待ちながら歓談するだけだったが……どうやら生徒を囲いに来たと勘違いしている者もいるらしい。
王立アカデミアの卒業パーティーでは、家格が下の者から上の者へ話しかけても許されるという伝統がある。
ともに過ごした学友に身分の差はない……そんな学園の理念をもとに。
生徒ではないヴィクトルにも、その伝統は適用される。
機を逃さずベランジェ公に取り入ろうと、目を光らせている卒業生もいた。
貴族の中でもベランジェ公は一際勢力が強く、かつ領地も安定している。
その勢いは大公に迫るほどとも言われていて。
「ふむ……面倒だな。俺の目的は勧誘ではない。
かと言って外に出るわけにもいかん」
ヴィクトルは思案する。
エメリーヌが代わりに挨拶を受けようかとも思ったが、そもそも卒業生たちはヴィクトルに用があるので。
彼女には隣で微笑んでいることしかできない。
力になれず不甲斐ない気持ちでいると、ヴィクトルがエメリーヌの身を寄せた。
「!? どうされました、ヴィクトル様?」
「少し付き合え。ナタリー、一人目を通せ」
「承知しました」
ナタリーはなんだか察した様子で挨拶に来た貴族を呼ぶ。
どこか同情的な思いがナタリーの視線には籠められていた。
「お初にお目にかかります、ベランジェ公爵閣下!
私はマスネ伯令息、アルマン・マスネと申します!」
髪を後ろにかきあげたオールバックの貴族。
彼は自信に満ちた表情で礼をした。
マスネ伯といえば、麦の生産で有名な伯爵だ。
その子息ともなれば関係を深めたい貴族も多いだろう。
「おや、まさかお隣に立つのは無才……ああ、いや失敬! たしか無才を克服され、見事な使い手になられたのでしたか! まあ、どの程度のものかは知りませんが……」
だが、ヴィクトルは無言だった。
エメリーヌと腕を組んで怪訝な表情を浮かべている。
ヴィクトルと婚約者とはいえ、なかなか腕を組むことはなかったのでエメリーヌは何事かと困惑していた。
エメリーヌをついでのように扱われたこと。
挨拶の折、ヴィクトルのみに話しかけたこと。
情報収集を怠り、婚約者であるエメリーヌの腕前を知らないこと。
彼の怒りに触れるには充分すぎる不敬の数々だ。
「……ベランジェ公爵閣下? いかがなさいました?」
アルマンという少年が不思議そうに尋ねる。
「──話にならん。出直せ」
「は、はい……?」
エメリーヌは微笑を浮かべたまま動じない。
ヴィクトルが静かな怒りを湛えていることはわかっているが、エメリーヌはあくまでエスコートに応じるのが役目だ。
「俺は今、婚約者のエメリーヌと過ごしているところだ。
かつて同じく王立アカデミアを卒業した者として、思い出を共有して語らっていた。婚約者間の歓談をないがしろにして挨拶しようなど、マナーがなっていない。
挨拶をする際は相手の様子を見ること。これが社交界の基本だ」
礼をとる際は相手が同格であっても、この卒業のパーティーのように家格が適用されない場所であっても、相手への配慮を忘れてはならない。
マナーを建前として、ヴィクトルは怒りの叱責を浴びせた。
まっさきに相手がどんな状況なのかを確認するのは鉄則だ。
ましてや婚約者間の会話を破るなどあってはならない。
人除けのための方便とはいえ筋は通っている。
「そ、それは……いえ、申し訳ございません!
失礼いたしました!」
「……」
その様子を前にして、他の礼をとろうとしていた子息たちも去っていく。
これが無情公爵と言われるゆえんだ。
他の貴族ならばやんわりと注意して挨拶を許可するだろうが、ヴィクトルはそうはいかない。
たとえ卒業パーティーという場であっても、だ。
周囲の貴族はヴィクトルはやはり恐ろしい……と思うとともに、無情公爵に愛されている婚約者エメリーヌは何者なのかと、思惑をめぐらせた。




