縁談
客室にて、エメリーヌはパメラを出迎えた。
パメラ一人で来たようで、婚約者のアンドレの姿はない。
「ごきげんよう、エメリーヌ嬢」
「ようこそおいでくださいました。
ごきげんよう、パメラ様」
本音を言えば挨拶もしたくないし、顔も見たくない。
それでもエメリーヌは優雅に振る舞った。
促されるままパメラはソファに座る。
そして、彼女はにこやかに笑った。
「紅茶をご用意します。よろしい?」
「……はい。お願いいたします」
エメリーヌの了承を得ると、パメラは机上のティーカップを寄せる。
手をかざし、瞳を閉じて……
「黄金茶」
中空より、どこからともなく現れた液体。
輝かしい液体はティーカップに注がれ、芳醇な香りを漂わせる。
これがパメラの令嬢魔法。
彼女の専門は『茶会』属性。
この国でも最高の使い手と謳われる。
こうした場では、最も腕の優れた者が魔法を使用する。
紅茶を注ぐにも、食器を用意するにも、すべて魔法で。
実力がない者には輝く資格はない。
「さすが、ですね……」
エメリーヌは感嘆した。
嫉妬もあるが素直に称賛の気持ちもあった。
自分はいくら練習しても、まともな紅茶を注ぐことはできなかったから。
だからこそパメラの腕前がわかるのだ。
「どうぞ」
「失礼します」
二つ並べられたティーカップのうち、ひとつを手に取る。
そして紅茶に口をつけた。
爽快感のある渋みと、花のような香り。
口に広がった黄金茶に、エメリーヌは度肝を抜かれた。
パメラはさも当然だと言わんばかりに無反応。
彼女は淡々と本題に入った。
「いきなり来てごめんなさいね? アンドレ様との婚姻準備で、忙しくて」
「え、えぇ……大丈夫です」
引きつりそうになる頬を必死に抑え、エメリーヌは愛想笑いを浮かべる。
「貴族間で噂はすっかり広まってしまいましたわ。でも、あなたもお悔しいでしょう?
今までアンドレ様の婚約者になるために努力してきたのに、すべて水の泡になるなんて」
誰のせいでこうなったのか。
ツッコミたい気持ちを殺し、エメリーヌは正直に答える。
「はい。ですが、私の実力不足ですので」
「そこでね。私がアンドレ様に取りなして、エメリーヌ嬢に縁談を持ってきたのですわ!」
ぱん、と手を叩いてパメラは笑う。
一聴すれば朗報のように聞こえる。
だが、嫌な予感しかしなかった。
パメラは一枚の書状を取り出す。
そこには王家の印章が入っていた。
「ヴィクトル公との婚約を推薦いたします。しかも王家に頼み、王命としてもらったのですわよ?
ですのでヴィクトル公も婚約を拒否できませんことよ」
──ヴィクトル・ベランジェ。
異名を『無情公爵』
まったく他人に甘えを見せない厳格な公爵だ。
国内屈指の敏腕として知られるが、その性格ゆえに婚約者はいない。
何度かエメリーヌも姿を見たことはあるが、圧倒的な美貌を持ちながら、他の貴族は誰も近寄ろうとしていなかった。
もちろんエメリーヌとて同じだ。
ヴィクトルには関わらないように、と父から厳重に言われていた。
「公爵の婚約者であったからには、新たな婚約者も公爵でなければ……エメリーヌ嬢がかわいそうでしょう? ヴィクトル公もいい加減、世継ぎを残したいでしょうし。
そこで私が一念発起し、王命として婚約を取り付けてあげたのですわ。喜ばしいことでしょう?」
パメラは笑顔で言うが、明らかに悪意がある。
嗜虐的な笑みを扇の裏に隠していた。
なんとか逃れる術はないものか。
そう思ったエメリーヌだったが、直前で思いとどまる。
(婚約破棄された私がフィネル家の役に立つには……ベランジェ公爵家に嫁ぐことくらいしか思いつかない。受け入れるしかないわね……)
ヴィクトルも、令嬢魔法が使えない婚約者など願い下げだろう。
しかし、これは王命。
エメリーヌ側もヴィクトル側も、断る権限はない。
「わかり、ました……とても嬉しく思いますわ。
パメラ様のご慈悲に感謝いたします」
「ええ、あなたに新しい婚約者が見つかってよかったわ。
ふふ……では、私は早くアンドレ様の下に帰らないといけないので。失礼いたします」
愉快そうに笑うパメラを見送り、エメリーヌは父親に事情を話しに行った。